Auf der Verlobungsfeier meiner Schwester stand mein Vater auf, prostete ihr zu und fragte dann grinsend: „Und du bist immer noch mit diesem armen Mechaniker zusammen?“ Alle lachten, nur ich nicht….

Der Moment, der alles veränderte, passierte auf der Verlobungsfeier meiner Schwester Lily. Die Dachterrasse des Grand Harbor Hotels glitzerte im Schein der Glaslaternen, ein Jazz-Trio spielte in der Ecke, und mein Vater Henry, ein bekannter Immobilienentwickler, erhob sein Glas. „Auf unsere erfolgreiche Tochter, unseren Stolz und unsere Freude“, sagte er, die Augen auf Lily gerichtet. … Read more

12 September 2026

Mio padre ha alzato il flauto di cristallo e ha annunciato a duecento ospiti che la tenuta di famiglia sarebbe andata a mia sorella. «Perché un’eredità? Appartiene al figlio che ne mantiene…

«Alla figlia che rappresenta veramente il futuro di questa famiglia», disse mio padre alzando il suo flauto di cristallo verso il lampadario. La sala da ballo si ammutolì. Duecento persone dell’élite di New York trattennero il fiato. «Trasferiamo l’atto di proprietà della tenuta di Lakeside da Isabella a partire da stasera. » L’applauso fu assordante. … Read more

12 September 2026

Mia cognata ha appena detto ad alta voce, davanti a duecento invitati: «Non si merita niente, che mangi con i servi». E mio fratello ha riso. Mia madre ha guardato altrove. Mio padre ha tirato…

«Non è una di noi, mettetela con il personale. » Le parole di Sofia, la nuova moglie di mio fratello, caddero come veleno. I miei genitori fissarono il vuoto. Io lasciai che un piccolo sorriso mi sfiorasse le labbra, tirai fuori il telefono e digitai tre parole: «Annulla l’accordo». Venticinque milioni di euro svanirono nel … Read more

12 September 2026

Una cartomante da sagra mi guardò dritto negli occhi e disse: “Questa persona prova gli stessi sentimenti per te, ma devi combattere. Lui si trova a un bivio.” Io ero lì con Teo, il mio migliore…

Mai avrei pensato che una cartomante da sagra, con la sua sfera di vetro impolverata e quel sorrisetto storto, potesse capovolgere un’intera esistenza con una sola frase: “Questa persona prova gli stessi sentimenti per te, ma devi combattere. Lui si trova a un bivio. ” Quelle parole mi colpirono come un fulmine nella tenda soffocante. … Read more

12 September 2026

義母が私の母に冷水をぶっかけた瞬間、婚約は終わった。現場作業員の母を「貧乏人」と嘲笑い、私の仕事も「大したことない」と切り捨てた。でも彼らは知らなかった。母が大手ゼネコンの会長だということを。そして、義父が必死に手を組みたがっていた相手こそ、母の会社だった。電話越しにフーマが叫んだ。「咲のお母さんが会長って本当なの?」私は静かに答えた。「お母さんは現場作業員でもあり、会長でもあるの。」その瞬…

義母が「フーマとの結婚は認められません。住む世界が違うみたい」と宣言した瞬間、頭が真っ白になった。仕事のトラブルで現場を離れられなかった母。彼女はボロ服を着て顔を合わせに来た。そのことはとめられるべきだが、まさか結婚の話が破談になるなんて。彼女にも事情があったと伝えても義両親は納得しない。すると母が目を細めた。「ええ、そのようですね。」その後私は彼女と共に席を立ち、個室を出た。だが帰宅後、スマホを確認して目を疑う。知らぬ間にフーマから何度も電話がかかってきていたのだ。着信履歴には彼だけではなく義両親の名前も残っていた。放置するもスマホは震え続ける。あまりのしつこさに私は電話に出た。「もしもし。」「咲、一体どういうこと?」通話をスピーカーモードにすると部屋中に彼の叫び声が響き渡る。フーマは電話の向こうでかなり動揺している様子だった。 私は成田咲、設計事務所に務める28歳だ。毎日客の要望を聞きながら家のデザインや設計を考え図面を書いている。この仕事に着いたのは母の影響が大きい。私が幼い頃に父が病気で亡くなり、母は女手一つで私を育ててくれた。彼女は建設会社に務めており、現場監督として忙しく働いていたのを今でも覚えている。母は自分の仕事に誇りを持っていた。「あのビル、私たちが作ったのよ。」建設した建物を見つけると彼女はいつも嬉しそうに語る。気づけば私は母に憧れ、建物に関わる仕事がしたいと思うようになった。その一心で勉強に励み、今の仕事に着いたのだ。私は現在も実家に住んでいて、母と2人暮らしをしている。 「お母さん、お帰りなさい。お疲れ様。」「今日も遅かったね。急な変更があって確認に時間がかかっちゃったの。」「夕食作ってくれてるのね。ありがとう。」できたばかりの夕食を見ると彼女はにっこりと微笑んだ。今でも母は現場で作業をしている。体力的に過酷なはずだが、私といる時はいつも明るい。弱音を吐く姿など1度も見たことがない気がする。そんな強くてかっこいい母は私の自慢だ。 「ほら、ご飯冷えちゃうし、早く食べよう。」「そうね。いただきます。」共に手を合わせて食卓を囲む。私はその日夕食を食べながら母にとあることを報告した。「実はこの前、フーマからプロポーズを受けて。」フーマは1年ほど前から交際している彼氏だ。私より2歳年上で大手建設会社に勤務している。そんな彼とは仕事を通じて知り合った。「成田さんの図面、現場の職人さんたちからも評判いいんですよ。すごく正確で、現場の人たちのための細やかな配慮も行き届いてる。」フーマは私の図面を賞賛し、仕事ぶりを高く評価してくれた。大手に務める彼に褒められるなんて思わず頬が緩む。しかもフーマは今度2人で食事に行きたいと切り出した。「成田さんのこと、もっと知りたいんです。どうでしょうか?」彼は仕事の用姿からして真面目なイメージだった。そんな風馬が私を食事に誘うなんて。嬉しいけれど少々意外だった。「私について知っても、特に面白くないと思いますが。」そう呟いた途端、彼は首を横に振る。「いえ、成田さんはその、とても魅力的な女性です。だから俺はあなたと仲良くなりたくて。」フーマは頬を赤く染める。彼がここまで言ってくれるなら、私も仲良くなりたい。「ありがとうございます。それじゃあ行きましょうか。」その後私たちは2人で会う頻度が増え、徐々に距離を縮めていった。交際が始まってからもフーマは優しく、そんな彼に一層惹かれていく。そしてとうとう結婚を申し込まれた。「俺が咲を支えていきたい。結婚してくれませんか?」先週、夜景の見えるレストランで指輪を差し出した彼。結婚するならフーマがいい。そう思っていたため感動のあまり目頭が熱くなる。「私もフーマのことを支えていきたい。これからもよろしくね。」 結婚報告をすると母は最初こそ驚いたものの、すぐに満面の笑みを浮かべた。「咲、おめでとう。そう、プロポーズされたのね。フーマさんと会えるのが楽しみだわ。」「ありがとう。フーマもお母さんに会いたがってるの。今度うちに連れてくるから。」フーマの勤務先について話した瞬間、空気が一変する。母がなぜか険しい顔をしたのだ。「結構大手な会社に務めてるのね。」「彼の父親も同じ会社に勤務してるんだって。フーマの父は建設会社の副社長らしい。」それを伝えるとさらに母の表情が曇る。「そう。お父様も優秀な方なのね。」「お母さん、どうしたの?」「なんでもないわ。気にしないで。」まるで父親のことを知っているかのような反応が気がかりだったものの、彼女はすぐさま笑顔を作った。「フーマさんが来る日、また教えてね。」母は結婚を祝福してくれている。必要以上に尋ねる必要もないだろう。結局フーマの父親のことについては聞けずじまいだった。 その1週間後、私は先にフーマの実家へ挨拶に行くこととなった。ただ到着した瞬間、息を飲む。フーマのご実家ってこんなに大きいんだ。父親が大手企業の副社長ということだけあって、実家はかなり立派な家だった。フーマは生まれ育った場所だからか、私が驚く理由がピンとこないらしい。「大きいのかな?ま、とにかく父さんたちに会おうか。」彼がインターホンを押すと義両親が扉を開く。「あなたが咲さんか。いらっしゃい。」こちらを見るなり鋭い顔をする義父。彼は威厳があり、思わずこちらが萎縮してしまうような雰囲気だった。その隣で義母が微笑む。「へえ、なんだか普通の人ね。」彼女は目が笑っておらず、品定めするかのような視線を私に送った。義母が厳しい人だというのは事前にフーマから聞いている。挨拶の際には身なりに気をつけた方がいいとアドバイスを受けたのだ。「母さんはすごく見た目に気を配ってる人なんだ。大丈夫だとは思うけど、普段より意識しておいた方がいいかも。」だが、彼は何かあった時は助け舟を出すと約束してくれている。フーマがいれば大丈夫だと思い、私はまっすぐ義母を見つめた。「初めまして。フーマさんのご両親にお会いできて光栄です。私は…」しかし彼女は私の言葉を遮る。「あなたって、物をとても大切にする人なのね。」え、一瞬意味が分からず固まった。急になぜそんな話になったのか。すると義母は私のバッグを見て嘲笑する。「そんなボロボロの鞄を使ってるなんて驚きだわ。義両親への挨拶に持ってくるべきものではないと思うけど。」見た目にこだわりがある彼女からすればボロボロだと思うかもしれない。ただ私が今日持っているバッグは就職したばかりの頃、母からお祝いでもらったものだ。自分が持っているものの中では1番高い。母からのプレゼントなので大事に使ってるんです。私はバッグの持ち手をギュッと握り、声を上げた。理由を話せば義母も意見を変えるかもしれない。彼女だって母親だ。自分があげたものを子供が大切に使っていたら嬉しいはず。そう思ったけれど、私の返答に義母は高笑いをする。「あら、お母様からのプレゼントがこれ。自分の子供には普通もっといいものをあげると思うんだけど。お母様って相当お金がないのね。」「母さん、今日が初対面だろ。あまり先に厳しいことを言うなよ。」私を庇うように前に立つフーマ。義母は彼の態度に不満を覚えたらしく、鼻を鳴らす。「フーマったら優しいのね。まあいいわ。上がりなさい。私ね、今日は咲さんに色々と聞きたいことがあるの。」そして席に座るなり、彼女は私に向かって矢継ぎ早に質問をした。「咲さん、ご実家はどちら?持ち家、マンションなの?お住まいはどの当たりかしら?」「実家はマンションです。」「場所は?あとご両親の職業も教えてちょうだい。何をなさっている方なの?」私の父は幼い頃に亡くなっていて、勢いのままに答えていると義母が顔を顰める。「え?お父様はいらっしゃらないの?そんな話、聞いてなかったけれど。」「さっきの家族構成って事前に伝えるべきだった?ごめん。両家の前には話そうと思ってたんだ。」「大事な話なんだから早く言いなさいよ。父親がいないなんて教育上どうなのかしらね。母親1人で育ててたなら礼儀作法も知らないでしょ。」嫌みったらしい口調に圧倒されて私は反論できなかった。フーマが間に入って義母をなだめるも彼女の態度は変わらない。その後も質問は続いた。「それでお母様は何のお仕事をしているの?」「母は建設会社に務めていて…」「じゃあ事務員かしら?給料がどこか知らないけど、どうせお父さんやフーマの会社とは雲泥の差があるんじゃない?」大手企業に務めるフーマと義父は義母にとって自慢の家族のようだ。不要な情報を話すのは避け、ただ1点だけ訂正する。「会社の規模は分かりかねます。あと母は事務ではなく現場で働いていて…」次の瞬間、義母は失笑した。「お母様、肉体労働しているの?かわいそうに。1人であなたを育てるため、仕事を選ぶ余裕がなかったんでしょうね。だとしても現場の作業員だなんて。」彼女は明らかに母を見下している。このまま侮辱され続けるわけにはいかない。ただ挨拶の場で揉めることだけは避けたかった。そんな私の気持ちを察してか、フーマが義母を止める。「母さん、人それぞれ事情があるんだし、あんまり言わないであげてよ。」「さっきの母親がどうが母さんには関係ないんだし。」「そりゃ私だって赤の他人の仕事にケチつけたくないわよ。だけど咲さんと結婚したらフーマは彼女の母親とも家族になるの。」その言う通りだ。先ほどまで黙って聞いていた義父が重々しく口を開く。彼は私に視線を向けるが、その目は冷ややかだった。「私は今、副社長を務めている。息子のフーマも将来を期待されているんだ。咲さんも彼の仕事のことは聞いてるだろう。」「はい。彼はいつもゆくゆくは父親のようになりたいと語ってます。」「そんなフーマの嫁が一般家庭の、しかも現場作業員の娘なんて恥ずかしいじゃないか。母さんが不満を漏らすのも無理はない。」義父はフーマに、自分の息子としては恥じない行動を取って欲しいと語る。だからこそ私たちの結婚に難色を示した。「フーマ、もう一度よく考えてみたらどうだ?2人には格差がありすぎる。結婚しても幸せになれるかわからないぞ。」「そうよ。咲さんだっていつかフーマの妻という立場に悩む日が来るわ。お互いもっとふさわしい相手がいるわよ。」彼らの言う通り。私とフーマは育ってきた環境が異なる。結婚後、価値観の違いに気づいて関係が変わるかもしれない。それでも私はフーマとなら支え合えると思っていた。「私はフーマさんと結婚したいんです。どうか認めてもらえませんか?」「さっきもこう言ってる。俺だって結婚するなら咲がいい。父さん、母さん分かってくれ。」彼は私と共に義両親に頭を下げた。「現場で働き続ける咲の母親はすごいと思う。咲も母親に似て頑張り屋なんだ。俺はそんな彼女に惹かれた。だから…」「フーマも本当に優しいわね。作業員のことを褒めるなんて。汗水垂らして働いても、あなたの半分くらいしか給料もらってないのに。」「咲の母親にはお金以上に大切にしていることがあるのかもしれない。少なくとも俺はお母さんのこと、かっこいいと思うよ。」こちらを向いて優しく微笑むフーマ。彼が味方でいてくれることにほっとする。義両親がどんな考えであれ、フーマが寄り添ってくれるなら大丈夫だ。私は一層彼と結婚したいと思った。「確かにお父さんと比べると母は収入が低いでしょう。ですが私は仕事に打ち込む母を尊敬しているんです。どうか母のことは悪く言わないでもらえると嬉しいです。」こちらの印象がさらに悪くなるのは避けたい。私は減り下りながらも母を庇った。フーマは真剣な顔をして義両親を見つめる。「母親のことをけなされたら誰だって不愉快な気分になる。それでも咲は声を荒げたりしない。彼女は本当に優しい人なんだ。だから…」「フーマがそこまで言うなら分かった。勝手にしなさい。ただ後で後悔しても知らないからな。」義父はしぶしぶと言った様子で私たちの結婚を認めた。義母もため息をつきつつ彼に同意する。「結婚するならフーマの嫁、片山家の嫁として恥ずかしくない振る舞いをしてもらわないとね。」その言葉に内心引っかかったものの、触れなかった。 そして1週間後、次は母にフーマを紹介した。「あなたがフーマさんね。初めまして。」最初は彼に穏やかに笑いかけていた母だが、話しているうちに時折り心配げな顔をするようになる。「お母さん、フーマのことどう思った?」フーマが帰宅した後、私は不安になって問いかけた。母は奇妙な間を置いて口を開く。「本当に彼と結婚して大丈夫?パッと見は誠実そうだけど、上辺だけな気がする。」「え、なんで?フーマは本当に誠実で真面目な人だよ。」思わず理由を尋ねたが、彼女の答えは曖昧だった。「なんとなくそう思っただけよ。ごめん。私が口を出すことじゃなかったわね。」「いや、お母さんのことは信頼してるから、正直な気持ちを伝えてくれるのは嬉しいよ。だけどフーマはとても素敵な人で…」私は義両親への挨拶の際にフーマが庇ってくれたことを伝えた。母には黙っておくつもりだったが、今回ばかりは仕方ない。彼女の誤解を解きたかった。ただ母は見る見るうちに眉を潜める。「フーマさんのご両親はそんな人たちなの?やっぱり結婚は待った方がいいんじゃない?席を入れたら2人は咲に一層冷たくなるような気がするけど。」「大丈夫だよ。フーマは味方してくれてるから。義両親との関わり方もゆっくり考えるし。」だけど彼女はフーマとの結婚に懸念を示すようになった。もちろん母の気持ちも分かるが、フーマを信用してほしい。「私はフーマと結婚したいの。彼となら幸せになれると信じてる。フーマは現場で働くお母さんのことだってかっこいいって褒めてたんだから。」私はなんとか彼女を説得しようと試みた。フーマという人とはもう出会えない。そう伝えると母は困ったように笑う。「良かったわ。ごめんね、口を挟んで。咲の幸せを思って、厳しい目で見てたんだと思う。」「お母さん、分かってくれてありがとう。」「でも何かあったらいつでも相談してね。私は咲が幸せになれるようずっと見守ってるから。」「私こそ、わがままでごめんね。」母が心配して忠告してくれたことは理解している。ただ結婚相手は自分で決めたい。母が納得してくれて安堵した。しかし彼女の嫌な予感が当たることとなる。挨拶の時に義両親と連絡先を交換したがゆえに、義母から毎日メッセージが送られてくるようになったのだ。「フーマの嫁となるのなら、きちんとした格好を心がけてください。先日のように古びた鞄を持ち歩くなんて持っての他です。」彼女は片山家の嫁としての振る舞いや心得を説く。無視するわけにもいかず、「かしこまりました」と毎回返信していた。だが日に日に送られてくるメッセージも増え、通知が目に入るたびに気が滅入る。私はさすがに耐えられずフーマに相談した。彼はメッセージを確認すると苦い顔をする。「母さん、ここまで口うるさい人だったかな?」「お母さんなりに考えがあって送ってきてるのは分かる。だけどもう限界なの。でも私が伝えるわけにはいかないし…フーマならうまくやってくれない?」フーマならまた味方になってくれると思っていた。しかし彼は首をかしげる。「適当に返事すればいいだけでしょ。わざわざ母さんに何か言う必要はないって。」「だけど…」「俺が1人息子だから母さんは慎重になってるんだと思う。咲が信用できる人か見極めてるんじゃないかな。そんな状況で連絡してくるななんて言わない方がいいよ。」フーマの考えも一理ある。私が義母のメッセージをストレスに感じていると知れば、彼女との関係がさらに悪化するかもしれない。今は我慢の時だ。だが義母は次第に仕事をやめるよう求め出す。「フーマの収入があれば十分生活できるはずです。嫁ならば家のことをこなして夫を支えるべき。今の仕事は早急に退職してください。」これはさすがに受け入れられない。私は今の仕事が好きだ。母への憧れがきっかけで始めたけれど、現在は自分の天職だと思うまでになった。だから義母が何を言おうとやめるつもりはない。私はフーマに相談した上で、自分の気持ちをありのまま義母に伝えようと思った。しかし彼に止められる。「そんなことしたら母さんはさらに口うるさくなる。とりあえず検討しますって伝えておけばいいから。」フーマは私のために言ってくれている。そう分かっていてもモヤモヤした。本音を隠して付き合い続けるわけにはいかない。「フーマのお母さんに適当な嘘をつきたくない。仕事は続けるってちゃんと話すわ。」「咲の気持ちは分かるけど、母さんは自分の思い通りにならないと怒るんだ。結婚前に母さんと咲の仲が悪くなるなんて嫌だよ。」フーマは慌てた様子で私をなだめる。彼の考えも理解できるが、「検討します」なんて伝えたら義母は今後もずっと私の仕事に対して口を出し続けるに違いない。曖昧にお茶を濁したところで、お母さんは引き下がらないと思う。だからきっぱりと断っておきたい。「分かったよ。でも俺は忠告したからね。」渋い表情のフーマを余所に、私は自分の気持ちを義母に送信した。すると翌日、彼女から電話がかかってくる。「咲さん、昨日の返事は何?あなたは私に逆らうの?」義母は厳しい口調で相当怒っていた。「フーマの嫁が働く必要なんてないの?あなたは息子を支えるつもりよね。なんで仕事を続けるのよ。」「お伝えした通り、私は仕事が好きなんです。家事はもちろんフーマと協力して…」「フーマに家事をさせるってこと?ありえない。彼の収入は咲さんよりも多いの。仕事なんてやめなさい。フーマに恥をかかせないで。」彼女は私の意見に耳を貸さず一方的にまくし立てる。話し合いなんてできる状況ではない。「ひとまず検討しますので…」結局義母に言い負かされ、「考える」とだけ伝えて電話を切った。今後彼女に反論するたび、毎回文句を言われるのだろうか。慎重に付き合うべきだと思い、私は改めてフーマに相談した。「お母さんは自分の意見を押し付けて私の話を聞いてくれない。こんなことがずっと続くの?」「いや、結婚後は父さんたちと距離を置くよ。必要以上に関わらなくていいから。」彼なりに気を使ってくれているようだ。あくまでも席を入れるまでうまくやってくれたら十分だという。「ごめんな。俺も咲の味方でいたいけど、母さんのことも大切だから。」フーマは私と義母の間で板挟みになっている。心労が絶えないのは彼も同じだ。「それじゃあ正式に入籍するまではどうにかやっていくよ。」私は義母の激昂に振り回されつつ、その後はより一層身なりに気をつけた。 そして結婚に向けて準備を始めた私たち。穏やかな日々を過ごしていたものの、内心不安で仕方ない。もうすぐ両家顔合わせがあるのだ。心配なのは母と義母を合わせること。義母のことだから、私だけではなく母にも嫌味を言うに違いない。自分がけなされても少々のことなら我慢できる。しかし母を侮辱されたら、私も黙っていられないかもしれない。そこでフーマに相談してどうにかできないか考えようと思った。「フーマからお母さんに釘をさしてくれない?母には失礼なことを言わないでって。」「いくら母さんでもそんなことしないと思うけど。」「いや、私に対してあの態度なら母にも同じようなことをすると思う。もちろん何事もないならいいんだけどね。」彼も最初は私の話を真剣に聞いてくれていた。だがだんだんと面倒そうな顔をするようになる。「なるようになるし、悩む必要ないと思うよ。咲のお母さんは聞き流すんじゃない?」「聞き流すとかそういう問題じゃないの?私はただお母さんに辛い思いをさせたくないだけで…」現場で懸命に働く母を誇りに思っているからこそ、義母に馬鹿にされたくない。フーマならその気持ちを分かってくれると信じていた。だが、彼は私の悩みなどちっぽけなものだと考えているらしい。「母さんは俺が注意しても態度を変えないと思う。だから咲のお母さんに何を言われても気にしないでって、事前に伝えておいた方がいいんじゃない。」「お母さんには何も言ってくれないの?私のお母さんが見下されても我慢しろってこと?」「仕方ないよ。母さんは思ったことをそのまま口にする人だから。咲のお母さんは大人だから大丈夫でしょ。」フーマからすれば、私の母がけなされても大した問題ではないようだ。こちらが耐えれば丸く収まると言い切った。ただ逆の立場だとどうだろう。「フーマはお母さんが侮辱されても怒らないの?その場で聞き流せる?」自分の家族が馬鹿にされたら誰だって怒るはずだ。彼はそれでも私の母に我慢するよう求めるのか。そう問いかけるも、フーマはヘラヘラと笑った。「ああ、どうだろう。副社長の妻で家のことも完璧にやってて、そんな母さんが侮辱されるようなことないしな。」「それはそうだけど、私はただこっちの気持ちも考えて欲しくて…」「とにかく大丈夫だよ。母さんが言いすぎたら俺と父さんが止めるし。」彼は適当に言い、話を終わらせる。いい加減な態度に不満を覚えるものの、私が頼りすぎていたのかもしれない。仕事で忙しい中、家族の問題まで相談されたら面倒だと思うに決まっている。フーマに罪悪感を覚え、私は自分1人でどう対処すべきか考えることにした。私が母を庇ったところで義母は嘲笑うだけ。注意すれば逆上するに違いない。義母はとことん私を見下しているのだ。フーマは義父が止めに入るように話していたが、そうは思えない。挨拶の時と同じく義父もまた母に冷ややかな視線を送る可能性がある。もちろん母には見た目に気をつけるよう伝えるつもりだ。少しでも不安要素は潰しておきたい。義母が厳しい人だということは母もすでに知っている。だから母なりに用心するだろう。両家顔合わせが近づくにつれ、思い悩む日々が続いた。 そんなある日、突然義両親から食事に誘われる。義家族3人と食事だなんて正直気が重い。可能なら断りたかったが、フーマは当然のように承諾する。「波風立てないよう、適当に話を合わせるだけで大丈夫だから。」そう促され、私はしぶしぶ彼と共にレストランへと向かった。ただ顔を合わせるなり義母が口元を緩ませる。「今日もまた一段と見苦しい格好をしてるわね。私たちとの食事なんだから、もっと気合いを入れないと。」「すみません。今日は先ほどまで仕事だったもので。」「まだ仕事してるのね。早くやめろって言ってるのに。あなたがいなくても職場は大丈夫よ。どうせ大した仕事じゃないんでしょうし。」本当は反論したかったが、フーマから話を合わせるよう言われている。それに義母を刺激すれば両家顔合わせを最悪の状態で迎えることになるかもしれない。私は口を噤み、愛想笑いを浮かべた。だが食事が進むうちに、義母は次第に嫌みを言わなくなっていく。そんなことを話せるような雰囲気ではなかったのだ。「父さんが掛け合えばどうにかなるんじゃないの?せっかくの再開発計画なんだから、絶対に成功させないと。」「フーマの言う通りだ。こんなことで諦めるつもりはない。」浮かない顔で仕事の話をするフーマと義父。どうやら彼らの働く建設会社は現在、社運をかけた再開発計画を進めているのだ。そう。とある繁華街の古い倉庫を取り壊し、その周辺に高層タワーマンションとショッピングモールを建設する予定らしい。2人の会社だけではなく、大手ゼネコンと組んで工事を行いたいとのこと。ただゼネコン側の反応が芳しくない状況だった。「こっちはすでに銀行にも説明して話を進めているのに、向こうは何を迷っているのか。必ず成功するに決まってるんだぞ。」地元の地主をまとめ再開発案件を持ち込んだ義父の会社。ゼネコン側が難色を示す理由が分からないという。そのせいで義父は頭を抱えていた。「今回の計画は数千億円規模の仕事だ。営業しなくてもそれが手に入るんだから、喜んで受けるべきなのに。」「でも今度、解職があるんだよね。そこできっと挽回できるはずだ。父さんなら大丈夫。ゼネコン側も最終的にはうちと組んでくれるよ。」フーマは明るい表情で義父を励ます。近々ゼネコンの社長と解職する予定らしい。義父はそこでなんとか協力の確約を得られたらと考えている様子だった。「社長を接待で落とせばこっちのもんだ。会長が実質的な権限を持っていると聞いたが、どうせお飾りだろう。表に出てこないって噂だよね。本当にいるのかどうかも怪しい。」「父さんにかかれば問題ないと思う。」今回の再開発計画がうまくいけば会社は安泰だと話す2人。私は黙って彼らの会話に耳を済ませていた。すると義父が突然口角を上げる。「お、咲さんの前で話すことではなかったか。私たちの業務がどれほど大変か分からないだろう。咲さんは毎日誰にでもできる仕事をやってるもんな。」彼は自身の仕事ぶりを得意に語り、私に対して見下すような目を向けた。確かに私の仕事は副社長ほど責任重大な業務ではない。ただこちらもプライドがある。「お言葉ですが…」私は反論しようと声を上げた。だが、フーマが先に口を開く。「父さん、やめなよ。咲も頑張ってるんだから。咲も怖い顔しないで。今のは父さんの冗談だ。」彼は慌てて機嫌を取る。波風立てないよう忠告されたのを思い出し、私は言葉を飲み込んだ。その間、義母は冷ややかな目でこちらを見ていた。「咲さん、お父さんとフーマと並べると思ってるの?あなたの業務なんて高が知れてるのに。本当のことを言われては。咲さんは器が小さいな。フーマの嫁になるんだから、もっとどっしり構えなさい。」両親は相変わらず私に当たりが強く、フーマは困った顔をするだけで、その後は助けてもくれなかった。さすがに耐えられず帰宅後、フーマに詰め寄る。「お父さんたちはこれからも毎回私を馬鹿にするの?席を入れるまで我慢して欲しいって話だったけど、もう無理よ。できれば関わりたくない。」「ごめん。でももう少しの辛抱だからさ。結婚前に咲と父さんたちの関係が悪化するのは避けたいんだよ。」「だけど私は食事にも行きたくなかった。お父さんたちとは距離を置きたい。」私に寄り添ってくれている彼にはさほど不満はない。しかし結婚すれば義両親と家族になる。今のような状況が続くと思うと、フーマとの入籍をためらう自分がいた。それを伝えた途端、彼が申し訳なさそうな顔をする。「食事を断ったら父さんたちは一層咲に冷たくなる。それが分かっていたから、どうしても一緒に来て欲しかったんだよ。だけど嫌な思いをさせてごめん。」彼なりに私と義両親の間を取り持ってくれているのだろう。それを分かっていても、なおもう我慢の限界だった。「今後はできるだけお父さんたちと会いたくない。お母さんからのメッセージも送るのやめるよう言ってよ。」未だに義母は毎日嫌味やら心配やらを私に送信してくる。さすがに返信するのもおっくうになっていた。ただ私の言葉にフーマは眉を潜める。「わがまま言わないで。父さんも母さんも悪気はないんだから。咲は大人だから我慢できるだろう。」「だから今まで耐えてたでしょ。でももう無理。我慢すればするほど2人は図に乗るし。」「ごめんてば。俺が謝ればいい。」半ば逆切れ気味に謝罪の言葉を口にするフーマ。彼に突き放された気がして何も言えなくなる。「あまりにひどい時は俺だって庇ってるだろ。それでもまだ被害者ぶるの?俺が父さんたちに嫌われてもいいと思ってる?」「いや、そういうわけじゃ…」「俺だって配慮してるんだから、もう笑って聞き流せよ。とにかくこの話はもう終わりだから。」不機嫌そうに顔を背けると、フーマは席を立った。彼が私たちの間で葛藤していることは分かる。とはいえ、とうとう助けてくれないフーマと結婚していいのだろうか。今後彼が絶対に庇ってくれるとは言い切れない。私はフーマとの結婚生活を徐々に憂慮するようになった。 そんな中、迎えた両家顔合わせの日、母にトラブルが起こる。なんと現場で不発弾が見つかったというのだ。「咲、本当にごめんなさい。緊急事態だからどうしても現場にいないといけないの。顔合わせには遅れるかもしれない。」そんな電話で事情を説明された瞬間、私は体から血の気が引くのを感じた。顔合わせに遅刻なんてすれば義両親の印象が悪くなる。2人は絶対に私や母に対して嫌みを言うはずだ。「仕方ないことなのは分かるけど、どうにか間に合わせてほしい。今日は大事な日だから。」「そうよね。できる限り早く行けるように調整するわ。フーマさんたちには咲から伝えておいてくれる?ごめんね。」彼女も罪悪感を抱いているのだろう。申し訳なさそうに呟いて電話を切った。私も母の仕事を知っているからこそ責められない。「すみません。実は母が…」すでに両家顔合わせを行う料亭についていたため、即座に義家族に事情を説明する。フーマは目を丸くし、義両親は険しい顔をした。「不発弾が見つかったところで、咲さんの母が残って何になる?警察や自衛隊に任せておけばいいもの。高が1作業員が責任を感じて…」「顔合わせに遅れるなんて、なんて失礼な人なのかしら。」「本当に申し訳ございません。」予定時間が迫る中、ますます義両親は不機嫌になっていく。待たされることが不快なのだろう。私がいくら謝ろうが彼らの様子は変わらない。フーマはそんな義両親をなだめるも、呆気に取られたような表情を浮かべた。「父さんみたいな経営者でもないのに、こんな日まで仕事を優先するなんて。」ため息をつく彼を見て一層焦りを感じる。今すぐにでも母に来て欲しかった。その時、私たちのいる個室のドアが開く。「大変お待たせしてしまい、申し訳ございません。」母はなんと予定時刻ぴったりに料亭へとやってきた。私のために間に合わせてくれたのだろう。そのことに感謝するも、母の服装を見て言葉を失った。彼女はボロボロの作業服を着ていたのだ。「お母さん、それ…」全身泥がついており、おまけに髪は乱れている。先ほどまでヘルメットをかぶっていたからか、跡がついていた。そんな料亭にふさわしくない母の格好に唖然とする義家族。義家族はきちんとした身なりだったからこそ、余計に差が際立った。「何よ、その見苦しい格好は。今日は顔合わせの日なのよ。非常識にもほどがあるわ。」「作業員からすればこれが常識なのか。全く品を知りなさい。こんな女が親なら、咲さんの品も知れてるだろうに。」真っ赤な顔をして義両親が激怒する。2人が怒るのも無理はない。フーマは罰が悪そうに目をそらす。「ありえない。咲のお母さんがこんな人だとは思わなかった。」私はさすがに母を庇えず声を上げた。「ちょっと、どうして着替えてこなかったの?今日は特に身なりに気をつけてって伝えてたのに。」「ごめんなさい。着替えてたら時間に間に合わないと思って。今日は緊急事態でどうしても抜けられなかったんです。申し訳ございません。」母は何度も頭を下げて謝罪する。それでも義両親の怒りは収まらない。「ただの作業員だろう。どうせ何もできないんだから、さっさと退職すればいいだろうに。」「本当に親が親なら子も子よね。2人揃って仕事ばかり優先するなんて。やっぱりフーマとの結婚は認められません。住む世界が違うみたい。」「待ってください。」義母が婚約破棄を宣言した瞬間、頭が真っ白になる。確かに母がボロ服で顔合わせに来たことはとめられるべきだ。だがまさか結婚の話が破談になるなんて。「母にも事情があるんです。どうか許してもらえませんか?咲は悪くありません。悪いのは私なんです。どうか2人を引き裂くようなことはおやめください。」母は義母に詰め寄り、考え直すよう促す。しかしそんな母に向かって、あろうことか義母は手元にあったコップで冷水をぶっかけた。「貧乏人らしい。小汚い格好ね。私が洗ってあげるわ。」「そこまでする必要ないですよね。母は事情があって作業服で来たってお伝えしたじゃありませんか。いくら腹が立ったとしてもやりすぎだ。」私はハンカチを取り出し母に渡した。「お母さん、拭いて。風邪を引いちゃう。」「咲、ありがとう。私のせいでごめんね。」そんな私たちを見てフーマはため息をつく。「さ、さすがにこれはないよ。父さんと母さんがかわいそうだ。」「フーマ、聞いて。さっきも言ったでしょ?母は仕事の…」「お母さんは現場作業員でしょ。トラブルの時に動かなくちゃいけない立場じゃないよね。咲のことは好きだけど、価値観が違うのかもしれないね。」彼は諦めたように肩を落とし、義両親に視線を送った。「父さん、母さん、嫌な気持ちにさせてごめん。咲たちがこんなにも非常識な人だとは思ってなかったんだ。」「フーマが謝ることじゃないわ。あなたも被害者だもの。もう咲さんのことは忘れなさい。彼女は不釣り合いよ。」「そうだな。」義父も義母に同意する。「咲と結婚したら、俺たちも家族になる。そんなの嫌だろ。今ならまだ間に合う。婚約を破棄しなさい。」「フーマ、私は…」義両親に何を言われようと、結婚は私とフーマが決めるべきことだ。私は自分の気持ちを正直に伝えようとした。だがフーマが先に口を開いた。「咲、俺と別れてくれ。結婚の話はなしだ。」彼は義両親の考えに同意して、あっさり婚約を破棄した。私がどう思っていようが、フーマは耳を貸すもりはないらしい。「俺たちは格差がありすぎたんだよ。咲には俺よりもっとふさわしい人がいると思う。」「それこそ現場の作業員とか?本気で言ってるの?」「冗談なわけないでしょ。」彼は以前、現場で働く母をかっこいいと褒めてくれたはず。そんなフーマが現場作業員を馬鹿にするなんて。私は婚約破棄よりも彼に裏切られたことが辛かった。唖然とする私を見て、義両親は口元を緩ませる。「あら、婚約破棄になったんだから、さっさと出て行って。あんたたちの顔も見たくないわ。」「咲さん、母親を連れて帰りなさい。そして2度とフーマに近づくな。このまま一緒にいたら、私たちまで恥をかくことになる。」すると2人に向かって母が目を細めた。「ええ、そのようですね。人を見た目と肩書きでしか判断できないような方々と言ったら、こちらが恥をかくでしょう。」「何を言って?」義母が驚いたように彼女を見つめる。先ほどまで黙り込んでいた母が口を開いたため、驚いたようだ。そんな義母を無視して、母は私に視線を送る。「咲、私のせいで婚約破棄になってしまいごめんなさい。だけどフーマさんとは結婚しない方がいいわ。建設会社で働きながら現場作業員を見下すようなことを言うなんて。」「そうだね。私もお母さんが侮辱されて許せない。」作業服で来たことを怒られるだけならまだしも、義家族は仕事までも侮辱したのだ。私自身もうフーマと結婚する気などなかった。母と共に席を立ち、個室を出ようとする。ただ彼女はポケットから名刺を1枚取り出した。「まだ名乗ってませんでしたね。私の名刺を置いていきます。」母がテーブルに置くも、3人は見向きもしない。「作業員の名刺を見せられても困る。今後関わらないし、名乗る必要もないというのに。こんなのゴミと一緒じゃない。」そう言って義両親は母の名刺を投げ捨てる。そして私たちが出ていくまで、3人は嘲笑し続けていた。「咲と結婚せずに済んでよかったよ。」今まで信頼していたフーマに裏切られてショックだったものの、母を守れたことだけは救いだ。どれだけ彼が好きでも、育ててくれた母を見放すことはできない。私こそフーマと結婚せずに済んでよかったと思った。 だが帰宅後、スマホを確認して目を疑う。知らぬ間にフーマから何度も電話がかかってきていたのだ。着信履歴には彼だけではなく義両親の名前も残っている。婚約破棄を突きつけておいて、今更何の用だろうか。母は私の表情を見て異変を察したのだろう。「どうしたの?もしかして何かあった?」彼女は心配そうにこちらを見つめる。「実は3人から電話があったみたいで…」スマホの画面を確認した途端、母は渋い顔をした。「やっぱりかかってきたわね。とりあえず無視をしておきなさい。咲がわざわざ電話に出る必要ないわ。」そう言われてしばらくの間放置していたものの、義家族からの鬼電話は続く。あまりのしつこさに根を上げ、私は母に伝えた上でフーマからの電話に出た。「もしもし。」「咲、一体どういうこと?」母にも聞こえるようスピーカーモードにしたのだが、部屋中に彼の叫び声が響き渡る。フーマは電話の向こうでかなり動揺している様子だった。「ごめん。何の話?私とは別れるのよね。要件だけ伝えてくれないかしら?」淡々と告げると、彼は声を震わせる。「咲のお母さんが会長って本当なの?俺、そんなこと聞かされてないよ。」「話してなかっただけで、本当だけど。」「じゃあ俺に嘘をついてたの?お母さんは現場作業員だって言ってたじゃないか。」「嘘なんてついてない。お母さんは現場作業員でもあり会長でもあるの。」事実を知り、動揺するフーマ。彼の近くには義両親もいるのだろう。電話越しに誰かが息を飲む音が聞こえた。実は私の母は大手ゼネコンの会長なのだ。しかもその会社こそ、義父が手を組みたいと語っていたゼネコン。義家族は今になってその事実に気づいたらしい。「そんな、咲のお母さんが会長なんてありえない。どうして会長という役職につきながら現場にも出るんだよ。」彼が疑うのも当然だ。普通、会長が作業員として働くなんておかしいと思われるだろう。でもそれは母なりの考えがあってのことだ。元々は母方の祖父が会社を経営していた。そんな祖父の背中を追いかけ、母は彼の後を継ぐべく入社した。彼女は就職後、作業員として現場で様々なことを勉強したそうだ。私はかつて現場にこだわり続ける母を不思議に思い、尋ねたことがある。「年齢も重ねて力仕事が大変になってるんじゃない?そろそろ会長職に集中したらどう?」彼女はそんな私に向かって首を横に振った。「咲のおじいちゃんが言ってたのよ。うちで働くなら作業員の経験が必要だって。だから今でも現場に出て実情を把握してるの。」「じゃあおじいちゃんも現場の作業に重きを置いてたの?」「ええ、会社にこもるなんて性に合わないっていつもぼやいてた。私はお父さんに似たんでしょうね。現場の作業しなくちゃ落ち着かないのよ。」それ故、母は会長として表に立つことはない。信頼している部下である社長に会社のことは任せているようだ。だから義父も母の正体には気づかなかったのだろう。「嘘だ。あなたが会長だったなんて。」驚きのあまり声が出ないのか、彼は小さく呟いた。フーマから電話を取り上げたらしく、義父が続ける。「どうして最初にお伝えしてくださらなかったんですか?会ってすぐに名刺を渡してくれたら、こちらだって…」「ですから置いて行きましたよね。あの時確認していれば気づけたと思いますが。」黙っていられなくなったのか、母が口を開いた。義家族は残していった名刺をふと確認して呆然としたらしい。けれど当然すぐには信じなかった。義父は「でたらめだ」と決めつけ、ゼネコンの社長に確認を取ったそうだ。しかし社長が事実を認めたという。「まさか本当に会長様だとはびっくりしました。誠に申し訳ございません。お詫びをしたくてご連絡差し上げた次第です。」母の役職を知り、慌てて電話をかけてきた義家族。だが、フーマはまだ半信半疑のようだ。「どうして俺に話してくれなかったの?お母さんには事前にお会いしてるのに。俺と父さんの会社があの建設会社だって知ってたよね。」以前私がプロポーズをされたと報告した段階で、母にはフーマの勤務先を伝えている。その時彼女は私に、自分が役職についていることを黙っていて欲しいと告げた。「お母さんなりに考えがあると思って、話さなかったの。でも結婚したら教えるつもりだった。お母さんが隠した理由は、後で気づいたの。」顔合わせ直前、母から大事な話があると連絡を受けたのだ。そこで義父とフーマが語っていたゼネコンこそ母の会社だと知った。食事の場では2人は社名を口にしなかったので、私も全く気づいてなかった。「この前、ちょうど話してたの。ゼネコンと組みたいけど、向こうが難色を示してるって。まだ答えを出しかねてるの。そんな状況で私の立場を知ったら、フーマさんたちが媚びを売ろうとする可能性がある。だから正式に会社側から返答するまでは黙っててちょうだい。」そう頼まれて、私は今の今まで義家族に隠していたのだ。するとフーマがいぶかしげな声を出す。「じゃあ俺たちがどんな人間か確認するために、わざわざ作業服を着てきたってこと?俺たちを試してたんだよね。」「違うわ。現場で不発弾が見つかったのは事実なの。お母さんだって作業服で来るつもりじゃなかった。」母は顔合わせ直前まで現場で指揮を取っていた。作業員を避難させた後、警察や自治体と連携して周辺住民に事情を説明していたらしい。同時進行で工事の依頼主にも事態を報告し、納期の調整を行っていたそうだ。「お母さんは作業員や住民を守りたかったの。だからギリギリまで動いてた。」ただ母は事前に今日顔合わせがあることを社長に伝えていた。社長は母を気遣い、現場の指揮を代わりに取ると申し出た。そのおかげでどうにか間に合ったというわけだ。「作業服で来たことは私自身申し訳なく思ってます。でもこちらの事情も分かってくれますか?母は本来、きちんとした格好で行くつもりだった。けれど結果として作業服で向かうしかなかっただけ。」それを伝えた途端、またもや義父の絞り出したような声が聞こえる。「役職を明かした上で理由は話してくださったら、こちらも婚約を破棄したりしなかったのに。」「会長だとはあえて教えていなかったものの、不発弾が見つかったことはお伝えしてましたよね。だけどそちらは受け入れなかった。作業員ごときが現場に残ったところで無意味だと思った。」「お考えはよくわかりました。作業員ごときだなんて。」母は義父の発言が許せなかったらしい。語気を強める。「私が会長だからそちらは謝罪してるんですよね。本当に作業員だったら、連絡なんてよこさなかったでしょ。」「いや、それは…」「現場で働く人間を軽く考えているような人と話すことはありません。要件が終わったなら、もう電話を切りますが。」彼女は険しい顔で義父を淡々と詰めた。電話口の彼の声が一層弱々しくなる。「お待ちください。私も反省しているんです。まさか計画を断られるとは思ってなくて。」実は先ほど義父は、母が本当に会長かどうかを以前からやり取りしていた社長に確認したらしい。すると社長から、母は会長で間違いないこと。そして正式に再開発計画の話は断りたいと告げられたそうだ。「会長が決めたことですよね。」「ええ、今回の話はなしにします。最初から乗り気ではなかったけれど、改めて受けるべき案件ではないと思って。」「どうしてですか?私たちはこれまで丁寧に話を進めてきました。先日社長との解職でも手応えを感じたんです。顔合わせでの非礼はお詫びしますが、指示で契約をキャンセルするなんて。」義父は断られた理由に納得がいっていないのだろう。不満を口にして母に考え直すよう求めた。しかし彼女は顔を顰めたまま。「誤解しているようですが、私は顔での態度を理由に断ったわけではありません。」「ではなぜ?」「貴社が今回の再開発のために無理な融資を受けたと知ったからです。今回の計画に力が入ってることは分かりますが、さすがに手を組むなんて危険かと。」今回の再開発のような規模の大きい計画では、銀行から多額の融資を受ける必要がある。義父の会社はまだ答えが出ていないにも関わらず、母のゼネコンと組むと銀行側に言い切っていたそうだ。その結果、多額の融資を受けることができた。だが母からすれば、不審感を募らせるきっかけになったらしい。しかも相当な額。「私たちの会社が断ったらどうなるか、考えなかったんですか?」「まさか断られると思ってなくて。でも会長がなぜそれを知ってるんです?計画のご説明ではそんなことは伝えていないのに。」「手を組んでいい相手か検討するために調べさせてもらいました。」今回義父の会社は母のゼネコンと共同企業体を組むことを提案していた。彼は「地主交渉や役所への根回しはうちがやる」とし、実際の設計や施工などでゼネコンの力を借りたかったらしい。その最終的な判断を仰ぐため、先日ゼネコン社長との解職をセッティングしたそうだ。「社長からも詳しく聞いてるんです。あなたがどんな態度だったかを。ひたすら媚びへつらい、我が社を大いに褒め称えたそうですね。その姿勢を社長は怪しく思ったみたいですよ。」義父が収支をごまかしていたと聞き、必死になって計画を遂行させようとするのは何か理由があるのではないかと考えた母。そこで改めて義父の会社について調べ上げることに。その結果、融資に関する話を耳にしたという。「もし断られたら、これまでの準備のために使ったお金が全て無駄になり、挙げ句の果てに多くの融資だけが残る。それを避けたくて社長の機嫌を取ってたんでしょ?」「いや、そんなつもりじゃありません。貴社が素晴らしいと思っているのは私の本心です。社長も優秀な方で…」「社長を接待で落とせばこっちのものだと言ってたそうじゃない?さっきから全て聞いてるわ。」言葉を失う義父。実は私は食事の席で彼とフーマが話していたことを母にも報告したのだ。あの日義父は会長のことを「お飾りだ」と言って笑っていた。彼の目には最初から社長しか映っていなかったのだろう。実質的な権限を持っているのは母だというのに。「どうして勝手に話すんだ?あれは俺とフーマの秘密だったんだぞ。」「すみません。会長である母を馬鹿にされた気がして、話してしまったんです。」「面倒なことをしやがって。」母相手には丁寧なのに、私には声を荒らげる義父。彼は目上の人間にしか興味がないようだ。そんな義父の態度に母が呆れてため息をつく。「咲はよかれと思って伝えてくれたの。そもそも家族会議とはいえ、第三者にも聞こえるような場所で話していた。あなたたちが悪いんじゃないかしら。」「申し訳ありません。今のは本心ではなく…」「表に出てこないから、私に契約を決定する力はないと考えていたのよね。だけど曲がりなりにも会長よ。社長は私の意見を尊重して動いてくれるの。」彼女に攻め立てられ、義父はすっかり黙り込んでしまった。するとフーマが声を上げる。「会長の言う通りです。申し訳ございません。父は見くびっていたんだと思います。ですが俺たちも反省してますので、どうか考え直していただけませんか?」社運をかけた再開発計画が破綻するのではないかと焦っているのだろう。フーマは謝罪の言葉を口にして母に懇願する。だが彼女の考えが変わることはなかった。「今回のことは2人の態度だけでなく、様々な点を考慮して結論を出したんです。あなたたちが謝ったところで、何の意味もありませんから。」「ですが…」どれだけ訴えようと、母の口調は厳しいままだ。フーマは彼女に泣きついても無駄だと悟ったのか、次は私にすがろうとする。「咲、なんで俺に話してくれなかったの?お母さんが黙っててお願いしたとしても、どうして言いなりになるんだよ。結婚したら俺たちは家族になる。もっと信用して欲しかった。」私が事前に伝えなかったことを根に持っているらしい。しかし母の言う通りにしてよかったと今は思う。「信用したかったけど、フーマはお父さんたちの肩を持ったじゃない。母を傷つけたくないと相談しても、邪険に扱って。」最初は彼も私と母を庇ってくれていた。そんなフーマを見て、事実を黙っていることが申し訳なく思った時もある。だが彼はいつしか義両親の味方となっていた。今回の両家顔合わせでも、母の事情を知りながら攻め立ててきたのだ。「フーマもお父さんと同じように、役職で人を判断するのね。現場で働く母をかっこいいと褒めてくれて嬉しかったのに。」「違うんだ。俺だって今日のことは本心じゃない。父さんたちに言われて、反論できなくて。」「じゃああなたはお父さんたちに言われるがまま婚約破棄を選んだの。私の気持ちも聞かずに。」「本当にごめん。俺がバカだった。咲のことを本気で愛していて。」フーマは私に愛を囁き、復縁を迫る。しかし彼の狙いはあくまでも母のゼネコンと手を組むこと。会長の娘だからと、仕方なく謝罪しているようにしか思えない。もうフーマのことを信じられなくなっている自分がいた。「『結婚せずに済んでよかった』って笑ってたじゃない。フーマにはもっとふさわしい人がいると思うよ。だからもう諦めて。」「そんなこと言わないでくれよ。ほら、母さんも謝って。」フーマは自分たちだけでは解決できないと考え、今まで黙りこくっていた義母にも謝罪するよう要求する。「母さんは大手ゼネコンの会長に水をかけたんだよ。自分がどれだけ大変なことをしてかしたか分かってる?」「異常は張るな。お前のせいで計画がパーになるんだぞ。さっさと謝ってくれ。」電話の向こうでわめく2人。プライドが高いのか義母はなかなか口を開かない。しかしばらくの沈黙の後、か細い声が耳に入る。「すみませんでした。」電話越しでも義母が不本意であることが容易に想像できた。反省などしていないに決まっている。母もそう感じたのだろう。「謝る気がないなら構いません。電話は切りますね。」きっぱりと告げ、通話を終了しようとする。その瞬間、義父とフーマが声を張り上げた。「母さん、ちゃんと謝って。いい加減、自分の非を認めろ。子供じゃないんだから。」義母は2人に詰め寄られ、ことの重大さに気づいたのだろう。「申し訳ございません。」弱々しい声で改めて謝罪する。反吐が出る思いなのか、その後は言葉をつまらせていた。「あなたは初対面の私に水をかけました。どれだけ失礼なことをしたか理解してますか?」「もちろんです。ついカッとなってしまい…でも会長を傷つけるつもりはなくて。」「さっきからも話を聞いてます。あなたは私の娘のこともごとく馬鹿にしましたね。彼女がどれだけ仕事が好きか、傍から見ていれば分かると思いますが。」義母から仕事をやめるよう言われていると相談した際、母は真剣になって話を聞いてくれた。その上で「許さない」と私以上に怒ってくれたのだ。フーマに適当に流される中、彼女の対応がどれほど嬉しかったか。「あなたの考えを押し付けて咲を苦しめるなんて最低です。そんな方と家族になるべきではない。私はそう考えました。」「私はただフーマと咲さんのためを思って言っただけです。共働きだとすれ違うことも多くなると…」「でもフーマさんに仕事をやめろとは言ってないですよね。なぜ咲にだけ求めたんですか?」母が追及すればするほど、義母の声はどんどん小さくなっていく。もう言い返すことすらできないのだろう。「本当にすみません。2度とそのようなことはしませんので。」消え入りそうな声で謝罪を繰り返した。しかし彼女は自分の非を認めたわけではない。義父やフーマに詰められて、しぶしぶ謝っているだけだ。それゆえ母は義母を許す気はないらしい。「婚約は破棄したので、今後私と咲には関わらないでください。」義家族との関係を断ち、そして再開発計画についても諦めるよう告げた。フーマと義父が大いに慌て、私と母に泣きつこうとする。「計画がパーになったらうちは終わりです。どうかもう一度だけチャンスをくれませんか?」「咲、頼むよ。俺たち会社を守りたいだけなんだ。今までのことは全部謝るから、お母さんを説得して。」これ以上話したところで答えは同じ。母の意思は固く、考えが変わることはない。「悪いけど無理よ。私には何もできない。フーマ、今までありがとう。2度とかけてこないでね。」「ちょっと、咲!」私はしびれを切らして電話を切った。その後、義家族3人の電話番号を着信拒否に設定する。もう未練などなく、私はフーマのことを忘れようと決めた。 それから1週間後、私は母から大事な話があると告げられた。「私の会社に来てくれるかしら?咲にはいつか話そうと思っていたの。」「わかった。じゃあ今度の休みにでも。」婚約破棄後、私はフーマと住んでいた家を出て一度実家に戻った。今は母と2人で暮らしている。家で話せばいいのになぜわざわざ会社に呼び出すのか。不思議だったものの、母のことだからそれなりに理由があるのだろう。私は休日、ゼネコンへと足を運んだ。そこで目にしたのは普段の現場作業員ではなく、会長として働く母の姿だった。彼女は社員に慕われ、部下に的確に指示を出す。いつもとは違う母に驚きながらも、彼女の凄さに見惚れていた。「咲、待たせてごめんなさい。一段落ついたから、ゆっくり話しましょうか。」そう言われ、母と2人で席に着いた瞬間、彼女の元に社員が1人やってくる。彼は額に汗をかき、動揺しているようだった。しかも口にしたのは予想外の知らせ。なんと会社に不審な人物がやってきて「会長を出せ」と叫んでいるらしい。彼らは自分たちは会長の義理の家族だと名乗っているとのこと。「もしかしてフーマたちじゃ…?」私たちは慌ててロビーへと向かった。そこにいたのは警備員に捉えられてジタバタともがく義家族3人。彼らはアポも取らず母の会社に押しかけてきたのだ。私たちを見つけた途端、3人は目を輝かせる。「会長、この度は誠に申し訳ございませんでした。改めて事情を説明させていただけませんでしょうか?」「咲、どうして俺の電話に出てくれないの?ずっとかけてたんだよ。もう一度ゆっくり話し合おうよ。婚約は撤回します。」「フーマもこの通り反省したので、お許しいただけませんか?私も2度とお2人を傷つけないと約束しますので。」土下座して許しを乞う義家族。彼らは誠心誠意尽くせば私たちの考えが変わると思っているらしい。だが許可もなく会社に突撃するなんて言語道断だ。「私は忙しいんです。あなた方とお話ししている暇なんてありません。急に来られても迷惑なんですよ。」母は義家族を冷めた目で見下ろした。私は呆れのあまり頭を抱える。フーマたちがここまで非常識な人間だとは思わなかった。特に義父は副社長という立場なのだから、こんなことをしたら相手がどんな印象を抱くか少しは予想がつくはずだろう。フーマも自分勝手だ。2度と電話をかけてこないよう伝えたのに、まだ諦めていないなんて。私は呆れつつも口を開いた。「私はフーマの番号着信拒否してるの。何度かけても無駄だから諦めてちょうだい。こっちは顔すら見たくないのに。」「待ってくれ。あんな電話1本で俺たちの関係は終わりなのか?こうして直接謝ってるだろ。」「お母さんを説得して欲しいから謝ってるだけよね。1度裏切られた分、フーマのことは信じられない。」そう言い切ってもフーマは引き下がらない。義母も目を潤ませてこちらに視線を送り続ける。「咲さんは優しい人でしょ?フーマのこと許してあげて。仕事はもうやめなくていい。あなたの好きにしてくれていいから。今後、私と母さんは2人のことに口を出さない。余計なことも言わないからな。フーマのために。」義両親のしつこさに言葉すら出てこない。すると母が口を開く。「咲と復縁しようがしまいが、計画について私の考えが変わることはありませんよ。そちらとは手を組みませんので。」「どうしてですか?融資については改めて説明させてください。うちは今回の再開発計画にかけているからこそ、少々無茶をしてしまったんです。でも手を組んでいただければ必ず成功するはずで…」「融資についても不満はありますが、それだけじゃないんですよね。」彼女の言葉に義父は一瞬顔を強張らせた。母が協力したがらない理由が他にもあるとは思っていなかったのだろう。「すみません。他に何かご不明な点がありましたか?私が直接説明させていただければ。」義父は張りついたような笑みを彼女に向ける。母はまっすぐ彼を見つめた。「では過去の物件についてお尋ねしてもいいでしょうか?あなた方は施工不良に気づいていながら、数値を改ざんして隠蔽したようですが。」「え、何の話でしょうか?うちの会社でそんなこと?」「知らばっくれないでください。証拠はあるので。」またたく間に義父とフーマは顔を真っ青にする。その反応からして母の話は本当なのだろう。実は義父の会社では鉄骨の柱が傾いたりコンクリート強度が不足していたりと、いくつかの施工不良が発覚していたのだ。その事実を知りながら数値を改ざんした人物こそ義父だった。彼は現場担当者を口止めし、揉み消したのだ。ただ母が言うにはフーマも知っているらしい。「口止めされた担当者はフーマさんにも相談したみたいね。だけどあなたは『副社長の言う通りにしろ』と指示したとか。」「違います。俺はそんなことしてません。」彼は詰め寄られた途端、慌てて弁解する。自分は義父の改ざんを知らなかったと言い切った。そんなフーマに母は冷たい視線を向ける。「本当に担当者が嘘をついているというの。」彼女は義父の会社について調べる中で、現場で働く作業員にも話を聞いたらしい。そこで施工不良の改ざんと隠蔽を知ったという。義父に脅されて黙ることを選んだ担当者だったが、両親の呵責に苛まれたようだ。彼は母に相談し、告発したいと語った。「自分1人で告発しても、副社長にまた揉み消される。だから力を貸して欲しい」と頼まれたの。「あの野郎、勝手なことをしやがって。」義父が激昂し、顔を真っ赤にする。その隣でフーマは目を泳がせた。もう言い逃れはできないと悟ったに違いない。「あなたのせいで現場の作業員は会社に不信感を募らせている。副社長が隠蔽なんてしていれば、そりゃ疑心暗鬼にもなるわよね。私はその話を聞いて、再開発計画には協力しないと決めたの。」ただ母はこのまま放置はできないと考えた。現場の作業員たちが苦しめられている現状を変えるべく、告発すると決めたという。私たちのやり取りを聞いていた周囲の社員が一斉にざわめいた。大手建設会社の副社長が改ざんしていたという事実に驚きを隠せないらしい。そんな社員に向かって義父が怒鳴る。「黙れ。お前らには関係ないだろ。こっちは会長に用があって来てるんだ。野次馬どもは散れ。」「うちの社員に失礼なことを言わないで。そもそもそちらが押しかけてきた挙げ句、騒ぎ立てたのが問題でしょ。社員もみんな不審な人物がやってきて不安なんです。」「会長、どうか告発だけはやめてもらえませんでしょうか?私はただ会社を守るためにやっただけなんです。施工不良なんかバレたら会社の信用が失墜してしまう。」「フーマ、本当なの?」先ほどまで黙って母の話を聞いていた義母が不安げな顔をした。彼女は義父とフーマの行動を今まで知らなかったらしい。そんな義母の質問にフーマは無言を貫く。事実だからこそ何も言えないようだ。「作業員に話を聞くべく現場も見に行きましたが、驚きました。安全管理がずさんで、人手も足りてない。それにしては工期が短く、品質管理まで考えられなかったんでしょうね。」「それは…」母は信頼できる会社かどうか、入念に調べたのだろう。その上で「この会社の下ではうちの社員を働かせられない」という結論に至った。作業員の視点でも信頼できないと考えたそうだ。「施工不良を隠したのも、工期の遅延を避けるためよね。そうでもしないと間に合わないから。」「会長のおっしゃる通りです。我が社も追い詰められておりまして、仕方なく…」義父が悔しそうに顔を歪め、唇を噛む。元々彼とフーマが務める建設会社は大手だけれど、時折り悪い噂を耳にすることがあった。ブラック企業だの、施工や安全管理に問題があるだの。同業者故に知っていたため、初めてフーマの勤務先を聞いた時は驚いたものだ。けれど、彼はあくまでも1社員。会社の評判にはあまり関係のない立ち位置だと思っていた。それがまさか義父と一緒になって隠蔽をしていたなんて。「家族とはいえ、私は無関係だからね。夫と息子が不正をしていたなんて恥ずかしい。どうしてそんなことをしたの?」義母は唖然とする義父とフーマを攻め立て、喚き出す。彼女は建設会社の社員でも何でもないので、改ざんには関わっていないだろう。怒りを現わにして義父たちを睨みつけた。「私はあんたたちが優秀だと信じていたのよ。フーマもお父さんのように、いつかは経営者になると思って。だから自慢の家族だとみんなに話してたのに。」「すまない。でも母さんに責められる筋合いはないだろう。お前は働きにも出てない。俺の仕事なんて理解できないくせに。」「隠蔽や改ざんがやっちゃダメなことぐらい、私にだって分かるわよ。バカにしないで。このことがご近所さんにバレたらどうするの?私たち、白い目を向けられるわ。」彼女は半狂乱になり、その場に崩れ落ちる。義母は義父やフーマのことを近所の人たちにいつも自慢していたらしい。副社長の夫と、会社に期待されている息子。それはそれは義母も鼻が高かっただろう。だが結果として2人は不正を行っていた。義母はその事実を周囲に知られることに怯えているようだ。「私はどうすればいいの?こんな人たちと家族だったなんて、絶対に同類だと思われる。そんなの嫌。」すると彼女は突然、母の足にしがみつく。「会長、お願いします。告発しないでください。夫と息子が処分されたら困るんです。」なんとしてでも義母は事実を公表させたくないらしい。彼女は母に泣きつき、何度も頭を下げた。しかし母は昔から正義感が強い人だ。改ざんを知った上で黙っていられるわけがない。「作業員を大事にしない2人が許せないんです。だから告発はしました。」「もうしたんですか?」母の言葉を受けて義家族が固まる。どうやら母はすでに義父の会社の社長に、施工不良と改ざん。そして隠蔽を報告しているのだ。「そう。今頃、社長が調査しているのではないでしょうか。事実が分かり次第、2人を処分する考えだと話しておりましたが。」「嘘ですよね。私は何も聞いてない。でたらめ言うのはやめてくださいよ。」「事実です。社長は2人にバレないよう調べているんでしょう。だからって今から証拠を消すことはできませんからね。そんなことをすれば、すぐに気づかれると思いますし。」「終わりだ。父さんの言いなりになんてならなければよかった。」フーマは虚ろな目でブツブツと呟く。彼は自分も加担したくせに、義父に罪をなすりつけようとした。「俺はあんなこと、作業員に言いたくなかったんです。父が間違ったことをしていると理解してました。だけど父に脅されて、逆らえなくて。」「ふざけるな。フーマは改ざんを知ってすぐ、隠蔽しようと提案しただろう。父親である俺の立場が悪くなったら、自分も影響を受けると思ったんだよな。だから必死に隠そうとした。」「違う。俺はやりたくなかったんだ。」「それでもフーマはお父さんと一緒になって隠蔽したんでしょ?今更ばっくれても同じよ。まさかあんたがそんな子だったなんて。」義母はフーマの話に耳を貸さず、語気を強めて非難する。義家族は互いに責め合い、醜い争いを始めた。そんな見苦しい喧嘩を冷ややかに眺める母。私は口を出す気にもなれず、婚約破棄して正解だと改めて思った。すると義父は今にも泣きそうな顔で再度母に土下座をする。「今回、会長が手を組んでくれないと我が社は信用を失います。社員を助けるためにも、協力してもらえませんか?私は計画から身を引きますので。」「どうしてそこまで?あなたが計画に関わらないのなら、もう私に頭を下げる必要もないでしょ。隠蔽するような人が会社のために頼むとは思えない。」彼女は義父の言動が理解できないらしい。私も不思議で仕方なかった。今後改ざんの事実が発覚したら、義父は処分を受けるはずだ。懲戒解雇の可能性が高い。それでもなお再開発計画にこだわる理由が分からなかった。「なぜうちと手を組みたいんですか?」静かに問いかけた母に、義父が声を震わせる。「融資の際だけでなく、地主たちにも説明してるんです。ゼネコンと組むから安心してほしいと。」「呆れた。あなたって嘘ばかりついてきたのね。」今回の再開発計画において、地元の地主たちの協力が必要不可欠だった。だが地主たちは義父の会社から説明を受けても不安がっていたという。「彼らは我が社の噂を知っていたのか、『本当に大丈夫なのか』と何度も訪ねられまして、私はただ地主たちに安心してもらいたかっただけなんです。」義父は悩んだ末、彼らに「あの大手ゼネコンが作りますから安心です」と伝えて説得してしまったそうだ。このまま母の会社に断られ、結果として別の会社と組むことになれば信用を失う。下手したら「話が違う」と地主が離脱し、計画自体がなくなる可能性もあるのだ。義父はその責任を追いたくなかった。「融資を受け話を進めてきた以上、我が社はもう戻れません。会長、お願いします。」「咲、お母さんを説得してほしい。俺たちのためじゃなく、うちの会社のためなんだ。咲なら分かってくれるだろう。」フーマは潤んだ瞳で私を見つめる。彼は土下座を買って出て、私を利用して母の考えを変えようとした。確かに義家族とは違い、他の社員は今回の改ざんや隠蔽に無関係だ。大手ゼネコンと手を組むと吹聴していたのも義父だけ。巻き込まれた建設会社社員はかわいそうだと思う。しかしこうなったのは全て義父とフーマの責任だ。「お母さんは会長として答えを出したの。ゼネコンの社員じゃない私が口を挟むのはおかしいでしょ。今後は銀行と地主。それに社員と、謝罪すべき相手がたくさんいるわね。」力になる気はないと言い切ると、フーマが顔を歪める。「俺たちを見捨てるの?咲ってそんなに冷たい人だった?こんなにも必死に謝って頼んでるのに。」「冷たいのはそっちでしょ。私たちにどれだけひどいことを言ったか忘れた?都合が悪くなった途端、私を利用しようとするのはやめて。」「利用じゃない。俺は咲なら助けてくれると信じてたんだ。離れて悪かった。俺は咲がいないと生きていけない。」彼は私の手を握り、ポロポロと涙をこぼす。ひょっとしたら、フーマの力は強く振りほどけない。「ちょっと、話して。色々あったけど、やっぱり俺は咲と結婚したいんだ。意地を張るのはやめて、仲直りしようよ。」「いい加減にしなさい。どれだけ咲を困らせれば気が済むの?」「お母さんは口を出さないでください。俺は咲の気持ちが知りたいんです。」彼は母に怒鳴った後、目を細め、私に笑いかける。今まで愛していたはずなのに、フーマの笑顔が気持ち悪く思えた。私の気持ちはとうに覚め切ってしまったのだろう。無理やり手を振りほどき、フーマを睨みつける。「私はフーマがいなくても生きていける。あなたと別れて清々してるの。それが私の気持ちだから。」「いや、咲は強がってるだけだろ。俺が婚約破棄を告げた時、泣きそうになってたじゃん。正直に話してよ。」「あれはただフーマの本性を知って悲しかっただけ。あなたもお父さんたちと同じ考えだと分かってショックだった。だからこそ婚約破棄になってよかったわ。」私は冷静を装い、自分の気持ちをありのまま伝えた。見る見るうちに正気を失うフーマ。すがりつけばなんとかなると考えていたに違いない。「そこまで言わなくてもいいじゃん。俺は反省して必死に謝ってるのに。」「それすらも迷惑なの。本当は顔も見たくなかった。お母さんの説得は諦めて。少なくとも私には何もできない。」見放されたと感じたのか、彼は言葉を失い項垂れる。そんなフーマに義父が怒鳴る。「お前が咲さんにうまく取り入るって話だっただろ。そんなこともできないのか。」「お父さんもやっぱり反省してないんですね。会社から責任を追求されたくないから謝ってるんですか?」「違う。私は本気で申し訳ないと思っている。」口では反省していると話す義父だが、表情を見るにそう思えない。彼は拳を握りしめて怒りを抑えていたのだ。私や母が思い通りにならなくて苛立っているのだろう。「いくらでも譲歩しますし、会長の提示する条件を全て飲むと約束します。ですからどうか考え直してください。でないと明日、会社に行けません。」義父とフーマは今日わざわざここに来るために休みを取ったらしい。ただ翌日以降、仕事に出られるのだろうか。「調査が進めば自宅謹慎になるでしょうね。会社に行く必要はないんじゃないかしら。」不意に母が言うと、義父が目を大きく見開く。「私は今まで会社のために尽力してきた。それなのにこんなことで人生がめちゃくちゃになるなんて。」「悲しんでいるところ悪いけど、今あなた方がここに来ていることも社長にはお伝えしてあるの。」実は義家族が乗り込んできたと分かった際、母はすぐさま建設会社の社長に連絡を入れていたのだ。当然向こうは慌てふためき、「警察に通報してくれて構わない」とのことだった。「もうすぐ警察も来ると思います。これで話は終わりでよろしいでしょうか?」「待ってください。お願いですから。」「すみません。もうすぐ用事があるんです。では失礼しますね。」母は義父の話を聞かず、その場を去ろうと離れた。私だけが残り、静かに義家族を見下ろす。「咲さん、お母さんの怒りをどう沈めるべきかしら?言葉だけじゃこちらの気持ち伝わらないわよね。お詫びの品、今度送らせてもらうわ。慰謝料を支払ってもいい。私たちが反省していること、咲から話してくれ。納得できないなら、君にも慰謝料を…」「馬鹿にしないでください。この後に及んでお金で解決しようとする義両親には吐き気がする。黙り込んで然とするフーマも同じだ。3人は自分たちの保身に必死なだけで、罪悪感など感じていない。本来ならこんなところに来ず、迷惑をかけた人々に謝罪すべきだっただろう。「私はお金なんていりません。もらったところで助ける気はない。どうか私たちにも母の会社にも関わらないでもらえますか?」でも義母が口を開き、再度すがろうとする。しかしその時、警察が現れて3人を連行していった。無言で従うフーマと、暴れ回る義両親。徐々に周囲の社員が仕事に戻っていく。私は3人が無事社外に出たのを確認して、母の元へと向かった。「お母さん、お待たせ。迷惑かけてごめん。」「咲は悪くない。まさかあなたがいる日に3人が来るなんてね。この後、用事が終わったら咲の話の続きをしましょう。」彼女の明るい表情にほっと胸を撫で下ろす。母がいなければ、私は義家族に立ち向かえなかっただろう。心から感謝した。 その後、調査により施工不良と改ざん隠蔽が発覚した義父とフーマの会社。当然2人は首になり、母は社長から謝罪を受けたそうだ。今後は同じことが起きないよう注意していくとのこと。社長は会社の状況を改善するべく様々な取り組みを行うと決めたらしい。再開発計画は白紙に戻し、地主らにも謝罪したと聞いた。痛みを出し切り、これからは信頼を回復すべく頑張ってもらいたいと思う。ちなみに首になった後、義父とフーマは会社から損害賠償請求をされたそうだ。賠償金を支払うはめになり、2人は慌てて転職先を探した。だが、なかなか雇ってもらえず、バイトを掛け持ちしながらなんとかやりくりしているという。そして義母もパートを始めるように促された。彼女は長年専業主婦だったため、うまくいってないらしい。しかも近所で2人の不祥事が噂され、孤立。散々自慢していた分、みんなから白い目を向けられているそうだ。これから義家族は苦しい日々を過ごしていくことになるだろう。 一方、私は今、母のゼネコンに転職し、設計部で働いている。実はあの日、彼女から「うちに来てほしい」と提案されたのだ。「私の娘だからじゃなく、実力を買ってるの。あなたならきっとうちでも活躍してくれる。今日はこの話を会社でしたくて呼んだのよ。」母の言っていた大事な話こそ、転職のことだった。しかも将来的には後を継いで欲しいそうだ。私は迷ったものの、ゼネコンへの入社を決めた。「私、いつか必ずお母さんみたいな会長になって見せるから。」現在、私は母に憧れ、現場にも出るようになった。勉強することばかりで大変だけど充実している。「咲、あまり無理しないでね。困ったことがあればいつでも相談しなさい。私が力になるから。」「ありがとう、お母さん。」笑顔の母に釣られて、私まで頬が緩む。これからも一歩一歩、彼女の背中を追いかけていきたい。

12 September 2026

「お前は私を厄介ものだと思わぬのか?」義父のその言葉に、私はただ首を振った。兄嫁は消門をどっさり貰い、私たち夫婦には年寄り一人の世話だけが押し付けられた。町中が私を気の毒がり、兄嫁を高慢な嫁と褒めそやした。それでも私は、焦げ飯を分け合い、布団一枚で震えながら、義父の着物を縫い続けた。すると義父は突然、糸を買えと言い、商いの秘訣を教え始めた。そして、兄嫁が私の店を潰そうと企んでいることに気づい…

深川の裏通りに、古びた平屋が一軒あった。屋根板は所々落ち、雨が降れば座敷まで漏ってくるような家だ。そこに、かつては名の知れた商人だった権蔵という老人が一人で暮らしていた。妻は十二年前に病で亡くし、店は十年前、同業者に騙されて一夜にして潰した。今は継ぎだらけの着物をまとい、細々と日を送る身の上だった。 ある朝、長男の安五郎とその嫁のお種が訪ねてきた。お種はうやうやしく頭を下げたが、その目は権蔵の着物を上から下まで舐めるように見ていた。台所を覗き込み、米びつが透けて見えるのを確かめると、唇に薄い笑みが浮かんだ。 「お父様、お暮らしが大変なようですけれど」 「構わぬよ。年寄りの一人暮らしなどこんなものじゃ」 お種は押入れや箪笥の引き出しを探るように目を動かしていた。何かを探しているのは明らかだった。帰り際、安五郎が古い糸巻きを見て「母上が好んでおられたものだ」と言うと、お種の目が一瞬光った。 その日の昼過ぎ、末の息子の九造と嫁のお杉が訪ねてきた。お杉の手には風呂敷包みがあった。 「お父様、私が漬けましたぬか漬けでございます」 「良いのに、お前たちが食べれば良いものを」 「私たちはまた漬ければ良いのです。お父様に召し上がっていただきたくて」 お杉はぬか漬けを皿に移すと、庭に出て野菜に水をやり、権蔵の湯飲みに水を注いだ。縁側の埃を払い、破れた障子に紙を張り、糸が絡まった糸巻きを丁寧に解きほぐして巻き直した。権蔵は黙ってその指の動きを見つめていた。 日が暮れて息子たちが帰った後、権蔵は古い長持ちから帳面を取り出した。最後のページまでめくり、筆を手に取って、そっと置いた。「まだ早い」と呟いて。 数日後、大家の手代がやってきて言った。「屋根板がまた落ちておりましたよ。大雨でも来たら大事になりますぞ」 その夕方、お杉が訪ねてきて屋根を見上げ、言葉を失った。 「まあ、こんなになるまで。お父様、なぜ早くおっしゃってくださらなかったのですか? 私が明日にでも板を手に入れてまいります」 「お前たちの暮らしも楽ではなかろうに」 「お父様のお住まいが先でございます。何を置いても雨をしのげねば」 お杉は近所の機織りの手伝いや賃仕事を請け負い、夜鍋に糸を紡いで少しずつ銭を貯めた。指先にまめをこしらえながら、板を買い、大工の与吉を呼んで屋根を直した。汗を拭いながら笑うお杉の手のひらには、潰れたまめから血が滲んでいた。 与吉は感心して言った。「お杉さんの旦那さんは幸せ者だ。こんな嫁さんはそういるもんじゃない。よその大仕事まで手伝って、自分の親でもない年寄りのためにこれほど尽くすとは」 お杉は顔を赤らめて言った。「お父様は九造の父上でございますもの。私の父上でもございます。それが通りと申しましょう」 数日後、お種が町の女房たちを連れてやってきた。新しくなった屋根を見上げて言った。「立派な屋根になりましたこと。私が大金を工面して大工を頼んだのですよ」 女房たちはお種を褒めそやして帰っていった。権蔵は何も言わなかった。 町には、権蔵のところにまだ財産が残っているという噂が広まった。誰が言い出したのか、消門や古番がしまい込んであるというのだ。お種はそれを聞いて、すぐに権蔵の元を訪ねた。 「お父様、もしやどこかにお残しになったものがございませんか? 私どもにも知らせてくださっても」 「ない」 権蔵の声はきっぱりとしていた。お種は疑いを残したまま帰っていった。 九造にも噂が届いた。お杉は静かに首を振った。「噂は噂ですよ。お父様がお暮らしに困っていらっしゃること、私たちが一番よく知っているじゃありませんか。屋根一つ直すのにあれほどのご苦労をされたのですから。もし本当に財産が残っていたら、あんな屋根を放っておかれるはずがございません」 その夜、権蔵は帳面に書きつけた。安五郎の名の横に「財を問うもの」、九造の名の横に「財を問わぬもの」。 間もなく、権蔵は二人の息子を呼び寄せた。座敷に並べ、しばらく黙って二人の顔を見つめていたが、やがて口を開いた。 「お前たちの父が最後に残したものがある。店が傾いても、これだけは守り通した」 風呂敷を解くと、中から消門と小判がいくつか出てきた。安五郎が息を飲んだ。 「これを安五郎に渡す。本家として家を継いで行きなさい。消門の始末はお前の役目じゃ」 安五郎の目に隠しきれぬ喜びの色が浮かんだ。 「九造、お前は私を引き取っておくれ。何も持たせられずにすまぬな」 「何をおっしゃいます。お父様。喜んでお引き受けいたします」 お杉はその知らせを聞くと、夫の手をそっと握った。「それがどうしたというのです。お父様をお世話するのが私たちの勤めですよ」 町は持ち切りだった。「本家は消番を手に入れて、弟の方は年寄り一人だけ引き受けるんだとさ。全く気の毒な話じゃないか」 お杉は広い方の部屋を権蔵に差し上げ、自分たちは土間の脇の狭い板の間で、布団一枚を分け合って寝た。夜中に権蔵の咳が聞こえれば、湯を沸かして持っていき、夜が明ける前に起き出して飯を炊いた。白い飯は権蔵の元へ。底にこびりついた焦げ飯に水を注いだものが夫婦の食事だった。 「俺たちの飯はこれか? これだけかい?」 「お父様に先にお出しせねばなりませんもの」 九造は黙って俯いた。お杉は笑って言った。「大丈夫ですよ。私たちは若いんですから。焦げ飯だって味噌を添えれば美味しゅうございます」 冬が近づき、深川の掘り割りにも薄氷が張るようになった。九造は大工仕事の合間に、隙間風の入る壁に古い布を詰め、権蔵の部屋だけは日当たりを絶やさぬようにした。お杉は夜鍋の手を休めることはなかった。 ある夜、権蔵が咳込む声で目を覚ました。お杉は慌てて隣の部屋に飛んで行った。 「お父様、大丈夫でございますか?」 「暗いじるでない。ただの年寄りの風邪じゃ」 お杉は湯を沸かし、生姜を刻んで差し出した。権蔵はゆっくりとそれを飲み干し、ため息をついた。 「お前は私を厄介ものだと思わぬのか?」 「何をおっしゃいます? お父様は私どもの大切な父上でございます。厄介などと思うことなど一度もございません」 その夜遅く、権蔵は目を覚ました。隣の板の間からかすかな衣ずれの音がする。そっと襖の隙間から覗いてみると、行灯の淡い明かりの下、お杉が一人で権蔵の着物のほつれを縫っていた。薄い夜着だけを羽織ったその肩は、寒さに小さく震えている。指先にはひび割れが浮かび、針を持つたびに顔をしかめていた。それでも手を止めることなく、一針一針丁寧に糸を通していた。 権蔵は音を立てぬようそっと襖を締め、しばらく闇の中で目を閉じていた。 翌朝、権蔵はお杉の手を取り、ひび割れた指先をじっと見つめて言った。「それはいつからじゃ」 お杉は慌てて手を引っ込め、笑って言った。「何でもございません。ただの水仕事のあれでございますよ」 … Read more

12 September 2026

「死ぬならうちの家に入ってからにしろ」 真冬の公園のベンチで、凍えていた14歳の俺に、見知らぬ年寄りがそう言った。親戚に追い出され、3日何も食べず、もう死のうと思っていた。そんな俺を、その夫婦は湯と飯で温めてくれた。名前も聞かず、事情も聞かず、ただ「金なんかいらん。まずあったまっていけ」と。…

「死ぬならうちの家に入ってからにしろ。」 真冬の公園のベンチで、俺はその声を聞いた。がっしりした体つきの年寄りが、作業着の上にヨレたドテラを羽織って、白い息を吐きながら俺の顔を覗き込んでいた。体からは、ほんのり薪の煙と湯の匂いがした。 俺は14歳だった。3日ほどまともに何も食べていなかった。指の感覚はとっくになくなっていて、まぶたを開けているのも辛かった。親戚の家を追い出されて、行く当てなんてどこにもなかった。誰にも必要とされていない。そう思いながら、俺はただ冷たいベンチの上で固まっていた。 だから、その年寄りが差し出してきた大きな手を、俺は最初うまく理解できなかった。世の中の大人はみんな、俺を気味悪がって遠ざけるものだと、そう思い込んでいたからだ。 けれど、その手は暖かかった。 凍えきった俺の腕を、そのゴツゴツした手がしっかりと掴んだ。何十年も家を沸かし続けてきた火のぬくもりが染み込んだ手だった。 この夜が、凍えきっていた俺の人生を丸ごと変えることになるとは、その時の俺はまだ知らなかった。 俺の名前は風リタ。34歳。株式会社ユモリの代表取締役をしている。戦闘や介護施設のために、できるだけ少ない燃料でお湯を沸かす。そういう急闘の仕組みを作る会社だ。おかげ様で、今では従業員が200人を超えて、年商は80億円になった。全国のあちこちの風呂屋や施設で、うちのが湯気を上げている。 子供の頃から、俺は少し変わっていた。一度目にした数字を、そっくりそのまま覚えていられた。店先の寝札も、電車の時刻表も、新聞に並んだ細かい数字も、目に入れば頭の中の写真みたいに残った。大人の会話の中の辻褄の合わないところにも、すぐ気づいた。便利といえば便利だが、そのせいで俺は大抵の大人から薄気味悪がられて育った。 そんな俺が、なぜ湯を沸かす仕事を選んだのか。それを話すには、あの真冬の夜から始めなければならない。俺が14歳で、たった1人になったあの冬の話だ。今の俺があるのは、あの夜俺を拾ってくれた2人の年寄りのおかげなのだから。 俺の両親は、変わり者の息子を、変わり者のまま丸ごと受け止めてくれる、そういう人たちだった。父は町の小さな会計事務所で働いていた。母は近所のスーパーでパートをしていた。裕福ではなかったが、俺は毎日そこそこ幸せだった。 俺の頭が少しばかり変わっていると分かったのは、小学校に上がる前だ。父が持ち帰った調簿を覗き込んで、そこに並んだ数字を俺が全部空で言ってみせた。父は目を丸くして、それから声を上げて笑った。 「大したもんだな。父さんの仕事よりよっぽど早いぞ。」 父は俺の頭を大きな手でくしゃくしゃと撫でた。俺はその手が好きだった。 けれど、学校ではそううまくはいかなかった。友達がまだ覚えていない服を、俺はとっくに全部言えた。先生が黒板に書いた計算の間違いを、俺は手を上げて指摘してしまった。悪気なんてなかった。ただ、間違いが目に見えていたから、そう言っただけだ。 けれど、先生は嫌な顔をした。クラスの子は俺を遠巻きにするようになった。 遠足のバスの中で、俺がすれ違った車のナンバーを全部覚えていると言ったら、隣の席の子は引きつった顔で黙り込んだ。それきり、その子は俺と口を聞かなくなった。 「気味が悪い。」「何を考えているかわからない。」 そういう言葉を、俺は何度も背中で聞いた。 こんなこともあった。近所の駄菓子屋で、おばあさんがお釣りを10円間違えて多く渡してきた。俺はそのままそれを指摘した。おばあさんは「ありがとう」とは言わなかった。ただ、うさん臭そうに俺を見て、それきり俺が店に行くと嫌な顔をするようになった。 俺はだんだん分かってきた。人は間違いを指摘されるのが嫌いなのだ。例えそれが正しくても。俺の目に見えているものは、大抵の人には見えない。そして、見えないものを見える俺は疎まれる。それがこの世の仕組みらしかった。 だから、俺は学校ではできるだけ口を噤むようになった。でも、時々我慢できずに口を出してしまう。その度に、俺はまた1人になった。 その度に、家に帰ると父が言ってくれた。 「いいか、リタ。お前は変なんかじゃない。人より少し見えるものが多いだけだ。」 父はよく俺の頭に手を乗せてそう言った。 「見えるものが多いってのはな、しんどいこともある。人が気づかんことに気づいちまうんだから。でもな、いつかきっとその目が誰かの役に立つ日が来る。父さんはそう信じてるよ。」 母は母で、俺が学校で嫌なことがあった日には、決まっていつもより具が多い味噌汁を出してくれた。 「難しいことは考えなくていいの。お腹があったかいと、心もあったかくなるんだから。それで大抵のことは何とかなるのよ。」 休みの日には、父がよく俺を駅まで連れて行ってくれた。ホームの端に並んで、通り過ぎる電車をただ2人で眺めるのだ。俺が時刻表の数字を空で言うと、父はいちいち大げさに関心してくれた。 「すごいなあ。父さんにはとても真似できん。リタのその頭は宝物だぞ。」 俺はその言葉がくすぐったくて、でもたまらなく嬉しかった。学校で疎まれた数字の力を、父は宝物と呼んでくれた。その一言があれば、俺は明日もまた学校に行けた。 母は、俺が寝る前に必ずその日に会ったことを聞いてくれた。嫌なことがあった日も、母に話すと不思議と軽くなった。 「大丈夫。あんたはあんたのままでいいの。無理にみんなと同じにならなくていいのよ。」 今思えば、俺の世界はあの小さな食卓の明かりの中で、ちゃんと完結していた。父と母がいれば、外で何を言われようと平気だった。 その世界が、音もなく消えたのは俺が14歳の冬だった。 父と母が乗った車が、居眠り運転のトラックに正面からぶつかった。2人とも、その日のうちに亡くなった。 あまりに突然で、俺は涙も出なかった。実感がまるでわかなかった。ついさっき「行ってきます」と手を振った2人が、もうこの世にいない。頭がいいはずの俺の脳みそが、その事実だけはどうしても受け付けなかった。 葬式の間、俺は一言も喋らなかった。ただ、父がくれた言葉を何度も頭の中で繰り返していた。その言葉だけが、俺をろくにこの世に繋ぎ止めていた。 住んでいた家は人手に渡ることになった。俺は自分の荷物をダンボール1つにまとめた。父の使っていた電卓と、母のエプロン。持っていきたいものはたくさんあったのに、俺が持っていけるのはそれくらいだった。 ガランとした家の中で、俺は初めて声を出さずに泣いた。これから俺は、たった1人で生きていかなければならない。14歳の俺には、その事実があまりにも重かった。 両親には、身寄りらしい身寄りがいなかった。ただ、母の妹夫婦がしぶしぶ俺を引き取ってくれることになった。 初めてその家の玄関をくぐった日のことを、俺は今でも覚えている。おばは俺の顔を見るなり、困ったような迷惑そうな表情を隠さなかった。おじは俺と目も合わせなかった。俺はその空気だけで全てを悟った。ここは俺のいていい場所ではない。俺は招かれざる客なのだと。 それでも、両親をなくしたばかりの俺には行くところなどどこにもなかった。俺は頭を下げて、その家に置いてもらうしかなかった。せめて迷惑をかけないように、目立たないように、俺は自分の気配をできるだけ消して暮らそうと心に決めた。 おばの家には、俺と同い年の従弟がいた。最初のうちは、おばもそれなりに気を使ってくれていたと思うけれど、それは長くは続かなかった。 きっかけは些細なことだった。ある晩、おじが今でお金の話をしていた。俺は隣の部屋でそれを聞くともなく聞いていた。2人の話す金額と、テーブルに広げられた通帳の数字が、どうしても頭の中で合わなかった。俺はつい口を挟んでしまった。 「おじさん、その計算5万合ってないよ。先月の分を2回足してるから。」 叔父の顔色がさっと変わった。しばらくして、それが叔父が家の金をこっそりごまかしていた分なのだと、俺にも分かった。分かってしまった。俺はただ目に入った数字を口にしただけだったけれど、それがいけなかった。 その日から、叔父夫婦の俺を見る目がはっきりと変わった。 「あの子、気味が悪いわ。人の家の金を勝手に覗いて。」「うちの子に悪い影響が出たらどうする?」 俺は覗いたわけではなかった。ただ目に入ったものが、そのまま頭に残っただけだけれど、そんな言い訳を聞いてくれる人は、あの家には1人もいなかった。 従弟のテストの点が下がると、俺のせいにされた。家の中の空気が悪くなると、俺がいるせいだと言われた。食事はいつからか、俺だけ時間をずらして1人で食べるようになった。俺は自分の部屋にこもって、できるだけ息を潜めて暮らすようになった。 父と母がいた頃のあの温かい食卓が、遠い昔のことのように思えた。それでも、俺はこの家に置いてもらうしかなかった。他に行くところなんてなかったからだ。 だから、俺は我慢した。どんなに冷たくされても、じっと俯いて耐えた。いつかまた、あの食卓みたいな場所がどこかにあるかもしれない。そんなあるかどうかも分からない望みだけを胸の隅にしまっていた。 けれど、俺のそういう態度が、かえって2人を苛立たせたのかもしれない。ある晩、おばが電話で誰かにこうこぼしているのが聞こえた。 「うちに変な子が来て、家の中がめちゃくちゃなの。」 … Read more

12 September 2026

Meine Tochter sah mir am Sonntagabend direkt in die Augen und sagte: „Die ältere Generation ist dein Problem, Mama. Dein Geld gehört dir, mein Geld gehört mir.“ Ich ließ meine Gabel nicht fallen,…

Ich ließ meine Gabel nicht fallen, als meine Tochter mir direkt in die Augen sah und erklärte, meine eigene Schwester sei nicht ihr Problem. Ich kaute einfach meinen Rinderbraten weiter und musterte die Frau, die ich großgezogen hatte. Mein Name ist Brigitte. Seit fünf Jahren bin ich verwitwet, und bis zu diesem Sonntagabend dachte ich, … Read more

12 September 2026

42年間、誇りを持って働いてきた旅館で、ある日突然、社長の息子に「無能なやつは経費の無駄。明日から来なくていい」と首を言い渡された。60歳目前、退職金も目前だった。悔しさで胸が張り裂けそうだったが、妻は「やめて正解よ」と笑ってくれた。それなのに数日後、旅館から「助けてください」と電話が殺到する。機械がトラブルで動かず、客が殺到しているという。もう関係ないと思いながらも、無視できずに駆けつける…

俺は高校を卒業してから42年間、高級旅館「笹」で働き続けてきた。創業者の代から続くこの旅館が大好きで、誇りを持って働いてきた。あと1年で定年退職。退職後は、旅好きの妻と日本各地を飛び回る計画を立てていた。しかし、その夢は、ある日突然、社長の息子・立花啓介によって打ち砕かれた。 「もういいよ、君。明日からもう来なくていいから。無能なやつは経費の無駄。会社のお荷物は早めに下ろさないとな」 啓介は、パソコンをいじっているだけで、従業員の小さなミスにいちいち噛みつくような男だった。社長が代わってから、経費削減と称してエントランスの花を減らし、部屋のアメニティをケチり、ついには受付にロボットを導入すると言い出した。俺が「旅館の良さは人のおもてなしです」と意見すると、それ以来、啓介は俺に機械の操作やトラブル処理を一手に任せるようになった。機械と睨めっこする日々が続き、俺は今まで大事にしてきたお客様への気配りができなくなっていった。 「それはつまり、首ということでしょうか?」 「意外に察しがいいな。じじい。そうだよ。見た目も頭の中も時代遅れのポンコツは首だ。今すぐ荷物をまとめて、俺の視界から消えろ」 啓介はそう言って嘲笑った。俺は誇りを持って勤めてきたこの旅館自体を傷つけられた気がした。 「首で結構です。短い間でしたが、お世話になりました」 そう言ってその場を去ろうとすると、啓介が追い打ちをかけてきた。 「いい君だ。あと1年で定年退職で、退職金も多かったろうにな。感謝感激で花束付きで送ってもらえると思ってたか。残念だったな」 本当は悔しかったが、気にしないふりをして、俺は後ろを振り返らずに旅館を後にした。今まで自分がやってきたことは何だったのか。このあっけない終わりは何なのか。そう思いながら、事務所の扉を開けて館内を見渡すと、そこには俺が憧れて入った頃の笹の姿はなかった。エントランスは造花で飾られ、花の香りはなく、業務用の掃除用品の匂いがした。お客様に接しているのは、無機質な笑顔のロボットだった。 家に帰ると、妻のトコが驚いた顔をしたが、すぐに最高の笑顔で「お帰り」と言ってくれた。俺は啓介とのやり取りを話した。 「負けてやめてきたよ。退職金ももらえるかどうか分からん」 そう言って申し訳なさそうにする俺を、トコは優しく撫でてくれた。 「やめて正解よ。ありがとう。最近のあなた、見ていられなかったもの。長い間お疲れ様でした。今日はパッと飲みましょう。私はあなたが元気でいてくれることが一番なのよ」 その日は俺の好きな食べ物が食卓に並び、好きな酒もあった。妻の明るさに、俺の気持ちは少しずつ落ち着いていった。 数日後、俺は「やめてくれてありがとう」と言ったトコの本当の意味を知ることになる。携帯を見ると、笹から朝からずっと電話が来ていた。出てみると、スタッフが「助けてください。今大変なことになっているんです」と叫んだ。俺は「もう関係ない」と電話を切ったが、何度もかかってくる。再度出ると、受付に客が殺到している。機械がトラブルを起こして動かず、啓介は役に立たないという。スタッフの必死のSOSと、後ろで聞こえるお客様の罵声に、俺は無視できずに旅館へ向かった。 旅館に着くと、本当に大変なことになっていた。エントランスはチェックアウトできない人とチェックインする人で溢れ、スタッフは悲鳴を上げていた。受付リーダーが半分泣きながら「鈴木さんしか頼れる人がいなくて」と訴える。俺は機械を確認すると、初期設定がずれていることに気づき、トラブルを解決した。そして、順番に案内を伝え、キャンセル料を負担するなど、丁寧な接客でなんとかピンチを乗り切った。 落ち着くと、スタッフが「やっぱり鈴木さんすごい」と褒めてくれた。受付リーダーが改まって言った。 「鈴木さん、もう一度戻ってきてくれませんか? 鈴木さんがいてくれると、みんな安心して仕事に集中できるんです。あと1年かもしれないですが、鈴木さんのそばで働きたいんです。上はなんとかしますから」 後ろにいたスタッフ全員が頷いた。しかし、それを見ていた啓介が悪態をついた。 「俺が頼んでないのに勝手に戻ってきやがって。俺だけでどうにかできたんだ」 啓介を見るスタッフの表情は冷たかった。静寂の中、俺は答えを促すような視線を感じた。 「主人は絶対戻りませんよ」 俺の言葉に被せるように聞こえた声は、トコだった。 「心配してついてきてみれば、全く」 少し呆れたように俺を見てそう言った。 「いや、あの……助けを求められて、考え直してもいいかなんて少し思っていたんだ」 「あなた優しいから、言いくるめられて戻ってしまうかもと思ってきたのよ。でも、うちの主人はここではもう働きませんよ。だって、この旅館もうすぐ潰れますから」 この言葉に、みんなが動揺し始めた。 「どういうことだ? 負け惜しみか?」 啓介が半笑いでバカにしてきたが、トコの言葉は止まらなかった。 「知ってます? 笹、残念なことに評判すごい悪いんですよ」 「何言ってんだ、こいつ。さすが老いの嫁。頭いかれてるぜ」 「ちょっと、今の言葉は聞き捨てなりませんね。私がそう言うなら間違いないですよ。特に旅館のことに関してはね」 トコは旅行雑誌のライターで、宿泊施設の評判にとても詳しかった。社長が変わってから笹の接客が良くないと評判だという。立花一族は他の宿泊施設にも強引な手を使って勢力を広めているが、どれもうまくいっていない。このままだと笹も時間の問題だと言われている。 「何ケチつけてんだよ。ライターだかなんだか知らないが。俺は生まれてずっと勝ち組なんだよ」 「そうそう。あなた、主人に聞いていた通りのバカさんだったわ」 「はあ? バカ?」 「ずっと依頼されても断ってたんだけど、今度Webの記事で笹について特集するのよ。夫はもう働いてないんだもの。遠慮する義理はなくなったわ。今の笹の見たままの姿を忖度なしにたっぷり書かせてもらうわ。それに、あなたが主人に今までやってきたことも包み隠さず書かせていただきますから。そのつもりでね」 俺がやってきたこと。啓介は顔を真っ青にして唾を飲み込んだ。 「やめてくれ。あんたの夫は元に戻すから。給料を倍にして、ここのオーナーにしてもいい。親父にも怒られちまう。困るんだよ」 最終的には自分のことしか考えていない発言に、周りはあきれていた。 「主人の42年間を否定して台無しにしたんですよ。それに、さっき言ったように、こんな泥に主人が戻る必要はないんですよ」 そう言ってトコは俺の手を取ると、外に連れて行かれた。家に帰る途中、トコは一言も話さなかったが、ブツブツと笹の記事の構成を呟いていた。トコを怒らせると怖い。それを一番俺がよく知っている。今度は俺がぞっとした。 家に着くと、トコは呆れたような優しい笑顔で「人がいいにも程があるわよ」と怒った。そして、部屋にこもり、パソコンで記事の執筆を始めた。 数日後、トコは言った通り、笹の暴露記事を掲載した。ただ叩くようなものではなく、俺への配慮からか、俺が受けた嫌がらせだけでなく、笹の昔と今の違い、そうなった原因、常連客の声が丁寧に書かれ、昔の笹を惜しむような形で締めくくられていた。記事が出ると、常連客からキャンセルが相次ぎ、従業員も辞めていき、結果、笹は潰れてしまった。 残念だが、俺の愛した笹はとっくに終わっていた。笹は俺の心の中にあるんだ。 しかし、昔の思い出に浸っているほど暇ではなかった。俺は今、別の宿で働いているからだ。 あの騒動から数日後、リビングで手持ちぶさたに「宿の仕事しかしてこなかったからなあ。これからどうするか」と呟くと、トコが言った。 「じゃあ、宿の仕事すればいいじゃない。理想の宿で」 一瞬驚いたが、その手があったかと思った。実は、あの日の出来事を知った立花の社長が、ことを納めてくれたお礼と、息子が失礼なことをしたと弁護士を通じて慰謝料をくれたのだ。最初は突っぱねてやろうと思ったが、あの大変な騒ぎを納めたことと、退職金だと考えればいいかと思い、受け取ったお金だった。 … Read more

12 September 2026

Mio genero è andato a letto con mia moglie una settimana prima che firmassimo le carte del divorzio. Ho finto di non sapere nulla. L’ho scoperto grazie a una registrazione di 34 minuti, e mentre…

Mio genero è andato a letto con mia moglie una settimana prima che firmassimo le carte del divorzio. Ho finto di non sapere nulla. Mi chiamo Harry Weaker, ho 57 anni, vivo a Providence, Rhode Island, e sono direttore operativo di una rete di cliniche di riabilitazione. Questa storia parla di fidarsi di qualcuno per … Read more

12 September 2026