「やっぱりそうだ。隣に住んでるおじさんだ」…
「やっぱりそうだ。隣に住んでるおじさんだ」 少年が指さしたのは、私が墓前に供えた信彦の写真だった。隣に住んでいるという。信彦は8年前に亡くなったはずだ。もしこの少年の言葉が本当なら、墓の中にあるのは信彦ではない。彼は生きていて、すべてから逃げ出したことになる。 私は市川はるか、45歳。8年前に夫の信彦を亡くした。周囲からは婚姻関係の終了を勧められたが、今もそのままにしている。理由はいくつかあるが、義姉の明美の存在が大きい。彼女は最初から私を貧乏と罵り、金目当ての結婚だと断言した。信彦が亡くなった時には「お前がやった」と決めつけ、周囲に言いふらした。 「結婚前から信彦のお金が目的だったのよ。あの子に遺産が渡った。今私たちが疑うのも当然よね」 今、婚姻関係を終わらせれば、彼女はすべてを私のせいにするだろう。それだけは避けたい。なぜなら、明美こそが信彦が亡くなった原因を作ったと私は考えていたからだ。証拠はないが、根拠はある。 明美はとんでもない浪費家だった。私が彼女と初めて会ったのは、結婚の挨拶に行った時だ。信彦の両親はすでに亡くなっていたが、実家は残っていて、明美と彼女の夫の和が暮らしている。親族になるのだから挨拶は避けられない。覚悟を決めて信彦と一緒に実家へ行った。 出迎えてくれたのは義兄になる和。信彦から聞いていた通り、とても気さくな人だった。 「待っていたよ、信彦。それとはるかさんだっけ?」 「はい、はるかです。よろしくお願いします」 深々と頭を下げると、信彦が隣で大笑いした。 「そんなにかしこまる必要はないよね、和さん」 「ああ、もっと気楽でいいよ。さ、中へどうぞ」 案内された先はリビング。綺麗に片付いた部屋を見ていると、信彦が口を開いた。 「今日は珍しく片付いてるね。姉さんがやったの?」 「そんなわけないだろ。俺だよ」 「なんだ、いつも通りか」 二人のやり取りは友達同士のようで、私は安心していた。その後は和やかな空気の中で会話をした。私がデパートで働いていることや、仕事を通じて勝者に務める信彦と出会ったことなどを話した。 「ところで、はるかさんは結婚後も仕事を続けるつもりなの?」 「あ、はい。デパートのお客様は年齢層が幅広いので、ターゲットの年齢に合わせた従業員がいると都合がいいそうです」 私がそんな話をすると、和は何度も頷いていた。 「確かにそうだよな。うちの病院の患者も、俺みたいに若い医者には『年寄りの悩みなんか分からないだろ』とか言ってくるからな」 和は実家の病院で医師をしている。当時は研修を終えたばかりで、患者にからかわれることもあったらしい。 「何にしても、信彦が羨ましいよ。結婚しても仕事がしたいっていう奥さんで」 「え?」 思わず聞き返すと、信彦が横から私を突いた。 「聞かないでやってくれ、はるか。姉さんはそういう人なんだよ」 家を出る前に、信彦から釘を刺されていた。義姉の明美は専業主婦なのに家事をほとんどしないらしい。しかも指摘されると急に怒り出すから注意しろと。 「まあそういうことだから、余計なことはな」 和が人差し指を唇に押し当てる。私は頷いた。 その時、玄関が開く音がした。続けて女性の声が聞こえる。 「ただいま。買ってきたわよ、ケーキ」 「ああ、今行くよ」 すぐに和が立ち上がる。とっさに私も腰を浮かせた。 「あ、私が」 「いいよ、座ってて。今日はお客さんなんだから」 そう言われて、ゆっくりと座り直す。すぐに和は女性と一緒に戻ってきた。年齢は私より少し上だろうか。彼女はブランド品で身を固め、派手なメイクをしていた。 「あら、もう来ていたのね、信彦」 「ああ、姉さんお帰り」 「どこに行っていたんだ?」 「あなたたちに出すお茶菓子を買いに行っていたのよ」 ふんと鼻を鳴らす女性。この人が義姉の明美だろうかと見ていると、急に彼女は顔をしかめた。 「何よ、あなた。挨拶もできないの?」 しまったと思いつつ、慌てて立ち上がる。深々と頭を下げながら名乗った。 「初めまして、はるかです。信彦さんとお付き合いをさせていただいています」 「はいはい、あなたが信彦のお相手ね。聞いていた通りだわ。確かに貧乏そうな顔しているし、安っぽい服もお似合いよ」 ふふっと明美が笑う。馬鹿にされたことは分かった。ただ、言い返すわけにはいかない。関係がこじれる原因になるからだ。 「姉さん、なんだよその言い方は」 我慢していた私の代わりに、信彦が言い返してくれた。しかし、明美は平然としたまま。 「何か気に触った?」 「当たり前だろ。初めて会ったのに貧乏だのなんだの、ふざけてるのか」 信彦が不愉快そうに眉を潜めた。私は反射的に彼をなだめる。 「だ、大丈夫だから、信彦」 「でもな、平気だって。実際この服安いし」 本当は意外と高いけれど、波風を立てないようにそう言った。 「ほら見なさい。彼女も認めているわ」 … Read more