母が隣町の公園でホームレスになっていると、高校時代の友人から聞かされたのは、半年間の出張から戻った日のことだった。「鈴子に借金があるから相談しても無駄だ」と兄夫婦に吹き込まれ、毎月十七万円の仕送りが届いていることさえ知らされず、母は実家も貯金も失っていた。急いで公園へ向かうと、髪を乱し、片方の靴も脱げたまま呆然と座り込む母の姿があった。「お母さん、一体どうしてこんなことに?」母は私の顔を見る…
半年間の出張を終えて職場に戻った私は、偶然訪れた友人から信じられない話を聞かされた。母に似た女性が隣町の公園でホームレスをしているというのだ。以前から実家の土地を狙っていた不動産会社からの嫌がらせもあった。私は最悪の事態を想像し、恐怖で胸が締め付けられた。 急いで隣町の公園へ向かうと、そこに母がいた。髪は乱れ、汚れた服を着て、呆然と座り込んでいる。 「お母さん、一体どうしてこんなことに?」 母は私の顔を見るなり大粒の涙を流し、しがみついて泣きじゃくった。 「家も貯金もなくなっちゃったの」 この数ヶ月間、母はどれほど心細い思いをしていたのだろう。ようやく落ち着いた母に詳しい事情を聞くと、お金がなくて税金が払えず、家を手放すしかなかったという。 「どうしてそんなことに? 毎月十七万、仕送りしてるのに」 「え? 何のこと?」 母は驚いた顔を見せた。まさか、仕送りに気づいていなかったのか。 「とにかく、私の家に行きましょう」 私はタクシーを呼び、母を連れて帰ることにした。 私は高木鈴子、三十歳。高校卒業後、公務員試験に合格し、それ以来市役所で正規職員として働いている。我が家は早くに父を亡くし、母が女手一つで私と兄を育ててくれた。しかし数年前、母が体調不良を訴え始めた。最初は年のせいだと笑っていたが、次第に症状は重くなり、呼吸が苦しいと倒れ込んでしまった。病院で検査を受けた結果、母は難病を患っていることが判明した。それ以来、母は働くことができなくなり、治療に専念することになった。そのため、毎月十七万円を仕送りしているのだ。 五歳違いの兄・幸夫は三年前に結婚し、今は兄嫁の千春と暮らしている。昔から気が弱く、何を決めるのもいつも私や母に委ねていた幸夫が結婚すると聞いた時は驚いた。しかし千春に会った瞬間、幸夫が結婚した理由に納得がいった。千春は幸夫とは真逆の性格で、よく言えば姉御肌、悪く言えば気の強い女性だった。おそらく幸夫は千春に結婚を迫られ、断れなかったのだろう。 しかし結婚してしばらくすると、幸夫夫婦は実家に入り浸るようになった。生活が苦しいと、母に食事や洗濯、風呂まで実家で済ませて帰る。会社員として働く幸夫の給料は平均並みのはずだ。千春は専業主婦だが、夫婦二人の生活には十分な収入がある。それなのに何にお金がかかるのかと不思議に思い、私は二人の行動を注意深く見るようになった。 千春は幸夫が会社に行っている間、友人たちとランチを楽しみ、毎週のように買い物に出かけ、バッグや靴など高級品を買い漁っていた。その費用を捻出するために幸夫は残業を増やしたが、それでも追いつかず、複数の金融機関から借金もしていた。返済に追われた幸夫は、実家に眠る亡き父の遺品である骨董品や母の私物を無断で売却していたのだ。 ある日、幸夫がまた父が大切にしていた茶碗を持ち出そうとしていた。その茶碗は父が骨董品屋で一目惚れして買ったもので、いつもそれを眺めながら酒を飲んでいたものだ。 「それをどうするつもり?」 「どうって、そんなの俺に関係ないだろ」 「関係あるわよ。それはお父さんの遺品で、所有者はお母さんよ。兄さんが勝手に持ち出していいものじゃない」 「父さんはもういないんだ。だから売ったって怒らないよ」 おそらく幸夫は千春に金になるものを持ってこいと言われたのだろう。母と二人で説得し、その日は何も持たずに帰って行ったが、別の日にも同じことを繰り返した。何度注意してもやめず、ついには父の形見と言えるものがなくなってしまった。 その頃から、実家では不動産会社による嫌がらせが相次ぐようになった。KY不動産という、強引な手口で土地や建物を安値で買い叩くことで悪名高い会社だ。以前から母に実家の土地を売却するよう迫っていたが、母は父との思い出が詰まった実家を手放すつもりはないと拒否し続けていた。苛立った不動産会社が実力行使に出たのだろう。外壁にスプレーで落書きされたり、脅しとも取れる内容の手紙が投函されたりした。いつか母の命が脅かされるのではと危惧し、警察に相談に行ったが、ただの悪戯だろうとまともに取り合ってもらえなかった。 そんな中、勤務中に母から電話がかかってきた。いつもなら仕事中はメッセージを送ってくる母がどうしたのかと電話に出ると、怯えた声で「家に来てほしい」と言う。車が家に突っ込んできたと言うのだ。私は上司に断って早退させてもらい、急いで実家へ向かった。 実家の周りには警察車両が止まり、野次馬たちが群がっている。よく見ると一台の軽自動車が実家の玄関に衝突していた。私は慌てて母に駆け寄った。母は小刻みに震えながら涙を浮かべていた。警察の話では、通報を受けて駆けつけた時には運転手は逃走しており、車も盗難車だという。この時は単純な事故として処理されたが、おそらくKY不動産による嫌がらせに違いない。私は再度警察に出向き、KY不動産が実家の土地を狙っていることや母の身の危険を訴えた。 数日後、事故を起こした男が出頭してきたと連絡が入った。男によれば、酒に酔った状態で歩いているところにエンジンをかけたまま停車している車を見つけ、面倒になって乗り込んで発進したが操作を誤って衝突したという。そんな話が信じられるわけがない。私はKY不動産が手配した偽物だと訴えたが、結局飲酒運転による事故として処理され、落書きも近所の不良による悪戯だと判断されてしまった。 その日から、私は頻繁に実家へ帰るようになった。母の身の安全を確認するためだ。数ヶ月後、実家に帰る前に母に電話をかけると、なぜか幸夫が出た。 「どうして兄さんが出るの? お母さんは?」 「母さんのことなら心配するな。今後は俺たちが面倒を見ることにしたから」 「お母さんの意見を聞きたいから、電話を変わってちょうだい」 「今は母さんの手が離せないんだ」 幸夫はそう言うと電話を切ってしまった。これまで幸夫たちが母のために何かをしてくれたことなど一度もない。また何か企んでいるのではと大きな不安に駆られた。 その日、実家に母の姿はなかった。母に電話しても応答がなく、幸夫にかけても繋がらない。心配になった私は幸夫の家を訪ねたが、インターホンを押しても一時間待っても誰も出てこなかった。翌日、改めて母に電話をかけると、幸夫がようやく応答した。 「お母さんは大丈夫なの?」 「大丈夫だって、俺たちが面倒を見るって言っただろ」 「お母さんに変わってほしいの」 「それは無理だ。母さんは今、遠方の専門病院で集中治療を受けているんだ」 「それってどこの病院なの?」 「何だったかな。とにかく遠くの病院だ。主治医の指示で外部からの連絡や面会を一切禁じられている。だから教えるわけにはいかない」 幸夫の話はどこか嘘臭かった。いくら専門病院だと言っても、外部からの連絡まで遮断することなんてあるはずがない。しかし病院の名前はおろか、どこにあるのかさえ教えてもらえず、私は途方に暮れてしまった。 この頃、私は仕事の都合でしばらく遠隔地のサテライトオフィスへ出向することになった。六ヶ月の期限付きとはいえ、実家から離れてしまうため頻繁に帰ることもできなくなる。母の様子を見ておきたかったが、それも叶わない。母の居場所が分からない以上、どうすることもできず、ただただ母の身を案じていた。 その後も母への連絡を試みたが、全く応答がない。そればかりか、一ヶ月後には携帯の回線が解約されたのか、「現在使われておりません」というアナウンスが流れた。幸夫に連絡しても「まだ入院中だ」と言われるだけで、詳しいことは何も教えてもらえない。幸夫たちが母に何かしているのではと、不安は日に日に大きくなるばかりだった。 半年が経ち、遠隔地から戻った私は、市役所での報告が終わり次第すぐに実家へ向かおうとしていた。しかし市役所を出ようとした時、高校時代の友人に声をかけられた。私が急いでいることを伝えてその場を離れようとすると、友人から母に似た女性が隣町の公園でホームレスをしていると言われたのだ。その瞬間、私の不安は恐怖へと変わった。 まさか幸夫たちは母を家から追い出したのではないか。それを隠すために「遠方の病院に入院させた」と嘘をついたのだろう。そう考えると、あの不自然な説明にも妙に納得がいく。もし本当にそうなら、母はこの数ヶ月間どれほど心細かったことか。私はいても立ってもいられず、友人に聞いた隣町の公園へ急いだ。母でないことを願いつつも、どこか確信が湧いていた。 公園に到着し、辺りを見回すと、呆然と座る女性の姿があった。髪はボサボサで、汚れた服を身につけ、片方の靴が脱げている。近づいて顔を確認すると、母だった。 「お母さん、一体どうしてこんなことに?」 母は私の顔を見るなり大粒の涙を流した。ようやく落ち着いた母に詳しい事情を聞いてみると、こう言った。 「お金がなくて税金が払えなくて、家を手放すしかなかったの」 「どうしてそんなことに? 毎月十七万、仕送りしてるのに」 「え? 何のこと?」 母は驚いた顔を見せた。まさか、仕送りに気づいていなかったのだろうか。 … Read more