父の葬儀の日、息子が私の肩に手を置いて言った。「母さん、悲しむのは後にしよう。今日は真央の誕生日だから、パーティーがあるんだ」 40年連れ添った夫を失ったばかりの私に、息子はそう言った。嫁は友達と電話で笑い、二人は楽しそうに車に乗り込んでパーティーへ向かった。私は一人、暗い道を歩いて帰った。 あの時、心の中で何かが完全に壊れる音がした。もう、この親子関係は修復不可能だと思った。…
葬儀場で、息子の健一郎が私の肩に手を置いた。 「母さん、悲しむのは後にしよう。今日は真央の誕生日だから、この後パーティーがあるんだ」 私は耳を疑った。夫の遺影の前で、40年間の思い出に浸りながら涙を流していた私に、息子はそう言ったのだ。 「健一郎、お父さんが亡くなったばかりなのに……」 震える声でそう言うのが精一杯だった。 「仕方ないだろう。前から予約してあったレストランだし、真央も楽しみにしてたんだから」 息子はそう言い放つと、妻の真央の方を振り返った。彼女は葬儀場にいることを忘れたかのように、友達と電話で笑い合っていた。 私は夫と35年前に小さな建設会社を立ち上げた。相原建設と名付けたその会社は、二人三脚の努力の末、今では年商50億円を超える地域の中堅企業へと成長した。夫が現場を指揮し、私は経理と営業を担当した。朝から晩まで働き詰めの日々だったが、充実していた。健一郎が生まれてからも、夫と二人で会社を守り続けた。 しかし5年前、健一郎が真央と結婚してから、全てが変わり始めた。 「お母さん、その古い帳簿のやり方じゃ効率が悪いです。私がシステムを入れ替えますから」 真央は入社早々、私のやり方を次々と否定し始めた。確かに彼女は大手企業での経験もあり、新しい知識を持っていた。でも、この会社を一から築いてきた私の思いなど、まるで無価値だと言わんばかりだった。 「真央の言う通りだよ、母さん。もう時代が違うんだから、そろそろ引退したらどう?」 息子までもが嫁の肩を持つようになった。35年間この会社のために尽くしてきた私を、まるで邪魔者扱いだ。取締役会でも私の発言は聞き流され、真央の提案ばかりが採用されるようになった。夫だけが私の味方だったが、その夫も今はもういない。私は自分が築いてきたものが少しずつ奪われていく悔しさを噛みしめながら、それでも耐え続けてきた。 しかし、これはまだ序章に過ぎなかった。 ある日の取締役会でのこと。私は長年の経験をもとに、地域密着型の新規事業を提案した。地元の高齢者向け住宅リフォーム事業だ。これまでお世話になった地域の方々に恩返しができる、意義のある事業だと考えていた。 「この地域の高齢化を考えると、バリアフリー改修の需要は必ず高まります。私たちには技術も信頼もありますから」 熱心に説明する私を、真央は冷ややかな目で見ていた。そして私が話し終えると同時に、彼女は立ち上がった。 「お母さん、申し訳ありませんが、その提案は時代遅れもいいところですね」 会議室に緊張が走った。他の役員たちは気まずそうに視線を落としている。 「高齢者向けなんて利益率が低すぎます。今は都市開発とIT関連に投資すべき時代です。そんな古い考えでは会社は成長しません」 「でも真央さん、この会社は地域の皆様に支えられて成長してきたのですよ。恩返しという考え方も大切では?」 「恩返し? ビジネスに感情を持ち込むなんて、だから中小企業止まりなんです」 真央の言葉に、私は言葉を失った。横を見ると、健一郎も頷いている。 「母さん、真央の言う通りだよ。もっと大きな視野で考えないと」 息子の言葉が、私の心に深く突き刺さった。夫だけが私の案に理解を示してくれた。 「よしえの言うことにも一理ある。地域貢献も大切だ」 しかし夫の声も、真央のような影響力は持っていなかった。 それから数ヶ月後、年末の家族会でのこと。真央の実家の両親も招いて、料亭で会食をした。 席を見て、私は愕然とした。上座には真央の両親。その隣に健一郎と真央。私と夫は末席に案内されたのだ。 「あら、お父さん、お母さんはそちらの席でお願いします」 真央が当然のように言った。 「でも、私たちは健一郎の両親ですし、会社の創業者でもあるのですが」 「でも、私の両親の方が年上ですから、年齢を考慮しました」 嘘だとすぐに分かった。真央の両親は私たちより3歳ほど若い。夫も困惑した表情を浮かべていた。 「健一郎、これはどういうことだ?」 夫が息子に問いかけたが、健一郎は曖昧に笑うだけだった。 「まあまあ、父さん、席なんてどこでもいいじゃないか。真央が一生懸命準備してくれたんだから」 結局、私たちは末席で気まずい思いをしながら会食を終えた。真央の両親は、まるで自分たちが主人であるかのような振る舞いで、私たちを見下すような態度を取っていた。 さらに拍車をかけるような出来事が続いた。夫が体調を崩し始めた頃のことだ。 「最近、お父さんの判断力が鈍ってきているように見えます。会社の重要な決定は健一郎さんに任せた方がいいのでは?」 真央がそう言い出したのだ。確かに夫は少し疲れやすくなっていたが、判断力に問題などなかった。 「真央さん、それは言いすぎです。夫はまだまだ現役です」 「でもお母さん、時代の変化についていけないのは事実でしょう。この間の会議でも、お父さんの意見は的外れでした」 「母さん、真央の言うことも一理あるよ。父さんもそろそろ後進に道を譲る時期かもしれない」 健一郎までもが、父親を追い出そうとし始めた。 会社の忘年会でも、屈辱的な扱いを受けた。創業者である私たちの挨拶の時間は削られ、代わりに真央が長々とスピーチをした。 「相原建設の未来は、若い世代が切り開いていきます。古い慣習に囚われず、革新的な経営を目指します」 まるで私たちが会社の足を引っ張っているかのような物言いだった。社員たちも、もはや私たちよりも真央の方を向いているように見えた。夫も私も、自分たちが築いてきたものが少しずつ奪われていく悔しさと悲しさを感じていた。 そんな中、夫の体調は徐々に悪化していった。入院が必要になった時、またしても真央が口を出してきた。 「お母さん、病院に毎日来なくても大丈夫ですよ。私と健一郎さんで交代で見ますから」 「でも、私は妻として……」 「お母さんがずっといると、お父さんも気を遣って休めないと思うんです。若い私たちの方が明るい雰囲気を作れますし」 信じられなかった。40年連れ添った夫の看病さえ邪魔だというのか。健一郎も完全に嫁の言いなりだった。 「母さん、真央の言う通りだよ。たまに顔を見せてくれれば、それで十分だから」 … Read more