離婚届を出す前夜、私の布団に滑り込んできた夫が泣きながら「愛しているよ」と言った。翌日、私たちは他人になった。半年後、検察官が家に押し入り、夫が横領で逮捕されたと告げられた。真面目な彼がそんなことをするはずがない。弁護士は「まるで逮捕される未来を知っていて、あなたを遠ざけたみたいですね」と呟いた。私は夫の無実を信じ、変装して彼の会社に潜入することにした。そこで見つけたのは、彼を陥れた人物の存…
「これで離婚成立だな。」 目の前で夫の純夜が澄ました顔で言った。記入も捺印も済んだ完璧な離婚届。受理されれば、私たちは夫婦から他人へと変わる。明日、区役所に行く約束をして、私たちは眠りについた。 離婚前日だというのに、心は妙に落ち着いていた。結婚生活20年を失敗で終わらせるというのに、不思議なものだ。 暗闇に引き込まれそうになっていると、突然、寝室に純夜が現れた。 「ゆか子、一緒に寝ないか?」 時刻は深夜1時。彼は私の布団に滑り込み、囁いた。 「最後だし。お願い。」 「急にどうしたの?」 直後、純夜が泣きながら告げた言葉に、私は衝撃を受けた。 「愛しているよ。」 それは、もう決して届けられるはずのなかった愛の言葉。全身が雷に打たれたように固まり、聞き間違いかと混乱した。 「何よ、今更。」 怒った声を必死に出すと、純夜は苦笑した。 「それもそうだな。すまない。別れを前に、僕も少し感傷的になったみたいだ。」 やはり一時の気の迷いらしい。彼はもう一度、私の後頭部に頬を寄せ、囁いた。 「おやすみ、ゆか子。」 「おやすみなさい。」 おかしな話だ。明日には離婚届を出すというのに、抱き合いながらおやすみを言い合っている。それでも、久しぶりに感じる温もりに抗えず、私は眠りに落ちた。 翌朝、純夜は以前の彼に戻っていた。そっけない態度、冷たい視線。昨夜のことは夢だったのかもしれない。 朝食を簡単に済ませ、私たちは離婚届を提出した。あっさりと受理され、私たちは他人になった。 役所を出ると、彼は言った。 「無事に終わったね。僕はこのまま仕事へ行ってくるよ。」 「土曜日なのに仕事なのね。」 「ああ。引っ越しが済んだら、鍵はポストに入れておいてくれ。それじゃ、行ってくる。」 「あ、ちょっと待って。」 私は彼を呼び止め、あるものを差し出した。 「今更だけど、受け取って。あなたへのプレゼント。」 「プレゼント?」 「結婚記念日にあげようって用意していたの。あげ損ねちゃったけど。」 苦笑しながら渡すと、彼は一瞬ためらい、受け取ってくれた。 「悪いね。」 「いいの。それじゃ、行ってらっしゃい。」 もう「お帰りなさい」が言えないことを自覚しながら、彼を送り出す。去り際に振り返った彼の笑顔は、穏やかで優しいものだった。 引っ越しはスムーズに進んだ。新しいマンションは以前より小さな部屋だが、一人には十分な広さだ。 新しいベッドで横になると、昨夜の純夜の体温を思い出して、少しだけ胸が痛んだ。もう「おやすみなさい」を言う相手はいないのだ。 子供が産めないことを責められ、浮気までされた私。その後、さらなる不幸が襲いかかった。 半年が過ぎ、悲しみがようやく癒えた頃。何でもない休日の朝、インターホンが鳴り響いた。 出ると、相手は複数人の検察官だった。しかも、彼らは固く捜査令状を手にしている。 「我々は検察庁のものです。倉田純氏を特別犯人の容疑で逮捕しました。協力をお願いします。」 純夜が逮捕? 特別犯? つまり、彼が会社で何らかの汚職事件を起こしたということだ。 驚きのあまり体が固まった私を押しのけ、捜査官たちは部屋に入っていく。 「ご存知なかったのですか? 旦那さんは先週、会社近くで逮捕されました。この10年でかなりの額を横領した疑いです。」 「あの人が横領? そんなことするはずがないわ。何かの間違いよ。」 「離婚されたのはたったの半年前ですよね。何か隠されているならば、素直に提供した方が身のためですよ。我々は元妻であるあなたに対して、まず疑いをかけなければならない立場だ。」 つまり、証拠隠滅や財産隠しのために偽装離婚したと見なされているのだ。頭はパニックになりつつも、必死で「何も知りません」と訴えた。 「あの人は、純夜は今どこにいるんですか?」 「拘置所です。現在、起訴に向けて様々な証拠を集めています。奥さんもご存知のことがありましたら、全てお話しください。」 私が知っているのは、純夜が秘書室長として毎日忙しく働いていたことだけ。横領や汚職など、想像もしていなかった。 結局、証拠は見つからず、捜査官たちは帰っていった。残された私は、乱雑になった室内で一人座り込んだ。 「一体、どういうことなの?」 純夜の逮捕、横領、拘置所。様々なキーワードが頭の中をぐるぐる回る。 … Read more