橋の渡り初めの瞬間、私は叫んだ。「この橋を渡ってはなりません!」でも、誰も聞いてくれなかった。役人は私を引き立てようとし、師匠は私の腕を掴んで止めようとした。私は石工に過ぎない。石の目を読むことだけが取り柄の、取るに足らない若造だ。それでも、あの橋脚を叩いた時の籠もった音が、頭から離れなかった。そして、馬車が橋の中央に差し掛かった時、石版が割れ落ちた。人々は私を責めた。橋を壊したのは私だと。…
橋の中央に差し掛かった瞬間、馬車の一頭が踏んだ石版が大きく割れ落ちた。馬が驚いて前足を上げ、体をよじらせた。荷が崩れ、御者の一人が膝から倒れた。悲鳴が上がり、後ろの者たちが我先にと後ずさった。石の破片が川面に落ち、大きな音を立てた。誰もが頑丈だと信じていた新しい石橋が、あと数十秒遅ければ二頭の馬もろとも川に落ちていたかもしれない。その時、橋の下で若い石工が命をかけて叫び続けていたことを、誰も知らなかった。 始まりは、この橋が架かるずっと前のこと。誰からも取るに足らぬ者として見過ごされていた一人の若い石工の物語である。 ある藩の城下に、年老いた石工の五兵衛と、その弟子である岩吉が暮らしていた。五兵衛はこの地で石工を営んで三十年を超える男であり、岩吉は幼い頃からその下で石ばかりを見て育った。親を早くに亡くした岩吉を、五兵衛は実の子のように育て上げていた。石の目を読む感覚は、教えたわけでもないのに岩吉の方が鋭いことがしばしばあり、五兵衛はそれを誇らしく、そしてどこか不安に思いながら見てきた。 その日は、城下でも指折りの豪商である佐野長兵衛の屋敷の庭を新しく造り直す日だった。夜明け前から庭に石と土がぶつかる音が絶えなかった。白い石粉が朝日の中を舞い、石の匂いが庭中に漂っていた。長く削り出した一枚板を両側の石に渡し、客人がそこに腰かけて池を眺められるようにする仕事だった。五兵衛と岩吉もその仕事に呼ばれていた。 庭の片隅には、候補として運び込まれた石材がいくつも並べて置かれていた。まだ朝の冷気が残り、石の表面はしっとりと冷たかった。鳥の声が庭の外から時折聞こえてくるだけで、庭は静かだった。 主の佐野が自ら庭に出て、石材を一枚一枚見て回った。これは厚みが足りぬと首を振り、あれは色が気に入らぬと通り過ぎた。そうして選び続けた目が、ある一枚の石材の前で止まった。一尺は広く、真っ直ぐな一枚だった。 「これだ。これほどの石は他にあるまい」 佐野は満足げな顔で手をこすり合わせた。 ところが岩吉がそっと近づき、その石材を覗き込んだ。指先で表面を撫でてみると、首をかしげた。 「旦那様、この石は行けません」 佐野が眉を吊り上げた。 「何を言う?」 「石目が片側に寄っております。荷を支えて真ん中に重さがかかれば、割れるでしょう」 岩吉は控えめに、しかしはっきりと言った。 佐野は鼻で笑った。 「若造が何を知っておる。石材を扱って三十年になるわしの目が、石一つ見誤るとでも思うか」 周りの職人たちも笑いをこらえる様子だった。五兵衛が口を差し挟もうとしたが、佐野は手を振ってその言葉を遮った。 「よい。お前たちはただ言われた通りにすれば良いのだ。石を見る目はわしにもある」 周りの者たちは互いに顔を見合わせるばかりで、止めたい気持ちはあってもその豪商に逆らえる者はいなかった。佐野はつかつかと歩み寄り、石材の真ん中、まさに岩吉が差し示した場所にどっかと腰を下ろした。腕組みまでして、一つ咳払いをした。 「見よ。これほど頑丈なもの」 その言葉が終わらぬうちに、石材の真ん中から「バキッ」と嫌な音がした。佐野の顔から笑みがすっと消えた。次の瞬間、石材は二つに割れ、佐野の体はそのまま下に落ちた。尻を地面に強く打ち付けられ、両足は宙に浮いてもがいた。 庭が一瞬静まり返った。職人たちは笑いをこらえて顔を赤くした。誰も声を上げようとはしなかったが、その静けさの中に隠しきれない笑いの気配が漂っていた。 岩吉が真っ先に駆け寄り、佐野を支えた。慌てる様子は少しもなかった。佐野はその手を借りてどうにか体を起こしたが、面目は丸つぶれだった。髪が半ば緩んで、斜めに乱れていた。佐野はどうにか着物を整えると、急に顔つきを変えた。 「己れ、さっきから怪しいと思っていたが、お前があらかじめこの石に傷をつけておいて、知ったふりをしたのではないか」 岩吉の顔が強張った。 「そんなはずがございません。私はただ石目を見て、危ないと思っただけです」 「最初からこの石を使えぬようにしておいて、わしより先に見抜いたふりをして、得意げにしただけであろう」 佐野の声が荒くなった。身分の低い岩吉には、その前で正面から言い返す術がなかった。悔しさをこらえて口を噤むしかなかった。周りの職人たちも互いに目配せをするばかりで、誰も助け舟を出そうとしなかった。この屋敷で佐野に逆らって得をした者は、これまで一人もいなかったからである。 その時、五兵衛がそっと前に進み出た。 「もしそのお言葉が真であるならば、今日の手間賃はいただきません」 庭が静まった。 「もし岩吉が本当に石に傷をつけて偽りを申したのであれば、その罰は私が代わりに受けましょう。しかし、もしあの石が元より疵のあった石であったならば、旦那様もあれが確かな石であることだけはお認めいただかねばなりません」 声に揺らぎはなかった。佐野は沈黙したが、やがて頷いた。 「ならば確かめてみるが良い。ただし、間違っていればお前も今日の手間賃はないものと思え」 人々が割れた石材の断面に集まった。よく見ると、石がずっと以前から片側に寄っていた跡が歴然としていた。最近誰かが手を加えた形跡はどこにもなかった。石の奥深くまで続く、長い年月が作った疵だった。 「ほう。これは元々欠けておった石ではないか」 周りの職人が呟いた。 「新しくつけた傷であれば、色が違うはずだ」 別の職人も相槌を打った。誰も岩吉に傷をつける暇などなかったことは、その場にいた者なら皆分かっていたはずだった。佐野はますます言葉を失い、咳払いを二度三度繰り返すばかりだった。 五兵衛がその隙を逃さず、しれっと一言添えた。 「この石が、旦那様の座る場所を見抜いて、あらかじめご挨拶も申し上げたのでございましょう」 堪えていた人々の笑いが、あちこちで弾けた。佐野は怒りをこらえきれず、咳払いでごまかすしかなかった。 仕事を終えて帰る道すがら、五兵衛は岩吉の肩を軽く叩いた。 「手間賃を取り上げられんでよかったな」 「本当に上げられたら、どうするもりでしたか?」 「岩吉が間違えるはずがないと、勝っておったからよ」 二人は顔を見合わせ、長年を共に過ごした者同士でなければ出てこない、穏やかな笑いを交わした。 城下の辻に差しかかった頃、人々の騒めきが聞こえてきた。 「今度新しく架かった石橋、出来上がったそうだ」 「城下でこれほどの橋は初めてだとか」 「石の一つ一つを丁寧に仕上げたそうだ」 「明日が渡り初めだと言うぞ」 「見物に行ってみようか」 五兵衛がその話に耳を傾けた。 「今日は久しぶりに聞く話だな」 … Read more