「家族の食卓に座らないでよ」――お盆の座敷で、義母が箸を持ったまま笑った。二十七年、私はこの家で名前すら呼ばれなかった。それでも毎月二十万円、二十年で四千八百万円を送り続けてきた。完成した料理を運び終えた私は、自分の席がないことに気づいた。私の分の箸だけが、どこにもなかった。「他人は今すぐ出ていけ」。私は畳に手をついて、頭を下げた。「わかりました。では、帰りますね」。夫は寿司をつまんだまま、…
「家族の食卓に座らないでよ。」 義母のよしえが、箸を持ったまま笑った。お盆の座敷に、私が台所で並べた寿司と刺身と天ぷらが並んでいる。その中に、私の箸だけがない。皿も箸も湯のみもない。あの、私の席だけが。 「あんた、他人なんだから」 義姉のマリ子が、大トロをつまみながら言う。 「運び終わったなら、他人は帰れば?」 私は夫を見た。浩司は寿司をつまんだまま、目を上げない。 二十年だ。この家に、毎月二十万円を送り続けてきた。その間ずっと、台所で食べてきた。だが、前後と私の分がないのは、初めてだ。 「他人は、今すぐ出ていけ」 よしえが畳を叩いた。 私は座布団を外し、畳に手をついた。 「わかりました。では、帰りますね」 「え、本当に帰るの?」 浩司がようやくこちらを見る。 私は頭を下げた。 「他人がいたら、邪魔でしょ」 玄関の引き戸を閉めた。締め切った後で、座敷の笑い声がまた大きくなった。 — 私は北原えみ、五十四歳。食品メーカーの経理課長をしている。夫の浩司は五十六歳で、住宅メーカーの営業課長だ。結婚して二十七年になる。子供は授からなかった。 話は、二十年前の夏から始まる。 義父の浩三が亡くなった。六十四歳だった。金属加工の町工場を五十八歳で畳んだ人だ。厚生年金には一度も入らず、国民年金しか掛けてこなかった。年金が出るのは六十五歳からだから、畳んだ時に手元に残った金を崩しながらの六年だった。亡くなった時には、それも尽きていた。義母のよしえは、自分の年金がまだ出るまでに、あと六年あった。 四十九日が済んだ夜。浩司が畳に手をついた。 「えみ、頼みがある。母さんを助けたいんだ。毎月二十万送らせてほしい」 私たちのマンションは、まだローンが十年残っていた。頭金の三百万円は、独身時代に私が貯めた金から出した。それなのに、名義は浩司になった。その時も、私は何も言わなかった。浩司の給料は、ローンと管理費と車と付き合いで消えていた。 「じゃあ、私の給料から出すわ」 そう言ったのは、私だ。誰にも強いられていない。 当時の私は三十四歳で、係長になったばかりだった。手取りは月三十四万円。そこから二十万円を送れば、残りは十四万円になる。その十四万円と賞与で、二人の日々の暮らしと、私の実家の急な出費を賄うことになった。 浩司は顔を上げて、目の縁を赤くした。 「恩に着る。この金は、えみの金だ。それだけは忘れない」 私は便箋を一枚出した。経理の人間の癖だ。口約束は、言った本人が一番先に忘れる。 「じゃあ、書いておいて」 浩司は嫌な顔をしなかった。筆箱から万年筆を取り出し、座卓の上で整った字を並べた。 「母への毎月二十万円は、えみの給与から支出する。開始、変更、終了は、えみが決める」 日付と名前を書いて、判を押した。私はそれを、仕送り用のファイルの一番上に閉じた。 翌週、二人で信用金庫の窓口へ行き、毎月二十五日に二十万円がよしえの口座へ渡る手続きをした。振込日は、私の給料日と同じ二十五日にした。残高が足りずに送金が止まることのないよう、私は前の月のうちに残しておくようになった。用紙を書いていると、浩司が受付の女性に向かって言った。 「振り込みの名義、俺の名義にできますか? 母が気にするので」 私はその時も、深く考えなかった。夫の実家に、夫の名前で届く。それだけのことだと思った。 以来、二十年。二百四十回。一度も欠かしたことはない。 途中で止めなかった理由は、三つある。一つ目は、浩司が畳に手をついてまで頼んできた約束だったこと。二つ目は、私が止めれば悪者になると分かっていたこと。そして三つ目は、一度訪ねて、二度と尋ねられなくなったことだ。 十八年前、私は一度だけ、何に使われているのかを聞いた。 「母さんを疑うのか?」 浩司は、それだけで顔色を変えた。 よしえに電話で聞いた時は、もっと早かった。 「他人行儀なこと言わないでちょうだい」 そう言って、切られた。 それからは、聞けなくなった。 — 北原の家で私が受けてきたことは、三つに集約できる。 名前を呼ばれないこと。行事の写真の輪に入れられないこと。料理を並べ終えたら、台所に立たされること。 写真のことは、いつも同じだった。法事でも正月でも、座敷にカメラを構えると、よしえが手を振る。 「あんたは、撮る側でいいから」 そう言って、私にシャッターを押させる。北原の家のアルバムに、私が映っている一枚はない。二十七年で一枚もない、というのは偶然ではあり得ない。 正月のことも覚えている。座敷にいたのは身内だけだった。よしえとマリ子と浩司。私が煮物の鉢を運び終えると、よしえが台所を指した。 「あんた、あそこで食べてちょうだい」 私は流しの前に立ったまま、里芋を一つつまんだ。座敷から、マリ子の声が飛んでくる。 … Read more