「娘ばかり三人。この家の血筋を絶やすつもりか。」
老女の鋭い声が、産んだばかりの嫁の枕元で響いた。遣り取りを思えば、この老女がどのような言葉を吐いたかは想像に難くない。
だがその言葉は、この一家の運命を大きく変えることになる。
松ヶ丘という在町のほとりに、大和田という家があった。かつて武港を立てて取り立てられた家柄で、広い畑を持ち、大観所の御用も務めるほどの家である。
屋敷の裏手には代々の墓が広がり、庭の大欅の根方に古い祠が祀られていた。里の者たちは、あの屋敷に上がり込めたならばと、若い衆が冗談を言うほどの家柄だった。
当主の大和田十蔵はすでにこの世の人ではなく、家を取り仕切っていたのは妻の死野だった。死野は気性の激しい女として知れ渡り、物言いは常に短く、はっきりとしていた。
大和田の家は代々後継に恵まれず、十蔵もその父も一人っ子だった。そこへ死野が嫁いで、男児を二人も産んだのである。
それがこの女の生涯の誇りとなった。女は男を生まねばならぬ。それが嫁の第一の勤めであると死野は疑わなかった。
二人の息子は、処がまるで異なっていた。長男の直之助は気立てが柔らかく、心優しい人柄で、学問は好んだが、叱らねばならぬ場面でも声を荒げることができない質だった。死野はその長男が気に入らなかった。「男が清で、何に用いるのだ」といく度も口にしたほどだ。
次男の敬語は違う。頭の回りが速く、物事の判断も的確で、家の内情の采配はすべてこの手で回っていた。口数が少なく情を面に出さぬため冷たいと言われることもあったが、兄を想う心は誰よりも深かった。
柔らかい兄と鋭い弟。互いに足りぬものを補い合う兄弟だった。
直之助が妻を迎える年頃となり、背桶家の娘との縁談が整った。名をサ苗エという。両親はすでに失くしており、頼るべき実家もないまま輿入れした娘だったが、色白く物越しの静かな娘で、どこか儚げでもあった。細い首に白い顔風が強く吹けば折れてしまいそうな人である。
死野が見定めていたのは、娘の顔形ではない。男を埋める丈夫な身体かどうかだ。
婚儀はつつましくも滞りなく行われた。嫁入りのその晩、死野は新しい嫁を奥の間に呼びつけた。
畳に手を突き、膝を揃えて座る嫁を、死野は上から下へと品定めするような目つきで眺め回したそして身を寄せて言った。
「谷は何も望まぬ。ただ男児を一人生めば良い」と繰り返した。「この家がいかなる家か、分かっておろうな。私は男児を二人産んでこの家を起こした。今度はそなたがその勤めを果たす番である」
「心えましてございます」とサ苗エは答えたが、部屋を出る背中に「男児であるぞ」という声がもう一度追いかけてきた。
自分の部屋に戻って、サ苗エは長いこと座り込んでいた。夕焼けが空を染めていたが、胸に浮き立つ思いはない。首枷のような重みが乗っていた
今よりいくつか後のこと、サ苗エの身に会人の気兆しがあった。家獣が色めき立ち、死野の顔に満足が浮かんだ。男児の名を支案し、代々の通字を上げて、あれこれと口にしていた。十月の間中、死野は嫁を大切に扱い、養生させた。それは嫁が大切だったからではない。腹の内の男児が大切だったからだ。
海月が参った。奥の間の縁川西野が座って待っていたが、半日ほど過ぎた後に赤子の産声が上がった。
産婆が襖を開けて出てきた。「奥方様、御安産にございます。お嬢様にございます」
死野の顔から笑みが消えた。部屋に入ってみることもせず、そのまま踵を返した。その背中は「迄に及ばぬ」と言わんばかりだった
直之助は違う。産室に駆け込んで赤子を抱き上げ、「これはまた目元が母親によう似ておることよ」とニコニコとしている。疲れ果てたサ苗エが「旦那様、面目のございます」と詫びると、直之助は枕元に座って言った。「面目など何のことか。これほど愛しい子が生まれてきたというに、何を詫びることがあろうか」と。名はさおりと付けられた。「記憶育て」の願いを込めて
二年が過ぎ、再び会任の気兆しがあった。死野は産婆を招き寺へ伏せをし、口うるさく嫁の世話を焼いたが、海月に生まれたのはまたも女児だった
「この家の血筋を絶やすつもりか」
産んだばかりの産家の中で、その声を聞いてサ苗エは涙をこぼした。次女は民と名付けた。「多くの恵みに包まれ、心美しく育て」と。だがこの頃より家の内の気配は明らかに変わり始めていた。死野の当たりが強くなり、嫁の食べる量は目に見えて減り、人目の前で恥をかかされることも増えていった
さらに二年が過ぎ、三度目の会任の気兆しがあった。サ苗エは舞庭の小安筋像の前に水を備え、祈るようになった。「どうか男児を一人授けた前」と幻頭の折りも欠かさない。冷たい水に手を合わせ、大きな腹を抱えたまま額づいて祈るのである。その姿を幼いさおりが、襖の隙間から見ていた。「母がよなよなには出ないようだ」と幼心にそう思っていた
サ苗エの身体は一層痩せ、父の出汁も細くなって、幼い民が父を慕って泣くことも多くなった。直之助は、ある日そうした姿を見て、胸の潰れる思いがした。「このままであってはならぬ」という確かな思いを、初めて抱いたのだ
海月が参った。今度は縁川にも出ず、奥の間に座り込んだままだった。産婆が控えめに告げる。「お嬢様にございます」と。部屋のうちで何か落ちる音がし、襖が乱暴に開かれた‥死野は廊下を突っ切って、産んだばかりの嫁の前で言い放った
「この家を潰すものが生まれてきたのだ」
サ苗エが産褥を抱えて身を起こそうとした。「母上、面目のございます」と。「面目がないでは済まぬ」と死野は続けた。「娘ばかり三人続けに、この家の血筋が絶える運びとなった。ご先祖様に合わせる顔がない」
駆け込んだ直之助が、母の前に立ち塞がった。
「母上、産んだばかりの者の前で、これ以上はお止めください」と。直之助が声を荒げたのは、これが初めてだった。死野は息子を睨みつけた後、裾を翻して出て行った。部屋には、嫁の啜り泣きと産声だけが残った
直之助は妻を抱き寄せ、「つまらぬ」と繰り返した。「私はどうすればよろしいのでしょうか」と泣く妻の背をさすりながら、直之助は産着に包まれた三女を見下ろした。罪などあろうはずもない子でございます。この子には雪と名付けよう。「清らかに、聡く」と願いを込めて、赤子の頬を指先で撫でた。直之助の目から涙がこぼれ、赤子の産着の上に落ちた涙を、すぐに拭き取った
その夜、奥の間の膳は与えられなかった‥そしてそれが、これから起こる嵐の前触れだった。
三女が生まれて百日と経たぬうちに、死野は一族の年寄たちを何人か家に呼び集めた。客間で、死野が口を開いた。「本日ご一堂をお呼び立てしたのは、この家の大事を相談いたしたく存じます」そして言った。「四居、と申します。その一つに『こなきこと』とある。それを血筋に男児がないことと、私は取る。嫁いで六年、娘ばかり三人では、この家の血筋が危ない。もはやあれを嫁としておいてはおけぬ」
追い出し、直之助に後添を迎えさせるつもりだという。
年寄りの一人が控えめに言った。「されど方様、まだお若い方々ではございませぬか。今少しお待ちになっては」
先「六年待ちました」と死野はピシャリと言い放った。「娘ばかり三人を続けて生むということは、男児の運のない身ということだ。待って何とかなるものではない」。逃々にに千を迎えねばならぬ」
その時、戸が開いた。直之助である。客の前を通りかかり、話を耳にしたのだ
「お前は呼んでおりませぬ。下がっていよ」と死野が言うと、直之助は部屋の中ほどに進み出て答えた。「妻の一見を相談しておられるのに、何故下がれと仰るのです」声は震えていたが、引くことはなかった。生涯母の前では俯いてばかりいた息子が、初めて母の目を真っ直ぐに見つめていた
「母上、妻を降ろすとの仰せ、どうかお引き取りくださいませ」
「何だ、女子一人のためにこの母に楯突く気か」
「女子一人ではございませぬ。それが私の妻でございます。それがしの子らの母でございます」
「それが何だ」と死野は膝を打った。
直之助はしばらく言葉を選んでから、静かに答えた。「男児を生むことが、今おる者よりも重いと仰せでございますが、それがしは、そのようには教わっておりませぬ」
客が静まった。年寄たちが息を潜めている。死野の手が小刻みに震え、立ち上がった。“この私に楯突くというのか”と息子を見下ろして言った。「私はあれを必ず追い出します。すでに決めたことだ。お前が何を喚こうと無駄でございます」
直之助はしばらく頭を垂れたまま、立ち尽くしていた。客間の灯の火が揺れる。
やがて顔を上げた。
「母上、では申し上げます。そこまで仰せならば、それがし、妻と子を連れて、この家を出てまいりましょう」
「嫡男である直之助が出るというのか」と客間に動揺が走った。死野の目が見開かれた‥しかしそれも束の間、鼻で笑って言った。「よかろう。勝手にするが良い」と拒み、止めなかった。世間知らずで書物ばかり読んでいた息子である。「家を出たとて、何も持たずに、詫びを入れて戻って参ろう」と死野は踏んでいたのだ
しかし死野は自らの息子を分かっていなかった。柔らかい流れの川ほど、一度道を変えれば元には戻らぬものである。
直之助は母に深く礼をした。「母上、生み育てていただいた御恩は生涯忘れませぬ‥どうかお健やかにお過ごしくださいませ」と。そして立ち上がり、一度とも振り返ることなく客間を出て行った
その夜、直之助が荷物をまとめていると、部屋の戸が開いた。敬語である。弟はしばらく兄を見つめてから、口を開いた。
「兄上、誠の覚悟でございますか」
「誠である」
「今一度お考え直しくださいませ。家を出て、これより先、どのようにして暮らしてゆかれるおつもりでございますか」
「何とかなろう」と兄の声が高くなった。口数少なく静かな弟が、声を張ったのは初めてのことだった
「母上と、やがてはお心を柔らげられましょう。それまでの辛抱ではございませぬか」
直之助は荷物をまとめる手を止め、弟を見つめた。「辛抱している間に、妻がどのような目に遭うか。それを考えたことはあるか」
敬語は言葉に詰まった。
「六年の辛抱であった」と直之助は言った。「辛抱している間に、妻の顔色は衰え、心も体もひどく傷んでしまった。母の顔色を窺う。私はそれを知りながら、見て見ぬふりをしてきたのだ」と苦く笑った。「三女が生まれた日、産んだばかりの者の枕元であの言葉を聞かせてしまったあの時、悟ったのだ。私が辛抱しているのではなく、あの人に辛抱を強いていたのだということを」
敬語は肩を落とした。「もはや、許しはせぬ…夫として、それは許されぬことだ」と直之助は、弟の肩に手を置いた。「敬語よ、許せ。兄は、この家の後目を継ぐことは、お前に任せる」と∥「母上のことを頼む‥気性は激しいが、我らの母上だ‥お前がよく使えてくれ」と∥「兄上、あなたは、私のように生きるでないぞ‥辛抱すべきでないことを、辛抱するでない」
弟が兄の袖を掴んだ。頭の回りが速く、物事を達観した弟だったが、この時ばかりは何の言葉も浮かばぬ顔つきでいた。直之助は微笑みながら、弟の手をそっと解いた。「即裁で、俺は」と
翌朝、日が登る前に、五人の家族が表門の前に立った。直之助が風呂敷包みを一つ背負い、サ苗エが生まれたばかりの雪を背に負い、五つになったさおりが三つの民の手を引いていた。持ち物といえば、風呂敷包み一つと、サ苗エの嫁入り道具のうちの僅かなばかりが全部だった
死野は姿を見せなかった」奥の間は固く閉ざされたままであった。直之助はその閉ざされた襖に向かって、最後の礼を一つ捧げた。そして五人の家族は、表門を後にした
夜明け前の薄明かりの中を、五人の影が長く伸びていた「父上、私たちはどちらへ参るのですか」と幼いさおりが父を見上げて尋ねた。直之助は娘の頭を撫でた「我らの住まいを探しに参るのだ」
「私たちの住まいは、あちらではございませんか」とさおりが振り返って指さした。直之助は足を止め、娘の目の高さにしゃがみ込んだ。
「さおり、住まいというものはな、瓦や門の前のことではないのじゃ。家族が寄り集まって笑い合う場所のことを、住まいと申すのじゃ」と。「ゆえに、我らはこれより、我ら家族の笑い合える住まいを探しに参るのだ」と再び立ち上がり、娘の手を引いた
五人の家族は、夜明けの道を歩いて行った。門の内側では、敬語がその後ろ姿をいつまでも見つめていた。その目には、何かしらの決意めいたものが宿っていた
五人の家族が落ち着いた先は、松ヶ丘の外れにある小さな村だった‥傾きかけた古家を一つ借り受け、壁の隙間からは隙間風が吹き込んだが、朝には囲炉裏の細い煙が、貧しいながらも人の営みを告げていた‥夜になれば近くの寺の鐘の音が低く響き渡り、五人はその音を数えるようにして眠りに就いた
直之助はその庭に立ち、「柱がしっかりしておる‥これならば十分に住める」と妻に言った。
暮らしは困窮していたが、直之助は書の仕事しかできぬ身で、代書人となることにした‥一場の外れに座を構え、字の読めぬ人々の代わりに文を書き、お役所に出す書き付けを代わりに書く務めである。「受けの者が座り込んで、人の文を書いてやるのか」と初めのうちは陰口を叩く者もあったが、直之助は「人が生きて行くための務めである‥悪きことでなければ、何を恥じることがあろうか」と気に掛けなかった
サ苗エは最方の内職を始めた。体は弱くとも、武家の娘として育つ中で身につけた針の腕前は見事なもので、一針一針の丁寧な仕立てはすぐに評判となった。しかし、大工の賃金と縫い物の賃金というものは高が知れており、五人の口を養うにも、辛うじての稼ぎでしかなかった
ところが不思議なことに、この家の者たちが窮することは、滅多になかった。米甕の底が見えかけた頃になると、何故か米が届くのである。米屋の主人は「感情を違えて多く量りましたので」と言っては、一斗ほど余分に持たせてくれる。冬になれば、夜明け前に戸口に薪が積まれているのだ
ある冬の明け方、民が物音に気づいて戸の隙間から覗くと、一つの影が薪を積んでいる様子が薄闇の向こうにぼんやり見えたが、声をかけようとした隙に消えていた‥近所に尋ねても、皆「知らぬ」と首を振る‥「天の助けなのでございましょう」とサ苗エは言うより他なかったが、その出所は誰も知らない‥この謎めいた出来事の正体が明らかになるのは、ずっと後のことである
ある日のこと、まだ幼い三人の娘が庭先で遊んでいた‥さおりが妹たちに作り話を聞かせ、民は話の中の理屈の付け方がおかしいと言い、雪は庭の草を飽きもせず眺めていた。直之助はその姿を見つめながら思った。「世は、あれらが男でないことを惜しむであろう‥されど惜しむべきは、あの才を女ゆえに潰れさせることではないか」と。そして三人を呼び寄せ、約束した
「世が何と申そうとも、この父はそなたたちの才を潰させはせぬ‥学びたいことを学び、聡きままに育つが良い」と
幼い娘たちにはその言葉の重みは分からなかったが、この約束が後に三人の生涯を支える柱となった
月が流れ、娘たちが育ってまいりました。長女のさおりは、父の傍らで書の仕事を見ながら育った。七つになった頃のことでございます。直之助が代わりに書いてやった文の使いに行ったさおりが、その晩その文を初めから終わりまで諳んじて聞かせたのでございます。
「父上がお書きになったものを、これに始まって、このように終わりました」と一言の滞りもない‥直之助は驚いて尋ねた‥「さおり、私はいつ、そなたに教えたであろうか」
「父上がお書きになるのを、見ておりました」
教えたことなどないのに、いつの間にか読み書きを覚えていたのだ‥十を過ぎた頃には、父が教えることがなくなった‥さおりは書物を借りて読み始めた‥買う銭がございませんでしたので、初めは書き写しておりましたが、後には紙代を惜しんでか、書物を丸ごと諳んじてしまうようになり、一度覚えた書物を再び開く必要さえなかった,一ある日から、さおりは紙に何やら書きつけるようになった‥書物を映すのではなく、自ら物語を作り始めたのでございます‥初めて書き上げた物語を、さおりは本屋に持ち込みましたが、「まだ子供の手すさであろう」とあっさり断られてしまった‥さおりはしばらく落ち込み、二度とかまいと筆を置いたこともあったが、妹たちが続きをせがむ声に押されて、「それならば、まず里の子に聞かせてみよう」と思い立ち、夜な夜な妹たちに語り聞かせるようになった
民と雪は、姉の物語に泣いたり笑ったりし、「姉上、それでその娘はどうなったのですか」と続きをせがんだ‥さおりの物語は里の子らの間に広まり、子らがそれぞれの母親に語り、やがて近隣の女房たちが「妓に姉様の物語を聞かせて欲しい」と尋ねるようになった‥語るごとに先様が集まり始めた頃、ついに貸本屋の主人が自らさおりの元を尋ねてまいりました
「先日は目が聞かず、失礼をいたしました。拙本として貸し出したい」
次女の民は、一場のただ中で育った‥母の縫い物を一場に売りに行く使いをしておりましたが、八つになった民が、大人の商人相手に値の駆け引きをするのでございます‥「この縫い物が、どこにでもある縫い物だとおぼしめしか」と「この値では譲れませぬ」と▪商人は呆れて笑いながらも、結局は民の言い値を支払った。十五になった年、民は父の元に参り、「私は商いを仕りとうございます」と願い出た‥「針と糸でございます」と「母の縫い物を売り歩くうちに気づいたのですが、この里の女房たちは、針一本買うにも遠い道のりを歩かねばならぬのです」と
「よかろう。やってみるが良い」と直之助は許した‥しかし商いの初めは思うようにゆかず、仕入れた品を古株の商人に安く買い叩かれ、痛い損を出したこともございました‥民はその夜、悔し涙を流しながら帳面を睨み、「二度と同じ轍は踏むまい」と心に誓った‥その失敗から、値の付け方と、信を置ける相手の見極め方を、民は身を持って学んだのだ‥それからは慎重に品を選び、信頼できる者とだけ取引するようになった‥三年が経ち、出店は小さな店が前となり、民は年嵩の番頭を一人、万頭として雇った‥込み入った他国との駆け引きは万頭に任せ、自らは奥で算段するというやり方を、民はこの頃に身につけた
三女の雪は、口数の少ない娘でございましたが、幼い頃から裏山の草に強い関心を示した‥六つの頃には、見つけた草を一つずつ包んで、里の医者の元へ持参し、「これは何という草で、どのような折にどう使うのか」と尋ねて回った‥十二になると医者の元へ正式に通い始め、薬草を分け、薬鍋を洗い、翁の荷を持ちながら、脈の取り方や薬の書き方を少しずつ学んだ‥ある時、熱を出した幼子の家から「女子に見せるものか」と追い返されたことがございました‥しかし様態が悪くなると、老医は雪を伴って再びその家を訪れ、雪の見立てを確かめながら手当てを任せた‥幼子が峠を越えると、家の者は「女子と侮ったことを」と深く詫びた‥それからも雪は死の傍らで幾年も修練を重ね、老医は去る前に、自らしてきた薬方の控えを雪へ託した‥雪はすぐに名医を名乗ることはせず、一人一人の病人と向き合ううちに、少しずつ里の信を得ていった
月が過ぎ、さおりが二十三、民が二十一、雪が十八となりました‥三人の名は松ヶ丘に広まり始めていた‥さおりの物語は拙本となって本屋で借り手が耐えぬほどの評判となり、民の店は番頭を増やして、近隣にも知らぬ小さな問屋へと育った‥里の人々は民を「若い女将」と呼ぶようになった‥雪もまた、死者のかきつけを守りながら新所を切り盛りし、男の医者に身を見せることを憚かる女たちから頼られるようになっていた
その頃、本家では、敬語が病んだ織物の商いのことを母に伝える中で、若い女神の店の話が出た‥死野は、その名が民であると聞いた瞬間、箸を持つ手を僅かに止めた‥その後も、里で病いを癒した女医者の噂や、物語で名の知れた娘の話が、幾度か死野の耳に届くようになった‥ある日、死野が寺参りに出た折、同じ参道を歩く女房が連れの者にこう申しているのが聞こえてまいりました‥「あの幸先生のおかげで、うちの祖母様が命拾いをしたのだ」と「あのようなお方が女子であるのが、惜しいくらいだ」と
死野はその声をしばらく黙って聞いていた‥「もしや、あの時、追い出さずにおれば、この家にもあのような娘がおったのであろうか」と、死野の胸に小さな迷いがよぎった‥しかしすぐにその思いを打ち消した‥「いいや。家を継ぐは男児である」と「女子の聡きさなど、所詮は片手間のこと」と‥自らに言い聞かせて、その夜は囲炉裏の火を吹き消した‥この夜の小さな迷いが、死野の胸のうちにどれほど根を張っていたのか、死野自身にもまだ分かってはいなかった
ある日、五人の家族が新しく建てた家で、一つの膳を囲んだ‥あの家を出た明け方のことを、直之助はふと思い出した‥「さおりが『我らの住まいを探しに参るのだ』と申したであろう」と笑うと、「もしや、この家がその住まいであったのだな」と直之助は箸を手にした‥五人の家族が笑い合い、その声は垣根を越えて響いた
その頃、民は家の内情を改めて整理するうち、長年の暮らしに、どうしても感情の合わぬところがあることに気づいた‥一問の狂いも見過ごせぬ、商人の性分である‥父の代書の稼ぎと母の縫い物の稼ぎだけでは、五人が食べていくだけでも足りぬはずなのに、幼い頃の家には窮せずに住むだけの米と薪が、絶えず届いていた‥民は幼い頃の記憶を辿ってみた‥米甕が空になりかけると、満たされていたこと‥米屋の主人が「感情を違えた」と言っては米を余分に呉れたこと‥冬の明け方ごとに積まれていた薪のこと‥そしてあの薄闇の中でちらりと見えた人影のこと‥幼い頃はそれを当たり前のことと思っていたが、商人となった目で見返してみれば、いずれも通りに合わぬことばかりだ
「誰かが、おったのだ」と民の目つきが鋭くなった‥民は米屋を尋ねた‥年嵩の主人は、しばし言葉を濁した後、「硬く口止めされておりましたが」と言って明かしたのでございます‥「あなた様方の御父上の弟君に当たられるお方が、月ごとに参られて、米代を前払いしてゆかれたのでございます‥その代わり、決して素振りに出さず、感情を違えたなり、おまけであるなり、適当に誤魔化してくれと申しましてな」と‥薪も、そのお方が人を雇うて運ばせていたのだと
民は言葉が出なかった‥家を出たのが三つの折で、今は二十一‥実に十八年でございます‥民は米屋を後にして、しばらく歩いた‥の言葉を聞いた瞬間、あの薄闇の中で見た人影が叔父であったことを、ようやく悟ったのだ‥商人となってより民は、この世の全てのものに値があると信じてきた‥だが十八年の間、値も付けず、恩着せがましさも見せず、返す道すら塞いで起きながら注いできたものは、民の算盤では値の付けようがないものだった
その夜、民は家族の前でこの話を切り出した‥膳が静まった‥サ苗エが口元に手を当てた‥「それでは、あの米もあの薪も、全てお義父様のお心遣いであったのですが」と「十八年もずっと」と.直之助は頭を垂れたまま、声を上げることもできず、音もなく涙をこぼした‥
「敬語め、敬メが」と直之助は濡れた声で言った‥家を出たあの夜のことが思い出された‥「兄上、誠の覚悟でございますか」と尋ねた弟と、兄の袖を掴んだあの手‥算盤に達けた故、損得のことばかり考えるものと思われていたが、その算盤に達けた弟が、十八年の間、兄一家の口を養う算段をしていたのだ
数日の後、直之助は弟の元を訪ねた‥十八年ぶりに、兄弟が相対した‥もすでに中年の齢を重ね、髭には白いものが混じり、目元には皴が刻まれていた
「敬語よ、米屋の主人から、全て聞いた」と直之助は申した‥敬語の顔色が僅かに揺れたが、「無駄口を叩くは、詮惚れでございますな」と素っ気なく受け流した‥「身を窺が陰で助けてくれておるのでは、と私も、薄うは思うておったのだ」と直之助は言った‥「誰の仕業かまでは思い及ばなんだが、米甕が満たされ、薪が積まれるたびに、あの人と、不思議がって笑い合うたこともあった」と静かに笑った‥「それで良いのです‥こちらが気づかぬ前にと、苦信しておりましたのに、兄上に気づかれては、心尽しが台無しになるではございませぬか」と
人に知られず費やしてきたその金は、自らの法禄と、分けられた他の上がりを、幾ばくかずつ背せもかけて、少しずつ蓄えたものであったと、敬語は後に語った‥直之助は静かに笑い、そして声を低めた‥「あの頃は、受け取るより他に道がなかったのだ」と「五人の口を養う家が、その米にかかっておった故え、面目を捨ててでも、知らぬふりをせねばならなんだのだ」
敬語は顔を背けた‥「兄上に、私がこの家を預けられたのでございます‥兄上のご一家が窮するようでは、それがいかなる家でございましょうか」と
直之助は立ち上がり、弟の手を握りしめた‥「お前は、堅苦しい奴だな」と‥「兄上も、水臭い‥今更、礼などおしください」と敬語は、窓の外を見るふりをしていたが、その目元が赤くなっていることに、直之助は気づいた‥兄弟はしばらく、そのまま座っていた‥十八年の歳月が、握り合った手の間を流れていた
譲渡は申さず、恩とも申さず、あくまでも感情とだけ弟でございましたが、この感情という言葉が、この世のいかなる財よりも深いものでございました
帰り際、直之助は尋ねた‥「母上は、いかがお過ごしか」と「相変わらずでございます」と敬語は苦く笑った‥「肘も、男児を望むお気持ちも」と‥「されど、兄上が立ち去った後、母上が独り言をこぼされるのを耳にいたしました‥『孫娘が三人おると言うに、顔さえ知らぬ』との一言をこぼされ、そして何事もなかったかのように、また男児のことを口にされました」と
直之助は空を見上げた‥「お年を召されました」とだけ言った
しかしこの時はまだ、直之助は知らなかったのでございます‥母と再び相見える日が、これほど早く訪れることになろうとは
その頃、南の方の法の里から不穏な噂が流れてまいりました‥疫病が広まっておるとの噂でございます‥噂は風よりも早く里から里へと伝わってまいりました‥「人が高熱を発し、体に発疹が出て、立たぬうちに命を落とすそうな」と「ある里では一月のうちに数十人が斃れたそうな」と、いつでも人々がそのことを囁き合っておりました‥「南の里の話であろう‥ここまでは参らぬであろう」と皆そう申し、声には不安が滲んでいた
半月と立たぬうちに、松ヶ丘にも初めての病人が出ました‥露店を営んでいた行商人が高熱を発して倒れたのでございます‥その行商人が泊まった旅籠から、次々に病人が出始めました‥旅籠は真っ先に閉ざされ、隣の里では「松ヶ丘から来た者を村へ入れるな」と申し合わせるようになった‥人の世は、あっという間に荒み、耐えも立たぬようになった
人々がまず医者の門を叩いたが、病を恐れて往診を断る医者もあれば、身を括って他の里へ逃げる医者もいた‥残った医者たちも、手を拱くばかりでございました‥「この病には薬がなく、ただ天命に任せるより他ない」と人心は乱れておりました
そのただ中で、さらに癒着した者たちが動いておりました‥幾人かの薬問屋が、薬草を買い占め始めたのでございます‥熱を下げる薬草、体を養う薬草を、高高と積み上げて、値を十倍に吊り上げたのでございます‥「命が惜しくば、値で変えよ」と、死にゆく者を前にして駆け引きをする者たちでございました‥里のあちこちから、喪の声が漏れ聞こえるようになった‥夫を失う妻もあれば、親を失う子もあった‥雪の診療所にも、他に頼るところのない病人が押し寄せてまいりました‥中夜を分かたず病床を見るうち、雪は考えた‥この病には、一つの薬で全てを癒す術などない‥病人を分けて休ませ、使った器や布を洗い清め、病に当たる者を無闇に増やさず、衰えぬよう少しずつ、湯ざましや思いを与えるより他ない、と
「薬草も、病人の容態に応じて合わせねばならず、同じものを誰にでも与えることはできませぬ‥それでも、必要な薬が買い占められたままでは、助かるはずの者まで助からぬ」と民の目つきが鋭くなった‥「薬は、私が引き受けて、集めてまいりましょう」
ちょうどその夜のことでございました‥表門を叩く音が、激しく響きました‥敬語でございました‥十八年ぶりに兄の家を訪れた弟が、この夜、馬を飛ばして参ったのでございます‥その顔は青ざめておりました
「兄上、母上が」と敬語の声が震えておりました‥「母上がお倒れになりました」
座敷が静まりました‥「熱が高うなり、発疹が出てまいりました‥松ヶ丘の医者を残らず呼びましたが、いずれも首を横に振って、『薬とない』と『山い故え、覚悟をなさいませ』と‥そして帰ってまいりました」
敬語は兄の前に崩れ入るように座り込んだ‥「兄上、母上が兄上と兄嫁様になさったことを思えば、ここまで馬を飛ばしてくる面目とございませぬ‥されど」と頭を下げた‥「医者と申す医者が、子を救い手を救う手る医者は、この里にただ一人と聞きました‥雪殿と」と‥敬語の目が、雪の方へ向けられた‥「雪殿、この不肖の青二からの頼みでござる‥母を、一度だけ、見てはいただけまいか」
座敷が重い沈黙に包まれた‥この家を潰すものが生まれてきた、と申した人‥産んだばかりの嫁の枕元で呪いの言葉を浴びせた人‥この一家を、幻頭の只中に追い出した人‥その人を救うてくれとの頼みでございました‥直之助は、言葉を発することができなかった‥参らねば、という思いと、妻と娘たちに参ってくれとは、とても申しげない、という思いが、胸のうちで絡み合っておりました
その時、サ苗エが静かに口を開いた‥「雪は、何をしておるのですか‥支度をせぬか」
家族は、サ苗エを見つめた‥「お祖母様が危ういと仰せではございませぬか‥急ぐのでございます」
この女が、あの家で味わった辛酸を思えば、絶対に出てくるはずのない言葉だ‥六年の恥ずかしめ、産んだばかりの枕元での呪い、幻頭の追放‥その再会を全て経てなお、この女の口から出た言葉は、誠に人としての正誼そのものであった‥直之助は妻を見つめた‥「そなたは、それで良いのか」と‥サ苗エは淡々と答えた‥「当然なすべきことでございます」と‥直之助の目に涙が滲んだ
雪は立ち上がり、治療所へ向かい、薬箱と必要な控えを携さえて出てまいりました‥「参りましょう」と雪は叔父の前に立った‥「ただ、一つだけ、ご承知きくださいませ‥この病は、一人を癒して済む病ではございませぬ‥里中が病んでおるのでございます」
三人の娘が並んで立っていた‥父がかつて「必ずや」と誓った娘たちの才が、今、一堂に集って立っていたのだ‥直之助はその姿をじっと見つめておりました‥「聡きままに、育つが良い」とあの言葉が種であったならば、この前に立つ三人の娘は、そこから育った木でございました
「行け」と直之助は言った‥三人の娘は、それぞれの持ち場へと散ってまいりました
雪は叔父と共に、夜道を駆けて本家へ向かった‥十八年前に、産着に包まれて出た家‥薬箱を携さえて、再び入ることになったのでございます‥雪はその家を覚えておりませんでした‥生まれて百日と経たぬうちに出た家でございました‥ゆえ、表門を潜りながら雪は思った‥「ここが、母が嫁いだという家であったのか」と‥しかしその思いは表門の前に置いてまいりました‥「今より先は、医者であるのだから」と
奥の間に、骨と皮ばかりに痩せた死野が横たわっておりました‥熱に浮かされ、発疹が出て、息が苦しうございました‥「医者か」と老女が言ったが、雪は答える代わりに脈を取り、熱と発疹の具合を確かめた‥病人の部屋へ出入りする者を限り、使った器や手拭は別にして、酢で洗い清めるよう申し付け、湯ざましと思いを少しずつ与えた‥雪は容態に合わせて薬を整え、額の汗を拭いながら、夜が開けるまで病床の傍らを離れなかった‥死野はまだ、この娘が誰であるかを知らなかった‥雪もまた、今しばらくは名乗らずにおこうと決めていた‥「峠を越えるまでは、ただの医者として向き合いたい」と雪は叔父にそう申し告げてあった
一方、民は問屋の者たちを集め、「本日より、薬草の確保に力を注ぐ」と申し渡した‥しかし松ヶ丘の里は、隣の里から出入りを断られておる‥民は大鑑所に人をやり、手形を求めた‥大覧所は初め、疫の広まる中で人を動かすことに難色を示し、「そなたの店の都合で、里を跨がせるわけには参らぬ」と申した‥民は幾度も足を運び、「境い目に手を遣って受け渡す故、湯や幕を運ぶ心配はない」と「今、里の命がかかっております」と粘り強く合い、後ようやく手形が降りたのでございます‥近隣の里の薬問屋とは、数年来取引を続けてきた間柄でございました‥民はそれらの問屋に人をやり、境い目の見堂に薬草を運ばせ、松ヶ丘の側からは病人と接していない者をやって、そこでそれを受け取らせた‥「今、倉にある薬草では、十日と持ちませぬ」と民は万頭にも言った‥三日の後、薬草が届き始めた‥荷につまれ、駕籠につまれ、中夜を分かたず、境い目の見堂まで届いて参った‥民は届いた薬を雪の指図に従って種類ごとに分け、必要とする家へ、原価のままで届けさせた‥儲けを一切乗せず、銭のない家には掛け売りとし、それすらも叶わぬ家には、ただでさえ与えた
番頭が「女将様、このようにいたしては、庫が空になりましょう」と申しますと、民は答えた‥「庫は、また満たせば良い‥が、人は、ばそれっきりである」と
ところが、倉に薬草を抱え込んだままの一人の商人が、自らの倉の値が崩れることを恐れて、「民の店が配る薬は、出処が怪しく、用いて良いものか分からぬ」という噂を流した‥「あちらの薬を用いた子が、帰って具合が悪うなったと聞いた」という話が、女房たちの間を駆け巡りました‥せっかく相場のままで配っておるというに、恐れて手を出さぬ者が増えて参った
民はその噂の出所に探りを入れ、倉を抱え込んだままのあの商人であることを突き止めた‥民は万頭を伴い、この商人の元へ参った‥「もはや、これは商いの駆け引きではノて、人の命がかかっております」と民は静かに申しました‥「あなた様が、今この倉を開けば、この里の御仁として名を残されましょう‥開かずに、疑いだけを広めれば、病が去った後に、誰があなた様と取引をいたしましょうか」と‥万頭も傍から「これは忖度の感情言え、よくお考えなされ」と言葉を添えた‥商人はしばし黙り込んでおりましたが、倉に積んだままの薬草がいずれ腐ることも思い、翌日、倉を相場のままに開いた‥民はその薬の仕入れ先と感情を記した書きつけを、名主と大千渉へ差し出し、確かな品であることを確かめてもらいました‥その証が里へ伝えられると、噂は次第に収まっていった
その頃、さおりは病いを広げぬための心得を人々に知らせるべく、筆を取っておりました‥教化を立てても、字の読めぬ者が少なくございません‥そこでさおりは、「人の部屋を開けること」、「使った器や布を洗うこと」、「完する者を無闇に増やさぬこと」、「薬は雪の見立てを受けていること」を、覚えやすい物語に折り込んだのでございます‥歌詞本や図絵本を業とする者たちはそれぞれの家で書き写し、出来上がった紙を里ごとに届けました‥字を知る者が戸口の外から読み聞かせるうち、物語は少しずつ広まり、人々は徒に集まることなく、病人を分けてみるようになりました
民が必要な薬を集め、さおりが心へを伝え、雪が病人の容態を見る‥三人の才が、それぞれの場所で、一つの務めを果たしていたのでございます
疫病は、三人姉妹の働きを始め、次第に勢いを弱めていった‥このことを聞いた大観所は、実際に病の勢いが弱まっていく様子を見て、倉を開き、民の薬運びに米と人手を貸すよう申し渡しました‥さらにさおりがまとめた心得書きを、大観所の名で近隣の里へ配らせたため、ことはさらに速やかに運ぶようになった
その頃、本家の奥の間では、死野の病が山場を迎えておりました‥幾夜も眠らず看病を続ける雪を案じ、サ苗エも本家へ参って、娘の指図を受けながら交代で死野の傍らに着いた‥母が中夜を開けて見守ること幾夜、明け方になって、死野の熱はようやく下がり、細かかった呼吸も次第に落ち着いてまいりました‥死野は、ついに峠を越えたのでございます
老女が目を覚ましたのは、それより二日の後でございました‥天井が見えました‥見慣れた実質の天井でございます‥体は水を含んだ綿のように重うございましたが、意識は澄み渡っておりました‥首を巡らせると、枕元に娘が一人座っておりました‥薬鍋を前にして、薬を煎じておりました‥幾夜も徹した顔つきでございます‥目の下に隈があり、頬が痩せておりました‥ところが、薬を攪ぜる手だけは、乱れがございませんでした
老女が尋ねた‥「そなたは、どこぞの娘か」と‥娘が顔を上げた‥「お目覚めにございますか」と近寄って脈を取り、念入りに取り、「額を確かめ、下を」と‥「熱は引いてございます‥峠は越えられました」と
「そなたが、私を救うてくれたのか」と
「ご自身の身体が、病に耐えられたのでございます‥私は、その手助けをしたまでにございます」と娘は薬の碗を捧げて差し出した‥老女は薬を受け取って飲みました‥苦い薬でございました‥しかしその苦味が喉を下って行くことこそが、生きておるという証でございました
老女はその後も幾日か、眠っては目覚めるということを繰り返しておりました‥その度に目を覚ませば、その娘がおりました‥薬を煎じているか、額の手拭を変えているか、窓辺で薬草を整えているか…或る時、半夜に目を覚ましますと、娘が座ったまま舟を漕いでおりました‥手に濡らした手拭を握ったままでございます‥老女はその姿をしばらく見つめておりました‥あの娘は、一体何者であろうか‥見知らぬ病人に向けるには、あまりに献身的な様子である、と
身体が幾らか癒えてきたある日のことでございました‥死野は娘を呼び止めた‥「これ、そなたとはいと堅苦しい」と「医者たちが皆、匙を投げたと聞いた‥そなたがおらねば、私は今頃、黄泉の使いがまいでおったであろう」と老女は娘を見つめた‥「ところで、私の傍らにおるそなたが、いずれの家の娘か、まだ聞いておらなんだな‥名は何と申すか」と
娘は薬匙を置きました‥そして老女と向かい合って座りました‥しばらく口を開きませんでした‥やがて娘が口を開きました‥「名は、雪と申します」と‥「幸は、大和田にございます」と老女は頷きかけた‥「大和田雪と申すか‥父はいずれのお方か」と‥娘は老女の目を真っ直ぐに見つめました‥そして一言、はっきりと申しました‥「大和田直之助が三女にございます」
部屋が静まりました‥老女の顔から表情が消えました‥大和田直之助‥十八年の間、この家で口にすることさえ憚られていた名でございます‥「三女、とは…あの子であったか」と老女の唇が震えました‥あの子でございました‥生まれたその日、産んだばかりの母の枕元で、「この家を潰すものが生まれてきた」との呪いを浴びせられた、あの赤子でございました
老女は言葉を失いました‥そして長い間、娘の顔ばかりを見つめておりました‥今になって、見えてまいりました‥あの目元は、我が息子によう似ておりました‥あの頬筋は、自分自身によう似ておりました‥孫娘でございました‥顔も知らずに十八年を生きてきた、自らの血筋でございました‥「この家を潰すもの」と申したあの子が、今にも死にかけていた自分を、夜も昼もこうして見守り、生かしてくれたのでございます
「そなたが…あの時の赤子であったのか」と老女の声が掠れました‥雪は答えませんでした‥答える代わりに薬鍋を引き寄せ、次の薬を煎じ始めました‥「明日よりは、粥に飯粒を少しずつ混ぜてまいりましょう‥少しずつ、お力を取り戻していただかねば」と‥医者の物言いでございました‥恨みもなく、恩着せがましさもなく、他代者が病人に申しす言葉でございました‥
ところが、それが老女の胸を突き刺し貫いた‥「一言、恨み事でも言うてくれれば、楽でございました」と‥ところがこの娘は、何も問うていません‥何も詫びもせず、ただ生かしてくれたのでございます
その夜のことでございました‥雪が臨室へ下がった後、奥の間で老女は壁の方へ顔を向けました‥そして声を殺して泣いたのでございます‥袷の襟を噛み、肩を震わせて、老いた人が、子供のように泣いておりました‥何がそれほど悲しかったのか、老女自身にもよくわからぬことでございました‥生き延びたことが有り難うてなのか、捨てた孫娘の手によって生かされたことが恥ずかしいうなのか、男児と唱えて過ごしてきた生涯が、その夜、切なく虚しく思われた故なのか‥老女は泣いたのでございます
しかし夜が開けると、老女は何も口にいたしませんでした‥詫びの言葉は出てまいりませんでした‥生涯を貫いてきた思い込みというものは、一夜にして崩れて、口に出るものではございませんでした‥「すまなか」という言葉は、この老女にとって、この世で最も重い言葉となっていました‥雪もそれを強請りませんでした‥薬を煮出し、脈を取り、粥を整え、二人の間には、医者と病人の言葉ばかりが交わされておりました‥しかし老女の目は、雪が部屋を出入りするたびに、その後ろ姿をいつまでも追っていた
十日が立ち、死野は起き上がれるようになりました‥その頃には、里の病いの勢いもすでに衰えており、命を落とす者が減り、床を離れる者が増えてまいりました‥新たな病人も少なくなり、隣の里との境い目も次第に緩やかになり、市も再び立つようになった‥里が生き返ったのでございます‥
市が再び立った日、里の人々の口に上っていたのは、三人姉妹の名でございました‥必要な薬を相場のままに集めた民、病を広げぬ心を物語にして伝えたさおり、そして病人を見捨てず見続けた雪‥倉を開いた商人も、その後は大観所の監督の元で、相場を守ることとなりました‥大官は三姉妹を大鑑へ招き、「大観所が五千手に回る中、そなたたちの働きが里を支えた」と褒め、その名は近隣の里にまで知られるようになった
本家の奥の間では、死野が一人座り込んで、長いこと思案しておりました‥縁の上には、雪が置いていった薬の包みが置かれておりました‥「此の薬、あと半月はお飲みください」と、細字まで書き添えてございました‥死野はその包みを引き寄せて膝の上に置き、そこに記された折り目正しい文字を、指でなぞりました
ある日、敬語が母の様子を見に参りますと、死野は問うた‥「敬語よ、そなたの兄は、即裁に過ごしておるか」と‥十八年ぶりのことでございました‥母の口から兄の話が出たのは戴い
「母上、即裁に過ごしております‥あの子らもかと、三人とも真っ直ぐに育ちました‥今では、この里中が知る人物となっております」と敬語は答えた‥死野は頷き、窓の外に目を向けました‥庭の梅の枝に、蕾が結ばれておりました‥その蕾をしばらく見つめて後、死野は低い声で申しました‥
「私は、詑びに値しない詫びをした」と
敬語は言葉を返せませんでした‥それは問う言葉ではなかったからでございます‥死野が自らに語りかけているのでございます‥生涯が背負ってきた思い込みが崩れた地に立って、初めて口にする言葉でございました
「呼んで欲しい」と死野は息子の方へ向き直りました‥「直之助の一家を、ここへ呼んで欲しい」と
敬語がその旨を一族の年寄たちにも伝えたところ、難色を示す者もございました‥かつて治教日に「嫁を追い出せ」と申した年寄の一人が、敬語に向かって申しました‥「今更呼び戻すとは、大方様は一体何を考えか」と「目を掛けて出ていった者を招き入れては、家の筋が乱れましょう」と‥敬語は静かに答えました‥「筋とは、何でございましょうか」と「この十八年、我が家の名を、朽ち果てるままに晒したのは、一体誰であったのか‥この里の命をお救いもしたのは、一体誰の娘たちであったのか」と‥年寄りは言葉に詰まりました‥「母上の御沙汰になったことでございます」と敬語は続けました‥「それがしは、ただ母上のお心に従うのみ」と
この一件は、死野自らが一族の集まりの席で申し渡すこととなりました‥死野は杖をつきながら年寄たちの前に座り、静かに申しました‥「私は、長きに渡り、間違うておった」と「私は、『男児』と申すことに拘るあまり、人を人として見ることを忘れておった‥もし異存のある方があれば、この詫惚れに、直に申されよう」と‥座敷は静まり、やがて誰一人、異を唱える者はございませんでした‥死野の固い気性を知る年寄たちも、この一件ばかりは、死野の決意の硬さを感じ取ったのでございます‥死野はさらに、直之助一家の名を、家の系譜に書き加えるよう、その場で申し付けたのでございます
梅の花が咲く頃、直之助の五人の家族が、本家へと向かってまいりました‥「母上が、兄上のご一家を本家へ招きたいと仰せです」と、敬語自らが足を運んで伝えたのでございます‥その言葉を聞いた時の家族の思いは、それぞれに異なっておりました‥直之助はしばらく言葉がございませんでした‥サ苗エは静かに俯いておりました‥民が尋ねました‥「母上參られますか」と‥あの家で最も苦しいを過ごしたのは、母であったからでございます‥サ苗エが顔を上げ、微笑みました‥「参りましょう」と「母上がお呼びくださっているのですから」と
歳月がこの女を強くしたのか、元の性が強かったのか‥おそらくその両方であったのでございましょう
本家の表門が見えてまいりました‥十八年前の夜明け前、五人の家族が出てまいった、あの表門でございます‥あの折は、背に閉ざされた門でございましたが、この日は、大きく開かれておりました‥その前庭に、死野が杖をつき、立って待っておりました‥まだ病の癒えきらぬ身でございましたが、「我が足で出て迎えねば」と、部屋のうちで待つことを良しとしなかったのでございます
死野の目が、表門を潜って参る五人の家族に注がれました‥十八年ぶりのことでございました‥息子の頭には、白いものが混じっておりました‥出たには赤子であった三女が、今では立派な娘になっておりました‥死野の目はその顔一つ一つを辿って後、最後に嫁の顔で止まりました‥美しかった面差しに歳月が刻まれておりましたが、あの静かな目元は、変わっておりませんでした‥死野は杖をつきながら、嫁の方へ一歩近寄りました‥サ苗エが慌てて歩み寄り、頭を下げました‥「母上、その後お変わりございませぬか」と‥追い出した者に向けて掛けられる言葉に相応しい、正しい礼に‥死野の唇が震えました‥何かを言おうとして、言葉が出てまいりません‥生涯、「詫び」と「謝り」ばかりしてきた口でございました‥「すまなかった」という言葉を発したことのない口でございました‥その口が開くまでに、しばらく間がございました
「花えよ」と死野は、嫁を昔呼んでいた名で呼びました‥「私は、そなたに詫びることがある‥そなたが産んだ子がいかなる子らか、見ようともせず、ただ娘であると言うだけで、拒み続けた」と‥そう言うと死野の腰が折れてまいりました‥嫁に向かって、頭を下げようとしていたのでございます‥サ苗エが驚いて、死野の手を支え、「母上、どうかおやめくださいませ」と申しますと、死野は繰り返しました‥「人は、罪を犯せば、詫びねばならぬのだ」と
サ苗エは静かに申しました‥「過ぎた歳月が消えるわけではございませぬが、母上が今こうして、真実をお認めくださったこと‥それを受けて、私どもは、これより先を、新たに歩んでいくことができましょう」と‥死野の目から涙がこぼれ落ちました‥嫁の前で、庭の真ん中で、かつて呪いの言葉を浴びせたあの気性の激しい人が、涙を流していたのでございます‥サ苗エも涙をこぼし、二人の女が握り合った手の上に、梅の花びらが舞い落ちた
死野は涙を拭い、今度は孫娘たちに目を向けました‥「これへ参れ」と三人が死野の前に並びました‥死野は三人を、一人ずつ見つめました‥「そなたがさおりか」と「噂上と、物語で里中を泣かせたり笑わせたりしておるという娘が、そなたか」と‥次に民に目を向けました‥「そなたが民か」と「噂上と、薬草を相場のままに配って里を救うたそうな‥買い占め男どもの鼻をへしってやったとも聞いた」と‥民が太い笑みをこぼしました‥死野の目が、最後に三女に注がれました‥雪でございました‥死野はしばらく黙って雪を見つめておりました‥そして、「この詫惚れを救うてくれた、雪か」と‥「そなたが雪か」とそう呼んだのでございます‥「この家を潰すもの」と申した娘を、死野は「そなたが雪か」とお呼びになったのでございます‥
「祖母上、ご体は、いかがでございますか」と雪が医者の言葉で応じますと、死野は笑いました‥泣きながら、笑いました‥「今は、この詫惚れの体など、問題ではないぞ」と‥死野は三人の孫娘の手を、一人ずつ握りました‥「男児のことばかりを唱えて生きてきた歳月が、恥ずかしい」と「この詫惚れの命を救うたのも、この里を救うたのも、この家の名を再び立て直したのも、全て我が孫娘たちであったのだ」と
その日の夕刻、本家では和やかな宴が設けられました‥大きな宴ではございませんでした‥一門の者たちが同じ膳を囲む夕餉でございましたが、この家にこのような膳が並ぶのは、初めてのことでございました‥死野が上座に座り、傍らに直之助夫婦と敬語、そして三人の娘が並びました‥死野は息子たちの酌をしました‥「直之助よ」と「はい、母上」と「あの日、私に向かって出ていったこと‥あれこそ、我が生涯で最も良うやったことであったのやもしれぬ」と‥直之助は盃を受け取りながら、思わず笑みを洩らし、「あの日の決断に、私は今も悔いはございませぬ」と直之助は穏やかに申しました‥膳には笑いが広がりました‥敬語が兄の盃に酒を注ぎ、兄が弟の盃に酒を注ぎました‥民が死野の膳に魚を並べ、さおりが話を語って一座を笑わせました‥雪は死野の顔色を窺いながら酒を控えさせ、代わりに煎茶を注いで差し出しました‥「祖母上、まだ酒はなりませぬ」と‥これに、死野が「これ、この家で最も恐ろしいのは、末の娘であるな」と申しますと、笑い声が、垣根を越えて響いたのでございます
夜が更けて宴が果て、帰り道、月が明るうございました‥直之助とサ苗エが並んで歩き、前を歩く娘たちの笑い声が、闇に響いておりました‥「旦那様」とサ苗エが言いました‥「皆が私を追い出せと申した折も、旦那様だけは、最後まで私の傍らにおいでくださいました‥その一言だけで、ここまで参ることができました」と‥直之助は足を止め、妻を見つめました‥「私が、そなたの手を離すものか」と「我が生涯で最も良うやったことは、あの日、そなたの手を取って、表門を出たことであろう」と直之助は笑いました‥
提灯明りの下、二人は向かい合って微笑み合いました‥前方で民が声を張りました‥「お二人とも、何をなさっておいでですか」と「參りませぬか」と‥「おう、今參ろうぞ」と‥五人の家族は、再び並んで歩き始めました‥十八年前、逃れるようにして歩いたあの道を、今は、笑いながら歩いていたのでございます
幾月か後、庭の梅の木には、青い実が結ばれておりました‥死野は縁側に座り、傍らに並ぶ三人の孫娘を見渡しました‥「家を継ぐは、男児か娘か、ではなかったのだろう」と「人の才を見抜く目と、互いを見捨てぬ心、こそが、家を残すのであろう」と‥春に咲いた花が夏の実となるように、潰れかけていた三人の才も、今こうして、確かな実を結んでおりました‥それは、妻の手を離さなかった直之助と、夫を信じたサ苗エ、そして互いを支え合った三人の娘が、共に育てた実でございました
今日も終わりまでご一緒くださいまして、誠にありがとうございました。心に残った場面がございましたら、一言お聞かせくださいませ。



