「みささんのお小遣いは今月も1万円ね。」義母が私の給料30万円を封筒ごと受け取り、1万円札を1枚だけ食卓に滑らせた。3年間、私は自分の稼いだ金を誰かの許可をもらってから使っていた。夫は「母さんに預けた方が安心だろう」と笑い、義母は「結婚したら家族のお金でしょ」と平然と言う。でもその日、私は初めて気づいた。私が我慢していたのはお金じゃない。自分の人生を他人に預けていたこと自体だった。私は1万円…

「みささんのお小遣いは今月も1万円ね。」義母が私の給料30万円を封筒ごと受け取り、1万円札を1枚だけ食卓に滑らせた。3年間、私は自分の稼いだ金を誰かの許可をもらってから使っていた。夫は「母さんに預けた方が安心だろう」と笑い、義母は「結婚したら家族のお金でしょ」と平然と言う。でもその日、私は初めて気づいた。私が我慢していたのはお金じゃない。自分の人生を他人に預けていたこと自体だった。私は1万円...

母さんに預けた方が安心だろう。

たヤが封筒を母親の前へ押し出した。中身は30万円。その日の午前に振り込まれた私の給料だ。

義母のかず子が封筒を受け取る。財布から抜き出したのは1万円札が1枚だけだった。

「みささんのお小遣いは今月も1万円ね。」

その1枚が食卓を滑ってきた。

「私が働いて稼いだ30万円ですよ。」

「結婚したら家族のお金でしょ。」

かず子は当たり前のような顔をしていた。

この3年ずっと同じ顔だった。

私が嫌だと言ったら、たヤは一度黙った。

「じゃあ自分で勝手にすれば。でもこの家にいるなら母さんのやり方に従ってくれよ。」

私は1万円札を見た。それから2人の顔を見た。

「はい。」

そう答えて椅子を引いた。バッグを取り、靴を履く。

「どこ行くんだ?」

「ちょっと用事。」

3月の風が冷たかった。時刻はまだ午前11時過ぎ。この時間なら間に合う。

3年の間、私は自分の給料の使い道を誰かに許してもらってから決めていた。その日、私はそれをやめた。

私は不活み崎39歳。結婚する前は王野美だった。給食宅会社の管理栄養師をしている。

会社が請け負っている事業所に入り、そこから近くの施設へ朝と昼の食事を届ける仕事だ。私の受け持ちは1回に160色。朝の5時半に厨房へ入り、届いた食材を検品して火を入れて盛り付けの例を回す。

現場をまとめる主人という肩書きがついたのは4年前だった。人手はいつも足りない。パートさんの多くは私より年上で、子供が独立した人や親を見ている人がいる。誰かが急に休めば、その回の160色は残った人数で作ることになる。誰にどの持ち場へ入ってもらうか。それを私が朝の5分で決める。

献立てを組むのも私の仕事だ。材料費は1食320円と決まっている。その中で栄養と味と彩りを全部揃えなければならない。2ヶ月先の分は前の年の相場と在庫を見て組む。それでも当日に魚が入らない日はある。その時は栄養価が大きく変わらない別の魚へ差し替えて味付けも調整する。足りない分をどこから持ってきて、余った分をどこへ回すか。限られた金額を配ることが私の食納だった。

届いた食材も作った食事も50gずつ取り分けて-20°で2週間残す。何かあった時にその日の一食を後から取り出せるようにするためだ。記録を残す仕事に長くいると、紙を捨てられない人間になる。

手取りは月に30万円。主の手当てと勤続17年分の積み上がりでこの額だ。この会社では上の方になる。

商与は夏と冬に分けて手取りで年に88万円ほど入る。大手の住宅会社で商与だけは業界の中ではいい方だ。現場の人間にはそれが唯一の鳥江のような会社だった。

夫のタヤとは12年前の5月に結婚した。住宅設備の施工会社で営業をしている人で、共通のなで知り合った。私より2つ上だ。

実家には母が1人でいる。王野の国68歳。父は8年前に亡くなった。電車を乗り継いで40分の距離だ。

子供はいない。2人で話して決めたことだった。

結婚した時、私たちは共働きで生活費は2人で出していた。たヤは毎月25日に自分の口座から私の口座へ14万円を移す。それで家賃も光熱費も保険も落ちる。食費と日用品は私が出す。そういう分け方だった。

9年の間、14万円が遅れたことは1度もなかった。止まるのは3年前の3月だ。

問題はその後の手続きだ。家賃の引き落とし、電気と水道とガス、携帯と回線、生命保険と火災保険、全部の書類を並べた時、口座番号を書く欄が8つ並んだ。私の方が平日に休みを取りやすかった。それだけの理由で、引き落としの口座は結婚前から使っていた私名義のものにまとめた。給料もそこへ入る。独身の頃に貯めた分もそこにあった。

部屋の賃貸契約も審査が早いという理由で私の名前で通した。は人のラにも入っていない。銀行のことは全部私の役目だった。タヤは通帳を1度も開いたことがない。しまってあるのは寝室のどこかという程度にしか知らないはずだった。

名義はあくまで私。そのことを2人とも深く考えなかった。名義というのはその時はただの手続きの言葉だった。通帳は寝室の引き出しに入れっぱなしだった。気重をするのは年に一度あるかどうか。給料が入っていること。引き落としが落ちていること。それだけ分かれば十分だと思っていた。

義母のかず子は私たちの部屋から歩いて15分の団地に住んでいる。義父は15年前に亡くなった。たヤは1人息子で、姉のかよさんは県外にいる。

最初の頃、かず子はよくできた人だった。切が伸びていて言葉も丁寧で、玄関で靴を揃える人。近所の評判も良かった。

結婚した年のクれ、かず子は大きなを持って部屋へ来た。中身は西目とクリキントで、私の実家の味付けより甘かった。

「みささんはお仕事があるんだから、お正月くらい休みなさい。」

嬉しかった。家族が増えるということがその頃の私には単純にありがたかったのだ。

その重箱を返しに行った日、かず子は台所で私の作った煮物の味見をしてこう言った。

「あら、お砂糖少なめなのね。」

悪気はなかったと思う。今でもそう思う。ただその手の一言が年に何回か増えていった。

1度だけ私が意見を言ったことがある。結婚して1年目の秋だ。仕事から帰ったら今の窓に断熱のシートが貼ってあった。かず子が相かで入ったのだという。

「お母さん、ありがとうございます。でも次からは先に一言もらえますか?」

それだけだ。声も荒げていない。

その夜、たヤの様子が変わった。

「母さんは善意でやってくれてるんだぞ。」

「分かってます。だから断ってはいません。」

「断ってるだろう。次からわって、それ断ってるのと同じだから。」

たヤはそれから3週間私と口を聞かなかった。朝の挨拶も帰ってこない。夕飯の器は無言で運ばれて無言で流しに置かれる。3週間目に折れたのは私の方だった。

それ以来、私はかず子に「次から」と言わなくなった。

たヤは母親を疑わない人だった。疑わないというより、疑うという考え方を持っていない。その母親が言ったことは決まったことだ。決まったことに反対する人間がいれば、その人間の方が間違っている。そういう順番で頭が動く。

私はそれを母親思いだと思うことにしていた。そう思っておけば腹が立たずに住んだ。

かず子が家計に口を出し始めたのは5年前の秋だった。

「その保険見直したらどう?かけ捨ては損よ。」

「そのスーパーは高いわ。私が行っている店なら卵が10円安いの。」

その頃はまだその程度だった。年上の人の助言として聞いておけば済む。

翌年の春、かず子は私たちの保険の証券を見てあげると言って持ち帰った。帰ってきたのは3ヶ月後だ。中身は何も変わっていなかった。

「調べてみたけど、そのままでいいわ。」

「ありがとうございます。」

礼を言いながら私は妙な気持ちになった。3ヶ月、私の家の保険の髪が私の家になかった。それだけのことなのに、なぜか落ち着かなかった。

言い方が変わったのはその年の秋だ。

「みささんは無駄遣いが多いのよ。若い人はそうなんだから、女に家計を任せるとダメになるの。私は昔経理をやっていたから分かるのよ。」

経理をやっていたかず子はこの一言をよく使った。たヤは嬉しそうに繰り返した。

「母さん昔経理やってたから、家計管理得意なんだよ。聞いといて損はないって。」

損はない。そう言われると返す言葉が見つからなかった。尊徳の話をしているのではないと言えば良かったのだと思う。言えなかったのは、言った後に来るものを知っていたからだ。

かず子の口出しが言葉から手に変わるのはその次の冬だ。3年前の1月、仕事から帰ると台所の電気がついていた。かず子が流しの前に立っていた。相かを使って入ったのだ。相かは元々私たちが旅行に出る時に預けたものだった。

「お帰りなさい。片付けておいたわよ。」

三角コーナーに透明な保存容器の中身が捨ててあった。休みの日に作った切り干大根とヒジの煮物と鳥の照り焼きだ。4日分の副菜だ。私はいつも休みの日の夜に作っていた。

「あの、それまだ食べられたんですけど。」

「作り置きなんて痛むわよ。この時期でも3日が限度。」

「冷蔵4日は持たせられます。中心まで火を通してから覚ましているので。」

かず子は笑った。子供の言い訳を聞いた時の笑い方だった。

「そういうのは本に書いてあることでしょう。」

本に書いてあること。私が14年やってきたことは、かず子の中ではそういう分類になるらしい。私は何も言わなかった。捨てられたものは戻らない。

流しには私が使っていた保存容器が3つ洗って伏せてあった。洗ってくれたのだ。中身を捨てて容器を洗って、それを親切だと思っている人がそこに立っていた。

その日からかず子は週に2回来るようになった。2月になると3回になった。来る前の連絡はない。玄関の鍵が開く音で、今誰かが入ってきたと知る。それが自分の家の玄関の音だった。

やがてレシートの話が始まった。

「みささん、買い物のレシート撮ってある?」

「撮ってありますけど。」

「見せてちょうだい。無駄がないか見てあげる。」

断る理由が思いつかなかった。断ればまたタヤが3週間黙る。

かず子は食卓にレシートを並べた。1枚ずつ指でなぞって読む。老眼鏡の位置を直しながら金額の欄だけを追っていく。

「これ何?」

指の先にあったのは豆の袋のだった。

「コーヒーです。豆で買って朝に引いています。」

「500円もするじゃないの?」

「200gで500円です。2週間持ちます。」

「コナを買えば200円で済むでしょ。こういうところなのよ。こういうところ。」

私は職場で1食あたりに使える金額の中で160色を組んでいる。支援単位で計算し、月末には実績と予算の差を報告する。その私が2週間で500円の豆について説明をさせられていた。

たヤは今でテレビを見ていた。

「母さんは俺たちのためにやってくれてるんだぞ。」

それだけ言ってまた画面へ顔を戻す。

レシートは帰ってこなかった。かず子はレシートを揃えて封筒の口を開いた。

「今度まとめてみるから、預かっておくわね。」

かず子は封筒に入れて持ち帰った。翌週もその次の週も同じだった。指摘が帰ってきたことは1度もない。

帰ってこないのになぜ持って帰るのだろう。1度だけ聞いたことがある。

「あのレシートをどうされてるんですか?」

「つけてるのよ。つけてるというのは、あなたに言っても分からないでしょ。私は昔経理をやっていたから。」

それで話は終わった。「つけている」という言葉だけが残った。何にどうつけているのかは分からない。

その頃、冷蔵庫の中身が私の献立てと合わなくなっていった。かず子は買い物をして勝手に入れていく。特売の豚コマが2パック、もやしが4袋、カット野菜、値引きのシールが貼られた素材。

「安かったから買っておいたわ。」

「ありがとうございます。」

そう言うしかない。問題はその食材が私の予定と噛み合わないことだった。私はその週の献立てをあらかじめ決めて、週の初めにまとめて買っている。そこへもやしが4袋入ってくる。もやしは3日でダメになる。捨てるわけにはいかないから、予定していた献立てを崩してもやしを使う。使った分の食材は余る。余った材料は次の週へ回す。回した先でまたかず子の買ってきたものと当たる。

現場でこんな在庫の回り方をしていたら、私は署長に呼ばれている。

ある週は豚コマが3パック重なった。冷凍しても味は落ちる。私は生姜焼きと肉じがと汁の具に振り分けて3日で使い切った。同じ肉が3日続いた食卓で、たヤが箸を止めていった。

「また豚か。」

買ってきたのはあなたの母親だ。その言葉は口の中で止めた。

「お母さん、買ってくださるのはありがたいんですが、先に何を買うか教えてもらえませんか?」

「あら、私の買い物にケチをつけるの?」

「そうではなくて、重ならないように。」

「そんなに嫌なら鍵を返しましょうか。」

そう言われると終わりだった。かず子は鍵を返さなかったし、私も返して欲しいとは言えなかった。

その週末、たヤが言った。

「母さんが、みさは買い物が下手だって言ってたぞ。下手量を考えてないって。あれだけ捨ててたらそりゃたまらないよな。」

捨てていたのはかず子だ。そういえば住む話だった。言えばまた3週間の沈黙が来る。私は洗い物の手を止めなかった。

2月に入って、かず子は台所の棚を並べ替えた。私が下段に置いていた鍋を上へあげ、上に置いていたを下へ下ろした。

「こっちの方が使いやすいでしょ。」

「私は下の方が。」

「腰を曲げるのは体に悪いのよ。」

翌朝、暗い台所で私は鍋を探した。手が届く場所にいつものものがない。

同じ月に食器棚の奥の茶碗が消えた。父が使っていた湯のみだ。淵がかけていて、それでも私は5年そこに置いていた。

「お母さん、ここにあった湯みは?」

「ああ、かけてたから下げておいたわ。かけた器を置いておくのは演技が悪いのよ。捨てました。新聞紙に包んでそこの袋に入れてある。捨ててはいないわよ。」

袋の中から出てきた湯みには新しい傷が2本ついていた。私はそれを台所ではなく寝室の引き出しへ移した。通帳の隣だ。

かず子は台所と今しか触らない。寝室のふを開けたところを私が見たことは1度もなかった。その時初めて、この台所はもう私の場所ではないのだと思った。

たヤにそれを言ったこともある。夜寝る前だ。

「お母さん、少し来すぎじゃないかな。」

「母さん1人だからさ、話し相手が欲しいんだよ。」

「それは分かるけど。」

「みさは冷たいな。」

冷たい。この言葉を出されると私は黙る。実家の母を1人にしている後ろめたさが正確に疲れた。

その冬、私は毎週他の買ってきた食材で献立てを組み直していた。自分の台所で自分の金で買ったものが自分の計画通りに使えない。そんな暮らしが春には金そのものへ移っていく。

3年前の3月、度の切り替えの月で現場は1番忙しい。その日、私は事務室で翌月の献立て表を作っていた。表の右端に余白があって、私はそこにいつも数字を書く。1日あたりの原価見込みと実績、それに月の予算と累計実績との差だ。鉛筆で書いて確定したら消す。誰にも見せない癖のようなものだった。

事務所長の芦澤は美さんが後ろから覗き込んでいた。55歳。この現場を10年見ている人だ。

「不括さん、それ何?」

「あ、すみません。見込みです。今月は魚が高いので。」

「知ってる。あなたのそれ、毎月ぴったりでしょ。私、決算の時助かってるのよ。」

足沢さんは椅子を引いて座った。

「でね、ふかさん、うちの現場の単価はよく見てるけど、オタクの方も数えてる。」

私は鉛筆を置いた。オタクの方というのは家計。

「あなた、この半年で2回自分の家の食費が言えなかったでしょう。栄養相談で例に出そうとした時と、この前の研修の時。覚えていなかった。」

覚えていない自分に驚いた。

「主人の母がうちの買い物を見てくれていて。」

「見てくれる?」

「はい。無駄がないか?」

足沢さんは少しの間黙った。それから私が書いた余白の数字を指でつついた。

「これができる人が、家では見てもらう側なんだ。」

言われた瞬間、耳の奥が熱くなった。怒られたわけではない。むしろ逆だ。

「あのね、ふ活さん、数字は誰のものでもないの。数えた人のものよ。数えていない人は、どれだけ立場が上でも何も知らない。知らないのに決められます。決められるわよ。だから厄介なの。」

足沢さんは献立て表を私の方へ押し戻した。

「うちの現場でね、去年単価が合わないって本社から言われたことがあったでしょう。あの時私が出したのはあなたの余白の数字。本社の人は伝票の束より先にそっちを見たのよ。数えた人が正しかったってこと。」

その言葉を私はしばらく忘れられなかった。

家に帰って、私は自分の家の数字を紙に書いてみようとした。かけたのは家賃と光熱費までだ。食費がいくらか分からない。かず子が買ってきた分と私が買った分が混ざっている。日用品もそうだ。

分からないという結論が出た時、指先が冷たくなった。分からないのは私が数えていないからではない。数えられる形になっていないからだ。食材を買う人が2人いる。私とかず子。使い道も2つある。私の献立てとか子の思いつき。現場ならこんな管理は許されない。仕入れの担当が2人いて、どちらも相手の伝票を見ていない。

その週の終わりに母から電話が来た。

「みさ、元気にしてる?」

「してるよ。」

「お母さんは元気よ。あのね、たまには2人でご飯でも食べようよ。駅前にね、新しいお店ができたの。前に一緒に行った養殖屋さんの息子さんがやってるんだって。」

母は父が亡くなってから外食をほとんどしなくなった。1人分の注文をするのが嫌なのだという。父と母は月に1度だけ外で食べる人たちだった。決まって養殖で、父はいつも同じものを頼む。母はその度に違うものを頼んで半分ずつ交換していた。

「1人で行くと、頼んだものが全部自分のものでしょ。それが寂しいのよ。」

「行こう。行きたい。」

「本当?」

「うん。今月はちょっと年度末でバタバタしてるから、来月ね。」

「来月ね。」

母は嬉しそうにそれを繰り返した。その約束は私の頭の隅にずっと残った。

3月の終わり、かず子が請求所のようなものを持ってきた。

「先月私が立て替えた分ね。1万8000円。」

「ありがとうございます。今お渡しします。」

財布を出しながら私は聞いた。

「お母さん、内訳を見せていただけますか?」

かず子の手が止まった。

「打ち訳け?」

「はい。何を買っていただいたのか、うちの家計簿につけたいので。」

「あなた、私を疑ってるの?」

「そうではありません。記録を残しておきたいだけです。」

「見せても分からないでしょ。私は昔経理をやっていたのよ。あなたみたいに家計簿アプリでやってる人とは違うの。」

アプリの話はしていない。私は紙で書いている。

「レシートでいいんです。」

「もう捨てたわ。」

捨てた。私のレシートは封筒に入れて持ち帰る人が、自分のレシートは捨てる。

「じゃあ、次からで構いません。買った時のものをそのままいただければ。」

「面倒なことを言う人ね。」

かず子は1万8000円を財布にしまって帰って行った。

その夜、たヤに言った。

「お母さんに立て替えてもらった分、打ち訳けをもらえないかな。」

「なんでそんなこと聞くんだよ。」

「記録しておきたいから。」

「母さんを疑うのか?」

「疑ってない。数えたいだけ。」

「同じだろう。」

同じではない。数えることと疑うことは全く違う。私の職場では数えることは信用の作り方だった。数字が合っているから人を疑わなくて済む。その違いがこの家の誰にも分からなかった。

たヤはテレビの音量をあげた。

「母さんが得意でやってくれてるんだから、任せとけばいいんだよ。みさは仕事で数字ばっかり見てるから、家でもやりたくなるんだろう。」

仕事で数字を見ているから、家の数字が見えないことが怖い。その説明を私はうまく言葉にできなかった。

数字が得意だと言い続けている人が紙を1枚も出さない。そのことが初めて引っかかった3月だった。

3月の終わり、たヤが新しい車で帰ってきた。黒い大きめの車だった。前の車はまだ10年経っていない。

「見ろよ。これ新しくしたんだ。決算だからさ、今しかない値段だった。」

月々の支払いがいくらなのかは聞かなかった。

その前の週、3月の25日にたヤが私の口座へ移してくれるはずの14万円が入らなかった。最初は忘れているのだと思った。翌月にも入らなかったので、1度だけ聞いた。

「今月の分まだみたい。」

「ああ、来月まとめて入れるから。」

まとめて入ったことはその後1度もない。

私は新しい車の方を見ていった。

「良かったね。」

車の話をするたヤは少年のような顔をしていた。前の車を買った時も同じ顔をしていた。私はその顔を嫌いではなかった。ただその顔の裏側で何が動いていたのかは、その時見えなかった。

4月25日、給料日だ。朝、携帯に入金の通知が届いた。30万円、いつもと同じ額だ。

その日は月に1度の代級で、私は昼から家にいた。夕方、たヤが定時で帰ってきて、その後すぐに玄関が開いた。かず子だった。

食卓に3人が座った。麦茶が3つ並んだ。何かの席のようだった。

「あのさ、みさ。」

たヤが切り出した。

「今月から家計は母さんに見てもらうことにしたから。」

一瞬意味が取れなかった。

「見てもらうというのは、だから給料振り込まれたら、みさが一旦俺の口座に移す。それを俺が母さんに預ける。母さんが食費とか日用品とか必要な分を配ってくれる。」

かず子が湯みに手をかけたまま頷いた。

「その方がはっきりするでしょう。」

「はっきりですか?」

「今のままだと、誰が何にいくら使ったのかわからないじゃない?みささんもそれで困っているって言っていたわよね。」

違う。私が困っていたのは、かず子の買い物と私の買い物が混ざることだ。それを整理したいと言ったのだ。

「私が言ったのは、打ち訳けを分けたいということです。」

「同じことよ。」

「同じではありません。どうして今なんですか?」

私はたヤを見た。たヤはかず子を見た。答えたのはかず子の方だった。

「うちの家計はね、女がお金を握ってきたのよ。私も主人が生きている間全部やっていたの。それでちゃんと家が回ってきたんだから。」

「私も回してきたつもりです。」

「回っているかどうかは、数字を見ている人が決めることでしょう。」

その通りだと思った。だから私は数字を見たかったのだ。

私は膝の上で指を組んだ。声を荒げないようにする。荒げれば話は内容ではなく態度の問題になる。

「たヤさん、私の給料なのに、どうしてお母さんを通さないと使えないの?」

たヤは面倒くさそうに息を吐いた。

「夫婦の金だろう。」

「夫婦のお金なら、ヤさんのお給料も一緒に見てもらうことになるよね。」

「俺のは俺で管理してる。」

「じゃあ、夫婦のお金じゃない。」

たヤの眉が動いた。

「なんでそんな言い方するんだよ。」

「言い方の話をしてるんじゃないの?」

かず子が割って入った。

「みささん、あなたお金の管理に向いてないもの。」

静かな声だった。だから余計に聞いた。

「私は仕事で毎月の予算を組んでいます。」

「それは会社のお金でしょ。人のお金なら誰でもきちんとするのよ。自分のお金になると人は緩むの。私は昔経理をやっていたから、そういう人をたくさん見てきたわ。」

反論の形をした言葉が頭の中でいくつも立ち上がった。どれも口から出なかった。出したところでこの2人には届かない。届かない上に3週間の沈黙が来る。

「母さんに預けた方が安心だろう。」

たヤが言った。この日が最初だった。それから3年。この一言を私は何十回も聞くことになる。

「わかりました。」

そう言った時、かず子の肩の力が抜けたのが分かった。

私は携帯を出して口座の画面を開いた。指が震えるかと思ったが震えなかった。振り込み先の欄にたヤの口座番号を入れる。金額の欄に30万と打つ。確認の画面が出る。実行。数字が減った。30万円が私の口座から消えた。

画面の残高の欄が目に入った。650万円と少し。結婚してからの9年で2人で貯めた分と、私が独身の頃から持っていた分が混ざっている。この口座からは翌月も家賃、光熱費と保険が落ちた。入ってきたものが全部出ていった後で、出ていくものだけが残る。その時は商与でどうにかなると思っていた。

その数字を見たのはその時が最後になる。翌月からは金額を打ち込んで実行を押すだけになった。残高の欄は指で隠すようになった。

「ありがとうな。」

たヤが言った。私の金を私から受け取ってありがとうと言った。

かず子はカから封筒を出した。中には現金が入っていた。封筒には何も書いていない。

「これが今月の食費ね。3万5000円。はい。それから日用品でこっちが1万円。あと。」

かず子は財布から2万円を抜いた。

「みささんのお小遣い、2万円。」

私は自分の給料の中から2万円を受け取った。

「余った分は私が積み立てておくからね。」

「積み立て?」

「そうよ。何かあった時のためのお金。今月は5万5000円。」

かず子は手帳を出してそこに何かを書きつけた。数字を書く手つきに迷いがなかった。長年そうしてきた人の書き方だ。

「経理をやってたから、こういうのは苦にならないの。」

「お母さん、毎月いくら入っていくら出たか、それを紙にして渡してもらえますか?」

かず子は手帳を閉じた。

「私がやるんだから、いらないでしょ。」

「私の給料です。」

言った瞬間、部屋の空気が止まった。たヤが下打ちをした。

「おい、本当のことを言っただけ。頼んでるのはこっちだろ。母さんは自分の時間を使ってくれてるんだぞ。それをまだ疑うのか。」

かず子は困った顔を作った。困った顔を作るのがうまい人だった。

「いいのよ、たや。みささんが不安なのは分かるから。慣れるまでよ。」

慣れる。その言葉が1番怖かった。かず子は本気で親切のつもりだった。そこが厄介なのだと後になって思う。

人は慣れる。私は現場でそれをよく知っていた。最初はおかしいと思っていた手順も、3ヶ月続けば当たり前になる。当たり前になったものを元に戻すのは始めるより難しい。

その夜、私は自分の机で振り込みの控えを印刷した。仕事の癖だ。伝票は必ず紙にして閉じる。紙の余白に私は「積み立て5万5000円」と書き出した。なぜ書いたのか、その時は自分でも分からなかった。ただ口で言われた数字は消えるが、書いたものは消えない。それは現場で覚えたことだった。

その控えを薄い青のファイルに閉じた。

翌朝、いつも通り5時半に厨房へ入った。検品を終えてカに火を入れて朝の食数を確認する。162色、2人増えていた。増えた2人分は予備で賄う。予備は毎日2色作ってある。誰も気づかない範囲で数字を合わせる。それが私の毎日だった。

合わせられる。会社の数字なら私は合わせられる。

休憩室で麦茶を飲みながら、足澤さんの言葉を思い出した。数えていない人は、どれだけ立場が上でも何も知らない。

タヤの車の話をすることもできた。あの車の支払いはいくらなのか。それを聞けばこの話の筋は変わったかもしれない。でも私は聞かなかった。

父が亡くなったのはその5年前だ。母はそれから実家に1人でいる。夜電話をすると必ず出る。出るのが早すぎて、いつも近くに電話を置いているのだとわかる。

私が離婚して実家へ帰れば母は喜ぶだろう。喜んだ後で自分のせいだと思うだろう。そういう人だ。だから私は実家という選択肢を自分から消していた。逃げ場を先に潰しておけば、我慢は楽になる。そう思っていた。

その月の終わりに母から電話が来た。

「お店の話、どうする?」

約束していた食事のことだった。財布の中には1万4000円が残っていた。2万円の小遣いから下着とストッキングを買った残りだ。行けない額ではない。ただ母を誘えばこちらが出すことになる。母は私に払わせてくれない人だが、それでも私は半分を持つでいた。次の月に小遣いがいくらになるのかは誰からも聞いていない。

「ごめん。来月にしてもいい?」

「いいわよ。逃げないんだから、お店は。」

母はそう言って笑った。

電話を切ってから私は台所に立った。冷蔵庫の中にはかず子が買ってきたもやしが3袋あった。3万5000円の食費で1ヶ月を組むなら、これも使い切らなければならない。1食あたりに使える金額を計算する。4人分ではない。2人分だ。それでも私は電卓を出した。

薄い青のファイルはその日から毎月1枚ずつ暑くなっていく。

半年で小遣いが減った。3年前の10月、7回目の給料日だった。かず子は封筒を並べながら当たり前の顔で言った。

「さんのお小遣い、今月から1万5000円ね。」

「減るんですか?」

「物の値段が上がってるでしょう?食費の方にも回さないと。」

「食費は3万5000円のままですよね。」

かず子の手が止まった。

「減らした分は積み立てに足しておくから。あなたのために貯めるのよ。」

その夜、私は控えの余白に「積み立て6万円」と書いた。前の月までは5万5000円だった。私の小遣いが5000円減って、積み立てが5000円増えた。数字は正直だ。

1年前の4月、小遣いはさらに減って1万円になった。

「40近い人がそんなに使うものはないでしょ。その分を積み立てに回しておくから。」

かず子はそう言った。たヤは隣でスマートフォンを見ていた。

翌月の半ば、母からまた電話が来た。

「みさ、お店まだあったわよ。」

私は台所で立ったまま財布の中身を思い出していた。3200円。休業日まであと10日ある。

「ごめん。今ちょっと忙しくて。」

「そう。」

母の声が半分になった。それが分かってしまうのが1番答えた。

「落ち着いたら行こう。絶対。」

「うん。無理しないでね。」

電話を切って、私は流しに手をついた。30万円は毎月25日の朝に振り込まれる。私が働いて得た30万円だ。そのうち1万円が私のものだった。母と昼ご飯を食べるのにいくらかかるのか?2人で4000円だ。800円足りない。それだけの話が電話を切らせた。

月に1万円。私はその金額で暮らす方法を組んだ。仕事だと思えばいい。1食あたりの単価で160色を組むのと、やっていることは同じだ。

昼は職場の給食を食べた。美容院は年に2回にした。カットだけで色は入れない。ストッキングは伝線したところをロッカーで塗った。同僚の1人が笑って糸を貸してくれた。通勤の定期は会社から出る。だから交通費はかからない。かかるのは休みの日にどこかへ行く時だけだ。だから休みの日はどこへも行かなかった。

1年で1番大きな買い物は7800円の靴だった。厨房用の白い靴は年に1足だけ支給される。2足目は自費だ。職場の飲み会は休業日の前なら断った。顔をすぎると財布に1000円札が2枚しかない月がある。断る理由はいつも同じで「家の用事です」と言った。用事はなかった。家に帰ってかず子が買ってきたもやしを使い切るだけだった。

私は自分の生活を1円単位で設計できる人間だった。だからできてしまった。できてしまうことがこの3年で1番怖いことだった。1万円で暮らせるということは、1万円しか渡さない人にとっては渡し方が正しかったという証明になる。私が上手にやればやるほど、この決まりは正しいことになっていった。

守ったものが1つだけある。商与だ。夏と冬に手取りで44万円ずつ入る。年に88万円。

最初の年、かず子は聞いてきた。

「ボーナスは?」

「うちの会社はほとんど出ないんです。」

嘘をついた。生まれて初めて着いた。まとまった嘘だった。

「あら、今時そんな会社があるの?」

「給食の住宅は単価が決まっているので。」

「だから安いところに勤めちゃだめなのよ。」

かず子はそれっきり聞かなくなった。たヤも聞かなかった。たヤは自分の会社の商与の話しかしない人だった。

本当は商与は引き落としに消えていた。家賃9万8000円、電気と水道とガスで2万2000円、携帯と回線で1万2000円、生命保険と火災保険で8000円、合わせて月に14万円が私名義の口座から落ちていく。3年前の2月まではこの14万円をたヤが入れてくれていた。それが止まり、私の給料は全部かず子のところへ行くようになった。出ていく先はそのままで、入ってくるものだけが2つとも消えた。だから商与で埋めた。足りているのかどうか、私は教えなかった。教えれば次にすることが決まってしまう。

そうやって2年半が過ぎた。2年半の間、私は1度も残高の欄を正面から見なかった。

は金だけでは終わらなかった。前の年の秋、かず子が言い出した。

「ねえ、一緒に住まない?」

麦茶の氷が溶ける音がした。

「同居ということですか?」

「そう、私の団地を引き払ってこっちに来るの。家賃が二重にかからなくて済むでしょ。食事も1回で作れば安く上がるし。」

「でも、この部屋は2人で済むのがやっとです。」

「バンルームでも2人で住んでる若い子がいるじゃない。それに、いずれ私の面倒は誰かが見るのよ。」

たヤが箸を止めた。

「それ、いい話だな。」

「たヤさん。」

「だって合理的だろ。母さんの家賃が浮くんだから、その分うちが楽になる。」

私は聞いた。

「お母さんの家賃は、今誰が払っているんですか?」

かず子の目がわずかに動いた。

「私の年金からに決まってるでしょう。」

「でも、それが浮くとうちが楽になるというのは。」

「みささんはそういう言い方をする人ね。」

話はそこで終わった。同居の話もその時は消えた。消えたのはタヤが本気で嫌がったからではない。私が承知しないと分かったからだ。

その夜、たヤが布団の中で言った。

「母さんの老語は、どっちにしろ俺たちが見るんだからな。」

「うん。」

「そのつもりでいてくれよ。」

私は返事をしなかった。「見る」という言葉の主語が誰なのか、聞かなくても分かっていたからだ。

12月に入って、かず子は別の話を持ってきた。

「みささん、実家のお母さんに何か送ったりしてないわよね。」

「送っていません。」

「そうよね。うちの家計から出るお金だもの。」

私の給料だ。その言葉が喉まで来て止まった。

「お母さん、私の母は年金で暮らしています。何も送っていません。」

「ならいいのよ。念のため。」

念のため。私の実家に1円も流れていないか。かず子はそれを確認しに来たのだ。その時初めて、この人は私を家族だと思っていないのだと分かった。財布だと思っているなら、財布から金が溢れていないかを見るのは当然のことだった。

年が開けて間もなく、かヨさんが県外から来た。たヤの姉で45歳。県外で夫と2人で暮らしている。

かよさんは私に向かってこう言った。

「うちの母に任せておけば安心。うちなんてそういう人がいないから大変。」

そういう人というのは、お金のことをちゃんと見てくれる人。かよさんは何も知らない顔をしていた。少なくとも私にはそう見えた。

「かよさんのところはどうされてるんですか?」

「うちはまあ、色々あって。」

言葉を濁したかヨさんの手にかず子が軽く触れた。話を止める触れ方だった。

「お姉さんのところは今大変な時期なのよ。みささんが気にすることじゃないわ。」

その席で、私は義母の前で聞いた。

「たヤさんのお給料はどうなっているの?」

食卓が一瞬静まった。たヤが答えた。

「俺だって入れてるよ。」

かず子が頷いた。深くはっきりと。

「そうよ。この子だってちゃんと入れてるわ。あなただけじゃないの?」

「そうですか。」

私はそう言った。言いながら耳の奥に1つの言葉が残った。「だって」という言葉だ。「入れている」ではない。「俺だって入れている」だ。

「だって」という言葉は比べる相手がいる時に出る。誰と比べているのだろう。私と比べているなら、私は30万円だ。30万円と比べて「俺だって」と言えるものが、タヤの口座から出ているのだろうか。

その夜、私は寝室の引き出しを開けた。父の湯みの隣に、気重していない通帳があった。手に取ると思ったより軽かった。3年分の記録が入っていない紙の束は、ただの紙の束だ。開けば数字が出る。数字が出れば、私は動かなければならなくなる。私はその通帳をまた引き出しに戻した。まだ開けなかった。

1月の下旬、私は銀行の窓口へ行った。通帳を持ち出して機械に通す手もあった。けれど3年も貴重していない通帳は、まとめて1業行に引示されることがある。それに引き出しから通帳が消えれば、いつかタヤが気づく。気づけばかず子に伝わる。家に置いたまま、紙だけを取り寄せることにした。

「3年分の入出金の明細を出していただけますか?」

「1年につき1100円で、3年分ですと3300円になります。ご郵送になりますが、店頭でのお受け取りをご希望でしたら2週間ほどでご用意できます。」

「店頭でお願いします。」

3300円は1万円の小遣いから払った。

封筒を受け取りに行ったのは2週間後だ。厚みがあった。年分というのはこういう厚みなのだと思った。

私は職場の休憩室で封を切った。家では開けたくなかった。かず子は相かを持っている。私が紙を広げているところへ、いつ玄関の鍵が回るかわからない。

休憩室のテーブルに明細を日付順に並べた。仕事の時と同じ手順だ。明細の見方は仕事で毎日やっていることと同じだった。

入りの行と出の行が日付順に並んでいる。まず出の方を拾った。家賃9万8000円。毎月27日に翌月分が落ちる。電気とガスと2ヶ月に1度の水道、鳴らして月に2万2000円。携帯と回線で1万2000円。生命保険と火災保険で8000円。合わせて月に14万円。12をかけて年に168万円。3年で504万円だ。

次に入りの方を拾った。入りの業を上から辿ると、1番古いところに14万円が2つだけ並んでいた。3年前の2月までの、たヤが入れていた最後の2回だ。3月からはその消えている。給料は毎月25日に30万円。入った日と同じ日に30万円が出ていく。タヤの口座だ。一定帰ってこないのだから、入りとして数えられない。

残るのは商与だ。夏に44万円、冬に44万円、年に88万円、3年で264万円。

年に168万円出て88万円戻る。差が80万円。毎年80万円が蓄えから減っていた。

鉛筆の先が紙で止まった。3年でいくらになるのか、掛け算をすれば出る数字だ。私はその指を止めた。休憩室には他の人もいた。出してしまえば、そこで泣くことになると分かっていた。

で、この表を見たら、私は所長に報告する。「赤字です」と。原因は、入ってくるものがないのに出ていくものだけが動いていることです、と。

80万円という数字がなぜ3年間見えなかったのかも分かった。商与の月だけ残高が44万円戻る。戻った数字を横目で見れば、まだあると思える。減っているのは残高ではなく、戻る前の底の方だった。

明細にはもう1つ気になるものがあった。毎月25日、30万円の出勤の行に「振り込み不託」と引事されている。ファイルに閉じた控えの方には「依頼人:不括み咲」と私の名前が並んでいた。36回、私が依頼人で受け取り人が夫だった。当たり前のことだ。私が振り込んだのだから。それでもその一覧を上から下まで見ていると、妙な気持ちになった。誰かに取られたのではない。私が毎月自分の指で送ったのだ。

私は明細をファイルに閉じた。薄い青のファイルはもう指2本分の厚さになっていた。

翌日、私は事務室で芦澤さんに声をかけた。

「署長、少しだけお時間いただけますか?」

芦澤さんは書類から目を上げて椅子を回した。私はファイルを出した。明細のところだけを開いて見せた。金額は指で隠さなかった。

足沢さんは黙って30秒ほど見ていた。それから指で家賃の行をなぞった。

「これ、不活さんの口座から落ちてるの?」

「はい。」

「じゃあ、この25日の30万は主人の口座に移して、それを主人の母が管理しています。」

「管理?」

「はい。」

芦澤さんは老眼鏡を外した。

「ふ活さん、管理っていうのはね、後から誰が見ても同じ結論になる形で残すことなの。残ってないなら、それは管理じゃない。」

「では、何ですか?」

「預かってるだけ。もっと悪く言えば、持ってるだけ。」

持っているだけ。3年間私が言えずにいた言葉だ。この人は5秒でそれを言った。

「あのね、まず1回ちゃんと聞きなさい。相手の目を見て、髪を出して、いくらどこへと聞く。それで出てくれば5回。出てこなければ、そこから先は別の話。」

「別の話というのは?」

「それは、その時考えましょう。」

芦澤さんは書類に目を戻した。

その週末、私は話し合いの席を作った。

「お母さん、今度うちに来ていただけますか?家計のことでお話ししたいことがあります。」

「あら、何かあったの?」

「確認したいことがあるんです。」

かず子は約束の時間より30分早く来た。たヤは部屋着のままテレビを消した。

前の夜、私はたヤに言ってある。

「明日、お母さんに家計の打ち訳を聞くから。」

「なんで?」

「聞いたことがないから。」

「聞いてどうすんだよ。」

「知っておきたいだけ。」

たヤは返事をしなかった。翌朝のあの30分が、この人が電話をした証拠だった。

食卓に私は髪を1枚置いた。

「私が毎月お母さんから受け取っているものを書きました。」

かず子が老眼鏡をかけた。

「食費3万5000円、日用品、私の小遣い1万円。私の手に来ているのは月に5万5000円です。」

「そうね。それが何?」

「私が渡しているのは30万円です。差は24万5000円です。」

かず子の眉が動いた。

「だから、それを家のために使ってるって言ってるでしょ。」

「何ですか?」

「何って、色々よ。」

たヤが横から口を出した。

「俺のお小遣いが8万。」

そこははっきりした声だった。自分の分だけはこの人はすぐに言える。

私は紙に8万と書き出した。

「では、残りは16万5000円です。これは何に使われていますか?」

食卓から音が引いた。かず子は湯みを持ち上げて、口をつけずに置いた。

「高熱費だってあるでしょ。」

「高熱費は私の口座から落ちています。」

そこまで行ったところでかず子が遮え切った。

「そんな風に人を疑うように言うものじゃないわ。」

家賃のことも保険のことも、その日は言えなかった。ただ遮切る前の一瞬、かず子は妙な顔をした。怒っている顔ではない。困っている顔でもない。初めて聞いたという顔だった。

「疑っていません。数えているだけです。」

「同じでしょう。」

また同じだ。この家では数えることと疑うことがいつも同じになる。

「お母さん、レシートは残っていますか?」

「取ってあるわよ。」

即頭だった。

「全部ですか?」

「全部よ。私は昔経理をやっていたんだから。」

「では、1月分だけで構いません。見せていただけますか?」

かず子の視線が初めて私から外れた。

「今日は持ってきてないわ。」

「取りに行っていただくことは。」

「そんな急に言われても。」

「では、来週でも。」

かず子が息子の名前を呼んだ。

「たヤ。」

助けを求める呼び方だった。たヤが立ち上がった。

「おい、いい加減にしろよ。母さんが泥棒みたいじゃないか。」

「泥棒だなんて一言も言ってない。髪を見せて欲しいと言っただけ。」

「その言い方が失礼なんだよ。」

「じゃあ、どう言えばいいの?」

たヤが黙った。答えを持っていないからだ。

かず子が立ち上がってカを取った。

「今日はもう帰るわ。みささんも疲れてるのよ。」

玄関で靴を履くかず子の背中が見えた。鞄の口にかず子は手を当てていた。押さえた指の下で布地が四角く張っていた。中に角のあるものが入っている。私はそれを見た。見たけれど、その時は何も言わなかった。

かず子が出て行った後、たヤが言った。

「満足したか?」

「まだ何も分かってない。」

「分からなくていいんだよ。回ってるんだから。」

「じゃあ、聞くけど。」

私は台所に立ったまま言った。

「たヤさんは毎月いくら家に入れているの?」

「言っただろ。入れてるって。」

「金額を聞いてるの。」

「そんなの、母さんが管理してるんだから、母さんに聞けよ。」

自分が渡した金額なのに、渡した本人が言えない。そんなことがあるだろうか。

回っているとたヤは言った。私の口座からは毎年80万円が消えている。回っているのは私の蓄えを削りながら回っている車輪だ。

その夜、私はこの生活を終わらせる方法を考え始めた。方法を考えるということは、終わらせることを決めたということだった。決めてしまえば後は段取りだ。段取りを組むのは私が1番得意なことだった。

あの話し合いから2週間が過ぎても、レシートは出てこなかった。

「探しているのよ。」

かず子はそう言い続けた。2週間同じ言葉が続いた。私はそれ以上は聞かなかった。聞かない代わりに、家の中の髪を見るようになった。

たヤは郵便受けを見ない。3年前からずっと郵便物を取るのは私の役目だ。だから家に来る紙は全部1度私の手を通る。

郵便受けに入っていたはがきを玄関で読んだ。差し出し人は販売店であ川拓也。初回の車検が翌月だと書いてあった。

初回の車検。3年目だ。

私は今の棚を開けた。車の書類はたヤがまとめて入れている封筒がある。中には契約書の移しと支払いの予定表があった。車両の代金と処費用と金利。分割の回数は72回。月々の支払いは4万5000円。ボーナス払いはなし。72回、6年だ。始まったのは3年前の3月だった。

予定表の左端には支払い済みの回に印がついていて、印は36回で止まっていた。ちょうど半分だ。残りは36回、あと3年、月に4万5000円を払い続ける。

はがきには車検の見積もりも吸ってあった。基本料と法定費用で1番安い組み合わせを選んでも10万円を超える。その10万円がどこから出るのかは、どこにも書いていない。

車を買ったのはこの人で、家の金を握っているのはこの人の母親だ。

私は表を封筒に戻した。戻す前に月々の支払い額の欄を携帯で撮った。取った後で自分の手を見た。震えてはいない。

3年前の3月に車を買って、4月から私の給料が家の外へ出た。この2つを並べて紙に書いたのは、その時が初めてだった。気づいただけだ。まだ何も言わない。現場で不具合が出た時、私はまず記録を取る。誰が悪いかを考えるのはその後だ。それが長年の癖だった。この家で起きていることも同じように扱えばいい。

その週、かず子が保険の書類を置き忘れて帰った。火災保険の更新の案内で、うちの契約者名が印刷されている。持ち帰って何をするつもりだったのかは分からない。更新の期限は3日後だった。

夕方、私はそれを封筒に入れて団地へ向かった。かず子の部屋は4階だ。エレベーターの前に集会室があって、その日は扉が開いていた。廊下の先から声が聞こえた。かず子の声だった。

「そうなの。息子がね、全部やってくれるのよ。」

私は足を止めた。封筒を持ったまま廊下の角の手前に立っていた。相手の声も聞こえた。同じ会に住んでいる江口峰さんという人だ。72歳で、いつも玄関先の蜂に水をやっている。

「いいわね。うちの息子なんて電話もよさないわ。」

「うちは毎月きちんとね、私が1人で困らないようにって。」

「かず子さんは幸せね。」

「そうね。まあ、育て方かしら。」

江口さんが笑った。かず子も笑った。

私は角を曲がらなかった。封筒を持った手が冷たくなった。2月の団地の廊下は外と同じ温度だ。

息子が全部やってくれる。私は頭の中でその言葉を数字に置き換えた。たヤの手取りは私が知っている範囲で28万円ほどのはずだ。そこから車のローンが4万5000円出ている。残りがどこへ行っているのかは知らないけれど、かず子が受け取っている30万円は私の口座から出ている。毎月25日、控えの依頼人の欄は不先。この2つがどうしても重ならなかった。

かず子が嘘をついているとは限らない。息子が家に入れた金だと思い込んで受け取っているだけかもしれない。思っているだけ。それは嘘より厄介だ。嘘は正せば済むが、思い込みは思い込んだ本人が正しいと信じている。

その時、集会室の扉から人が出てきた。江口さんだった。

「あら、どちらさん?」

私は角から出るしかなくなった。

「不活かず子の嫁です。」

「はあ、かず子さんの。」

江口さんは目を丸くして、それから笑った。

「いつもかず子さんが言ってるわよ。息子さんがよくしてくれるって。」

「そうですか。」

かず子が廊下の先に立っていた。私と目があった。

「みささん、どうしたの?」

「保険の書類です。お忘れでしたので。」

「まあ、わざわざ。」

かず子の声がさっきまでより1段高くなった。江口さんに向けた声だ。

「この人ね、お勤めが忙しいのに、こうやって来てくれるのよ。」

江口さんが「いいお嫁さんね」と言った。

私は封筒を差し出した。かず子はそれを受け取り、カではなく脇に挟んだ。カは開けなかった。

私は頭を下げた。

「じゃあ、私はこれで。」

帰り道、私は自分が何も言わなかったことを考えていた。言えばその場でかず子が困る。困った顔をされれば、こちらが悪者になる。3年かけて私はそれを完璧に覚えていた。

その翌日、かず子から私の携帯に電話が来た。

「みささん、あなた、団地で何をしていたの?」

「書類をお届けしただけです。」

「近所に何か言ったの?」

「何も言っていません。」

「言わないでちょうだいね。家のことを外で話すのは1番恥ずかしいことなんだから。」

家のことを外で話しているのはかず子の方だ。

「お母さん、レシートは見つかりましたか?」

電話が切れた。

その3日後、職場に電話が入った。昼の配膳が終わって、私が食器の返却を数えている時だった。事務室から芦澤さんが出てきて、私に手招きをした。私は手を止めた。厨房の壁の時計は1時10分だった。

「不活さん、お母さんから。」

私は動かなかった。

「じゃあ、私が出ておくわね。」

足沢さんはそのまま事務室へ戻った。

その日の終わり、私は事務室へ呼ばれた。足沢さんは椅子を回していった。

「あのね、ふ活さん、要件を言うわね。」

「はい。」

「オタクの栄養師さんは家計に協力しないって。」

「協力?」

「そう。あと、こういう人を主人にしておくのはどうかと思う、とも。」

私は椅子に座った。座ってから、座ってしまったことに気づいた。

「すみません。」

「なんで不活さんが謝るの?」

足沢さんは湯みを2つ出して、片方を私の前に置いた。

「私、こう言って切ったの。『当社の職員の家庭のことにはお答えできません。ご要件がお仕事のことでしたら、受け承回ります』って。それで切れたわ。」

芦澤さんは湯みを持ち上げた。

「かかってきた時刻と要件はこっちで記録に残してある。次があったら、会社として対応するから。」

「すみません。」

「だから謝らないの。」

足沢さんは湯みを置いた。

「不活さん、あの人はあなたの外側を崩しに来たのよ。中で行っても通らなくなったから、外から言う。この手の電話はこの10年で3回受けてる。全部家の中の話だった。うちの現場はね、あなたがいないと回らないのだから、会社の心配はしなくていい。心配するなら、自分の口座の心配をしなさい。」

私は湯みを持ったまま頷いた。

その夜、たヤが言った。

「母さんが電話したって。」

「うん。」

「なんでそんなことさせるんだよ。」

「させた覚えはない。かけたのはかず子だ。」

「たヤさん、お母さん、団地で何て言ってるか知ってる?」

「なんだよ。」

「息子が全部やってくれるって。」

たヤの口の端が上がった。悪いことをしたと思っている顔ではなく、褒められた子供の顔だった。

「そりゃ言うだろう。母親なんだから。」

「たヤさんはいくら渡してるの?」

「またその話か。」

「金額を言えないの?」

「言えないんじゃない。言う必要がないんだよ。」

「必要がないのは誰にとって?」

たヤがこちらを向いた。

「みさ、お前さ、最近ずっとその顔してるよな。」

「どの顔?」

「人を疑う顔。前はそんなんじゃなかっただろう。」

前はそんなんじゃなかった。それは本当だ。前の私は通帳を開けなかった。数えなかった。開かなかった。だから疑う顔をせずに住んでいた。

「さん、なんだよ。」

「私、今月の小遣いでうちの母とご飯を食べに行こうと思ってるの。」

「いいんじゃない?」

「1万円しかないの。」

たヤはテレビをつけた。音が大きくなった。

かず子が団地で話していること。私の通帳に禁持されていること。重ならない2つ。私はその両方を同じ日のうちに見た。重ならないものはどちらかが間違っている。現場ならそう判断して伝票の元をたどる。この家の伝票の元はどこにあるのだろう?

「不括さん、これ。」

翌沢さんが紙を1枚くれた。市の無料相談の案内だった。

「予約を取るなら早い方がいいわよ。私の知り合いも、ここから紹介された人にお願いしたの。」

「相談したら、離婚になりますか?」

言ってから自分で驚いた。その言葉を口にしたのは初めてだった。

足沢さんは表情を変えなかった。

「相談は離婚するための場所じゃないわ。何ができて何ができないかを教えてもらう場所。」

「できないことの方が多そうです。」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それを人に決めさせないために行くの。」

3月10日、私は南田新一という弁護士にあった。51歳。事務所は駅の裏の古いビルの3階にあった。

私はファイルを机に置いた。薄い青の、指2本分の厚さになったファイルだ。南さんは無言でめくった。振り込みの控えが35枚。余白には毎月の積み立ての額が書いてある。3年分の入出勤の明細。車の支払い予定表を撮った写真。

めくり終わって、南田さんは眼鏡を外した。

「よく残しましたね。」

「仕事の癖です。」

「その癖は、大抵の人が持っていません。」

南田さんはボールペンの尻で控えの束を軽く叩いた。

「ふかさん、まず今1番聞きたいことを聞いてください。」

私は膝の上で指を組んだ。組んでから、それがかず子の前でいつもしている姿勢だと気づいて、ほいた。

「私の名義の口座のお金です。それを私が別の口座へ移すことは、していいことですか?」

「していいことです。」

即頭だった。

「あなたの名義の口座から、あなたの意思でお金を動かすことに、誰の許可もいりません。ご主人の許可も、お母さんの許可もです。」

「盗んだことになりませんか?」

「なりません。あなたが動かすのは、あなた名義の預金です。窃盗にも横領にもなりません。」

私は息を吐いた。3年分の息だった。

南田さんが言葉をついだ。

「ただし、動かした記録は全部残してください。記録、いつ?いくら?どこからどこへ移したか?映す前の残高と残した後の残高。窓口の控えでも画面の移しでも構いません。全部残す。」

「なぜですか?」

「後で財産分与の話をするからです。」

第3分与を口の中で繰り返した。

「不活さん、結婚してから増えた財産は、名義がどちらであっても、離婚の時に2人で分けるものとして扱われます。あなたの口座にあるお金も同じです。」

「では、私が映したら、映しても消えるわけではありません。分ける時にきちんと出せばいい。」

「逆に、隠したと思われるのが1番まずい。だから記録を残すんです。隠すために移すのではない。触られないところに置いて、後で正しく分ける。」

その順番が頭の中で音を立ててはまった。

南田さんは書類を1枚出した。

「もう1つあります。結婚する前からあなたが持っていたお金は、分ける対象から外れます。特有財産と言います。」

私は聞いた。

「それは証明できるものですか?12年前のことです。」

「結婚した年の残高が分かるものがあれば、出発点にはなります。古い通帳でも構いません。ただ、12年給料も生活費も出理している講座です。混ざっていると言われる余地はあります。」

「捨てたかどうか分かりません。実家にあるかもしれません。」

南田さんは頷いた。

「探してみてください。」

その後、南田さんは現実的な話をした。別居してもそれだけで離婚が決まるわけではないこと。金額の見通しは資料が揃ってから出すこと。費用の話もした。着手金と、終わった時の報酬等を実費。3月25日に動かす予定の金から払えると私は計算した。

1度も「勝てます」とは言わなかった。「取り返せます」とも言わなかった。

「今日を決めなくていいです。何もしないという選択も含めて。」

「いえ、」

私は言った。

「もう決めています。」

南田さんは頷いて、それから1つ付け加えた。

「お母さんに渡ったお金のことも、聞いておきますか?帰ってきますか?」

「受け取る理由のないお金を返してもらうという組み立てはありえます。不通離得と言います。」

南田さんはボールペンを置いた。

「ただ、増与だったと言われる可能性が高い。ご主人からお母さんへ渡っている形ですから、あなたが直接請求するのは簡単ではありません。」

「では、現実的には?」

「離婚の時の生産の中で、この3年ご主人があなたの口座に1円も入れていなかったこと自体を視聴材料にします。お母さんにいくら渡していたかはまだ分かりません。そこは資料が出てから考えましょう。」

「難しいということですね。」

「難しいです。難しいと申し上げるのが1番正確です。」

勝てますとも無理ですとも言わない。この人はそういう言い方をする人だった。だから信用できると思った。3年間、断定する人ばかりが私の周りにいた。「母さんに任せておけば間違いない」「あなたは向いていない」「家族のお金でしょう」。

帰り際、南田さんは玄関まで送りに出てきてこう言った。

「さん、1つだけ覚えておいてください。」

「はい。」

「お金を動かす人と、家を出る日は同じ日にした方がいいです。」

「なぜですか?」

「別々にすると、その間に止められることがあるからです。」

3月18日、その月の代球をこの日に当てて、私は別の銀行に口座を作った。勤務先の給与の振り込みに使える銀行で、家からは少し遠い。窓口で本人確認をして、書類に住所を書いた。届け印は結婚前から使っている丸い委を持っていった。

「お作りになる目的をお伺いしてもよろしいですか?」

「生活費の管理です。」

本当のことだった。

新しい銀行を出た後、私は前から使っている口座の視点へ回った。家から歩いて5分のいつもの視点だ。議会の前に立って、キャッシュカードの暗証番号を変えた。通帳は家に置いていくつもりでいる。暗証番号を変えたから、機械からは下ろせない。ただ通帳と届け出が揃えば、窓口で払い戻されてしまう。印はその日からカに入れて持ち歩くことにした。

その足で家へ帰った。着いてすぐに電話をかけた。まず賃貸の管理会社。次に電力会社と水道局とガス、それから通信の会社と保険の代理店。

「口座振り替えの変更をしたいのですが。」

どこも同じ答えだった。依頼書に記入して変装してほしい。用姿は各者のページから印刷できると言われ、郵送になる2者には送り先を実家にしてもらった。母には「荷物が届いたら、開けずに置いておいて欲しい」とだけ頼んだ。

は早くて翌月分から、遅ければ翌々月分からになると。つまり4月分の引き落としはまだ古い口座から落ちる。私は紙に書いた。4月分の14万円。それに遅ければ5月分も落ちる。もう14万円。光熱費は月によって触れるから、そこへ2万円足す。合わせて30万円。それだけは残す。

昨日は私の名前につく傷だ。3年我慢したのに、そんなもので汚したくなかった。

給与振り込み先の変更届けも、会社の用紙をもらってきた。芦澤さんが総務に確認してくれた。

「締めの都合があるから、早くても翌月分からね。」

「はい。3月の給料はまだ今の講座に入るわ。」

「分かっています。」

その週、私は有給の申請書を出した。3月25日。理由の欄には「役所」と書いた。芦澤さんは書類を見て、何も聞かずに判を押した。押してから一言だけ言った。

「その日、うちの現場は私が入るから。」

「署長が厨房にですか?」

「盛り付けくらいできるわよ。20年やってたんだから。私も検べは毎月出してるの。いつでも入れるようにね。」

その夜、たヤが言った。

「25日休み取ったんだって。」

「うん。役所に行くから。」

「役所って、何の?」

「登録。」

嘘ではない。手続きの紙は本当に用意してあった。

「ほーん。」

たヤはそれ以上聞かなかった。その後、思い出したように言った。

「そういえば、お前のとこの象徴さん、この前母さんに失礼な言い方したらしいな。」

「何を?」

「家庭のことには答えられません、とか?」

「他人が口出すことかよ。」

「口出したのはお母さんの方。」

たヤは笑った。

「高が給食のおばちゃんの上司だろう。偉そうに。」

私は返事をしなかった。その人が私に無料相談の紙をくれた。その人が25日の現場に入ってくれる。たヤはそれを知らない。知らないまま笑った。

25日の前の日、私は着替えを職場のロッカーへ運んだ。下着、島シャツと洗面のもの。それに薄い青のファイル。ボストンバッグ1つに収まった。ロッカーは私だけの鍵がかかる。この3年で、私だけの鍵がかかる場所はそこしかなかった。

25日は平日だ。銀行の窓口は平日の昼間しか空いていない。私はもう有休を取ってある。

3月25日、その朝、私は5時半に目が覚めた。仕事がない日でも体が勝手に起きる。本当は3時頃から起きていた。天井の木目を数えて、また目を閉じて、それを繰り返した。頭の中ではその日の順番を確かめていた。銀行、役所、職場のロッカー、実家。4つだけだ。

現場で新しい献立てを入れる日と同じだった。段取りを10回頭で回しておけば、当日は手が勝手に動く。

台所へ行って湯を沸かした。豆はもう引いてある。200g、500円の豆だ。あの日から3年。私はこれだけはやめなかった。

たヤはまだ寝ていた。開拓勤務の日は9時まで起きてこない。6時に洗濯機を回した。7時に洗濯物を干した。8時に部屋の掃除機をかけた。いつもの休みの日と同じ順番だ。順番を変えなかったのは、変えると自分が落ち着かなくなると分かっていたからだ。

9時半、たヤが起きてきた。

「今日役所だっけ?」

「うん。」

「何時に行くの?」

「午前中に。」

たヤはテーブルにパソコンを置いて画面を開いた。朝の会議があるらしい。

10時ちょうど、私の携帯が鳴った。入金の通知だった。30万円。私はそれを開いてしばらく見ていた。36回目の通知だ。3年、毎月この画面を見てきた。

たヤが画面から顔をあげずに言った。

「入った?」

「うん。」

「じゃあ、今月分お願い。」

その言い方に、頼んでいるところは1つもない。3年やればそうなる。

私は携帯の画面を開いた。振り込み先の欄にタヤの講座番号を入れる。金額の欄に30万と打つ。確認の画面が出た。実行。送った。

「おお。」

たヤは会議に戻った。

画面には残高が表示されている。410万円と1000円ほどの波数。3年前の4月に650万円あった。私はこの2つの数字を前の月に紙の上で並べていた。並べた時に手が止まったことも覚えている。その日は止まらなかった。もう見慣れていたからだ。

11時前、たヤが立ち上がった。財布を持って玄関へ行く。

「ちょっと下ろしてくる。」

近所のコンビニに機会がある。毎月たヤはそこで30万円を下ろして封筒に入れる。かず子は現金でしか受け取らない。

1度だけ、私はそういったことがある。

「銀行の方が手数料かからないのに、めんどくさいだろう。」

それで終わりだった。手数料を払っているのは、その金の出所の人間ではない。

5分ほどでたヤが戻ってきた。手に茶色い封筒を持っている。封筒には何も書いていない。3年間、1度も書かれたことがない。

11時5分、玄関の鍵が回った。

「こんにちは。」

かず子だった。相鍵で入ってくる。ノックはしない。

「今月分、預かりに来たわ。」

そう言いながらかず子は靴を揃えて上がってきた。手には黒いカ。あのカだ。

かず子は食卓の自分の席に座った。誰も決めていないのに、いつの間にか席が決まっている。1番奥の台所に近い椅子だ。立ち上がって湯みを取りに行きやすい席で、そこは結婚してから9年、私の席だった。いつ入れ替わったのかは思い出せない。気づいたら、私は入り口に近い方に座っていた。

「みささん、お休み。」

「はい。役所の用事で。」

「あら、平日にお休みが取れるのね。いいゴミ分。」

私は麦茶を3つ出した。かず子は湯みに口をつけてから、思い出したように言った。

「そうそう。かヨがね、今月もちょっと大変みたいで。」

たヤが画面から顔をあげた。

「姉ちゃん、また旦那さんの具合がね、無理をさせられないから。」

「そっか。」

2人の間でその話はそれ以上進まなかった。進まないのに、2人とも分かっている顔をしていた。分かっていないのは私だけだった。

「団地の方はお変わりないですか?」

私はそう聞いた。

「変わりないわよ。え口さんがね、この前あなたのことを褒めていたわ。いいお嫁さんだって。」

かず子は嬉しそうだった。褒められているのは私ではない。そういう嫁を持っている自分だ。

たヤがパソコンを閉じて封筒を持ってきた。

「お母さん、これ、今月分。」

かず子が封筒を受け取る。封筒の口を開けて、指で札を数えた。数え方に迷いがない。かず子は30枚を10秒で数えた。

「はい。確かに。」

その時、私は言った。

「ちょっと待って。」

かず子の手が止まった。たヤが私を見た。

「なんだよ。」

「私の給料、全部渡すの。」

言ってから、自分の声が思ったより低いことに気づいた。

「何言ってんだ、今更。」

「3年聞いてきて、1度も答えをもらっていないから、もう1度聞くの。」

たヤは椅子の背に持たれた。それから面倒くさそうに言った。

「母さんに預けた方が安心だろう。」

3年で何十回も聞いた言葉だった。最初の日と同じ言い方だった。何も考えずに出てくる言葉というのは、こういう音がする。

かず子が鞄から財布を出した。口の古い財布だ。開ける音がした。

「みささんのお小遣いは、今月も1万円ね。嫁の小遣いなんて、月に1万円で十分よ。」

1万円札が1枚、食卓の上を滑ってきた。私はそれを見た。1万円札の顔が上を向いていた。

かず子は封筒の口を閉じて手元に置いた。

「食費は私が必要な分だけ渡すから、心配しなくていいのよ。」

「お母さん、なあに。」

「私が働いて稼いだ30万円ですよ。」

かず子は表情を変えなかった。

「結婚したら家族のお金でしょ。」

その言い方があまりに自然で、私は一瞬自分の方が間違っているのかと思った。3年、この人はこの顔でこの言葉を言い続けてきた。信じている人の顔だ。

私は言った。

「家族のお金なら、ヤさんのお給料も同じですよね。」

「この子はちゃんと入れてるわ。」

「いくらですか?」

たヤは麦茶を飲んでいた。かず子が代わりに答えた。

「そんなこと、いちいち。」

「お母さん、私が渡した30万円から、家賃も光熱費も出ていません。」

「その話は、今しなくていいでしょう。」

かず子は湯みを持ち上げた。先月の席でも同じことを言いかけて、同じように止められている。この人はその先を聞く気がない。

たヤがコップを置いた。

「なあ、いい加減にしろよ。せっかく母さんが来てくれてんのに。」

「私が嫌だと言ったら、どうなるの?」

私は聞いた。たヤは少しの間黙った。それからはっきりと言った。

「じゃあ、自分で勝手にすれば。勝手に。でも、この家にいるなら、母さんのやり方に従ってくれよ。」

その一言だった。「この家にいるなら」。つまり、この家にいなければ従わなくていい。この人は自分でそう言った。

3年前の4月、同じ食卓でこの人は「夫婦の金だろう」と言った。夫婦の金が、いつの間にか「母さんのやり方」になっている。途中で言葉が入れ替わったのに、誰も気づかないまま3年が過ぎた。

私は気づいていた。気づいていて何も言わなかった。その点については私にも責任がある。だから責任の取り方も自分で決める。

かず子が満足そうに頷いた。

「そうよ。嫌なら嫌でいいの。でも、それなら家のことも自分でやってちょうだいね。」

私は1万円札を見た。それから2人の顔を順に見た。たヤの顔とかず子の顔。どちらも勝った顔をしていた。

「はい。」

そう答えた。かず子の肩から力が抜けるのが分かった。たヤがパソコンを開き直した。話が終わったと思ったのだ。

私は1万円札を財布に入れた。入れてから時計を見た。11時15分。銀行の窓口は3時まで開いている。歩いて5分の視点だ。先週、機会で暗証番号を変えに来ている。

私は椅子を引いた。バッグを取って、玄関で靴を履いた。鞄の内側のポケットには、いつも使っている口座のカードと届け出印が入っている。印は持って出た。実家へ届く口座振り替えの依頼書に押すのはこの印だ。これがなければ、家賃の引き落としを新しい口座へ移せない。

通帳は寝室の引き出しに置いてきた。父の湯みの隣だ。置いて行くと決めたのは、南田さんの話を聞いた後だった。持ち出せば隠したと言われる。置いていけば、いつでも見られる。見られて困ることは何もしていない。

「どこ行くんだ?」

タヤが画面を見たまま言った。

「ちょっとお用事。」

「役所か?」

「うん。」

嘘ではない。役所にも行く。行く順番が違うだけだ。

ドアを閉める前に1度だけ振り返った。食卓にかず子が座っていて、その手元に30万円の入った封筒があった。私はその封筒を最後にしっかり見た。渡さずに出ることもできた。そうしなかったのは、決まりを破ったのが私ではないと、後から誰が見ても分かる形にしておきたかったからだ。今月の家計は決まり通り、お母さんの手の中にある。

外は3月の風が冷たかった。私は駅とは反対の方向へ歩いた。

携帯からの振り込みは1日に100万円までだ。それを超える額は窓口でしか動かせない。

11時20分、視点に入った。番号を取ると、町は12人だった。25日の午前はどこの視点もこうなる。待っている間、私は番号の橋を親指でなぞっていた。指が焦わんでいた。悪いことをしているわけではない。南田さんにもしていいことだと言われている。それでも鼓動が早かった。3年、自分の金で自分で触れなかった人間の体は、こういう反応をするらしい。

呼ばれたのは11時50分だった。

「3番の窓口へどうぞ。」

座ったのは、し田ゆ香さんという名札の人だった。30代の半ばくらいに見えた。

「本日はどのようなご要件でしょうか?」

「こちらの口座から、別の銀行の私名義の講座へ資金を移したいんです。」

私は自分の運転免許と届け出とカードを出した。映す先の口座の番号を書いた紙も一緒に出した。

し田さんは書類を確認して、それから顔をあげた。

「金額はおいくらになりますか?」

「30万円を残して、後は全部お願いします。」

し田さんが端末を叩いた。

「では、410万円と発数から380万円ですね。」

「はい。」

「失礼ですが、お使い道をお伺いしてもよろしいですか?」

「生活費と当面の預け買えです。同じ私名義の口座に移します。」

「お電話でどなたかに指示をされたということはございませんか?」

「ありません。」

「失礼しました。最近そういうご相談が多いものですから。」

し田さんは伝票を私の方へ向けた。

「お振り込み先にお間違いはございませんか?」

「間違いありません。」

「振り込み手数料が880円かかります。お口座からは引かせていただきます。」

シ田さんは事務的に、けれど丁寧に確認をした。この人は自分の仕事をしているだけだった。

「お引き落としのご予定はございませんか?」

「あります。だから30万円を残しました。27日に落ちる4月分と、切り替えが間に合わなかった時の5月の分です。」

シ田さんは端末に何か打ち込んで頷いた。

「お手続き後は、30万円と少しになります。」

「それで結構です。」

1円も足りなければ、私の名前で美能になる。3年我慢した末に、家賃の特の髪が届く。そんな終わり方だけはしたくなかった。

手続きは30分ほどかかった。シ田さんが控えを出してくれた。映した日付、映した金額、映す前の残高、映した後の残高。全部が1枚にされている。私はそれを2つ折りにして鞄の内側にしまった。

「ありがとうございました。」

頭を下げて立ち上がった時、膝に力が入らなかった。思っていたより緊張していたのだと、その時分かった。

視点を出たのは12時半だった。道を渡ったところで携帯を出して、ネットバンキングのパスワードを変えた。振り込みの限度額も1日0円に下げた。家の共有のパソコンに残っていたログイン情報は、前の晩のうちに消してある。共有の機会に自分の口座の情報を置いたままにしないこと。それは南田さんに言われていた。

それから役所へ行った。委環登録の手続きは15分で終わった。窓口の人は何も聞かなかった。

1時半に職場へ寄った。厨房は昼の片付けの最中で、白い長靴の音が響いていた。ロッカーからボストンバッグを出した。事務室の窓に芦澤さんが見えた。目があった。芦澤さんは何も言わずに片手を軽く上げた。私もあげた。それだけだった。

厨房の方からパートの1人が私に気づいて手を振った。私も振り返した。誰も何も聞かなかった。

電車を乗り継いで実家に着いたのは3時過ぎだった。インターフォンを押すと、母が出てきた。エプロンのままだった。

「あら、どうしたの?」

「しばらく置いてほしい。」

母は私の手のバッグを見た。それから私の顔を見た。

「上がりなさい。」

理由は聞かれなかった。母は2階の私の部屋へ上がって窓を開けた。3月の空気が入ってきた。布団を干していないからと言って、押入れから新しいシーツを出した。

その夜、私は台所で全部を話した。3年分だ。30万円のこと、1万円のこと、80万円ずつ減っていた残高のこと、芦澤さんのこと、南田さんのこと、その日の午前のこと。母は最後まで口を挟まなかった。

話を得ると、母は立ち上がって押入れから古い歌詞の感を持ってきた。

「あんたが結婚する時、置いていった箱。」

中には通学定期の映しや卒業少書の筒や、独身の頃の給与明細が入っていた。そして1冊の通帳があった。表紙に「王のみ咲」とイされている。救世の私だ。最後の貴調は結婚した年の4月だった。

その数字を見て、私はその日初めて泣いた。180万円と発数。27歳の私が1人で貯めた金だ。旅行にも行かず、飲み会も断って、月に3万円ずつ積んだ。結婚した時、この金はそのまま同じ口座に残った。生活費が整理する口座に、そのまま置いたのだ。置いたことを私はずっと忘れていた。母はその間を12年、押入れの同じ場所に置いていた。

「これ、いるの?」

「うん。多分、1番いる。」

母は何のことか分からない顔をしていた。分からないまま缶の蓋を閉めた。

寝る前に、駅前のコンビニで36枚目の控えを印刷した。余白に「6万5000円」と書きたして、ファイルの最後に閉じた。

夜の8時にたヤから電話が来た。

「もしもし。今どこ?」

「実家。」

「は?なんで?」

「今日は帰りません。」

「何時に帰るんだよ。」

「帰りませんって言いました。」

たヤが笑ったのが分かった。

「まだ拗ねてんの?」

「すねてない。」

「明日には帰ってこいよ。飯どうすんだよ。」

「冷凍庫に作り置きがあります。3日分。」

それだけ言って、私は電話を切った。

9時前にかず子からも電話が来た。出ないつもりだったが、3回目で出た。

「みささん、あなた、40近い女が実家に逃げるなんて、3ともないと思わないの?」

「思いません。」

「たヤが困ってるのよ。」

「そうですか。」

「明日帰ってきなさい。今日のことは、私からは誰にも言わないであげるから。」

言わないであげる。この人の親切はいつもこういう形をしている。

「お母さん、なあ、今月分はお渡ししてあります。」

「え?」

「30万円です。お受け取りになりましたよね。」

「それは受け取ったけど。」

「では、今月の家計はお母さんのお手元にあります。」

「何が言いたいの?」

「家計の管理はお母さんがしてくださるという決まりです。私はその通りにお渡ししました。」

沈黙があった。

「あなた、何を言ってるの?」

「いつも通りの話です。」

私は電話を切った。

翌朝6時に目が覚めた。実家の天井は木目の数が違う。

8時15分に携帯が鳴った。たヤだった。

「おい。」

声が違っていた。

「金、どうした?」

「何のことですか?」

「母さんが、お前が変なことを言ってたって言うから、俺が通帳持っていったんだよ。銀行の機会で起調してきた。残高がおかしいんだ。」

「おかしくないです。30万しかない。」

たヤが息を止めるのが分かった。

「30万って、昨日俺が母さんに渡した額じゃねえか。」

「そうです。」

「そうです、じゃねえよ。何勝手に金動かしてんだ。」

「私名義の口座です。」

「夫婦の金だろう。」

その言葉だけは3年前と同じだった。

「たヤさん、4月と5月の引き落としの分は残してあります。家賃も光熱費も保険も、そこから落ちます。4月からの私の給料は新しい口座に入ります。」

「そういう話じゃねえよ。生活費どうすんだよ。」

「昨日、たヤさんがお母さんに30万円お渡ししましたよね。」

電話の向こうで息を吸う音がした。

「あれは、母さんが管理する金だろう。」

「では、お母さんに管理していただいてください。は3年間そういう決まりでした。」

たヤは何も言わなかった。私は続けた。

「私が嫌だと言ったら、自分で勝手にすればいいと言ったのはたヤさんです。この家にいるなら従えとも。だからこの家を出ました。従わないので。」

「待てよ。そういう意味じゃ。」

「どういう意味ですか?」

返事はなかった。

その日の夕方、たヤからまた電話が来た。今度は声が小さかった。

「母さんが返さないって言うんだよ。」

「何をですか?」

「昨日の30万。1回返してくれって言ったら、嫌だって。」

「そうですか。」

「それでさ、」

たヤは言いにくそうに続けた。

「母さん、あの金から毎月5万、自分の生活費に取ってたんだって。俺知らなくて。知ってたでしょって言われた。」

私は黙っていた。黙っているうちにたヤが続けた。

「あと、母さんは姉ちゃんに毎月5万送ってるって。送ってるのは知ってた。ただ、うちの金から出てるとは思ってなかったんだよ。」

30万円の行き先が初めて1つずつ言葉になった。言ったのは私ではない。たヤでもない。財布が消えた途端に、2人が自分で言い始めたのだ。

知らなかったとは言った。本当かどうかは私には確かめようがない。確かめる必要ももうなかった。

「たヤさん、なんだよ。」

「お母さん、何て言ってました?」

たヤが黙った。それから絞り出すように言った。

「来月から、あんたどうするつもりなのって。」

4月2日、かず子から電話が来た。その週、たヤからの電話はなかった。代わりにかず子が出てきたのだ。

実家での暮らしは思っていたより静かだった。電車を2本乗り継いで現場まで片道50分。始発に乗っても5時半の早番には間に合わないと言うと、芦澤さんは「じゃあ当文はおばんね」と言い、その後で付け加えた。

「主人の手当ては変わらないから、手取りは同じよ。本社にはこっちから出しておく。」

母は何も聞かなかった。夕飯の支度を2人分にして、私の茶碗を出した。8年ぶりにこの家で2人分の食器が並んだ。

そこへあの声が入ってきた。

「みささん、いい加減にしてちょうだい。」

「何がでしょうか?」

「夫婦減価くらいで実家に逃げるなんて。そんな話は聞いたことがないわ。」

私は実家の台所で、片手に付近を持っていた。それを置いてから答えた。

「喧嘩ではありません。」

「じゃあ、何よ?」

「家計の管理をお母さんにお任せしただけです。」

電話の向こうで音が止まった。

「は、3月25日にそう決まりましたよね。私の給料はお母さんが管理する。私が嫌だと言うなら、この家にいなければいい。たヤさんがそう言いました。」

「そんなことは言ってないでしょう。」

「たヤさんに聞いてください。私はその通りにしました。3月分お渡しして、この家を出ました。」

「あなたね。」

かず子の声が高くなった。

「そういうヘリ屈を言う人だとは思わなかったわ。」

ヘリ屈。3年間私に向けられてきた理屈は、全部この人のものだった。同じ形の言葉を返しただけで、ヘリ屈になる。

「お母さん、それで4月の家計はどうされますか?」

「どうするって?」

「食費も日用品も、たヤさんの小遣いも、お母さんがお配りになるのが決まりです。3月分はお手元にありますよね。」

「それはもう。」

そこでかず子は言葉を切った。切った後に、慌てて足した。

「もうって言っても、ちゃんとしてるわよ。積み立てだって、ちゃんと41万円あるんだから。疑うなら見せてあげてもいいのよ。」

私は付近に手を伸ばしかけて止めた。41万円。

「お母さん、それは私からお預かりした積み立てのことですか?」

「そうよ。あなたのために貯めてるって言ったでしょ。」

「今、いくらとおっしゃいました?」

「41万円。」

はっきり聞こえた。2度目だから聞き間違いではない。

「わかりました。ありがとうございます。」

「なんのその。」

その言い方。私は電話を切った。

それから2階の部屋へ上がって、薄い青のファイルを開いた。振り込みの控えが36枚。1枚ずつ余白に私の字が書いてある。第1回から第6回まで「積み立て5万5000円」。第7回から第24回まで「積み立て6万円」。第25回から第36回まで「積み立て6万5000円」。

私は電卓を出した。昔仕事で使っていた、1番大きなキーのものだ。実家に置きっぱなしにしてあった。

5万5000円が6回で33万円。6万円が18回で108万円。6万5000円が12回で78万円。足すと219万円。

私はその数字を3回計算し直した。3回とも同じだった。念のため控えの余白の字も1枚ずつ見直した。私の字だ。書いた日の気分まで思い出せる。第7回の余白の6万という数字は他より濃く書いてある。小遣いが5000円減った月だ。

219万円あるはずのものが、41万円しかない。差は178万円だ。3年で178万円。1月あたりおよそ4万9000円が、預かったはずの場所から消えている。

私はノートにその3つの数字を書いた。219、41、178。書いてからしばらく動けなかった。怒りではなかった。近いのは、現場で在庫の棚お下ろしをした時の感覚だ。帳簿の数と棚の数が合わない。その時、人は怒らない。まず数え直す。数え直しても合わなければ、次にすることは決まっている。どこで消えたのかを追う。

階段の下から母の声がした。

「みさ、お茶入れたけど。」

「今行く。」

返事をしてからノートを閉じた。母に見せる気はなかった。見せれば母は自分を責める。あの家にとがせたのは自分だと思っている人だ。実際は私が選んだのだけれど。

4月の8日、私は着替えを取りに部屋へ戻った。たヤが仕事に出ている時間を選んだ。鍵は私も持っている。私名義で借りている部屋だ。

台所には洗っていない皿が積んであった。冷凍庫の作り置きは殻になっていた。3日分と言ったから、3日で食べたのだろう。ゴミ袋が3つ、玄関に置いてあった。出し方が分からなかったのだと思う。ゴミの火を覚えているのはいつも私だった。

私は自分の服と書類だけをダンボールに詰めた。父の湯みも入れた。通帳は引き出しに戻されていた。通帳の行が1行だけ増えている。私は触らなかった。

帰りに団地の前を通った。江口さんが玄関先の蜂に水をやっていた。

「あら、この前の。」

「こんにちは。」

え口さんはジ路を置いて私の方へ来た。

「かず子さん、最近元気がないのよ。」

「そうですか。」

「この前ね、廊下で計算してたの。紙に鉛筆で、こう、何回も。」

え口さんは指で空に数字を書く真似をした。

「かず子さんね、昔から貴帳な人でね、買い物の後は必ず正面につけるのよ。私がそんなの面倒じゃないって言ったら、『これが私の仕事だから』って。」

「正面。」

「そう。大学ノートみたいなのに、1年に1冊ずつ、きちんとね。」

口さんは話をやめなかった。足元に置いたジ路の口から水が雫になって落ちている。

「かず子さん、いつも言ってるのよ。『私は昔経理をやっていたから』って。」

「よく聞きます。」

「あれね、確かご主人の会社の手伝いだったって、前に言ってたわ。3年くらい。」

私は江口さんの顔を見た。

「残念ですか?」

「ええ、ご主人が亡くなってからは、ずっと年金だけだから、大変だと思うわ。こんなこと言っちゃいけないわね。」

え口さんは口を抑えて笑った。

私は礼を言って駅へ向かった。歩きながら3年という数字を考えていた。経理をやっていた3年と、私の給料を預かっていた3年。同じ長さだ。

正面が何冊もある。その人はその長面を3年間、1度も私に見せなかった。見せないまま「経理をやっていた」と言い続けた。そして今、41万円しかない積み立てについて「疑うなら見せてあげる」と言った。見せると言ったのだ。3年間頼んでも出てこなかったものが、疑われた瞬間に出てくる。人は責められると証拠を出す。出した証拠が自分を助けるかどうかは、出す前には分からない。

私は駅のホームで南さんに電話をかけた。

「話し合いの席を作れますか?」

「作れます。どなたに来ていただきますか?」

「主人と主人の母です。」

「お母さんを呼ぶ理由は?」

「多分来ます。理由をもう少し伺えますか?」

「主人の母は、自分が正しいことを人に見せたい人です。私が疑っていると分かれば、証拠を持って出てきます。」

「なるほど。」

南田さんは一呼吸を置いて、それから言った。

「不さん、その席では、あなたは数字だけを出してください。人の正確な話はしない方がいい。」

「なぜですか?」

「正確な話は反論できます。数字は反論できません。」

「わかりました。」

と私は言った。呼べばあの人は必ず来る。自分は潔白だと証明するために。そしてその時は正面を持ってくる。

4月14日、南田さんの事務所の細長い会議室だった。エレベーターの前でタヤと待ち合わせた。3週間ぶりだった。

「よう。」

「こんにちは。」

「弁護士まで出してくるとはな。」

「話し合いの場所を借りただけです。」

「金の話だろう。」

「そうです。」

たヤは私の顔を見ないまま、鼻から息を吐いた。襟が黄ばんでいた。選択の仕方が分からなかったのだと思う。

エレベーターが来た。2人で乗って3階まで無言だった。

机の片側に私と南田さん。向い側にたヤとかず子。4人だけだ。かず子は約束の時間の15分前に来た。黒いカを膝に乗せて座った。

タヤの目の下が黒い。先週あの部屋へ着替えを取りに戻った時も、ゴミ袋は3つ玄関に積んだままだった。

南田さんが手元の紙を揃えて口を開いた。

「では始めます。先に申し上げます。私は不括みさんの代理人ですので、お2人の側に立つ助言はできません。必要でしたら、ご自身で弁護士にご相談ください。今日はこれまでの家計の状況を確認するだけの場です。ここで何かを決める必要はありません。」

かず子が身を乗り出した。

「その前に、言わせていただいてよろしいかしら?」

「どうぞ。」

と南田さんが答えた。

かず子は鞄の口を開けて、中から3冊のノートを出した。大学ノートだった。表紙の色が3冊とも違う。青と緑と茶色。角がすり切れている。3年、カに入れて持ち歩いた紙の角だ。

かず子はこの3冊を誇りとして持ってきた。そのことは疑いがなかった。

「これ、全部つけてありますから。」

かず子は3冊を机の上に並べた。並べ方がなぜかまっすぐだった。

「私は昔経理をやっていたのよ。どんぶり感情なんてしていません。疑うなら、見ていただいて結構です。」

その言い方に迷いはなかった。かず子は本当に自分が正しいと思っている。

南田さんがかず子に聞いた。

「拝見してもよろしいですか?」

かず子が頷いた。南田さんは青いノートを開いて、そのまま私の方へ回した。

1ページが1月分だった。左の上に日付、中ほどに出ていったお金の欄。右の橋に細かく区切った、入ってきたお金の欄。

出ていったお金の欄は驚くほど細かかった。かず子は自分の正面の中で、自分のことを「私」と書いていた。食費3万5000円、日用品、たヤ小遣い8万円、嫁小遣い2万円。その下に2つ並んでいた。1つは「私」、つまりかず子自身、5万円。もう1つは県外にいる娘のかよさん、同じく5万円。そして最後の行が「預かり5万5000円」。タスト30万円。私が毎月渡していた額と1円も違わなかった。

その下にもっと細かいが並んでいた。利用6000円、通販9000円、通販1万1000円、か追加。額はまちまちだが、どの月にも二があった。「通販」という文字だけが繰り返し出てくる。

私はページをめくる手を止めなかった。止めればかず子が閉じてしまうと思った。

「お母さん、」

私は顔をあげた。

「この『私』と書いてある業は。」

かず子は一瞬止まって、それから言った。

「私の生活費。それが何か?」

「3年間、毎月5万円ですね。」

「そうよ。家を見る手間ちんみたいなものでしょ。実の親子なんだから。」

たヤが横を向いた。この件は3週間ほど前に電話で知ったばかりのはずだ。

私はページをめくった。紙の手触りが指に残った。3年。この長面はこの人の鞄の中にあった。私の給料の行き先が、ずっとこの角のすり切れた髪の中にあった。

出ていったお金の欄は月ごとに少しずつ変わる。嫁小遣いが2万円から1万5000円になり、預かりが6万円になる。かず子自身の5万円とかさんの5万円は動かない。

そして右端の入ってきたお金の欄を見た。その欄には毎月1行だけ書いてある。「嫁30万」。4月「嫁30万」。5月「嫁30万」。6月「嫁30万」。

私は2冊目を開いた。同じだった。3冊目も同じだった。36ヶ月、36行、全部が「嫁30万」。

私はノートから目を離した。

「お母さん、この入ってきたお金の欄に、たヤさんの名前がありません。」

かず子の表情が動いた。

「そんなはずないでしょう。」

「3年分、36ヶ月です。1度も出てきてません。」

「見落としてるのよ。貸してご覧なさい。」

かず子はノートを引き寄せた。眼鏡を鼻の上へ押し上げて、指でページを追った。4月、5月、6月、7月。指が止まらなかった。止まらないまま、ページをめくる音だけが部屋に響いた。

私は読み上げた。

「4月、入り、嫁30万。5月、入り、嫁30万。6月、入り、嫁30万。」

かず子が顔をあげた。声が震えていた。

「もういいでしょう。」

私は次の行を読んだ。

「7月、入り、嫁30万。」

かず子の声が飛んだ。

「もういいって言ってるでしょ!」

かず子がノートを閉じた。閉じてから、息子を見た。

「たや、あんた、入れてるって言ったじゃない。言ったわよね、私。聞いたわよ。あの席で、ちゃんと入れてるって。」

たヤは机の木目を見ていた。かず子は息子から目を離さない。

「家賃だってあるでしょ。電気もガスも。あれはあんたが別に払ってると思ってたのよ。だから入ってきたお金の欄には書かなかったの。あんたが直接払ってる分は、私の家計には入ってこないんだから。」

そこで私は口を開いた。

「お母さん。」

かず子が私を見た。

「家賃も電気もガスも水道も携帯も回線も生命保険も火災保険も、全部私の口座から落ちています。」

「そんな。」

「2月にあなたが言いかけたのは、それだったの?」

「そうです。結婚した時からずっとです。の分まで、1ヶ月もかけていません。」

私は南田さんに合図をした。南田さんが3年分の入出勤の明細を机に置いた。私は引き落としの行を指で抑えた。

「毎月14万円です。年に168万円、3年で504万円。」

私は指を給料の行に移した。

「私の給料は毎月そのまま、たヤさんの口座へ行きます。だから引き落としの分は商与から出していました。年に88万円です。」

かず子が口を挟んだ。

「商与なんて出ないって。」

「嘘をつきました。あれを取られたら、家賃が払えなくなるからです。」

私は指を商与の行へ下ろした。

「年に168万円出て、88万円戻ります。差の80万円が、毎年私の蓄えから消えました。」

「お母さん、積み立てのことも伺います。41万円とおっしゃいましたね。」

「言ったわよ。」

「私の控えでは、3年で219万円です。」

私はファイルを開いたまま言った。

「5万5000円が6回、6万円が18回、6万5000円が12回。」

「そんなに預かってないわよ。」

「お母さんの正面に、そう書いてあります。」

かず子はノートを見なかった。見れば書いてあると、本人が1番分かっているからだ。

「お母さん、もう1つ伺います。」

私は青いノートのある月のページを開いた。

「この月、出ていったお金の合計は34万9000円です。入ってきたお金は30万円です。」

「そんなはずは。」

「足りない4万9000円は、預かりの欄から出ています。この月、預かりに書いた額は5万5000円。残ったのは6000円です。」

4万9000円。実家の2階で1月あたりに割った時に出た数字と同じだった。

かず子が自分の字を見た。3年間、この人は毎月預かりに書いた額から、足りない分を抜いていた。使った先は書いてあるけれど、それを預かりから引いたという記録は一行もない。そして預かりの欄を1度も縦に足さなかった。だから手元にある41万円がいくらの残りなのか、本人にも分かっていない。

「それから、もう1つだけ。」

私はページを戻した。

「私が毎週お渡ししていたレシートは、この面のどこにありますか?」

かず子は答えなかった。3年、封筒に入れて持ち帰られたレシートは、この3冊のどこにも乗っていない。「つけている」と言われたものは、どこにもなかった。数える材料が私の手元から減る。持ち帰った理由はそれだけだったのだと思う。

南さんが次の紙を出した。

「3年前の4月の残高が650万円。3月25日の残高が410万円です。240万円減っています。」

部屋の音が消えた。先に口を開いたのはタヤだった。

「俺だって、今日まで聞いてないんだよ。」

「何をですか?」

「母さんが美容院だの通販だのに使ってたなんて。先月聞いたのは、お姉ちゃんの分と母さんの5万だけだ。」

「たヤさん、」

私は言った。

「お母さんが何にいくら配っていたかは、私も知りませんでした。でも、たヤさんが家計に1円も入れていなかったことは、たヤさんだけが知っていました。」

たヤが顔をあげた。

「入れてないなんて言ってないだろう。」

「では、いくらですか?」

何度目かの質問だった。3年の間、私は同じことを聞き続けている。たヤは答えなかった。

南田さんが手元の紙を1枚めくって、静かに言った。

「不通さん、今日はご自身の口座の資料お持ちでないので、この場では確認できません。次回、直近3年分をご用意いただけますか?」

「なんで俺が出さなきゃいけないんだよ。」

「出していただけない場合は、その前提で話を進めることになります。」

断定はしなかった。

私は3冊のノートを見た。かず子にとって、この家の家計とは自分の手を通った30万円のことだった。それ以外は存在しない。だから3年間、入ってきたお金の欄に息子の名前がなくても、おかしいと思わなかった。経理をやっていた人が、入ってきたお金の欄を1度も合計しなかった。それがこの3年の全部だった。

そして、なぜ3年間この長面を見せなかったのかも、開いてみれば分かった。見せられないのは入ってきたお金の欄ではない。出ていったお金の欄だ。美容院、通販、か追加。嫁の給料からそれを出していることは、かず子自身が分かっていた。分かっていたから、神にして渡して欲しいと言われるたびに「あなたに見せてもわからないでしょう」と言った。

見せてもわからない、ではない。見せたら分かってしまう、だった。

かず子が口を開いた。声が細くなっていた。

「あの、じゃあ、たヤのお給料は。」

かず子は息子を見た。たヤはかず子の顔を見なかった。

私は聞いた。

「お母さん、219万円と41万円の差。178万円はどこへ行きましたか?」

かず子は3冊のノートに手を置いたままだった。指の関節が白い。

「使ったわ。」

思ったより早くその言葉が出た。

「何にでしょうか?」

「色々よ。みささんのために置いておくつもりだったけど。必要な時は使うでしょ。家のお金なんだから。」

「正面に書いてあります。」

私は青いノートを開いた。

「美容院6000円、通販9000円、通販1万1000円、か追加。」

かず子の顎が動いた。

「私は家計を見ていたのよ。見ている人間が使えないなんて、おかしいでしょ。」

「使ってはいけないとは言っていません。」

「じゃあ、何が言いたいの?」

「積み立てだと言われて渡していたものが、積み立てではなかったということです。」

かず子は答えなかった。答える代わりにこう言った。

「なってね。私だって生きていかなきゃいけないのよ。」

その声には、初めて本当のものが混じっていた。

「65になるまでは、カフの加算というのがついていたの。65でそれが切れて、代わりに自分の分の年金が出るようになって、足したらほとんど同じだったわ。」

かず子は麦茶に手を伸ばしてやめた。

「2ヶ月に1度、22万円。それだけよ。団地の家賃が2万8000円。高熱費、人を食べるもので、ほとんど残らないの。」

南田さんが手元の紙に何かを書いていた。私は口を挟まなかった。人の正確な話はしない方がいいと言われている。それにかず子の言っていることは、多分本当だった。

そこへ、かず子は続けた。

「3年前の3月にね、かヨの旦那さんが体を壊したの。お給料が半分になって、それでも家のローンは減らないでしょ。あの子から電話が来て、『私、どうしたらいいの』って泣くのよ。」

私は先を促した。

「それで、毎月5万円を私が送ると言ったのよ。2ヶ月で22万円のうちから、毎月5万円出せるはずがないでしょ。」

「かよさんは、そのお金が誰のものだと聞いていましたか?」

かず子は目を伏せた。

「たヤが送ってくれてるって、そう言ったわ。」

私は頷いた。それ以上は聞かなかった。

出せるはずがない。その通りだ。2ヶ月で22万円、1月に鳴らせば11万円。そこから家賃の2万8000円と光熱費を引いて、さらに5万円を毎月送る。数字の上で成立しない。私はその計算だけはかず子に同場した。同場はしたが、だからと言って私の給料から出す理由にはならない。

「だから、たヤに相談したのよ。」

たヤが母親の方を向いた。

「なんで俺の名前が出るんだよ。」

かず子が声を張った。

「あんたが言ったんじゃないの?『母さんが家計を管理すればいい』って。みささんは真面目だから、渡せといえば渡すって、あんたが言ったのよ。」

「言ってねえよ。」

「言ったわよ。3月の終わりに車を買ったって、店に来た日に。」

たヤが黙った。

私はカから携帯を出した。写真を1枚、机の上に置いた。車の支払いの予定表だ。3年前の3月から、月に4万5000円。72回払いです。ボーナス払いはありません。

南田さんが写真を見て、たヤに確認した。

「これは、ご自身のお車の分ですね。」

「そうだけど。」

「3月にこの支払いが始まって、4月から奥様の給料をお母様に預ける決まりができた。この順番で間違いありませんか?」

たヤは答えなかった。かず子が息子を見た。今度ははっきりと見た。

「たや、あんたは、一旦自分の口座を通せば、あんたの手から出てくるんだから、誰もあんたがいくら入れたのかを数えなくなる。そう思ったんでしょ。」

「そんなこと言ってないだろ。」

「じゃあ、いくら入れてたのよ。」

たヤは口を開かなかった。かず子の声が続いた。

「言いなさいよ。私は3年間、あんたが入れてると思って、みさんに食費を渡してたのよ。私が、みささんのお給料で、みささんに食費を渡してたのよ。」

かず子の声が裏返った。その声は私には意外だった。かず子は自分が損をしたから怒っているのではない。息子が家賃も光熱費も別に払っていると思っていたことが、そうではなかったから怒っている。

この人が3年間、団地で言い続けてきたことがある。「うちは息子が全部やってくれる」。それがたった今崩れた。30万円が嫁の金だということは知っていた。入ってきたお金の欄に「嫁」と書いたのは、この人自身の手だ。知っていて、外には「息子が全部やってくれる」と言い続けていた。

たヤが机を叩いた。

「じゃあ、あの30万は返せよ。お母さんが持ってるんだろう。」

「返さないわよ。」

かず子はきっぱりと言った。

「あれは3月分の生活費。もう配ったの。お姉ちゃんにも送ったし、私の分も引いたし。」

「配ったって、俺のところに来てないぞ。」

「あんたの小遣いは、毎月ちゃんと8万円渡してるでしょ。取りに来る日を決めたのは、あんたじゃないの。」

2人が同時に喋り始めた。南田さんが手を上げて止めた。

3年間、この2人が言い合うのを見たことがなかった。仲が良かったからではない。間に取り合わなくても、毎月入ってくる財布があったからだ。私の給料という財布が。

その席はそこで終わった。南田さんが最後に整理をした。

「本日確認できたのは3点です。1、不括みさんの口座から3年間で504万円の固定費が支払われている。2、同じ3年間で毎月30万円、36回、合計1080万円が不括拓也さんの口座へ振り返る。3、その1080万円の配分は、お母様の正面に記録がある。」

かず子が3冊のノートを鞄にしまおうとした。南田さんが止めた。

「お母様、その長面の映しを取らせていただけますか?原本はお返しします。」

かず子はしばらく動かなかった。それから震える手で3冊を差し出した。自分の潔白を証明するために持ってきたものが、証明したのはこの3年、息子が1円も入れていなかったことだった。

かず子は鞄の口を閉めるのに手間っていた。

4月27日の夜、たヤから電話が来た。

「なあ。」

声が疲れていた。

「俺の給料だけじゃ、生活できない。」

「そうですか。」

「家賃だけで10万近いんだぞ。それに光熱費と車と。」

「それは、これから1人で払う分の話だ。」

私は今までの文を聞いた。

「たヤさん、今、毎月何にいくら使っていますか?」

「車のローンは4万5000円ですよね。」

「それだけじゃねえよ。保険と駐車場とガソリンで3万円くらいかかるんだよ。あと。」

たヤは言いにくそうに続けた。

「独身の時のカードの返済が、月に4万。」

初めて聞く数字だった。

「あと、携帯と自分の保険で1万5000。飲み台と外食で6万5000くらい。」

たヤはそこで1度黙った。

「釣りと車の用品で5万。残りを自分の口座に入れてた。3万5000だ。」

足すと28万円になった。手取りと同じだ。家に入れる分が1行もなかった。

私は頭の中でそのカードの返済を36倍した。144万円。返した先は自分名義の借金だけだった。

商与のことも聞いた。

「出たその月に使っている。」

と言った。かず子の長面には「タヤ小遣い8万円」という業が36ヶ月分並んでいる。3年で288万円。それは今たヤが並べた28万円の外側にある金だ。

「たヤさん、お母さんから受け取っていた8万円は、どこに?」

「現金だろ?使ったよ。」

「使ったよ」の一言で終わった。たヤは自分の手取りから1円も家に入れていなかった。

「さん、それ、3年前からずっとですか?」

「まあ、大体。」

「毎月3万5000円貯めていたら、3年で126万円ですね。」

「そんなにねえよ。車検とタイヤと、擦った時の修理で34万使った。」

「では、92万円ですか?」

「なんでそんな計算すんだよ。」

「仕事です。」

私は本当のことを言った。数えることを仕事にしている人は、言われた数字をその場で足す癖がつく。この3年、この癖だけは誰にも取り上げられなかった。

翌田さんの事務所へ行った。たヤが電話で言った内訳を紙に起こして持っていった。南田さんはそれを読んでこう言った。

「借入れの時期と使い道を確認させてください。婚姻前の契約でも、婚姻中に借り増ししていれば、別の扱いになります。ただ、借りたお金が家庭の生活のためでなければ、財産分与では考慮しないのが原則です。」

後日、たヤが出した明細では、借増は婚姻中のもので、使い道は車の用品と釣りの道具だった。

私は聞いた。

「たヤさんが1人で返すということですか?」

「そうなります。」

「それから、もう1点。」

南田さんは紙の橋を揃えた。

「別居中は、収入の多い方が少ない方に生活費を負担する仕組みがあります。婚姻費用と言います。ご主人から請求される可能性はあります。」

「私が払うんですか?」

「可能性の話です。ただ、お2人の収入はほとんど変わりません。大きな額にはなりにくいでしょう。それから、年金分割という手続きもあります。期間の厚生年金の記録を分けるもので、離婚から2年以内です。」

「お願いします。」

「その前に、1つ記録を見ないと分かりませんが、不括さんの方が多い可能性があります。その場合は、ご主人から請求される側になります。」

「では、取り寄せてからにします。」

「そうしましょう。不括さん、次にやることを申し上げます。ご主人の口座の資料が出てきたら、財産の一覧を作ります。その上で、こちらから条件を出しましょう。」

「条件。」

「あなたが何を求めて、何を求めないかです。」

私は考えた。求めたいものは、多分お金ではなかった。

「不活さん。」

「はい。」

「1つだけ先に決めておいた方がいいことがあります。」

南田さんはボールペンを置いた。

「お母さんに渡ったお金は、返してもらいたいですか?」

私は少し考えた。3年で1080万円。私の手に来たのは食費、日用品、小遣いだけだった。毎月30万円のうち6万円ほどだ。返してもらえるなら返して欲しい。それが正直なところだった。けれど、あの3冊を思い出した。美容院、通販、か追加。年金22万円の暮らし。

私は答えた。

「取り立てはしません。主人の母からは、手元に残っている41万円も取り返しません。あの人がこれから1人で暮らす分です。残りの178万円は、もうどこにもありません。」

南田さんは頷いた。

「わかりました。」

私は続けた。

「ただ、主人とは別です。生産はきちんとします。」

南田さんは手帳に日付を書いた。次の話し合いの日が決まった。その日、私は数字を全部揃えていくつもりだった。

5月12日、同じ会議室に同じ4人が座った。窓の外は4月とは光の色が違っていた。会議室の空気だけが同じだった。たヤは前の月より痩せて見えた。隣に座ったかず子が、息子の横顔を見て小さく息を飲んだ。

私は前の日の夜、ノートに書いた数字を3回確かめてきた。電卓に入れる数字は全部で8行。8行こは終わる。

たヤは封筒を持ってきていた。中には自分の口座の3年分の映しが入っていた。出したくなかったはずだ。それでも出したのは、出さなければ前提で進むと言われたからだった。

南田さんがうしをめくった。数分かかった。

「たヤさん、奥様の明彩では、3年前の2月まで、毎月25日に14万円が入っています。」

「はい。」

「お手元の写しのある期間、奥様の口座にも、ご家庭の共通の支払いにも、ご自身の口座から出た記録は一見もありません。よろしいですか?」

「はい。」

「ご自身からお母様の口座へ振り込まれた記録もありません。」

その日のかず子は3冊のノートを持ってきていない。が椅子の上で体を動かした。それから私の方を向いた。3月25日以来、初めて正面から目があった。

「みさ、悪かった。」

「はい。」

「もう母さんとは関わらせない。家計も別にする。だから。」

「ヤさん、」

私は言葉を切った。

「私の給料をお母さんに渡したのは、あなたです。」

たヤの口が半分開いた。私は続けた。

「私が嫌だと言った時、黙らせたのもあなたです。お母さんではありません。それは、でも、母さんが3年前の3月に相談を受けたのは、お母さんからでも、決めて私に言い渡したのはあなたです。あの日、この人に管理させると言ったのは、あなたの口でした。」

かず子が下を向いた。私はたヤへ目を戻した。

「だから、お母さんを切れば住む話ではないんです。お母さんの老語を見ると決めたのも、あなたです。」

たヤは何も言えなかった。

私はカから髪を1枚出して机に置いた。離婚届けだった。

「離婚してください。今日でなくて構いません。」

たヤはその髪を見た。それから別の言い方を探したようだった。

「じゃあ、金は返してもらうからな。俺の取分。」

「はい。」

「はいって。」

「取分はお返しします。今日、その計算もします。ただ、その前に1つ別の計算をさせてください。」

たヤが表紙抜けした顔になった。取り上げられると見構まえていたものが、先に差し出された時の顔だ。

私はあの電卓を出した。机の上に置いて、電源を入れた。

「たヤさん、ここに、これからたヤさんが払うことになる分を、1つずつ引いていきます。」

「なんだよ。」

「たヤさんの手取りは、月に28万円ですよね。」

「まあ、そうだけど。」

私は28万と打った。

車のローンが4万5000円。引いて23万5000円。

お母さんへの援助が5万円。これからたヤさんが直接お渡しすることになります。引いて18万5000円。

家賃が9万8000円。

たヤが身を乗り出した。

「それは。」

私は電卓から手を離さずに言った。

「あの部屋の契約は私の名義です。月の末で解約します。同じくらいの部屋を借りれば、家賃は9万8000円です。」

8万7000円。

光熱費が2万2000円。引いて。

通信が1万2000円。引いて。

5万3000円。

保険が8000円。引いて。

カードの返済が4万円。引いて。

電卓の画面に数字が残った。5000円。

「5000円です。」

私は電卓の向きを変えて、たヤの側へ押し出した。数字は自分の目で見た方がいい。仕事でもそうしている。

たヤは画面を見ていた。桁を確かめるように首を伸ばした。

「これ、飯代が入ってないだろう。」

「入っていません。飲み台も車の保険も入っていません。それも全部、この5000円の中です。」

「じゃあ、部屋をもっと安いとこにすればいいだろう。」

「そうです。」

私は頷いた。

「入る額に合わせて、出る額を決める。それが家計を組むということです。私は3年間、それを1度もさせてもらえませんでした。」

かず子が机に手をついた。

「ちょっと待って。私への5万円は、そんな無理に。」

「お母さん、」

私はそちらを向いた。

「その5万円は、3年間、私の給料から出ていました。これからは、たヤさんのお給料から出ます。同じ5万円です。」

「そんなの、この子が困るじゃないの?」

「はい、困ります。」

私は目をそらさなかった。

「3年前から、そういう額でした。」

かず子が椅子に座り直した。それっきり5万円の話はしなかった。

たヤが息を吸った。

「無理だろ、そんなの。」

私は言った。

「たヤさん、じゃあ、月に1万円で頑張ったら。」

たヤが私を見た。私はその目を見て続けた。

「私には、それで十分だったんでしょう。」

たヤは電卓の画面を見たままだった。かず子が顔をあげた。私は続けた。

「3年間で、私の小遣いは2度下がりました。最初は2万円。途中で1万5000円。去年から1万円です。その1万円で、利用も下着も、休みの日の交通費も出していました。」

「そんなの、知らなかったんだよ。」

「2月に申し上げました。1万円しかない、と。あの時、たヤさんはテレビをつけました。」

私は言葉をついだ。

「知らなかったのではありません。聞かないことにしたんです。たヤさん、この3年で私がこの家に渡した金額を言います。30万円が36回で1080万円です。」

1080万円。声に出すと思っていたより大きく響いた。

「それとは別に、私の口座から固定費が504万円出ています。商与で埋めきれずに減った蓄えが240万円です。」

私は明細の束を机に置いた。

「この3年、この家の家計に、あなたのお給料が入ったことは1度もありません。」

私はそこで1度息を継いだ。

「守っていたのは、あなたの車と、あなたの楽しみだけでした。」

たヤの顔が赤くなって、それから白くなった。

その時、かず子が横から言った。

「でも、私は家計を見てあげたのよ。」

最後まで、この人はこの言葉を手放さなかった。

私はかず子の方を向いた。

「お母さん、なあ、見ていただいたのは、私の給料です。」

かず子が溜まった。私は続けた。

「それと、もう1つ。鍵をお返しください。」

かず子はしばらく動かなかった。それからカを開けて、鍵を1本、机の上に置いた。3年前に返して欲しいと言えなかった鍵だった。

私はそれを手元へ引き寄せた。

「3年間、ありがとうございました。でも、もう結構です。」

「私は、あなたのためを思って。」

「はい。本当よ。」

「若い人はお金の使い方を知らないから、誰かが見てあげないと。」

「お母さん、お金を見てあげる人は、そのお金を使っていい人ではありません。見るのと使うのは、別のことです。」

かず子は何か言おうとしてやめた。やめたのは言葉が出なかったからではないと思う。言えばまた正面の話に戻ると分かったからだ。

その日、財産の話に入った。南田さんが一覧を読み上げた。

「先に1つ申し上げます。3年間で渡ったお金は、その大半がすでに使われています。分けるのは、今残っているものだけです。使ってしまった分を遡って取り戻す組み立ては、簡単ではありません。」

3月10日に同じことを聞いている。

「まず、不括屋さん名義の預金が92万円。」

南田さんは指で紙を1下げた。

「お車は、今売れば133万円。ローンは残り34回。月に4万5000円ですから、売っても20万円足りません。」

「次に、不括み崎さん名義の預金。3月25日の時点で410万円です。」

南田さんはそこで1度私の方を見た。

「このうち180万円は、ご結婚前からお持ちだった分ですので、分ける対象から外れます。急制の通帳の映しをお出ししたところ、先日ご主人から争わないとの回答をいただきました。残りの230万円が、婚姻中に増えた分です。ご主人のカードの残載は、家庭の生活のためのものではありません。借りました分も同じです。ですから、この一覧には入れていません。」

「不さん、売っても足りない車は、資産を0として扱い、マイナスを差し引かない扱いの方が一般的です。そちらの方があなたには10万円有利です。どちらにされますか?」

「マイナスも入れてください。」

私は言った。

「算数の通りにしたいので。」

南田さんは電卓を打たなかった。数字を並べただけで答えが出るようにしてあった。

から車の20万円を引いて、230万円を足す。合計で302万円。切般すると、お1人あたり151万円です。

主張できることはまだ残っていた。私は使わないことにして、自分から言った。

「私の手元の410万円のうち、分ける対象は230万円です。私の取分はそのうち151万円。さの79万円は、私からヤさんへお支払いします。」

たヤが上げた。

「払うのか?」

「はい。算数の通りです。」

タヤは自分の手のひらを見ていた。返してもらう側に立ったつもりでいたのに、差し出されたのがこちらからだったからだ。

「座をにしたって、んなことはしていません。映しただけです。映した日の残高も、残した後の残高も、控えが全部あります。」

私は控えを机に出した。日付と金額と前後の残高が印字された1枚だ。隠していたら、こんなものは取りません。

たヤは控えを見て、それから目をそらした。3月25日の窓口の控えが、今私を守っている。

南田さんが言った。

「取り決めができましたら、厚生少々にしておきましょう。約束を書面にして、交渉役場で残しておく形です。払わなかった時に、裁判をしないで差し押えができる形になります。不活さんは払う側ですから、そこはご承知の上でお願いします。」

「はい。」

と私は答えた。厚生少書。その言葉を自分のこととして聞いたのは、その時が初めてだった。3年前の私なら、その字も書けなかったと思う。

年金分割は、記録を取り寄せて割合を決め、同じ構成少書に入れた。婚姻費用は、請求のないまま終わった。

その席の終わりに、かず子が小さな声で言った。

「団地の人に、何て言えばいいのかしら。」

誰に向けた言葉でもなかった。私は答えなかった。答えるべきことではない。団地の廊下で、この人は3年間胸を張っていた。胸を張らせていたのは、私の給料だった。この人はこれから毎日、玄関を出るたびにそれを思い出す。

後で江口さんから聞いた話では、かず子は団地の廊下で「あれは嫁のお金だったのよ」と言ったらしい。

5月の終わり、たヤの署名の入った離婚届けが南田さんを通して戻ってきた。私は自分のを書いた。証人の欄には、芦澤さんと母に書いてもらった。

先にハを持ったのは、さんだった。

「私でいいの?」

芦澤さんはそう言って、それでも1番綺麗な字で書いてくれた。

「不かさん、反抗押しなさい。」

「はい。」

「名前は急制に戻すの?」

「戻しません。不活のままで行きます。」

足沢さんはペンを置いた。

「そう。あなたが選んだなら、それでいいわ。」

離婚届けとは別に、もう1枚出す紙がある。不活のせを続けて名乗るための届けで、3ヶ月以内だと南田さんに言われた。

母は証人の欄に自分の名前を書きながら、1度だけ手を止めた。

「これ、書いていいのよね?」

「うん。」

母はそれ以上何も聞かなかった。3月にバック1つで帰ってきた日から、ずっとそうだった。

私はその紙を離婚届けに添えた。出すのは構成少書ができてからだと決めていた。2枚ともカの内側にしまった。鞄の内側には、3月25日の控えもまだ入っている。

部屋の解約は7月の末で通した。管理会社には5月のうちに連絡してある。解約の予告は2ヶ月前と決まっている。

立ち合いの日、私は鍵を3本まとめて返した。1本は5月に返してもらった相だ。

家賃の生産もした。4月から6月の半ばまでは、たヤが1人で住んだ分。そこから7月1杯までは、誰も住んでいない部屋に払った分だ。住んだ分はたヤ、開けた分は半分ずつにした。

たヤは6月に駅の反対側の部屋へ移ったと聞いた。家賃は6万8000円だったそうだ。9万8000円の部屋はもう限られなかったのだろう。

離婚が成立したのは7月10日だった。財産分与の取り決めは、その前に厚生少書にしてある。

私は拓也へ、窓口で79万円を振り込んだ。振り込みの控えは、薄い青のファイルの最後に閉じた。37枚目だ。

弁護士費用も、3月に動かした金から払った。依頼人の欄には「不活み先」とイされている。36枚目までと同じ名前だ。同じ形の紙が、全く違う意味で並んでいる。

南田さんから聞いた話では、たヤは8月に車を手放したという。ローンの残りは、売った代金では足りなかったらしい。残った分は自分で払っている。

かず子は年金と、たヤが渡す5万円で暮らしている。かさんへの仕送りは止まり、かよさんは自分で働きに出たそうだ。出所を知ったのかどうかは分からない。それ以上のことは知らない。知る必要もない。

たヤからの連絡は、7月の振り込みの確認が最後だった。「着きました」とだけ短い文が来て、それっきりになった。

私はせを戻さなかった。不活のまま働いている。12年、不活み先として呼ばれてきた。名前は、呼ばれてきた分だけ自分のものになる。名義というのは、多分そういうものだ。

転職はしなかった。資格を生かして独立するようなことも考えなかった。私がやりたかったのは新しい仕事ではない。今の仕事で得た金を、自分で配ることだった。

私は同じ厨房で火を入れて、盛り付けの例を回している。変わったのは、入る時間と帰る家だけだ。

足沢さんとは、あれから家の話をしていない。1度だけ廊下ですれ違った時に、こう言われた。

「不括さん、余白の数字、まだ書いてる?」

「書いてます。」

「そう。じゃあ、大丈夫ね。」

それだけだった。

実家では、母が先に起きている日が増えた。私が起きる頃には台所の電気がついていて、味噌汁の匂いがする。いらないと言ったのに、母は毎朝作る。

「1人分作るのも、2人分作るのも同じよ。」

母はそう言う。2人分の方が手間がかかることは、仕事でよく知っている。知っていて、「ありがとう」とだけ言う。

8月25日、給料日だった。朝、携帯に入金の通知が届いた。30万円。私はその画面をしばらく見ていた。それから紙を1枚出して書いた。

家に入れる分、5万円。実家の母はいらないと言ったが、光熱費くらいは私に持たせて欲しいと頼んで決めた。

貯金7万円。食費と日用品4万円。自分のもの3万円。残りは11万円。は車のための積み立てにする。半年貯めれば、中古の1台くらいには届く。免許は独身の頃に取った霧りだ。母を病院へ連れて行くのに、そのうちいると思っている。

書き終えて髪を見た。どの行も、私が決めた行だった。

昼前、母を誘った。

「あの、お店、まだある?」

「あるわよ。この前も前を通ったもの。」

駅前の養殖屋。カウンターが6席、テーブルが3つ。父と母が通っていた店の息子さんがやっているという。

母はハンバーグを頼んだ。私はエビフライにした。

「半分庫する?」

「するに決まってるでしょう。」

母はそう言って、来る前から皿の位置を決めていた。

私は母の顔を見た。正面から見たのは久しぶりだった。前より小さくなっていた。8年、この人は1人で、1人分の食事を作っていた。私はその間、他の買ってきたもやしを使い切っていた。

私たちは半分ずつ交換した。父と母がやっていたのと同じやり方だ。

食べ終わって、私は伝票に手を伸ばした。

「今日は私が出すよ。」

母が驚いた顔をした。

「急にどうしたの?」

「自分のお金を自分で使えるのが、ちょっと嬉しくて。」

母は何か言おうとしてやめた。それから小さく頷いた。

「じゃあ、ご馳走様。」

店を出ると、8月の日差しが強かった。母が日傘を開いて、私の方へ半分かけてくれた。

「また来ようね。」

「来月にする。」

「来月ね。」

今度はその言葉に嘘がなかった。3年前の3月に「来月ね」と言った約束だった。果たすのに3年と5ヶ月かかった。

3年の間、私は自分が我慢しているのだと思っていました。取られていたのはお金だと思っていました。あの日、義母から渡された1万円を見て、私は初めて気づきました。自分で稼いだお金なのに、使う許可まで誰かにもらう必要なんてなかったんです。

これからは、自分の献立てを自分で組んでいきたい。足りない分をどこから持ってきて、余った分をどこへ回すか。それを決めるのは、「任せておけ」と言った人ではない。数えた人だ。

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