「お客さん、外れたら3日の皿洗いですよ。」 12歳の私は、長雨の降る夜、街道の茶屋で算用勝負を持ちかけた。答えが丸分かりのはずのそのお客様は、勝負のたびに一つずつ間違える。そして、袖をまくり、裏庭で皿を洗い始めた。私は小声で言った。「すすぎは2度です。水を大事になさってくださいね。」…

「お客さん、外れたら3日の皿洗いですよ。」 12歳の私は、長雨の降る夜、街道の茶屋で算用勝負を持ちかけた。答えが丸分かりのはずのそのお客様は、勝負のたびに一つずつ間違える。そして、袖をまくり、裏庭で皿を洗い始めた。私は小声で言った。「すすぎは2度です。水を大事になさってくださいね。」...

「お客さん、外れたら3日の皿洗いですよ。」

長雨の降りしきる夜、街道の茶屋で、12歳の花嫁が静かに算用勝負を持ちかけた。ところが妙なことに、答えが丸分かりのはずのそのお客様が、勝負のたびに一つずつ間違えるのだ。

「ああ、また一つ間違えたようだ。」

そう言っては袖をまくり、裏庭で花混じりに茶碗を洗った。花嫁は腕組みをして小声で言った。

「すすぎは2度です。水を大事になさってくださいね。この方がどれほどのお方かも知らずに。」

そしてお客が立ってから6日後、茶屋に役人たちが押し寄せたのだ。

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昔、ある街道の江戸への分かれ道が2筋に分かれる、その角に小さな茶屋が一軒ありました。片方は江戸へ、片方は下の宿場へ抜ける道。この別れ道のおかげで、雨の日も晴れの日も旅人の足が絶えることはありませんでした。

女主人はお種と呼ばれる50になる女。連れ合いを早くになくし、一人でこの茶屋を守り続けてきた人でした。連れ合いが流行りであっけなく逝ってからというもの、お種は誰かに強く出られるとすぐに膝から力が抜けるようになっていたのです。

その傍らには、春に嫁として入った12歳のお末がおり、山へ薪を取りに行く14歳の亭主・常吉がいました。三人で一つの大鍋にすがって暮らす、大きくも小さくもない茶屋でした。

お末は入った初日の夕方から算用を握り、七日と立たぬうちに種より汁の味がうまくなりました。常吉はこの嫁をどう扱えば良いのか分からず、「お前様、汁が覚めますよ」と言われても「そうか」、「わらじの緒が切れましたよ」と言われても「そうか」と受け流す子でしたが、夕方ごとに薪の束の上に山菜を一掴み乗せてくるのでした。お種はそれを見て「あの若いのも、自分の連れ合いは見分がつくのだ」と笑ったものです。

その年の夏は長雨が長く続き、遠日降ったり病んだりを繰り返した末、その晩は空が抜けたように降りしきっていました。裏の畑では土が水を含んで崩れ、街道の水溜まりにはどこも大きな水溜まりができていました。旅人の足も鈍り、この茶屋に止まる客も普段より多い夜が続いていたのです。

土間に雨が跳ね、庭の真ん中に大きな水溜まりができていました。こんな晩でも板の間の神は決まって膳を叩く音が響いていました。

「お将、酒がなぜこんなに遅い?俺を誰だと思っている?こんなに待たせるとは困る。」

熊でした。頬の傷が顔の半分を覆う45の男で、三か月前にこの茶屋に居座ってしまった男です。初めの二日は飯代を払いましたが、三日目からはこう言い出したのです。

「所員万島様に縁続きのものがいてな。飯代がどこへ逃げるものか、付けにしておけ。」

それから三か月、朝夕の前に昼酒まで、一両も払いませんでした。お種が勘定の話を切り出しかけると、熊は膳を叩いてバカの話を持ち出しました。この茶屋がバカに睨まれたらどうなるかは分かっているのかと。お種はバカが何であるかもよく知りませんでしたが、恐ろしいことだけは分かりました。それで三か月の間、膝を揉んでいたのです。

一度、お種が思い切って朝昼晩を小の字で数えた紙を膳に乗せて出したことがありました。字は読めなくとも小の字は書けたので、三日分をびっしり書き込んだ紙でした。熊はその紙をしばらく眺めた末、鼻をかんでしまいました。

「お将、バカではこんなものは勘定とは言わんのだ。バカの勘定というのは、長の一声で終わりなのだ。」

そう言って、その紙で膳の下を拭いてしまいました。

隣の畑の百姓が汁をすすりながら、そっと耳打ちしたこともありました。

「狼さん、あの男だがね。下の宿でも同じことをやって、二月ばかりで女将が泣きながら追い出したそうだよ。」

「それでは本当にバカの人ではないのかね。」

「誰にも分かりはしないさ。偽物なら儲け物、本物なら大事だ。俺なら黙って飯だけ出すね。」

百姓はそう言って蓑を直し、雨の中へ帰って行きました。お種もただ飯を出して済ませる側でした。

お種が熊に強く出られないのには訳がありました。連れ合いをなくしてからのお種は、「五百人」という言葉一つでも足がすくむようになっていたのです。

「二十年この街道で茶屋をやってきたが、これほど恐ろしい客人は初めてだよ。」

と種はよく言っていました。この茶屋を追い出されれば行くところがない。その不安がお種を三か月もの間黙らせていたのでした。

お末は違いました。算用は知りませんでしたが、算用にかけては誰よりも明るい子でした。熊が飯代を払わなくなった日から、庭の小石を拾っては台所の棚の木箱に入れておくようになりました。大きな石一つが一両。三か月経つとその箱がひどく重くなり、棚がしなるほどになったので、お種はその箱を「熊う箱」と呼ぶようになりました。

「お母様、今日で41両です。」

「あの子に聞かれたらどうするの?」

「聞かせるために数えているのですけれど。」

お末がへっついの火で目を輝かせながら言いました。小柄で手はいつも水にふやけているのに、客が箸を取るのを一目見ただけでその人の懐具合を言い当ててしまう子でした。種はこの嫁が頼もしくもあり、ハラハラもしていました。あの算用がいつ熊の前で弾けるか分からなかったからです。

先月の市の日には、行商人が汁を食べかけてお末を呼び止めました。

「おい、お前は算用が達者だそうだな。俺は今日、塩を十俵、一俵につき三両で売ったのだが、いくらになる?」

お末は算用を持ったまま答えました。

「三十両です。けれどおじさん、十俵分をすっかり受け取ったのなら、その俵がそんなに薄っぺらいはずがありません。」

行商人は自分の俵を慌てて確かめ、口をあんぐりと開けました。板の間が笑いに包まれました。そこへ熊が壁の向こうから「うるさい」と言って膳を叩いたのです。お末はそちらをちらりと見て、算用をまた鍋に戻しました。まだ時ではないという顔でした。この子にはいつが時で、いつがそうでないか教えられたわけでもないのに、なぜかいつも分かるようなところがありました。

この茶屋の一日はいつもお末の指折りから始まりました。米はどれだけ、薪はどれだけ、井戸は何杯、そういうことを朝のうちに数え終えてしまわないとどうにも落ち着かない子でした。お種は初めのうちはそれを子供の癖だと思っていましたが、三か月も経つと、この嫁のおかげで米が空になったことも、薪が切れて夜中に山へ走ったこともないのだと気づくようになりました。数えるということは、この子にとって恐れを追い払うまじないのようなものでもあったのです。

「分かっていれば、恐ろしさもその分だけ小さくなる。」

本人が言ったこともありました。お種はその言葉の意味を深くは考えませんでしたが、嫁がそういう時の顔だけはよく覚えていました。

その時でした。雨の合間に足音がして、傘をかぶった二人が土間に上がってきました。

「女将、雨を少ししがせてくれ。部屋があれば一晩泊まりたい。」

先に立つものは四十過ぎの男でした。羽織りは濡れていましたが、声は少しも濡れていませんでした。低く落ち着いて、急いだ様子がありませんでした。後ろに立つものは三十代後半、背が高く目つきの鋭い男で、荷を背負いながらも、男の半歩後ろの位置を一寸も動きませんでした。物は静かでしたが、その目だけは絶えず土間の隅々まで動いていました。

お末は奥の間の戸を開けて二人の客を招き入れながら、その男が部屋に入るなり何をするかを見ていました。男は部屋の中をぐるりと見回すと、壁を手のひらで二度叩いてみたのです。それから男を、窓から一番遠い座に座らせ、自分の座が正面に見える側に構えました。濡れ高さも脱がぬうちにです。お末にはそれが何のことか分かりませんでしたが、客が部屋に入って真っ先に壁を叩くのは初めて見ました。

「まあまあ、ようこそお越しくださいました。この雨によくぞ。」

種が奥から声をかけました。ちょうど夕方の客が他に九人もいて鍋の底が見えかけていたので、お末は残りの汁を工夫して振り分け、遅れてきた客には汁の代わりに味噌汁を出すことにしました。誰も足りないとは言いませんでした。

問題は熊でした。新しい客が入ると必ずやる癖があったのです。

「おい、新入り。この茶屋では新入りが年長のものに酒を一つ差し上げるのがハットだぞ。」

熊が奥の間の仕切りにどっかり腰を下ろし、男の前から漬け物を一切れつまんで口に入れました。それが熊のいつもの手口で、この三か月、新しい客が来るたびに繰り返されてきたことでした。それから板の間に響くほど声を張りました。

「狼、酒をもう一つ持ってこい。あちらの旦那が奢ってくださるそうだ。」

男は箸を置き、熊をじっと見ました。怒りもせず笑いもせず。

「私の飯代は私が払う。しかし、お前が勝手に呼んだ酒の代を私が持つ言われはないが。」

「言われ?ほう。この旦那を見ろ。所員万島が俺の叔父だぞ。ここで睨まれれば、江戸への道が楽だと思うか。」

その瞬間、後ろに控えていた男の手がそっと傍らの荷物へ伸びました。その中に何が入っているのか、手はその場でピタリと止まりました。板の間の客たちも何かただならぬ気配を感じて口をつみました。

男が振り向きもせずに低く言いました。

「今度、飯が覚めるぞ。」

手が下りました。しかし目は熊に据えられたままでした。

お種は前かけを握って足を踏みました。新しい客にこんな有り様を見せるとは茶屋の面目丸つぶれです。とはいえ、熊を止める度胸はありませんでした。

その時、算用を持ったままお末が式に進み出ました。

「お二方、争うより算用でお決めなさいませ。私が問題を一つ出します。当てた方は、今夜のこの酒代を熊さんの付けから外して差し上げます。お二方とも当てられなければ、いつも通り熊さんの付けに残るだけのことです。」

「何だと?そんなガキの遊びに乗るか。俺は知らん。今日のもいつも通り付けておけ。」

熊はそう言って、奥の間へ引っ込んでしまいました。客たちがクスクス笑いました。

それではお末は台所へ向かって声をかけました。

「お母様、石を一つ。」

「ああ、分かった。」

お種は台所に入り、木箱に小石を一つ入れました。手が震えて、石が箱の中でカランと音を立てました。この音を立てるようになってからもう三か月が経っていました。その音が板の間まで届いたようで、熊が戸の隙間から顔を出し、「あの音は何だ」と尋ねました。

「石の音です。」

お末が答えると、熊はその意味が分からずまた顔を引っ込めましたが、その晩から台所で石の音がするたびに、何の音かも分からぬまま耳を済ませるようになったのでした。

すると男が「面白い。私も一つ乗ってみようか」と言い出しました。

「私が当てられれば手柄、外れれば私の落ち度。三晩の宿代は私が勝手に皿洗いで払わせてもらおう。」

「それは私が自分で決めることだ。」

近藤の顔がさっと曇りましたが、男は取り合いませんでした。お末は目を輝かせました。算用の問題を出すことを、この子は世の中で一番好んでいたからです。答えの見えないより、答えのある問の方がこの子にはずっと心安らかなものでした。

「し、討明は付け加えました。熊さんの付けはそのまま熊さんの付けです。お客さんが何をおっしゃっても、それが動くことはございません。」

男はそれを聞いて「良い心がけだな」と頷きました。

「それでこそ算用というものだ。掛かりは掛かり、勝負は勝負。混ぜてしまってはいけない。」

膳をすっかり片付けた後、土間にアンドンを一つかけて、最初の勝負が始まりました。雨は相変わらずでした。板の間の客たちが見物に年寄りからずらりと並んで座りました。雨の晩に十二歳のさき手が開く算用勝負とは、これほど良いものはありません。熊は腕組みをして土間の隅に座り、聞こえぬふりをしていました。

お末が算用を置いて両手を合わせました。

「問題は一つです。うちの茶屋の暮らしから出します。大鍋に水が九杯分入ります。本夜のお客が十二人、一人一杯半ずつ汁になります。それでは何杯足りませんか?」

土間が静まりました。客たちがめいめい指を折り始めました。行商人は指を折りかけてやめ、塩を測るマスを取り出しました。隣の畑の百姓は「一杯半で二杯かしら」とつぶやきかけて、隣の者と答えが違うと争いを始めました。火が揺れ、軒先から雨だれが糸を引いて落ちていました。

男は問題を聞き終える前に、目を一度しばたかせました。算用の終わった目でした。ところが男は口を開きませんでした。顎に手をやりながら、軒先の雨だればかりを見ていました。しばらくして、

「うむ。ご飯足りぬだろうな。」

と言ったのです。土間はざわめきました。お末は一瞬耳を疑いました。

「六杯です。お客さん、九杯を一人半ずつよ、六杯出ます。十二人から六人分を引けば、六杯足りません。」

「ほう。また一つ間違えたか。」

男は指して惜しむ様子もなくそう言いました。お末は狐につまれたようでした。さっき確かに算用の終わった目だったのに、あんなに箸の音も立てない人が、なぜ勘定を間違えるのだろうと。しかし算用は算用でした。お末は算用を置いた場所にきちんと立って言いました。

「お客さんの負けです。」

「そうか。それでは約束通り、私の宿代は皿洗いで払わせてもらおう。」

「だ、旦那様。それだけは手前が代わりに。」

近藤が声を震わせましたが、男は「近藤。これは私が勝手に決めた勝負だ。お前が気を揉むことはない」と言ってから、と笑い、羽織りの袖をまくり上げました。腕が現れました。泥仕事など一度もしたことのなさそうな白い腕でした。

その頃、この土間ではすでに客たちの賭が成り立っていました。行商人は男が当てる方に銭を賭け、隣の畑の百姓は与者が問題を放り出して逃げる方に賭けていたのです。板の間の客たちは互いの賭けを清算するのに忙しくなりました。当てる方に賭けた商人は銭を失って愚痴をこぼし、逃げる方に賭けた百姓は「勝った勝った」と喜びましたが、「それにしても、あの旦那、六というようなお方には見えなかったが」と首をかしげていました。

「全くだ。塩売りの俺でさえ当てたものを。」

と商人も応じました。そのうち何人かは、裏庭の方から聞こえる水音に振り向きました。本当に旦那様が皿を洗いに行ったのか、というのです。

洗場は裏庭の木の下にありました。大きな水桶に皿をつけてたわしで洗い、すすぎ水にくぐらせて笊に伏せる場所でした。お末が安を持って先に立つと男が続き、近藤がその後ろに従いました。近藤は裏庭に入るなり袖をまくろうとしましたが、

「旦那様のものは旦那様がなさいます。お連れの方はだめです。」

お末がきっぱり言うと、近藤は十二歳の子に押しとめられたまま、木の柱に張り付いてうめき声をあげました。

男は初めのうちは不器用でした。皿を水につけて水が跳ね、羽織りの前み頃が濡れましたし、たわしをどちら向きに擦るのか分からず、お末に尋ねました。近藤は木の柱に張り付いたまま、それを見ていられぬという風に顔を背けていました。お末は算用で真似て見せました。

「円から真ん中へ回すように擦らないと油が固まります。すすぎは二度。水を大事になさってくださいね。」

「二度か。分かった。」

ところが不思議なことに、三枚目あたりから手が慣れてきました。男は何でも一度見れば同じようにできる人のようでした。飯茶碗二個、汁椀、皿三十枚ほど、一つ一つがキュッと音を立てて笊に伏せられました。皿を洗う合間に男が尋ねました。

「すすぎを二度に節約するわけがあるのか。」

「井戸が遠いのです。お前様が朝夕、水を担いでくれますが、すすぎを三度にすると、水が三つは増えます。」

「算用が早いな。算用はどこで習った。」

「習ったことはございません。母が客の前を数えるのを見て育ちました。指が十本だから十までは指で数え、その上は小石で数えます。」

男はその言葉に声を立てて笑いました。本道だけが木の下で笑えずに言いました。

「いたのまでは熊が壁に向かってくつくつ笑っていました。おブけ様が皿洗い。わ、この様を見ろ。」

その笑い声は、しかし長くは続きませんでした。翌日にはもう、板の間で笑う者の数の方が少なくなっていたからです。飯を食べた男が膳を下げる時、お末に小さく頭を下げになったこと。言ったのはその晩のことでした。お末はその言葉を台所まで胸に抱えて帰りました。この言葉一つを、この子は道中何度も口の中で繰り返していました。

台所でお種が膳を受け取りながら尋ねました。

「あの旦那が何と言った?お前の顔がどうしたの?」

「だいこと言われました。私にです。」

お種は前かけをかけてやめ、嫁を見て、それから薬と笑いました。

「狼が二人いれば茶屋も二件になるのかい。私が大黒柱でお前が高柱なら、常吉は何柱?」

「お前様は水です。」

お末が真面目に答えたので、お種はその晩初めて声をあげて笑いました。熊がいつ見つきぶりに出た笑いでした。

お末がその晩、あの奥の間のお客さんの膳をようやく見比べる機会を得たのもこの頃でした。普通の客は箸を膳に置く時、こつんと音がします。急いだ人なら「担」。酔った人なら「がちゃん」と。ところがあの男は箸を置いても音がしませんでした。汁椀を持ち上げることもなく、汁はさじだけで救い、飯は片端から食べず真ん中を崩しながら満遍なく食べ、塩辛いもす味のものを順々に箸をつけて、同じ皿に続けてはいきませんでした。水を飲む時も椀を両手で持ち三口に分けて飲み、置く時は膳の円から指一本分内側に合わせておくのです。飯を食べ終えると飯の蓋を元に戻し、箸を椀の右に並べておきました。膳が入ってきた時の方が整っているほどでした。

お末には身の母が残した言葉が一つありました。

「膳の上を見れば人が見える。言葉は飾れても箸は飾れないものだよ。」

と、すぐ日の朝に言われた言葉です。その時は何のことか分かりませんでしたが、茶屋で三か月も暮らしてみると少しずつは分かってきました。他人の膳に先に箸を伸ばすものは他人のものを欲しがる。汁を一気に飲み干すものは辛抱がないもの。箸を投げるように置くものは他人を粗末に扱うもの。母はそう言っていたのです。あの奥の間のお客さんは、その母の言葉のどれにも当てはまりませんでした。

一方、近藤と呼ばれる男は妙な人でした。自分の膳には手をつけず、男が箸を置くまでそのまま座っていました。それに背を向けず、東少年に見るように座ってです。右手は膝に、左手はずっと荷の上に置かれていました。男に促されてようやく飯を食べる時も、汁に飯を混ぜてたった三口で飲み込んでしまうのでした。腹の減った人ではなく、腹が減る暇のない人のようでした。夜も安の日が消えるまでに座ったまま、荷から目を離すことがありませんでした。か慣れた客の中には「あれはただの友ではあるまい」とささやくものもいましたが、近藤自身は誰に何を言われてもただ黙って頭を下げるだけでした。

同じ頃、板の間では熊の前脳の音がしていました。皿を持ってずるずる箸を、膳がしん、ゲプを一つ、そしておみ酒。お末は台所でその音を聞きながら、奥の間の様子と引き比べていました。片方は音がなく、片方は音ばかりでした。ただの客ではない。お末は算用を握ったままそう思いました。

ちょうどその時、土間の方で水を跳ねる音と共に常吉が入ってきました。

「おっかさん、帰りました。いやはや、この雨は。」

常吉は薪の束を縁に下ろし、土間に立って濡れた着物を払いました。十四歳の若者な手でした。口数が少なく力が強く、嫁が何を言っても「相か」と受け流す子でしたが、この子は目だけはよく聞きました。山で一日中、木ばかり見て暮らすと目が効くようになるものらしいのです。土間に脱ぎ捨てられた履き物を見下ろし、「これは新入りの客のだな」と一言だけ言って、台所へ飯を食べに行くような、そういう子でした。薪の積み方一つ、雲の色一つで明日の天気を言い当てることもしばしばで、お種はいつの頃からか、常吉が何かに気づいて口を開いた時は「相か」で済ませず、まず耳を傾ける癖がついていました。

その晩、お末は常吉に、あの奥の間のお客さんのことは誰にも言わないでください。熊にはなおさらです、と念を押しました。

「そうか。分かった。」

常吉はそう言って、縁の方へ行ってしまいました。

台所ではお種が鍋をかきながらため息をつきました。

「お前、本当にあの勝負を続けるつもりか?あんな上品な客に皿洗いをさせるなんて、私が恥ずかしくて叶わないよ。」

「お母様。あれはお客さんが自分で決めたことでございます。」

「それでも、負けたらどうするつもりだったのだい。あんな上品な方に端を欠かせて。」

お末は少し考えてから答えました。

「恥だとは思いません。お母様。あの方はご自分で『外れれば私の落ち度』とおっしゃいました。人に決めさせたのではなく、ご自分でお決めになったのです。分かりませんけれど、答えの分かる目をしていらっしゃいましたから、もし本当に負けるとしたら、それはご本人が選ばれたのだろうと思っただけです。」

お種はその言葉に返す言葉がありませんでした。この子の言うことはいつも半分は理屈で、半分はただの度胸だったからです。

翌朝も雨はやみませんでした。男は一光も立ちませんでした。皿洗い三日は自分で決めたことだから当然だ、というのです。近藤は夜明け前から「この雨の中、立ちになれば旦那様のお体が」と言いかけて、男の一瞥に口をつみました。お種は昨夜のことが夢だったのではと、裏庭の笊をもう一度見に行きましたが、皿は本当にキュッキュッと伏せられていました。

商人は塩の俵を背負って立ちながら、お末に耳打ちをしました。

「おい、あの皿洗いの旦那だがな。俺は一生塩を担いで諸国を歩いてきたが、あんなに座り方の高いお方は初めて見たぞ。そ粗末に扱うでないぞ。」

それに、新しく来た客二人はもうどこで聞いたのか、「ここが男様が皿洗いをするという茶屋か」と尋ねる始末でした。雨の街道に噂は雨よりも早く広まっていたのです。板の間の隅では「あの旦那は本当は何様なのだろう」と客たちがひそひそ言っていました。誰も答えは持っていませんでしたが、誰も冗談だとは思っていないようでした。

朝膳を下げると、男が土間に出て座って言いました。

「今日も一勝負しよう。」

「ええ、昨日お負けになりましたのに。」

「だからするのだ。私が勝てば皿洗いを一日免除してくれ。負ければ、そうだな。負ければ、真鍮のさじ磨きまで付け加えよう。」

お末はすぐに浮き立ちました。算用の問題を出すことを、この子は世の中で一番好んでいたからです。

ちょうどその日の明方、隣の畑の百姓が雨をついて年貢の話をしに来て帰ったところでした。蓑をかぶったまま台所の式に座り、汁いっぱいを前にしばらく話していったのです。

「狼さん、大観所のマスがまた大きくなったよ。去年の秋に書き役が変わってから、名目一勝のはずのマスが、実は十二号も入るようになったのだ。十号が一勝だから、測るたびに二号ずつ余分に取られている勘定になる。」

「誰が測るのですか?」

お末が尋ねると、百姓は肩をすくめました。

「誰が測る?書き役が測るのさ。」

「それでは、書き役が大きくなれと言えば大きくなるのですね。」

百姓はその言葉に笑うこともできず、汁だけを食べていきました。お末はそのマスの話を算用の先に引っかけておき、朝膳が下がると男の前に出したのでした。

「それでは、これです。名目一勝のマスが実は十二号入るとします。百勝測りになれば、余分に取られる分は何勝になりますか?」

近藤がはっと顔を上げました。男は顎に手をやり、軒先を見つめてから問い返しました。

「十九勝だろうな。」

「二十勝です。お客さん、二号の余分が百勝なら二百号、十号で一勝ですから二十勝ですよ。」

「ほう。また一つ間違えたか。」

男は今度も惜しむ様子がありませんでした。むしろお末の方が理不尽な思いをしました。答えの分かる目をしていながら、なぜ一つずつ間違えるのかと。

行商人は塩のマスを膝に抱えたまま、「あの旦那、俺の商売道具より正しいマスをお持ちのようだ」と誰にともなく言っていました。

真鍮のさじ磨きの約束は割りました。男はその日の昼、皿洗いの後に本当に真鍮のさじ二十四本を布で磨き、日の当たらぬ木の下に並べて干しておきました。隣の畑の百姓はその日もまだ帰らず、庭先でその様子を眺めていましたが、「あの旦那、二号が百勝で二十勝とあんなにすらすら勘定できるお方が、なぜ十九勝などとおっしゃるのかね」と、種にそっと尋ねました。お種にも答えようがありませんでした。

その日から男の手は目に見えて上達しました。水を跳ねることがなくなり、すすぎも二度をきっちりと守りました。さじ磨きは皿洗いよりも難しいものでした。布を含ませた布でこすっていると、指先が先に黒くなるのです。男がその黒くなった指先を見つめていると、木の下から近藤がうめき声をあげました。

「旦那様、そのお手で。」

「手がどうした?手は使うためにあるものだ。」

お末は真鍮のさじを一本ずつ受け取ってはアンドンにかざしてみました。二十四本が全てアンドンの火を映し返しました。

「お客さん、これくらいならうちの茶屋で一番艶の出たさじです。」

「それなら私の前にはこれを置いてくれ。」

「それはなりません。一番艶の良いさじは、一番長く居ついたお客の前に置くのが起き手です。」

「それではあの熊の膳に行くのだな。」

「ええ、惜しいですけれど。」

男はまた笑いました。

「お客さん、塩の値がなぜ三倍になったかご存知ですか?三倍にも、この春は一俵二両でしたのに、今は六両です。港の塩売りの話では、円電から出る俵のものは変わらないそうです。ただ、峠を一つ越えるたびに関森が円電地に相当する分を一人分だけ抜いていくのだとか。峠が二つあるから二俵分、円地と合わせて分、それで三倍だそうです。」

男の手が一瞬止まり、それからまたさじを擦りました。

「関森というのは誰なのだ?」

「それは算用ではありませんので、分かりません。塩売りも名は教えてくれませんでした。」

今度は負ければ大釜まで磨くという約束で開いた朝の勝負で、三日目の朝を迎えたお末は、橋の下の男やの話から問題を出しました。

「救い米が一人当たり一勝ずつ、二十人分降りたはずなのですが、この橋の下の男やもその二十人のうちの一人でありながら、長に届けられていないために一粒も受け取っていないそうです。受け取ったと分かっている人を数えてみると十二人だと言います。それでは、あの人の分も合わせていくつが行方の分からぬままなのでしょう。」

「七勝だろうな。」

「八勝です。お客さん。」

「ほう。また一つ。」

お末は手を拭くのも忘れて、その発症のことをも話し続けました。あの男やのおじさんは去年から名を届け出ていなかったばかりに、受け取れる分すら受け取れずにいたのです。長がないというだけで、なかったことにされて良いものでしょうか。男は皿を洗いながら、お救い米は大観所の書き役が分けるということ、あのある人でも受け取れなかったものが何人もいるということまで、一言も漏らさず聞いていました。

「お末は村の数の全てを覚えているようだが、茶屋に座っておれば全て耳に入ります。お客さんが皆、先でお話になりますから。」

お末はふと不思議に思いました。箸の音一つ立てないこの客が、なぜ答えの分かる目をしていながら三度とも決まって一つずつ間違えるのでしょう。負けるたびに笑うこの人は、一体何のために負けたがっているのだろうと。この子はいくつも考えることになるのですが、その夜はまだそこまでは分かりませんでした。

その夜、常吉の傍らに横たわりながら、「お前様、答えの分かる人がどうして間違っているのでしょう」と尋ねてみましたが、帰ってきたのは「そうか」という寝ぼけた一言だけでした。それが答えなのか寝言なのか分からぬまま、お末は眠りに落ちました。

一方、熊はこの三日中、穏やかではありませんでした。街道の茶屋に入って初めの二日は飯代をきちんと払い、三日目から所員万島の名を持ち出して居座るのが、熊の五年間のやり口でした。叔父と称する相手の苗字も、行先の茶屋によってある時は加藤様、ある時は伊藤様と変わるのが常でした。この茶屋が三か月保ったのは、お種がことの他弱気だったからに過ぎませんでしたが、あの新しい客が来てから板の間の空気は明らかに変わっていました。膳を叩いても以前ほど土間が静まらず、客たちは裏庭の皿洗い見物にばかり気を取られていたのです。

何よりあのガキの声がありました。

「朝膳を足して四十一両です。」

翌朝、お末が汁を置きながらそう言いました。

「前まで足して四十二両です。きっちりです。」

三日目の夕方にはそう言いました。表情もなく、汁を置くようにです。熊は初めのうちは笑っていましたが、これが毎日一言も漏らさずに増えていくので、妙に喉に使えるものがありました。数を数えられるということがこれほど恐ろしいものだとは、熊はこれまで考えたこともなかったのです。自分がいくら踏み倒したかを自分でも知らなかったのに、あのガキは知っていたからです。

「ガキ、その算用やめられんのか?」

「それでは、算用を聞かずに住むようお返しになればよろしいのです。」

熊は言葉に詰まりました。十二歳に言葉を詰まらせるとは。板の間の客たちが何人か口を覆って笑いました。その笑いが熊の背中に突き刺さりました。

「安方のものが、この俺が。」

熊は何度もつぶやきましたが、その声はもう誰の耳にも届いていないようでした。熊はその笑いをどうにか取り返そうと、板の客たちに酒を一巡り振る舞うと言い出したこともありました。もちろん、付けにしてです。

「さあさあ、俺の奢りだ。バカのものからの酒を受けろ。」

ところがお末が酒を運んできて、こう言いました。

「この酒は、お客様それぞれにお出しいただくことにいたします。熊さんにつけますと、箱がまた重くなりますので。」

客たちは杯を持って互いに顔色を伺っていましたが、めいめい銭を出しました。奢るといったものに出さず、ただ酒をいただくものに出す酒とは、味も妙だったと言います。

常吉にもこの三日で目に見えて変わったことがありました。以前なら熊に何を言われても「相か」と受け流すばかりでしたが、熊が土間でお末の口の悪さをとがめた時だけは、薪を担いだまま黙って熊を見下ろし、「そうか」とだけ言って動きませんでした。十四歳の常吉はその頃にはもう熊より頭一つ高かったのです。熊はそれ以上何も言えず、目をそらして奥の間へ引っ込みました。

三日目の夕方、熊は決心しました。このままではいかん。この茶屋を再び自分の思うがままにするには、あの新しい客の前で一番大きな札を切らねばならぬ。あの旦那がどれほど上品でも、バカの前では縮じ込むはずだ。そうすればガキも女将も再び静かになる。それが熊の算用でした。三か月の間、一度も外れたことのない算用だったのです。

男が飯を食べ、裏庭へ行こうとしていたところへ、熊は土間の真ん中にどっしりと立ち、声を張りました。

「おい、皿洗いの旦那、ちょっと待て。」

男が振り返りました。

「三日辛抱をしたのだ。この茶屋で年長のものが誰かを、はっきり知らせてやらねばならん。所員版が俺の叔父だ。伊藤様だぞ。分かるか?この茶屋。バカに睨まれたらどうなるか、分かるか?」

土間が静まりました。お種は前かけを握って台所の式で凍りつきました。ちょうど薪を担いで戻ってきた常吉が、そのままお種の方へは下ろすでもなく、じっとその場を動きませんでした。

男はしばらく何も言いませんでした。それから、初めてこの三日で初めて、熊に何かを尋ねました。

「所員万島は、伊藤様であったかな?」

「そうだとも。俺が知らんとでも思うか。伊藤様だ。俺の叔父だぞ。分かるか。」

「そうか。」

男はその一言だけ言って、また向き直りました。ところがその後ろに立つ近藤は向き直りませんでした。近藤の右手が荷の中へ入りました。手の甲の筋が浮き出ました。熊はそれを見ました。そして、なぜか足から力が抜けました。この三日、あれほど大きな声を張ってきた自分の足が、こんなにもあっさり抜けるとは、自分でも思いがけないことでした。

男は振り向きもせず低く言いました。

「近藤、皿が覚めるぞ。」

「皿は覚めません。」

しかし近藤の手は静かに下りました。男は袖をまくりながら裏に向かい、近藤は熊をもう一度睨みつけてから後に続きました。

板の間の戸の隙間で、客の一人がささやきました。

「あの旦那、聞き返しただけなのに、あの男がなぜあんな様子だ。」

「さあ。何様ではないのかね。し、俺たちに分かるものか。」

皆さん、所員は実は佐藤様であったのです。その晩、その場でそれを知る者は裏庭の二人だけでした。熊は知りませんでした。お末もお種も知りませんでした。熊は一番大きな札を切ったつもりでしたが、身の程知らず、自分の手で自分の墓穴を全て晒らしてしまったのでした。五年の間、いくつもの茶屋を巡ってその名を使ってきましたが、苗字は何だと問い返した者は一人もいなかったのです。問い返す者がいなかったから商売になっていたのに、今日初めて誰かが問い返し、自分は初めて口をごもったのでした。

熊はその晩、板の間までなかなか寝つけませんでした。わけは分かりませんでしたが、ただあの背の高い男の目が、仕切りに浮かんだそうです。

その晩、客たちがすっかり寝静まった後でした。台所のアンドンの下で、嫁と種が向かい合いました。お末が膳を拭き終えて、種の袖を引いて座らせたのでした。

「様、お話がございます。あの熊さん、私にはどうも怪しく思われてなりません。」

お種は口をあんぐりと開けました。

「怪しいとは何を言うのだ。この三か月、私が誰よりも恐ろしがっていた相手だよ。」

お末は静かに言葉を続けました。

「熊さんは、勘定のことを尋ねられると、算用しようとはせず、いつもバカの名を持ち出して怒鳴りつけます。本当のことを言う人なら、いくら借りているかくらい、しまいには自分でも数えるはずです。それに、さっきあの奥の間のお客さんが『伊藤様であったかな』と尋ねると、熊さんはすぐに『そうだとも』と遠慮しました。もし本当のおじであれば、苗字を尋ねられて、あんなにあっさり頷くものでしょうか。」

「それでも、お前、万が一本物ならば。」

お種が言いかけると、お末は首を振りました。

「本物かどうかは私には分かりません。お母様。それはきっと、私たちより偉い方がお調べになることです。母がよく『膳の上を見れば人が見える』と申しておりましたが、それは誰の心の中まで見通せるという意味ではないと、私も今なら分かります。見えるのは、その人がどう振るまったかというだけのことです。振る舞いが怪しくても、それだけで縛り上げて良いわけではございません。私はただ、日に日につけが増えていくのを数えているだけです。」

お種はしばらく安の日だけを見つめ、深く息をつきました。

「それでは、どうしようというの。」

「数えるだけです。四十二両、毎日、汁を置くようにです。偽物は算用の前で一番先に崩れます。声を荒げるものほど、実は自分の数を見られるのを恐れているものです。母がそうも申しておりました。」

種はふと、この子が来る前は自分がこんな風に膝を付き合わせて誰かと話すことすらなかったのだ、と思い出しました。お種は膳を書き立て、初めて嫁に昔話をしました。

「お前の亭主がこの茶屋を開いた頃は、大鍋一つに椀二つだったのだよ。あの人がよく言っていた。『街道の茶屋は飯を売るところではなく、道を売るところだ』と。雨が降れば雨をしのぐ道。腹が減れば飯を食う道。恐ろしければ人を隠す道。だから飯代を払えぬものも追い出すな、と。」

「それで熊さんを追い出せなかったのですね。」

「そうかもしれないね。あの人が生きていれば、何か手を打っていただろうがね。」

お末はしばらく考えてから言いました。

「お母様、道を売る家ならば、道の代もいただかねばなりません。ただ道を貸してやるだけでは、いつか道そのものが踏み荒らされてしまいます。銭で払えなければ皿洗いでもです。それは追い出さないための置き手であって、何をされても構わないという置き手ではございません。優しさと言いなりになることは別のものだと思います。実家の母もそうしておりました。優しさだけの宿には、いずれ優しさにつけ込むものばかりが集まると。」

お種は嫁を見つめ、突然笑いが込み上げました。この茶屋に嫁いできて、亡き亭主の遺言と身の母の起き手を一つの膳に並べて算用する子だとは。道を売っても、踏み荒らされてはならないか。

「お前の言う通りかもしれないね。この年になって、嫁から教わることがあろうとは思いもしなかったよ。」

翌朝、雨が上がりました。半月近く降り続いた雨が、明け方にぴたりと。庭の水溜まりに空が映りました。男は朝膳を下げると、すぐに荷をまとめました。皿洗い三日が昨夜で終わったからです。最後の晩の皿洗いで、男は大釜まで磨いておいたので、お種は朝その釜を見て、新しいものを買ってきたのかと思ったほどでした。長年の煤がすっかり落ち、そこが鈍く光っていたのです。

立つ前に、男は台所を一度覗きました。大鍋を見て、棚を見て、棚の上の木箱を見ました。

「あれが小石の箱か。」

「はい。大きな石が四十にあります。」

「重かろう。」

「棚が重いのです。私は重くありません。数えることは重くありませんから。」

男はその木箱をしばらく見つめてから頷きました。

「そうだな。数えることは重くない。数えぬことこそ重い。人はとかく、都合の悪い数だけを数えずに済ませようとするものだ。」

近藤が戸口で席払いをしました。道のりが遠いという合図でした。

「お客さん、本当にお立ちになりますか?」

お末が土間に立って尋ねました。なぜか名残り惜しい思いがしました。三日続けて勝ったはずなのに、勝った気がしなかったのです。

「立たねばならぬ。皿洗いはすっかり済んだのだから。」

それでは宿代は未払いのままでしたが、お末はこの一点だけは見逃しませんでした。

「皿洗いは私が勝手に決めた宿代の払い方だ。」

男は笑って言いましたが、それでも念のため、もう一言も押し添えました。

「お前が気にすることはない。これで宿代は済んでいる。」

男は懐から一通の書状を取り出しました。分厚くもない、紙一枚を折りたたんだような書状でした。表に何やら字が書かれていましたが、お末には読めませんでした。

「これは宿代とは別の、算用の代だ。高柱が三日の間、私に算用を色々と教えてくれたお礼だ。ただし、今は開けるな。私がこの家を立った日から六日数えて、その日に開けてみるが良い。急いで開けたところで、良いことはない。」

お末は書状を受け取って首をかしげました。お種が傍らでおろおろしながら言いました。

「お客さん、こんなことをされては私どもが困ります。銭を少しいただければそれで良いもの。」

「女将、銭より役に立つはずだ。」

書状を巡って押し問答をしているうちに、近藤は縁に寄せ、背負い木戸の外に立っていました。お種がふと思い出したように台所へ駆け込み、握り飯の包みを持って出てきました。

「お客さん、これでもお持ちください。道のりが遠うございましょう。」

「片けない狼。それと、皿洗いの腕がもったいのうございますから、お通りの際はまたお立ち寄りくださいませ。うちの茶屋には、お客さんのようなお方がちょうどいるようですので。」

男はその言葉にまた目元だけで笑いました。

「そう言ってもらえる茶屋は、そう多くはないものだ。」

木戸の外で近藤が小さく咳込みました。板の間では熊が戸の隙間からその光景を覗いていました。あの旦那とあの男が去ってしまえば、この茶屋はまた自分の座敷同然というわけです。ところが後ろでお末の声がしました。

「朝膳を足して、四十二両です。」

お種はその様子を見て、思わず板の間の方へ一歩進み出ました。

「熊さん、あの、あの、お客さんももうお立ちになったのだし、そろそろ、その、つまり。」

そこで言葉が詰まりました。三か月の間、一度も最後まで言い切れなかった言葉でした。お末が種の後ろから、その言葉をついで言い切りました。

「そろそろ、勘定をお払いくださいませ。四十二両です。」

熊は二人を交互に見比べ、遠慮しました。膳を叩くこともなく、バカの声もなくです。お種はその閉じた戸を見つめながら、自分の胸を抑えました。初めて最後まで言い切ったのですから。半分は嫁が言ったにしてもです。

傘をかぶって庭を横切っていた男が、ふと足を止め、振り返って言いました。

「この皿のすすぎは二度だったな。」

「はい。水を大事になさってくださいね。」

「覚えておこう。」

そうして去っていきました。常吉が空の手桶を担いで出かけようとして、その二人と行き合いましたが、後で言うことには、峠の向こうに人が何人か、馬四頭引いて立っていて、そのうちの一人が傘の男を見るなり地に片膝をついたそうです。しかし常吉はそれ以上を口にはせず、「そうか」とだけ言って山へ向かいました。

お末は土間に立って書状を裏返してみましたが、表にも裏にも読める字はありませんでした。お末はその書状を台所の棚の塩の後ろに立てておきました。

男が立ってから六日を数える間、茶屋には少しずつ変わったことがありました。熊は相変わらず新しい客に酒を押し付けようとし、その付けは日に日に増えていきました。心が二日目の晩、いつものように酒を飲んだところ、お種が初めて「それでは、まずこれまでの分からいただきましょうか」と言い返したのです。熊は一瞬固まり、それから「そんな話は後にしろ」と声を荒げましたが、以前ほどの勢いはありませんでした。お種はその晩、自分の声が震えなかったことに自分でも驚いていました。

三日目には、熊が板の間の隅で「俺はやはりバカに縁のあるものだぞ。忘れるな」と誰にともなくつぶやく声が聞こえましたが、耳を貸す客はもう一人もいませんでした。お末はその六日の間も、汁を置くように付けを数え続け、書状は誰にも触れさせず塩の裏に守り通しました。夜になるとその場所を確かめずにはいられないのが、この子の癖でもありました。

そして、男がこの茶屋を立ってからきっかり六日目の朝でした。雨はすっかり上がり、庭の水溜まりも半分ほど乾いて、久しぶりに乾いた土の匂いがしていました。お末は夜明け前から塩の裏の書状を取り出して膝に乗せ、土間に座っていました。持つことはできても読むことはできないので、読める人が来るまで待て、との言葉通りです。常吉は手桶を担いで出かけながら、嫁の膝の書状を一度見て、そのまま出ていきました。

日が竿の高さほど登った頃、街道から馬の音がしました。一頭ではありませんでした。馬が十頭余り、水溜まりを跳ね散らしながら茶屋の前に止まると、神ガに神場りのご用の者たちがどっと降り立ちました。先に立った者が木戸から土間へずいと入り込み、辺りを見回しました。

「この家が加藤の茶屋か。江戸より早馬が下った。この家に書状が一通預けてあるはずだ。」

種は膝の力が抜けて、台所の式に座り込みました。ご用だ。バカだと三か月の間、脅していたそのバカが本当に押し寄せたのだと思ったのです。ところがお末が土間から立ち上がり、両手で書状を差し出しました。

「これでございます。私は読めません。」

役人が書状を受け取りました。表を見て、裏を返して、赤い印を見て、その場で顔色が変わりました。周りのご用の者たちもその顔色の変わりように何かを感じ、互いに顔を見合わせました。役人は書状を両手で額の上まで捧げ、土間の下に降りて膝づきました。従っていた者たちもわけも分からぬまま習って膝づきました。

「内緒である。」

役人は震える手で書状を開き、声に出して読み上げました。

「この家に三か月、飯を食い、飯四十二両を踏み倒した者あり。所員万島廃下は即刻これを飯し取り、滞りし次第はご講義に手まず、立替え払うべし。合わせて、この宿場大鑑所のマスと救い米の勘定を正し、峠の森の不正についても調べを進めるべし。」

読み終えた役人は、下役に向かって「実際に図って確かめよう。お救い米は名簿と受け取った者たちの申し立てを一人ずつ渡れ」と命じました。証は言葉ではなく、物と帳面で取るのがご用の作法だというのです。

土間は水を打ったように静まりました。四十二両。お種はその数に息が止まりました。それは嫁が汁を置くように言い続けた数字だったからです。三か月の間、あんな小さな声でしか言えなかった数字が、こうして役人の口から読み上げられる日が来るとは、お種は思っても見ませんでした。あの書状を置いて行った人は、裏庭で皿を洗いながらその数字を聞いていたのでした。マスのことも、お救い米のことも、峠のこともです。

木戸の外にはいつの間にか村の者たちが集まっていました。馬の音に飛び出してきたのです。その中で隣の畑の百姓が蓑も被らずに立っていて、「ご内所から大干賞所のマスという言葉が出る」と思わず「マス」と叫んでしまいました。ご用の者の一人が振り返ると、口を抑えましたが、その顔は泣きそうでも笑いそうでもありました。去年余計に収めた分が、あの書状一枚に納められていたのですから。

その時、板の間の戸が勢いよく開きました。

「なんだ、朝から何の騒ぎだ。俺を誰だと思っている。番方に話が伝わるぞ。」

熊でした。寝ぼけたまま土間に出て、いつもの調子で叫んだのです。それから見たのです。一杯の御用の者たちが一斉に自分を振り返るのを。「バカ谷」と言いかけて、声が水をかぶった犬のように小さくなりました。三か月の茶屋で一番大きかった声が、その場で一番小さな声になったのです。

役人が立ち上がり、熊の前に立ちました。

「バカよりまった。貴様、所員版様の追い田と申していたそうだが。」

「そ、それは。」

熊の声はかすかでした。

「商員番島は里である。バカ左傷の上に上収の老関、縛り上げよう。」

熊は一言も返せぬまま、縄を受けました。引かれていきながら、裏庭の方をただ一度だけ振り返りました。あの皿を洗っていたお方が何者だったのか、その時になってようやく分かるような顔でした。

役人は熊の俵を改めさせました。中からは、この六日で新たにつけたはずのない額をはるかに超える銭が出てきました。二十両であったと言います。

「これは追って調べる。下の宿場にも人をやれ。」

と役人は下役に命じました。ご用の者たちもそれを見て顔を見合わせていました。

「二十両を超える銭を懐に抱えながら、三か月も飯代を踏み倒していたとは。」

と誰かがつぶやくのが聞こえました。隣の畑の百姓も木戸の外からそれを聞き、あんぐりと口を開けていました。お種はそれを見て、膝がすっかり抜けました。

「三か月もの間、あれを腰に差して、うちの飯を食い逃げしたから、飯代も払わなかったのです。」

お末が静かに言いました。

「後ろがある人は、俵がなくとも勘定が出てくるものですから。それにお役人様、あの人はこの六日の間にも新しく付けを重ねております。いくらかは加えていただかねばなりません。」

役人はその言葉を聞いて、ふっと笑いを漏らし、「なるほど。最後の最後まで抜かりのない」と言いながら、それも足しておけ、と俵からいくらかを渡しました。

「それにしても、ご用の方。それでは、あの、あの書状を置いて行かれたお方は。」

お種がまだ抜けた膝で震える声を出しました。三か月もの間怯えてきた相手が実は偽物で、本物が別に静かに座っていたのだと知った。今、お種にはもう何が本当で何が嘘なのか、にわかには分からなくなっていました。

役人は答える代わりに、書状を畳んで懐に入れ、低く言いました。

「それ以上は手前も口にできませぬ、女将。ただ、こうして書状が届いた以上、悪いようにはならぬとだけ申し上げておきましょう。」

馬の音が遠ざかると、茶屋には嫁と種と銭、そして棚をしならせていた小石の箱だけが残されました。今日の水溜まりにはまだ空が映り、何事もなかったかのように風が渡っていましたが、茶屋の中の景色だけはもう三か月前とは違うものになっていました。

お末はその晩、その小石を庭にすっかりまき散らしました。久しぶりに棚が伸びました。その晩、種は汁を煮ながら三度、声を詰まらせました。一度は四十二両の銭を見て、一度は棚が伸びたのを見て、一度はわけもなくです。お末はその三度も数えていましたが、種には言いませんでした。数えぬ方が良い勘定もあるということを、この子も少しは分かっていたからです。

そして翌日のことでした。上下姿の役人が供の者たちと共にやってきて、風呂に包んだ幅広のものと箱を一つ、土間に下ろしました。風呂敷を解くと、漆塗りの扁額が現れました。太い字が四文字、掘られていました。

「関与」

役人が扁額を両手で捧げて読み上げました。

「魚である将軍様、ゴミらのお手になると、いう意味です。」

お種はその意味が分かったかどうかは知れませんが、平伏しました。近隣から集まってきた者たちも、「口に将軍様が茶屋にお言葉を」とささやき合っていました。木箱からは真鍮の椀が三揃い出てきました。

「三揃い、三日ですね。」

お末がつぶやきました。役人がにっこりと笑いました。木戸の外に集まった村の者たちの中で、隣の畑の百姓が自分の新しいマスを持ち出して振りかざしていました。「もうこのマスで年貢を納めるのだ」と、誰にともなく自慢をするのでした。

お種は庭に平伏したまま、役人に尋ねました。

「ご役人様、あの、あのお方はまたお越しになりますでしょうか?」

役人は扁額を土間の柱に掛けながら答えました。

「あのお方の足の運びは、手前にも分かりませぬ。ただ、『すすぎは二度だ』とおっしゃりながら、お笑いになったと。それだけは聞き及んでおります。」

「それだけで十分でございます。」

お末は小さく答えました。お末はその言葉に、真鍮の椀を強く握りました。常吉が薪の束を背負って入ってきて、その光景を見ました。扁額を見、真鍮の椀を見ましたが、若者はそれについて何も言いませんでした。

それから宿場では、月日をかけていくつかのことが正されていきました。役人の調べにより、大観所のマスは名目通りの一勝に戻され、二号の余分を長らく取っていた書き役は役目を解かれました。年貢を納める百姓たちは、久しぶりに正しいマスで測られる喜びを口ぐちに語ったと言います。橋の下の男やについても調べが行われ、二十人分のお救い米のうち、届いていなかった発症のありかが明らかにされたと聞きます。男は名を改めて届け出た上で、ようやく自分の分のお救い米を受け取ることができました。峠の森についてもご用の調べが入ったと言い、その年の秋には塩の値も元の二両に戻りました。

何もかもが一度に変わったわけではありません。それでも少しずつ、元に戻っていったのです。宿場の者たちはその一つ一つの変化を、あの雨の晩に始まった算用勝負と結びつけて語るようになっていました。隣の畑の百姓はその知らせを聞くたびに街道の茶屋にやってきて、汁をいっぱい頼み、お末に「お前の算用がしたことだ」と言いました。お末はその度に首を振りました。

「私の算用ではありません。あのお客さんの算用です。私は数字を差し上げただけですから。」

「それでも、お前が数えていなかったら、誰も数字など知らず、自滅だったろうよ。」

と百姓は汁をすすりながら笑うのでした。

そして、その年の秋、冷たい雨の降る夕方のことでした。木の葉が土間の敷居まで吹き込むような風の強い日で、お種はアンドンの油を惜しみながら早めに火を落とそうとしていました。そこへ傘をかぶった客が二人、雨を払いながら土間に上がってきました。後ろの者は背が高く、前の者は声が少しも雨に濡れていませんでした。

「女将、雨を少ししがせてくれ。ところで、この家のすすぎはまだ二度かな。」

お末は算用を持ったまま答えました。

「はい。水を大事になさってくださいね。」

その晩、裏庭で皿のキュッという音がしたかどうかは、この話を伝えてくれた人も最後まで教えてはくれませんでした。ただ、翌朝早く、洗場の傍らには水気を含んだ真鍮の椀が見つかり、きちんと伏せられていたそうです。それを誰が洗ったのかは、お末もあえて数えなかったと言います。数えなくても分かることが、この世にはいくつかあるのです。

本当に力のある人というのは、大声で名を振りかざす人ではなく、人の話を最後まで聞いて、自分の落ち度には自分で始末をつける人なのかもしれません。あの奥の間のお客さんは、村の誰の話も漏らさず、そして最後にはご自身の名においてきちんと責めを果たされました。優しい宿であることと、何でも許す宿であることとは別のことなのです。飯代を踏み倒すものを追い出さぬことと、勘定を踏み倒されたままにしておくこととは、似ているようでまるで違います。この茶屋が学んだのは、その違いを見分ける勘定だったのかもしれません。

十二歳の高柱を待つ算用は、勘定四十二両で終わりはしませんでした。箸の音一つで人を見分けたあの目が、負けて村の真実を持ち帰った客と、加藤とばかりして全てを失った客を見分けたのです。最も、その見分が正しかったかどうかを最後に決めたのは、お客自身ではなく、書状を捧げて膝まずいたあの役人だったことも、忘れてはならないでしょう。疑うことと許すことは、同じ手の中にあってはならないものなのです。他人の膳を見る前に、まず自分の箸の音を聞いてみることです。

負けることが勝ちになる勝負もあるという、宵いの話が皆様の心にも小さなぬくもりとして長く残りますように。どうかチャンネル登録と高評価で応援してください。また次の夜も、初行きのようにおもなくお尋ねし、皆様の心の片隅に残るお話をお届けいたします。こ宵いもどうぞ安らかにお休みください。ここまで初雪山でございました。

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