「もう2度と来ないでくれ」…
「もう2度と来ないでくれ」。 玄関先で息子が放ったその言葉に、私は耳を疑いました。真由美、65歳。この日ほど衝撃を受けたことはありません。 「ばーば、ばーば」 3歳の孫娘・りおが泣きながら、私に向かって小さな手を伸ばしています。その姿を見て、胸が張り裂けそうになりました。 「りお、こっちにいらっしゃい」 嫁の美咲さんが、冷たい声で孫を引き寄せました。 「もう合わせません。お母さんの古い考え方は、この子の教育に悪影響ですから」 信じられません。先週まで「ばーば大好き」と抱きついてきたりおを、毎日のように一緒に絵本を読み、公園で遊んだあの日々は何だったのでしょうか。 「啓介、どうして急にこんなことを?」 私が震え声で問いかけても、息子は目を合わせようともしません。 「もう決めたことだから、これ以上は話すことはない」 ドアが閉まる重い音が、私の心に深く響きました。 なぜこんなことになってしまったのでしょうか? 私は一体何をしてしまったというのでしょうか? あの衝撃的な出来事から数日が経ちましたが、まだ信じられない気持ちでいっぱいです。 私は私立図書館で司書として40年働き、5年前に定年退職しました。退職金は1800万円。その全てを、息子夫婦のマイホーム購入資金として差し出したのです。 「母さん、本当にいいの? 老後の資金は大丈夫?」 あの時、啓介は心配そうに聞いてきました。 「大丈夫よ。あなたたちが幸せなら。それが私の幸せだから」 そう答えた自分を今でも覚えています。 りおが生まれてからの3年間は、まさに私の第2の人生でした。美咲さんが仕事に復帰したいと言い出した時も、喜んで育児を引き受けました。 毎朝7時に家を出て、夕方6時近くまで無償で孫の世話をしてきたのです。 「ばーば、大好き」 りおはそう言って私に抱きついてきました。一緒に積み木で遊び、お昼寝の時は必ず私の膝枕。公園では手をつないでブランコに乗る姿を見守りました。 あの温かい日々が、まるで夢だったかのようです。 絶縁宣告から1週間後、私は真実を知ることになりました。 あの日、私は両親への忘れ物を届けようと息子の家を訪れました。玄関のチャイムを押しましたが、返事がありません。でも、車が停まっているのを見て、もしかしたらと思い、裏口に回りました。 すると、窓から聞こえてきたのです。 「もう、ばーばがいなくてすっきりしたわ」 それは美咲さんの声でした。 「本当に助かったよ。あの年金生活者がいると、りおに変なことばかり教え込むからな」 啓介の言葉に、私はその場で固まってしまいました。 「それに、あの退職金で家が買えたんだ。もう用はないわ」 美咲さんが笑いながら言うのを聞いて、私の心は凍りつきました。 私がすべてを捧げてきた家族が、私をただの金ヅルとしてしか見ていなかったなんて。 その瞬間、私は冷静になりました。そして、決意しました。 「もう二度と、こんな思いはしない」 私は家に帰り、隣に住む弁護士の友人に連絡を取りました。 「相談したいことがあるの」 友人は親身になって話を聞いてくれました。 「1800万円は贈与になるから、取り戻すのは難しいかもしれません。でも、あなたには他にも権利がありますよ」 私は長年、息子夫婦のために尽くしてきましたが、その間、自分の名前で貯金もしていました。さらに、夫が遺してくれた実家があります。 「それなら、老後も安心ですよ」 友人はそう言って、私に計画を立ててくれました。 数週間後、私は息子夫婦に手紙を送りました。 「これまでありがとう。でも、私はもうあなたたちのために生きることはしない」 そして、私は新しい人生を始めました。趣味だったガーデニングを本格的に始め、地域のボランティアにも参加しました。 ある日、公園でりおに似た小さな女の子を見かけました。その子は私に微笑みかけ、「ねえ、おばあちゃん、遊ぼう」と言ってきました。 私はその子と手をつないで、ブランコに座りました。 「昔、私の孫もこうして遊んでいたな」 その瞬間、私は思いました。私は失ったものではない。むしろ、新しい幸せを見つけたのだと。 今では、私は一人で暮らしていますが、孤独ではありません。友人もでき、趣味も見つけました。そして何より、自分自身を取り戻しました。 「ばーば、ばーば」 あの声が今も耳に残っています。でも、もう悲しくはありません。 … Read more