「娘のことが心配か。だったら大人しく500万払うんだな。」 夏祭りの出店で、突然現れたヤクザ風の男たちに囲まれた。娘は後ろで震え、男の部下に腕を掴まれている。私は普通の主婦のふりをしてパートをしているだけのつもりだった。でも、その男たちは知らなかった。私が誰なのかを。 「お前ら、ここがどこの島だか知ってるか?」…
「娘のことが心配か。だったら大人しく500万払うんだな。」 ヤクザのような男はそう言うと、ニヤニヤ笑いながら私を見た。男の部下に押さえつけられ、動きが取れなくなった私の娘は、怯えた顔を向けていた。5人の男たちは、私たち親子を逃がすまいと周囲を取り囲んだ。 私と娘は、人から頼まれて出店を手伝っていただけだ。それなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。私は怒りを覚えながら男たちを見る。この後、この男たちは恐ろしい罰がその身に振りかかることになるのだった。 私の名前は藤村明。この地域全体を統括する四島組の直系である三笠組長という立場にいる。とはいえ、表向きはパートに勤める主婦として振る舞っている。夫と結婚した私は、娘にヤクザの肩書きを背負わせたくなかったため、普通の主婦として振る舞うことにしたからだ。今は日中はパート、夜は組の運営という形で働き、高校生になる娘を育てている。 そんなある日、私は四島組の会長からちょっとした仕事を任された。任された仕事の内容は、夏祭りで出店を手伝ってほしいということだ。私は娘である玲美と共に出店に立つ。夏祭りで人手が多いということもあり、出店は大繁盛で、お客が途切れる間もなく1日は過ぎていった。 そろそろ店じまいにしようと娘に声をかけ、店を片付け始めた頃、いかにもヤクザといった風体の男たちが私の出店に声をかけてきた。 「いや、随分と儲けたみたいだな。ところでお前ら、ここがどこの島だか知ってるか。お前らからみかじめ料をもらってない気がするが、俺の気のせいだったかな。」 5人の男たちはニヤニヤと笑いながら私の出店を囲む。リーダー格らしい男は30代くらいだろうか。みりかららしく、長らくヤクザを商売にしていたようなスーツ姿をしている。他の4人はまだ20歳そこそこの若造で、ヤクザというよりチンピラのように見えた。 「急に何だって言うんですか?ちゃんと許可を取って営業してます。」 すぐに言い返す私を前に、男は私を睨みつける。 「俺は宮崎ってもんだ。お前らは知らなかっただろうが、ここはヤクザの島なんだよ。だから出店を出す時にはヤクザにも挨拶が必要なんだ。お前ら、うちの組に挨拶してねえよな。だったら今から土下座して、すぐにみかじめ払ってもらおうか。」 宮崎と名乗ったリーダー格の男は、威嚇するように大きな声で私たちに迫る。やはりヤクザだったのか。だが、この程度のヤクザなら私は何度も見てきた。私は冷静さを崩さぬよう、きっぱりと告げる。 「お断りします。先ほども言いましたが、出店はきちんと許可を取ってます。あなたたちのようなヤクザ連中に支払う金額なんて、びた1もありません。」 「なんだとこの女。ヤクザのことが怖くないとでも言うのか。すかした顔しやがって、生意気だな。」 「大声で怒鳴らないでください。話し合いなら普通の声でもできるでしょ。大きい声をあげるなら、鶏にだってできますよ。ヤクザだなんて言うけど、どうせ偽物か何かですよね。店を片付ける邪魔ですから、とっととどこかに行ってください。」 宮崎がどこの組のヤクザなのか知りたかった私は、わざと宮崎が怒るような態度をする。すると案の定、宮崎は怒りを露わにすると、私たち親子を怒鳴りつけた。 「なんだ、俺のことをバカにしてるのか。俺は出雲組の者だ。この辺に住んでるのなら、聞いたことあるだろ。」 宮崎は思いのほか簡単に組の名前を口にして、私は内心ほくそ笑む。みかじめ料を請求してきた相手がどこの組のものなのか調べるのが、私の目的の1つだったからだ。だが、まさか出雲組だったとは。 出雲組は、私の父が組長をしている組の傘下にある小さな組だ。最近傘下になったばかりだが、人手不足もあり、組員のほとんどがヤクザというよりチンピラのような連中だ。規模も小さく、今のままでは生き残れないと考え、父の組の傘下になったはずだ。だが、まさかこんな下品な連中だとは思わなかった。こんなのが傘下にいたら、父も厄介ごとに巻き込まれるかもしれない。この仕事が終わったら父に伝えなければ。 それにしても、本家の直系にあたる三笠組長である私の顔を知らないとは、よほど下っ端のヤクザなのだろう。黙っている私に対し、宮崎は怯えていると勘違いしたのだろう。得意になって笑うと、ますます大きく声を上げた。 「どうだ?本物のヤクザだって認めたか。分かったらとっととみかじめ払うんだな。素直に言うことを聞けば、すぐに解放してやる。だが、意地になって言うことを聞かなければ、無事に家に帰れると思うなよ。」 宮崎はお決まりのような脅し文句を並べる。私にとっては聞き飽きた変わり映えのしない言葉だが、普通の高校生として生活をしている玲美にはかなり恐ろしく聞こえたのだろう。怯えて真っ青な顔になった玲美は、私の後ろへ隠れようとする。 「おい、逃げるなよ。お嬢ちゃん、みかじめを払うまでここにいてもらうぜ。」 そんな玲美を宮崎の部下が取り押さえた。 「やだ。やめて。やめてよ。話してよ。あ、お母さん助けて。」 まさか玲美に手を出されるとは思ってもいなかった。私がそばにいたというのに、三下のヤクザだと思い、すっかり油断していた。必死に抵抗する玲美を、男は押さえつける。 「ちょっと待ちなさい。あなた、娘には手を出さないでよ。乱暴なことをして怪我でもしたらどうするの?」 玲美は娘だ。ヤクザのいざこざに巻き込ませたくはない。必死に声をあげる私に対して、宮崎は嫌な笑いを浮かべた。 「心配しなくても、金を払えば解放してやるさ。そうだな。今日は随分と客入りも良かっただろ。500万ほど支払ってもらおうか。」 「500万?いくら何でもそんなに稼いでないわよ。いくら何でも高すぎよ。」 「払いたくなきゃいいんだ。だが、お前の娘が無事で済む保証はねえぜ。」 私は1つため息を吐くと、宮崎を見る。 「あなた、本当に私からみかじめを取るつもり?」 急に鋭い視線を向けられ、宮崎は私に舐められたと思ったのだろう。露骨に腹を立てた顔をすると、また大声で喚き出した。 「なんだこの女。この後に及んで余裕のある顔して、本当に生意気なんだよ。痛い目に会いたいなら、望み通りにしてやるさ。」 宮崎はそう言うと拳を振り上げる。私は冷静に宮崎の拳を手のひらで受け止めると、宮崎は驚き目を丸くした。 「仕方ないわね。いいじゃない。500万払ってあげようじゃないの。でも、そうなったらあんたたちは終わりだよ。」 「あ?何を言ってるんだお前。偶然俺のパンチを受けたぐらいで調子に乗ってんじゃねえ。俺が本気を出したら、お前ら親子、どっちも海に沈めることだってできるんだからな。」 宮崎は脅すように怒鳴り声をあげる。すると、その声を合図にしたかのように、出店の周辺を黒服の男たちがぐるりと取り囲んだ。その数は10人を軽く超えているだろう。明らかに全員がヤクザであり、さらに宮崎たちのような三下ヤクザとは違う。いくつもの修羅場をくぐり抜けた精鋭たちの出す気迫に満ち溢れている。 「なんだこいつら。やばいんじゃないですか?宮崎さん。」 異常を察知した宮崎の部下はすっかりおじけづき、押さえつけていた娘の手を自然と話していた。娘はすぐに私のそばへ駆け寄る。 「お母さん。」 そしてすぐに私の背後に身を隠した。 「ごめんなさい。玲美。お母さん、油断しちゃって。もうお母さんから離れちゃだめよ。」 玲美は小さく頷くと、私の後ろに隠れて成り行きを見守る。一方、急に男たちに囲まれすっかり動揺する宮崎と部下たちに、私はこう言い放った。 「この程度でヤクザが慌ててんじゃないわよ。全く、出雲組なんて三流は随分と育ちがないのね。こんなことじゃ、組の組長も悲しむわよ。」 「なんだよお前。うちの組をバカにするんじゃねえ。それに、どうして俺たちのことを知ってるんだ?」 「知ってるに決まっているでしょう。組長は私の父よ。そして、私はあんたたちの本家筋にあたる四島組の直系、三笠の組長なの。」 私の言葉に、宮崎は驚きすぎて口をあんぐりと開ける。 「四島組の直系?うちの本家筋?」 宮崎の部下は、いまいちピンと来ていないようで首をかしげてそう言っていた。ひょっとしたら、まだ若いからヤクザの直系や本家なんて認識がよく分かっていないのかもしれない。 「ばか言うな。四島組直系だなんて、うちよりずっと上の組が、どうしてこんなところで出店なんか出してるんだよ。」 「別に信じなくてもいいけど。私があんたらの組を知っているのは本当よ。確か、出雲組の若頭の息子がずっとプー太郎してたわよね。名前は啓介って言ったっけ?」 宮崎たちと話しているうちに、私は啓介のことを思い出していた。若頭の息子という立場だが、ヤクザ業にはつかず、特に就職もしないまま父親から小遣いをもらって生活をしているのが啓介だ。啓介は1度、私の娘が高校生なのを聞き、紹介してほしいとしつこくまとわりついたことがある。ついには家にまで押しかけてきたのだが、敵である私の夫に散々怒鳴りつけられてから、2度と顔を見せなくなった。情けない小さい男だ。 啓介ぼっちゃんのことを知っているのが、私が啓介の名を出したことで、宮崎と部下たちはにわかに騒ぎ出す。私が組長だというのをようやく信じたのだろう。 … Read more