夕食の席で、38年間すべてを捧げてきた息子と嫁から「もう親なんていらない」と言われた瞬間、私は口元に静かな笑みを浮かべました。怒りも涙も出なかった。その代わり、心の中で一つの決意が固まっていました。「あなたたちが望んだ自由を、思い知らせてあげる」。親の存在がどれほど大きかったか、明日になれば嫌というほど思い知るでしょう。彼らは気づいていませんでした。私が銀行で、不動産会社で、法律事務所で何を…
息子の口から「もう親なんていらないんだよ」という言葉が飛び出した瞬間、私の世界は音を立てて崩れるどころか、奇妙なほど静まり返りました。 68歳の私、田中涼子は、その夜もいつものように夕食の支度をしていました。湯気の立つ手作りの煮物が食卓に並び、息子の健二とその妻のエミが向かい合って座っています。平和な食卓のはずでした。2人は私が作った料理を美味しそうに口に運んでいたのですから。 「母さん、ちょっと大事な話があるんだ」 健二が箸を置き、深刻な面持ちで話し始めました。仕事の悩みでも相談されるのかと思った矢先、嫁のエミが追い打ちをかけるように言いました。 「私たちも親という存在は必要ないんです。お義母さんとは今日限りで縁を切らせていただきます」 部屋が静寂に包まれました。テレビの音も、窓の外を走る車の音も遠のき、私の心臓の音だけがドクドクと耳元で響いていました。 普通であれば、泣き叫んだり激怒したりする場面でしょう。しかし不思議なことに、私の口元には静かな笑みが浮かんでいました。 「そう、わかりました」 私は穏やかにそう答えました。2人は私の意外な反応に驚きの表情を浮かべています。 私は心の中でつぶやきました。明日になれば、あなたたちにも嫌というほど分かるでしょう。親という存在がどれほどの価値を持っていたのかを。 静寂の中、38年間の記憶が走馬灯のように蘇りました。毎朝5時に起きて作った健二のお弁当。雨の日も風の日も欠かさなかった塾の送り迎え。高熱にうなされる健二を一睡もせずに看病した夜。健二の幸せこそが私の幸せだと信じ、夫が亡くなってからの10年間は息子夫婦のために全てを捧げてきました。 マイホームの購入資金として500万円を援助し、日々の食事作りから掃除洗濯に至るまで家事の一切を引き受けていました。それだけではありません。毎月15万円もの生活費の援助まで続けていたのです。 「お義母さんがいると気が休まらないんです。もう自由になりたいんです」 エミの言葉が、鋭利な刃物のように私の胸をえぐります。 「俺たちはもう一人前だ。いつまでも親に頼る年齢じゃない」 健二も冷たく言い放ちました。 そうですか。月収35万円のうち15万円近くが私からの援助だという現実を、彼らは都合よく忘れているようです。ブランド品に身を包み、高級レストランで食事をし、海外旅行を楽しむ。あなたたちの優雅な生活が一体誰のおかげで成り立っていたと思っているのでしょうか。 私は静かに立ち上がり、食器を片付けながら腹を括りました。明日の今頃、あなたたちは全てを悟ることになるでしょう。親の存在の大きさを。 夕食後、自室に戻った私は机の引き出しから1冊のノートを取り出しました。そこにはこの10年間の家計の記録が詳細に記されています。ページをめくるたびに、眩暈がするような数字が並んでいました。息子夫婦への援助総額はすでに3000万円を超えていました。それにも関わらず、彼らの貯金はほぼゼロ。この恐ろしい現実を健二は把握しているのでしょうか。 翌朝、私は銀行の開店と同時に窓口へ向かいました。顔馴染みの行員が笑顔で迎えてくれます。 「田中様、いつもありがとうございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」 「息子の口座の連帯保証人も解除したいのです。それから毎月の自動送金も全て停止してください」 行員は一瞬驚いた表情を見せましたが、すぐに手続きを進めてくれました。 次に向かったのは不動産会社です。息子夫婦が住むマンションの保証人も私が引き受けていました。 「保証人契約を解除することは可能ですが、代わりとなる保証人が必要になります」 担当者の説明に、私は静かに頷きました。それは息子夫婦が考えるべきことです。 午後には法律事務所を尋ねました。実は、亡き夫が残してくれた莫大な遺産があることを、息子には一切伏せていました。都内に複数の不動産を所有し、その評価額は2億円を超えています。さらに私自身の退職金3000万円も手つかずで残っていました。 「息子さんには相続権がありますが、遺言を除けば財産の処分は田中様の自由です」 弁護士の言葉を聞き、私は全ての財産を私個人の名義で管理することを決断しました。 夕方、エミのソーシャルメディアを覗いてみました。そこには相変わらず贅沢な生活を自慢する投稿が溢れていました。「また新しいバッグ買っちゃった」「今夜は高級フレンチ」「来月はハワイ旅行」「セレブ生活最高」。写真に映る高級ブランドのバッグは30万円。コース料理は1人2万円。これらの資金が、まさか私からの援助で賄われているとは、フォロワーの誰も知らないでしょう。親なんていらないと言いながら、親の金で贅沢三昧。この矛盾に、本人たちは全く気づいていないのです。 翌朝、私は早起きをして最後の朝食の準備をしました。いつものように、健二の好物である厚焼き卵を焼きます。 「おはよう、母さん」 健二が眠そうな顔で起きてきました。エミも続いて席に着きます。2人とも、昨夜の絶縁宣言など忘れたかのように、当然のように朝食を食べ始めました。 「今日は残業で遅くなるから、夕飯は作っておいて」 「リビングが散らかってるから、掃除も頼むよ」 まるで何事もなかったかのような態度に、私は静かに微笑みながら頷きました。 2人が出勤した後、私は自室に戻り身支度を始めました。必要最低限の衣類と、大切な思い出の品だけを小さなスーツケースに詰めます。38年前、健二が初めて書いてくれた「ママ大好き」という手紙。運動会で一等賞を取った時の写真。これらの思い出だけは、私だけのものとして持っていきましょう。 昼過ぎ、全ての準備が整いました。私はダイニングテーブルの上に1枚の紙を置きました。 「約束通り、今日でお別れです。明日からの生活、頑張ってください。クレジットカードの家族カードも置いていきます。もう使えませんが」 玄関のドアを開ける時、一瞬だけ振り返りました。38年間暮らした家。息子を育て、夫を見送った家。しかし、もうここは私の居場所ではありません。 「さようなら」 小さくつぶやき、私は新しい人生への第一歩を踏み出しました。タクシーの窓から見える景色は、いつもより輝いて見えました。明日の朝、息子夫婦はどんな顔をするでしょうか? 銀行からの通知、カード会社からの連絡、不動産会社からの警告。全てが一度に押し寄せてくるはずです。しかし、それはもう私の知ったことではありません。親なんていらないと望んだのは、他でもない彼ら自身なのですから。 タクシーで新居へ向かう途中、スマートフォンが鳴りました。健二からです。一瞬迷いましたが、最後の会話として電話に出ることにしました。 「母さん、どこに行ったんだよ。夕飯の買い物は?」 呆れるほど自分勝手な第一声でした。 「健二、昨日の話を忘れたの? 絶縁すると言ったのはあなたたちでしょう」 「それはそうだけど…。急にいなくなることはないだろう。引き継ぎとかちゃんとしてから出ていけよ」 引き継ぎ。まるで私が家政婦か何かであるかのような言い草です。 「じゃあ、最後にもう1度だけ会いましょうか。今夜7時に、いつものレストランで」 私の提案に、健二は少し安心したような声を出しました。きっと、私が考え直したとでも思ったのでしょう。 夕方7時、約束のレストランに着くと、息子夫婦はすでに席に着いていました。いつもなら私が支払うこの店も、今日が最後です。 「母さん、やっぱり考え直してくれたんだね」 健二が安心した表情を見せ、微かに微笑んでいます。 … Read more