「お母さん、この家を出て行ってくれませんか」――息子と嫁が、朝の食卓で冷たい顔をして私にそう言った。42年間、たった一人で息子を育て上げ、家の頭金まで出して支えてきた。それなのに、息子は「家族って血の繋がりだけじゃないんだ。もうあなたとは縁を切りたい」と平然と言った。そして、嫁は「今すぐ出て行ってください」と、まるで邪魔者を追い払うように。涙を流してすがると思ったのか、二人は私の穏やかな返事…
「お母さん、この家を出て行ってくれませんか」 晴れた朝のことでした。味噌汁を作りながら、まさか我が子からそんな言葉を聞く日が来るとは、夢にも思っていませんでした。 65歳になり、私は息子とその妻ミカと一緒に暮らしています。毎朝5時半に起きて、家族の朝食を作るのが日課でした。主人を35年前に亡くしてから、必死に働いて一人で息子・ケンジを育て上げたのに……。 その日も、だしの香りが漂う台所で、得意なだし巻き卵を丁寧に焼いていました。しかし、食卓に着いた二人の様子は明らかにいつもと違いました。「おはよう」と声をかけても、二人とも目も合わせようとしません。ミカはスマホをいじり続け、ケンジは新聞に夢中で、まるで私など存在しないかのようでした。 重い沈黙の中、箸の音だけが響きます。いつも「おいしい」と言ってくれるケンジが、今日は一言も話しませんでした。食事が終わりかけのときでした。 「母さん、話がある」 ケンジが顔を上げ、私をじっと見つめました。その目には、今まで見たことのない冷たい光が宿っていました。 私は箸を置き、背筋を伸ばしました。胸の奥に、どす黒い痛みが広がります。まさか、この後に続く言葉が私の人生を一変させることになるとは、その時の私には知る由もありませんでした。 ケンジが7歳のとき、主人が亡くなりました。「パパはいつ帰ってくるの?」その日、私は幼い息子を抱きしめながら、涙を堪えました。それからというもの、私は銀行で働きながら、朝早く出て夜遅く帰る毎日。それでも「ケンジを立派な人間に育てる」と心に誓って頑張ってきました。 大学受験の予備校代に年間100万円。4年間の学費と生活費を合わせると600万円以上。そんな犠牲も、ケンジが就職先で輝く笑顔を見た瞬間、報われたと思いました。そして8年前にミカと結婚したときには、家の頭金800万円を援助しました。「母さんのおかげで、夢のマイホームが持てるよ」というあの日の言葉を、今でも鮮明に覚えています。孫が生まれてから5年間は、保育園の送り迎えから病気の世話まで、すべて私が引き受けてきました。ミカが仕事を続けられたのは、私の支えがあってこそのはずでした。 退職した後も、私は家族のために尽くし続けました。それが家族の幸せにつながり、私自身の喜びでもありました。 しかし、息子の口から出た言葉は、そんな私の献身を容赦なく踏みにじるものでした。 「母さん、俺たちもそろそろ自立したいんだ」 信じられない言葉に、耳を疑いました。 「何を言ってるの? 自立ってどういうこと?」 私が尋ねると、ようやくミカが顔を上げました。その表情は、まるで汚いものを見るような軽蔑に満ちていました。 「お義母さん、私たちももう40過ぎなんですよ。いつまでも親に頼ってはいられません」 混乱しながらも、私は冷静に尋ねました。 「じゃあ、具体的にどうしたいの?」 二人は顔を見合わせました。そして、ケンジが決心したように口を開きました。 「実は、ミカの両親をこの家に呼びたいんだ。向こうも年を取ってきて、一緒に暮らした方がいいと思って」 私は言葉を失いました。 「あなたのご両親はこの家に住んでるけど、もう三人だけで手一杯なんだ。それなのに、どうして二人も増やせるわけがないだろう? だから、母さんには別の場所に移ってもらえないかと思って」 ケンジは、それが当然のことのように淡々と話しました。 「別の場所って?」 「近くのアパートを借りて、そこで暮らしてほしい。もちろん、完全に縁を切るわけじゃない。週に一回か二回、会うこともできるから」 週に一回か二回。私はまるで他人扱いされるかのようでした。膝の上で震える手を、必死に握りしめました。 「でも、生活費はどうするの? 私の年金で足りるの?」 「うん、毎月10万円は援助するから。それで足りるだろう」 10万円。これまで費やしてきた労力とお金を考えれば、実に哀れな提案でした。しかし、ミカはさらに事態を悪化させました。 「ただし、条件があります。お義母さんには、週に数回ここに来て、掃除と洗濯を続けてもらいます。もちろん、お友達の世話もお願いしますね」 耳を疑いました。家から追い出しておいて、都合のいい時だけ家政婦のようにこき使うつもりなのでしょうか。 「何か問題でも? 今までと同じことを続けてもらうだけですよ。ただ、寝泊まりする場所が変わるだけです」 ミカの話し方は、私が理不尽なことを言っているかのようでした。ケンジもそれに同意します。 「母さん、これは家族全体のための決断なんだ」 「ミカのご両親も、私と同じくらい大切なんだ」 そう言う二人の態度は、私への扱いとはあまりにもかけ離れていました。 ミカが続けました。 「それに、お義母さんも年でしょ? 私たちの生活に干渉しすぎなんですよ。料理の味付けから掃除の仕方まで、いちいち口出しされて、正直うっとうしいんです」 うっとうしい。5年間、家族の健康を考えて毎日作ってきた食事が、迷惑だったと言うのでしょうか? 「それに最近、物忘れも増えてきたでしょ? この前なんて、焼き魚に醤油の代わりにみりんをかけちゃったじゃないですか」 そんなこと、一度もありません。明らかな作り話でした。しかし、ケンジは妻の言葉を真に受けたようでした。 「母さんも確かに変わったよ。同じ話を何度もするし……もしかしたら認知症の始まりかもしれない。病院で検査してもらった方がいいんじゃないかな」 息子の言葉は、明らかに私を貶めるためのものでした。元銀行員の私は、数字や細かいことに関しては誰よりも正確だと自負していました。今でも「メモリーマン」と言われるほどです。 「私は大丈夫よ。心配しないで」 「でも、お義母さん、私たち心配してるんですよ。もし何かあったら、私たちが責任を取らなきゃいけないですからね」 あらゆる責任を背負ってきた私が、今度は厄介者扱いされるなんて。二人はまるで最後通告のように言い放ちました。 「できれば来月中には出て行ってほしい。アパートは自分で探してください。保証人にはなりますから」 まるで私に恩を着せるような空々しい言葉に、心が凍りつきました。 … Read more