夫を亡くし、息子夫婦との同居を選んで2年。68歳の誕生日は「おめでとう」の一言だけだったのに、その3日後、義娘からこう頼まれました。「お母さん、明日は私の母の誕生日なので、お料理の準備をお願いしますね」。私の誕生日は誰も祝ってくれなかったのに、義母には豪華なプレゼントと15人分の料理を私が作る。孫に「なんでおばあちゃんには何もくれないの?」と聞かれた夜、私はある決断をしました。もう、誰かの都…
まゆみさんから「お母さん、明日は私の母の誕生日なので、お料理の準備をお願いしますね」と言われたのは、みつ子さんの誕生日からわずか3日後のことでした。 68歳の田中みつ子さんは、夫を5年前に亡くし、2年前から息子夫婦と同居しています。息子の健一さんは優しい性格で、「母さん1人だと心配だから」と言って、みつ子さんを迎え入れてくれました。 同居当初は、家族と一緒に過ごせること自体が何より嬉しく思えました。朝早く起きて朝食の準備をし、洗濯や掃除を手伝い、小学3年生の孫の翔太君の世話もさせてもらう。忙しくも充実した毎日でした。 しかし、最近少しずつ感じるようになったのです。何かが違う、と。 みつ子さんの誕生日は、健一さんからの「おめでとう」の一言だけで過ぎ去りました。ケーキもお祝いもありません。 「きっと私が気にしすぎているだけよね」 そう自分に言い聞かせていた矢先、あの言葉だったのです。 みつ子さんの1日は、朝5時半に始まります。誰よりも早く起きて、家族のために朝食の準備をするのが日課でした。 「おはようございます」 静かにキッチンに立つみつ子さんの声は、まだ眠りに包まれた家に小さく響きます。味噌汁を温め、卵焼きを焼き、翔太君の好きなウインナーを炒める。健一さんは朝が早いため、6時には朝食を取らなければなりません。 「母さん、ありがとう。いつも助かってるよ」 健一さんは感謝の言葉をかけてくれます。その言葉にみつ子さんは微笑みで答えますが、心のどこかで違和感を覚えるのです。「助かっている」という表現。まるで家政婦のような響きに聞こえてしまうのは、考えすぎなのでしょうか。 まゆみさんは8時頃に起きてきます。みつ子さんが用意した朝食を前に、いつも同じことを言います。 「お母さん、いつもすみません。お手間をおかけして」 丁寧な言葉遣いですが、そこには距離感がありました。家族というより、お客様を扱うような、そんな冷たさをみつ子さんは感じていました。 しかし、孫の翔太君だけは違いました。 「おばあちゃん、今日の卵焼き、甘くて美味しい」 孫の屈託のない笑顔が、みつ子さんの心を温めてくれます。 「この子のためなら、どんなことでもできる」 そう思えるのでした。 しかし、その翔太君とのやり取りの中で、みつ子さんは最初の大きな違和感を覚えることになります。 まゆみさんの誕生日の1週間前のことでした。健一さんが仕事から帰ってくると、まゆみさんと何やら相談を始めました。 「今年はどこのレストランにしようか。去年のイタリアンも良かったけど、今度はフレンチはどうかな」 「翔太も一緒だから、個室があるところがいいね」 みつ子さんは台所で食器を洗いながら、その会話を聞いていました。まゆみさんの誕生日の相談のようです。夫婦で真剣に話し合っている様子に微笑ましさを感じると同時に、小さな寂しさも覚えました。 翌日、健一さんは仕事帰りにプレゼントを買って帰ってきました。 「まゆみ、これ、気に入ってくれるかな?」 それは有名ブランドのバッグでした。まゆみさんは目を輝かせて喜んでいます。 「素敵。ありがとう、健一」 みつ子さんは夫婦の幸せそうな様子を見て、心から嬉しく思いました。息子が妻を大切にしている。それは母親として誇らしいことです。 そして迎えた、まゆみさんの誕生日当日。家族全員でフレンチレストランに向かいました。みつ子さんも一緒に誘ってもらえたのです。 「お母さんも一緒にお祝いしましょう」 まゆみさんの言葉に、みつ子さんは嬉しさを隠せませんでした。レストランでは健一さんが花束を渡し、翔太君が手作りのカードをプレゼントしました。家族みんなでハッピーバースデーを歌い、まゆみさんは涙を浮かべて喜んでいます。 「みんなありがとう。こんなに幸せな誕生日は初めて」 みつ子さんも心から祝福していました。これが家族の絆というものなのだと、温かい気持ちでいっぱいでした。 それから2ヶ月後、みつ子さんの68歳の誕生日がやってきました。朝起きていつものように朝食の準備をしていると、健一さんが声をかけてきました。 「母さん、今日誕生日だったよね。おめでとう」 「ありがとう。覚えていてくれて嬉しいわ」 みつ子さんは微笑みましたが、それだけでした。まゆみさんも「おめでとうございます」と言ってくれましたが、特別な雰囲気はありません。夕食はいつもと同じメニューでした。みつ子さんが作った肉じゃがと味噌汁。それに漬け物。 「今日は母さんの誕生日だから、何か特別なものを作ろうか」 そんな提案は、誰からも出ませんでした。翔太君だけが「おばあちゃん、誕生日おめでとう」と元気に言ってくれましたが、それ以上のお祝いはありませんでした。 その夜、みつ子さんは1人で考えていました。 「まゆみさんの時とは、随分違うのね」 でもすぐに自分を戒めました。私はもう68歳。特別にお祝いしてもらう年齢でもないし、健一も忙しいのよ。覚えていてくれただけで十分。そう自分に言い聞かせましたが、心の奥底では小さな寂しさが残っていました。 数日後、みつ子さんはさらに大きな違和感を覚えることになります。まゆみさんから冒頭の言葉をかけられたのです。 「お母さん、明日は私の母の誕生日なので、お料理の準備をお願いしますね」 みつ子さんは一瞬、耳を疑いました。まゆみさんの母親の誕生日の準備を、自分がするのだというのです。 「そうなのね。どのようなお料理をお作りすればいいかしら」 みつ子さんは穏やかに答えましたが、心の中では複雑な感情が渦巻いていました。自分の誕生日は誰も準備してくれなかったのに、まゆみさんの母親の誕生日は自分が準備する。この違いは、一体何なのでしょうか。 「母が好きな煮物と、あとは天ぷらも喜ぶと思います。デザートも何か用意していただけますか?」 まゆみさんの依頼は続きます。みつ子さんは1つ1つ頷きながら、心の中で呟いていました。 「私は準備される側ではなく、準備する側なのね」 その夜、みつ子さんは買い物リストを作りながら、静かに涙を拭いました。家族のために尽くすことに喜びを感じてきた自分ですが、この扱いの違いに初めて疑問を抱き始めていたのです。 翌朝、みつ子さんはいつもより早い5時に起きました。まゆみさんの母親、佐藤桂子さんの誕生日の準備があるためです。 「今日は特別な日だから、いつもより手を込めないとね」 … Read more