「親の役目だろ。毎週帰るんだから、ご飯も掃除も準備よろしく。」…
「親の役目だろ。毎週帰るんだから、ご飯も掃除も準備よろしく。」 土曜日の朝8時半、玄関先で息子の誠が放った言葉に、私は言葉を失った。まるで当然のことのように誠は続け、その横で嫁のさおりがにやにやと微笑んでいる。 68歳になった私は、夫を亡くして1年。静かな一人暮らしにようやく慣れてきたところだった。朝7時から台所に立ち、丁寧に和食を作っていた矢先の出来事である。 誠の両手には大きな洗濯物の袋。さおりは買い物袋を抱え、小学3年生の孫のみかちゃんは挨拶もせずにリビングへ駆け込んでいく。 「おばあちゃん、お腹空いた。」 みかちゃんの声が家中に響く。 「あら、朝ご飯まだだったの?じゃあ、お母さん、みかの分もお願いね。」 さおりはそう言いながら、まるで自分の家のようにキッチンへ向かった。私は立ち尽くしたまま、震える手で玄関のドアを閉めた。 思い返せば、3ヶ月前はこんなことになるとは思ってもみなかった。夫の一周忌を終えた頃、誠が珍しく一人で訪ねてきた。 「母さん、一人じゃ寂しいでしょ。俺たち、毎週末だけでも顔を見せに来るよ。」 あの時の誠の優しい笑顔に、私は心から感謝した。夫をなくしてから家の中は静まり、話し相手もいない日々が続いていたから。 「ありがとう、誠。でも無理しないでいいのよ。」 「何言ってるんだよ。親孝行させてくれよ。」 最初の2週間は、本当に顔を見せに来るだけだった。お茶を飲みながら世間話をして、みかちゃんの学校の様子を聞いて、穏やかな時間が流れていた。しかし、3周目から少しずつ様子が変わり始めた。 「お母さん、ついでにみかの送り迎えしてもらえる?」 「実は今日、大掃除する予定だったんだけど、手伝ってもらえる?」 気がつけば、毎週土曜日は朝から晩まで働き詰め。洗濯物は30枚以上。掃除は3時間。料理は朝昼晩の3食で15品以上。みかちゃんの世話も8時間近く。いつの間にか、私は無料のお手伝いさんになっていた。 「お母さん、ちょっと相談があるんだけど。」 土曜日の昼食後、さおりが申し訳なさそうな顔で切り出した。みかちゃんは私が作った唐揚げを頬張りながら、タブレットでゲームに夢中だ。 「今月ちょっと家計が厳しくて、5万円だけ貸してもらえない?」 私は箸を止めた。年金暮らしの身には、5万円は決して小さな金額ではない。 「来月には必ず返すから。」 さおりの懇願するような目に、私は頷いてしまった。息子の家族が困っているなら、助けるのが親の務めだと思ったから。 しかし、来月になっても返済の話は出なかった。それどころか—— 「お母さん、こないだのお金のことなんだけど。」 やっと返してくれるのかと期待した私に、さおりは信じられない言葉を続けた。 「親子の間でお金の貸し借りなんて、水臭いと思わない?」 誠も横から口を挟む。 「そうだよ、母さん。俺たちは家族じゃないか。返済なんて言葉、使わないでくれよ。」 その次の週には、新たな要求が待っていた。 「みかの塾代がかかるのよ。お母さん、教育は大事でしょう?」 「ことは塾?」 「ローンのことよ。」 さおりの表情が曇る。 「あら、お孫さんの教育に協力できないなんて。おばあちゃんとしてどうなの?」 さらに翌月。 「俺たち、夫婦で温泉でも行きたくてさ。10万円。お願いできるかな?」 「でも誠、こないだ15万円も……」 「母さん、俺たちだって息抜きは必要だろ。毎週ここに来て母さんの話相手してるんだから。」 まるで恩着せがましい口調に、私は言葉を失った。話し相手どころか、私は朝から晩まで働いているだけなのに。 気がつけば3ヶ月で渡したお金は、総額300万円を超えていた。老後のために貯めていた定期預金も、解約せざるを得なくなった。 「母さん、今日は腰が痛くて。」 ある土曜日、私は勇気を出して体調不良を訴えた。前日から腰に激痛が走り、整形外科で「無理は禁物」と言われたばかりだった。 すると、さおりが大げさにため息をついた。 「あら、大げさね。まだ68歳でしょう。私の母なんて75歳まで働いてたわよ。」 誠もかける。 「母さん、甘えるなよ。これくらいで根をあげてたら、本当の老人になった時どうするんだ。」 そして、決定的な言葉が飛び出した。 「親の役目を果たさないつもり?私たち、忙しい中毎週来てあげてるのに、恩をあだで返すつもり?」 さおりの冷たい視線が、私の心に突き刺さる。 私は腰の痛みをこらえながら、結局いつも通りの家事をこなした。洗濯物を干す時、階段を登り降りする時、息が止まりそうになる。それでも誠とさおりは、リビングでテレビを見ながらくつろいでいるだけ。 「おばあちゃん、オムライス作って。」 みかちゃんの要求に、私は痛む腰を抑えながらキッチンに立つ。 「ケチャップは少なめにしてね。この前の濃すぎたから。」 8歳の孫にまで、まるで使用人のように扱われている。 … Read more