コートに響いた彼女の小さな声が、今でも耳から離れない。「ごめんなさい、無意識に声が」「男の人とこんなにくっつくの久しぶりだから」振り向いた彼女の顔は真っ赤で、照明に照らされたその表情を見た瞬間、俺の中で何かが弾けた。気づいた時には、四十二歳の美人主婦をきつく抱きしめていた。学生時代テニスしかしてこなかった三十代の俺が、上司の紹介で代役コーチを引き受けた、あの日曜日の午前中から全ては始まった。…

コートに響いた彼女の小さな声が、今でも耳から離れない。「ごめんなさい、無意識に声が」「男の人とこんなにくっつくの久しぶりだから」振り向いた彼女の顔は真っ赤で、照明に照らされたその表情を見た瞬間、俺の中で何かが弾けた。気づいた時には、四十二歳の美人主婦をきつく抱きしめていた。学生時代テニスしかしてこなかった三十代の俺が、上司の紹介で代役コーチを引き受けた、あの日曜日の午前中から全ては始まった。...

二人きりの秘密の特訓で、俺の心臓は最初からずっとうるさかった。「もう少しこうです」「こうですか?」「いや、あの、ちょっと触れても大丈夫ですか?」さおさんのその声で、俺の理性はどこかへ飛んでいった。次の瞬間、俺は無意識のうちに彼女をきつく抱きしめていた。「ちょっと、コーチ……」彼女は俺の腕の中で困惑しているようだった。ここじゃだめだ。そう思っても、もう止まらなかった。

俺の名前は里田深夜。どこにでもいる普通のアラサーサラリーマンだ。三十歳を過ぎてからは彼女もできず、仕事だけの単調な毎日を送っていた。学生時代は中学、高校、大学とテニスだけに打ち込んできた。今でもたまにやりたいと思うことはあるが、相手もいなければ一人でコートに行く気にもなれず、いつの間にかテニスからは遠ざかっていた。

そんなある日、会社の上司が声をかけてきた。「里田、お前確か学生時代テニスをやってたんだよな」「はい、自分で言うのもなんですが結構うまい方ですよ」「俺の知り合いがテニスのコーチをしてるんだが、練習中に手を骨折しちゃってな。代理のコーチを探してるんだ」「そうなんですか」「区でやってるテニスクラブだから報酬は少ないんだが、もし良ければ頼めないか?」休みの日も暇だった俺にとっては、ありがたい話だった。「いいですよ。俺も体を動かしたかったので」「本当か?助かったよ。まあ、生徒さんはだいたい年配の女性か主婦が多いみたいだけどな」俺はその言葉を聞き逃さなかった。なぜなら俺は、年上の女性が大好きだからだ。年齢は関係ない。落ち着いた雰囲気と余裕のある仕草がたまらない。今まで付き合ってきた女性もみんな年上だった。「はい、全然問題ないです。ぜひその話を受けさせてください」俺は前のめりで返事をした。

そして日曜日の午前中、上司に言われた場所に向かった。公園の隣にあるテニスコートでは、すでに数人がラケットを振って練習を始めている。「こんにちは。今日から代わりにコーチを務めさせていただく里田です」挨拶を済ませて準備運動を始めると、コートの使い方はある程度決まっているようで、俺は基本的に見守るスタイルだった。たまにアドバイスをしたり、試合を組んだりする程度だ。新しい人が入ってきたらストロークを教えたり、ラリーに付き合ったりすればいいと、怪我で休んでいるコーチからは聞かされていた。

ベンチに座った俺は、つい女性たちのテニスウェア姿を眺めていた。いや、見とれていると気づかれないように、ちらちらと見ていたかもしれない。なんとも不純なコーチが来たものだ、と自分でも思った。お姉さんたちセクシーだな。そんなことを心の中でつぶやきながら、週に一度、週末のテニスコートに通うようになった。不真面目な俺の気持ちとは裏腹に、生徒さんたちはとても真面目にテニスに打ち込んでいた。だから俺も、誰か特定の人を好きになることはなかった。だんだんと俺も真面目にみんなを指導するようになっていった。

しかし、そんな日々がある時、全く違うものに変わった。通い始めて数週間が経った頃、新しい人が入ってくることになった。「初めまして、松岡さおと申します。テニス初心者なので、どうぞご指導のほどよろしくお願いします」深々と頭を下げるその人は、まだ若々しいテニスウェアが似合う、四十二歳の美人主婦だった。娘さんが高校生になり、自分の時間が持てるようになったので、新しい趣味が欲しくてテニスを始めたらしい。とても四十代には見えないほど若くて綺麗なので、きっとモテるのだろう。「よろしくお願いします。コーチの里田です」俺は自分の顔が赤くなっていないか心配になった。さおさんは、まさに俺のどタイプの顔だったからだ。いかんいかん。テニスをしたくて来ている彼女にそんな感情を持ってはいけない。そう自分に言い聞かせるのが精一杯だった。

彼女は本当に真面目に指導を受けた。しかし本当に初心者で、他の生徒さんといきなり練習するのは難しかった。俺はコートの隅に彼女を呼んで、基本から教えることにした。「まず素振りからやりましょう」「こうですかね?」「あ、ちょっと違うかな。こうです。こう」「そう、そう。いいです、いいです」「ありがとうございます」嬉しそうにニコニコ笑う彼女の笑顔が可愛くて、俺の心臓は運動のせいではなく高鳴っていた。

それから俺は、日曜日のテニスの時間が楽しみで仕方なくなった。さおさんに会えるというだけで、待ちきれないほどだった。さおさんは早くテニスがうまくなりたいらしく、俺はその理由を聞いてみた。「娘もテニスをやっていて、いつか二人でテニスをしてみたいんです」「いいですね」「私、運動音痴だからできるか心配ですけど、いいコーチに出会えてよかったな」俺はそんな健気なさおさんの夢を、早く叶えてあげたいと思った。「さおさん、もし時間があるなら平日の夜にでも特訓しましょうか。その方が早くうまくなるかもしれないですよ」「え、いいんですか?コーチもお仕事でお疲れなのに」「大丈夫ですよ。仕事の後に汗を流すのも悪くないです」こうして俺たちは、平日の夜に秘密の特訓をすることになった。コートの鍵は俺が預かっているから、自由に使うことができる。

さおさんと連絡を取り合って、俺は仕事が終わった後、いつものテニスコートに集合した。「いいのかな?本当に私だけで」「全然いいですよ。あ、でも一応他の人には内緒で。みんなと同じレベルですからね」「いえ、追加の特訓の分は別に払わせてください」「いやいや、俺も仕事の後にテニスがしたかったから、そんなのいりません。俺のストレス発散にも付き合ってください」「じゃあ、お言葉に甘えて。早く上達するように頑張りますね」さおさんはいつもの可愛いテニスウェア姿になって、一生懸命ラケットを振った。

「さおさん、もう少し姿勢をこうした方がいいですよ」「どうでしょう?」「じゃあ、もっとこう。あ、すみません。ちょっと触ってもいいですか?」「はい、もちろんです」俺はさおさんの腰に手を触れようとして、ためらった。「あの、もしかして気遣ってくれてます?」「いや、そういうわけじゃなくて」「大丈夫ですよ。若い子じゃないんだから。セクハラとか言いませんよ」さおさんは明るく笑い飛ばした。君が意識していなくても、俺は違うんだよな。そんなことは言えず、俺は「じゃあ、遠慮なく指導しますからね」と言って彼女の腰を支えた。片方の手はさおさんのラケットを持つ手を掴み、振り方をやってみせる。「こうですね」体が密着しすぎて、俺は体が反応しそうになるのを必死で抑えた。俺が強く腰を支えると、さおさんは思わず小さな声を上げた。「ごめんなさい、無意識に声が」「男の人とこんなにくっつくの久しぶりだから」振り向いたさおさんは真っ赤な顔をしていた。テニスコートの照明に照らされて、彼女の艶っぽい表情が浮かび上がる。俺はその顔を見て、何かが弾けた。次の瞬間、自分の意思とは関係なく、さおさんをきつく抱きしめていた。「え、ちょっと、コーチ」俺の心臓は高鳴りすぎて、肌を通して彼女に伝わりそうな勢いだった。「さおさん、ずるいですよ。そんな誘ってるみたいなこと言わないで」さおさんは俺の腕の中で戸惑っているようだった。「こ、こんなところで、こんなことだめ」必死に体をひねって、腕から抜けようとしている。俺はそれに気づいて、慌てて手を離した。「ごめんなさい」さおさんは俺の顔が見られないらしく、下を向いたまま言った。「気にしないでなんて、嘘ですね。私の方こそ、コーチを意識してたみたい」そう言うと、彼女はラケットと荷物を持って、走って帰ってしまった。夜のテニスコートに一人残された俺は、呆然とその場に立ち尽くしていた。

その後、さおさんからの連絡はなかった。俺はどうしても謝りたくてメールをしようとしたが、いざ文字を打とうとしても何と送ったらいいかわからない。あれは一時の気の迷いだったとか、間違いだったとか、そんな嘘は言いたくなかった。俺は自分の思いを正直に彼女に伝えたかったのだ。そして次の土曜日、テニスの練習日がやってきてしまった。俺はどんな顔をしてさおさんに会えばいいのかわからなかった。気まずいが、他の生徒さんも待っているから行かなくてはならない。「こんにちは、コーチ」さおさんの方は明るく声をかけてきてくれた。「こんにちは」「あの、コーチ、この間のこと大丈夫です。気にしてないですから。だからコーチも忘れてください。やっぱりこんなバツイチ主婦と若い方が付き合うのはいけないことだと思うから。またコーチと生徒としてよろしくお願いしますね」「え、あ、はい」俺はさおさんの勢いに押されて、そう返してしまった。

それから俺たちは、また元のようにテニスの指導を始めた。さおさんはだいぶ上達し、もう特訓がなくてもみんなと混ざって試合ができるくらいになった。俺はそれに寂しさも感じていた。もう二人きりで会うこともなくなってしまった。俺は週一回の練習に行くたびに、さおさんのことを遠くから見つめるだけになった。しばらくは俺もこの気持ちを諦めなければ、と思っていた。しかしそんな俺にも転機がやってきた。怪我をしていたコーチが復帰することになったのだ。「里田さん、助かりました。もう僕が行けるので大丈夫ですよ。今までご苦労様でした」「はい、ありがとうございました」俺はみんなにもお礼を言って、最後の練習を終えた。荷物をまとめて帰ろうとすると、後ろから声が聞こえた。「深夜さん、待って」俺は車に荷物を積み終わるところだった。さおさんはテニスウェアのまま、コートの外まで追いかけてきたのだ。みんなからはだいぶ離れているから、きっと見られてはいないだろう。「どうしたの、さおさん。ていうか、今名前で呼んだ」「だって、もうコーチはやめちゃうんでしょ」「あ、ああ、そうだね」俺たちの間に気まずい空気が流れる。「深夜さん、あのね、私からあんなこと言ったのに、ごめんなさいなんだけど」さおさんは言いにくそうに言葉を続けた。「私、やっぱりあなたのことが好きです」「え?」俺はまさかさおさんから告白してくれるなんて思いもしなかった。このままお別れで、二度と会うことはないと思っていたのだ。「でも、俺たちみたいな関係はダメだって。そう思って諦めようと頑張ったんだけどね。ますますあなたのことが好きになってしまって」さおさんは真っ赤な顔をしてそう言った。「もしまだ間に合うなら、私と付き合ってくれませんか?」俺は今までの我慢もあって、喜びが爆発してしまった。「俺もさおさんが好きです。付き合ってください」こうして俺たちは正式に交際することになった。

しかし現実は甘くなかった。さおさんの娘さん、カナさんの受験シーズンに入ってしまったのだ。「ごめんなさいね。カナがいるから夜は出かけられないし、土日も予備校の送迎があって」「気にしなくていいよ。受験に集中させてあげて。さおさんも頑張ってね」俺たちは毎日電話をしたが、会えるのは数週間に一度という感じだった。それも数時間会ってご飯を食べてバイバイするだけのデートだった。それでも俺は満足だった。さおさんといろんな話ができるのが楽しかったし、少しでも会えるのは幸せだった。「せっかく付き合えたのに、全然会えないね」「全然大丈夫だよ。それに今はカナさんの受験が大切だからね」「ありがとう。もう来月が試験なの。体調管理とかもあって、家の中がピリピリしてるわ」さおさんも娘の受験にかなり神経を使って疲れていた。その日も車で話しただけですぐに別れた。そうは言うものの、俺はさおさんと二人でもっと会いたいと思ってしまう。彼女が子持ちの主婦だとわかってて付き合ったのだから、わがままは言えない。まず彼女には家のことを優先してほしいとも思っている。しかし二人で会う時間がこんなにもないなんて。でもカナさんの受験のためだ。俺はもう少しの辛抱と自分に言い聞かせた。

そして数週間後、俺のスマホにさおさんから連絡が来た。「深夜さん、カナの受験終わったわ。結果はまだ分からないけど、本人もほっとしてる。今日は友達の家で打ち上げで、そのままお泊まりしてくるんだって。だから会えるよ」俺は高鳴る胸を抑えられなかった。仕事が終わった後、一旦家に帰り、シャワーを浴びてばっちり身だしなみを整えてから、初めてさおさんの家にお邪魔することになった。「いらっしゃい、深夜さん」さおさんは爽やかな笑顔で俺を迎えてくれた。俺はたまらず玄関で彼女を抱きしめた。「お疲れ様。会いたかったよ」「うん。私も会いたかった」俺たちはしばらく会えなかった寂しさを埋めるように、抱きしめ合った。「深夜さんのためにご飯作ったの。早く食べよう」さおさんは俺の手を引っ張って中に入れてくれた。さおさんの手料理はめちゃくちゃ美味しかった。さすが主婦歴が長いだけある。「いつも娘にはもっとファミレスみたいなのが食べたいって言われるんだけど、茶色いものばっかりで」「そうなの?俺はこういうのが好きだよ」さおさんの手料理を美味しくいただいて、俺たちはまったりお茶を飲んだ。「さおさん、これからは少し二人で会う時間あるかな?」「うん。カナが大学に受かったら一人暮らしをするから、この家は私だけになるの。そうしたら深夜さん、好きなだけここに来ていいわよ」「いきなり図々しいよ。まずはカナさんに許可をもらわないとね」「じゃあ今度カナも一緒に三人で食事しない?」「あ、うん。そうだね。なんか緊張するな」娘さんに紹介してくれる話が出ると、急に現実味を帯びて背筋が伸びた。「そんなに緊張しなくてもいいわよ。実はカナには、付き合っている人がいるって報告はしてあるの」「そうだったんだ。それでなんて?」俺は恐る恐るさおさんに聞いた。年頃のお嬢さんが、こんな若造がお母さんと付き合ってると知ってどう思ったのだろう。もし大反対されたりしたら、さおさんと別れなければいけないのだろうか。「その時は『ふーん』って感じだったわよ。まあ受験生だからそれどころじゃなかったのかもしれないけど。でも夫と別れてからずっと一人だった私に、カナは彼氏でも作ればって言ってたの。だから深夜さんを紹介したら喜ぶと思う」さおさんの言葉を聞いて、俺は少し安心した。

それからしばらくして、さおさんからカナさんの合格を知らされた。「入学の手続きと一人暮らしの準備が終わったら、みんなでご飯でも行かない?」俺は緊張しながらもその日を待っていた。そしてやっと来たその日、俺は緊張しながらさおさんの家を訪ねた。「こんにちは。初めまして。里田深夜と申します」すごく堅苦しい挨拶になってしまった。俺がガチガチになっているのが面白かったのか、カナさんはケラケラと笑っていた。「初めまして、カナです。ママから話は聞いてます」「あ、これ、合格おめでとう」俺はカナさんに買ってきた小さな花束を渡した。「え、カナに?私もまだもらったことないのに」「ありがとうございます」カナさんは花束の匂いを嗅ぎながらリビングに入っていった。三人での食事はとても楽しかった。カナさんが歓迎してくれていると分かると、さっきまでの緊張はどこへやら。俺も普通に話を盛り上げることができた。「ずっとママ一人だったから、深夜さんがいてくれて嬉しいです。私が出ていったらママをよろしくお願いします」そんなことを言えるできた子だ。「こちらこそ、よろしくお願いします」俺とさおさんは、カナちゃんが一人暮らしを始めてからは二人で会う時間がかなり増えた。さらにカナちゃんと三人で会うこともあった。さおさんは上達したテニスでカナちゃんと試合をしたいと言って、三人でテニスコートを借りたこともある。念願の娘とのテニスにはしゃぐさおさんは可愛かった。それ以外は、俺がさおさんの家に行くことが多くなった。「もう一緒に住んじゃえば」「でもそういうことは、色々ちゃんとしてからじゃないと」そう言うとさおさんは俺の方をちらりと見た。俺はさおさんにプロポーズをしなければいけない時が来たのだ。

ある日、カナちゃんが俺に直接連絡をしてきた。俺たちが付き合い始めてもうすぐ一年になる頃だった。二人で会って話したいことがあるというので、呼び出されたファミレスに行った。「どうしたの?」「深夜さん、ママと結婚する気ある?」「え?どうしたの、急に」俺は自分の心を見透かされていたのかと思った。「逆に聞きたいんだけどさ、カナちゃんはどう思う?ママにプロポーズしてもいいかな?」「もちろん。早く二人が結婚してくれればいいなって思ってた。遅いんだから」どうやらカナちゃんは俺たちの結婚をずっと望んでいたらしい。「早くしないと、私の方が先に結婚しちゃうかもよ」「え、そうなの?」「うん、そういう人ならいる」カナちゃんも付き合っている人がいるらしい。そんな話を二人でできるくらい、俺たちは仲良くなっていた。

ある日、俺はさおさんを誘ってちょっと良い店を予約し、ディナーに出かけた。「おいしい。いいお店だね、ここ」「うん。探しまくったからね。ちゃんとしたところで言いたかったから」俺はさおさんの手を握り、片方の手でポケットに入っている婚約指輪を取り出した。「これ、プロポーズです」「え?」「うん。これからもずっと一緒にいてくれますか?」さおさんは目に涙を溜めて、こくこくと頷いている。「こんな私でよければ」俺は少し震えている彼女の左手に指輪をはめた。「わあ、綺麗」手のひらを天井に向けて、彼女は指輪をじっと眺めている。「やっと言えた。今まで長かったよ」「そうだったの?ありがとう。私も深夜さんとこうなるといいなって思ってたよ。でも十歳も年上の私で、しかもバツイチ子持ちで。深夜さんのお父さんお母さんは許してくれるかな?」俺はカナちゃんに許してもらえるか心配していた頃の自分を思い出した。「今度、うちの実家に一緒に行こう。うちの両親は基本放置主義だからさ。多分大丈夫だと思うよ」さおさんは心配していたが、俺には自信があった。なんと俺は六人兄弟の末っ子だったのだ。俺だけがまだ結婚していなくて、上の兄弟はみんな結婚して子供もいる。両親は大勢の孫たちに囲まれて幸せそうだ。さおさんはもう俺との子供を産めないだろうと気にしていたのだが、うちの両親は案の定全く気にしなかった。次の週、実家にさおさんを連れて行くと、父も母も兄夫婦や甥っ子姪っ子たちもいて、みんなで俺たちを歓迎してくれた。「きっと最後の息子が片付いた。さおさん、もらってくれてありがとう」「おいおい、なんか俺が嫁に行くみたいじゃないか」「この子は昔から甘えたでね。年上の女の人じゃないと絶対無理だと思ってたのよ」「良かったです。私が面倒見ていくので安心してください」さおさんまで両親と一緒に俺をいじる始末だ。

こうして俺たちはめでたく結婚した。それから長い年月が経ち、あっという間に七年が過ぎていた。俺たちの年の差はもうそこまで気にならないくらい、二人とも中年になっていた。今でも二人でテニスは趣味で続けている。そして早いもので、今日はカナの結婚式だ。「四十歳でおばあちゃんはちょっと早かったわね」そう、カナのお腹には赤ちゃんがいるのだ。あの日、上司からの誘いで何気なく受けたコーチの仕事で、こんな出会いがあるなんて思いもしていなかった。何もなかった俺の人生は、運命の人との出会いで大きく変わった。これからも一番大事な人と手を取り合って、末永く幸せに暮らしていくつもりだ。

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