母の通夜の夜、夫が私に言った。「そんなに寂しいなら、お前もあの世について行けよ」。私は母を失ったばかりだった。義両親の介護も、民宿の切り盛りも、全部一人で背負ってきたのに。息子まで笑いながら「母さんも十分長生きしただろう」と続けた。その瞬間、私の中で何かが完全に切れた。涙は出なかった。ただ静かに、決意した。彼らは知らない。この家も土地も民宿も、すべて私の名義だということを。母の葬儀の翌朝、私…

母の通夜の夜、夫が私に言った。「そんなに寂しいなら、お前もあの世について行けよ」。私は母を失ったばかりだった。義両親の介護も、民宿の切り盛りも、全部一人で背負ってきたのに。息子まで笑いながら「母さんも十分長生きしただろう」と続けた。その瞬間、私の中で何かが完全に切れた。涙は出なかった。ただ静かに、決意した。彼らは知らない。この家も土地も民宿も、すべて私の名義だということを。母の葬儀の翌朝、私...

母の死を悲しむ私に、夫は信じられない言葉を投げつけた。

「そんなに寂しいなら、お前もあの世について行けよ」

あまりに残酷な言葉に、私は息を呑んだ。すると息子の竹夫まで笑いながら続ける。

「母さんも十分長生きしただろう。この世に未練なんてないんじゃないの?」

二人が何を言っているのか、最初は理解できなかった。私はこの家族のためにどれほどの年月を犠牲にしてきただろう。義両親の介護、民宿の切り盛り、家事のすべてを背負ってきたというのに、帰ってきたのはこの暴言だった。

あまりに心ない言葉を重ねられたその瞬間、私の中で何かが完全に切れてしまった。言葉では言い表せないほどの屈辱と絶望が一気に胸を突き上げる。涙はもう出なかった。ただ静かに、あることを決意した。

そんな私の心中を知らずに、夫は続けた。

「お前がいなくなれば、あの土地も好きに使えるんだ」

竹夫も笑いながら、不謹慎にも私の遺産の使い道を語り出した。

「母さんが死んだら、民宿はアルバイトに任せて俺たちは楽に暮らせるな」

だが彼らは知らない。この家も土地も、民宿に使用している民家も、すべて私の名義であることを。

その日、私は心の底で静かに復讐を誓った。そして早速、私は動き出すのであった。

私は小川美佐恵。会社員の夫と結婚し、一人息子の竹夫を授かった。息子には立派に育ってほしい。そう考えた私は、竹夫の間違った行動には注意をし、挨拶や一通りの一般常識を教えるつもりだった。しかし礼儀やしつけに厳しい私に対して、夫は笑いながらこう言うのだ。

「おいおい、竹夫は子供なんだから、もう少し甘やかしてやれよ」

せっかく私が叱っているのに、夫はそれをくしゃくしゃと邪魔してしまう始末である。当然、竹夫は甘やかしてくれる父親にばかり懐いてしまう。それとは逆に、口うるさい母親の私を煙たがるようになっていった。

夫に甘やかされて育った竹夫は、成人しても定職に着こうとする気配がない。

「就職先はどうしたの?」

「そのうちやるよ。今日は気分が乗らないんだ」

竹夫はそう言い訳を並べ、一日中家でスマホをいじって過ごす。

そんなある年、夫の両親が相次いで病に倒れた。義父は脳梗塞で半身不随に。義母も認知症を発症してしまう。私は仕事をやめ、昼夜を問わず介護に追われる日々を送った。

「はあ。お父さん、お母さん、二人の介護に加えて家事もこなすのは結構きついな。力もいるし、少し手伝ってもらいたいわ」

介護に疲れた私は夫と息子に助けを求める。しかし二人は口を揃えてこう言った。

「仕事が忙しい」「介護とか無理」

結局、私は家族全員分の食事を作り、義両親の世話をし、夜中の排せつにも付き添った。数年後、義両親は相次いで息を引き取ってしまう。介護は大変だったが、義両親との別れは悲しく、私は号泣しながら涙をこぼした。しかし夫は他人ごとのような顔をしている。結局最後まで、夫から介護に対する感謝の言葉は一度もなかった。

感謝を求めるわけではないが、正直一言ぐらい労いの言葉があっても良かったのではないかと思ってしまうのだ。

両親の四十九日も過ぎ、私たちが落ち着きを取り戻した頃、ある日突然夫が早期退職を決めてしまう。

「なあ、会社をやめたから」

「なんですって?」

驚く私に、夫はこう告げた。

「俺、これからは自分の夢を追いたいんだ」

夢。夫はすでに退職届を出し終えている。私に何の説明も相談もなく、事後報告だ。

「俺、民宿をやってみたいんだ。資金なら退職金があるしな」

その人の夢というのは民宿経営だった。両親の遺産に加え、自身の退職金を注ぎ込み、第二の人生を始めるという。

あんまり勝手すぎる。私は呆然とした。これまで私は介護と家事に追われ、自分の時間すら持てなかったというのに、夫は自分勝手に新しいことを始めようとしている。それでも私は反対できなかった。

「もう決めたのなら、仕方ないわね」

半分諦めたようにそう言った。さらに夫はこんなことを頼んでくる。

「なあ、美佐恵は爺さんから小民家を相続していただろう。その小民家を使わせてくれないか?」

その小民家は、私の幼少期の思い出が詰まった場所だった。

「そこは自然に囲まれているし、結構広いし、民宿にちょうどいいと思うんだ。美佐恵さえ良ければ」

夫の申し出に、私はしばらく考えた末、首を縦に振る。

「分かったわ。使ってちょうだい」

「ありがとう、美佐恵」

夫は大喜びだ。祖父から相続した築百年の小民家。夫の夢が叶うのならと、私はその申し出を受け入れる。そして早速、改修工事が始まった。数ヶ月後、そこは「風の宿 民宿小川」として開業。宿主は夫、営業許可も宿泊契約もすべて彼の名義だ。私の名前はどこにもなかった。それでも客を迎える玄関には、私の手作りの花飾りが揺れていた。

「接客業は初めてだけど、私にできることをしてお客様をもてなそう」

開業直後から私の生活は一変する。まだ日が昇る前に起きて食材を揃え、食事の下準備をし、客室の布団を干してチェックインの時間までに掃除を終えなければいけない。そして客が到着すれば笑顔で出迎え、夕食の支度に取りかかる。このようなことは未経験なので、手探りながら必死に働いた。

一方で夫は縁側で焼酎を酌み交わしている。

「俺は経営者だからな。裏方の仕事が忙しいんだ」

そんなことを言い言い訳をするふりをしながら、一日中縁側でのんびり過ごしていた。

「よし、俺は最高の食材を調達してくるぞ」

そう言うと竹夫は準備を始めた。

「それなら俺も付き合うか。大物を釣り上げてやろう」

そう言って、夫と竹夫は釣り竿を担いで出ていく。ただ夕方になって二人が戻ってくると、手にしているのは近所の鮮魚店の袋だった。

「いや、全然釣れなかったなあ」

夫は大げさにため息をつき、竹夫も笑いながらそれに続く。

「海が悪いんだよ。今日は海が荒れていたから」

言い訳をした。それならば最初から鮮魚店で買い物をして、その分宿の仕事を手伝って欲しかった。そう思ったが、文句を言っても仕方ないと考えた私は、黙って魚の入った袋を受け取り、夕食の支度に取りかかる。忙しく働く私をよそに、奥では夫と竹夫が缶ビールを開けて笑い合う声がした。

全く、宿の業務に対して無関心にも程があるわ。

そんなある日、一本の電話が入った。それは私の母が倒れ、救急搬送されたという知らせだったのだ。

「母さん!」

私は慌てて病院へ駆けつけた。意識はあったが、医師の口からこう告げられる。

「残念ながら、長くはないかもしれません」

それでも私は民宿を閉めるわけにはいかなかった。宿泊客の予約はびっしりなのだ。

「おい、客に迷惑をかけるなよ」

私はますます忙しくなってしまう。昼は宿の仕事。夜は病院だ。私は睡眠時間を削りながら、病院に通った。しかし、夫や竹夫はそんな私の苦労を当然のように受け止めている。少しでも食事の準備が遅れれば、夫に罵倒されるのだ。

「全くお前は段取りが悪いな。しかも女のくせに気が利かないときてる」

そして竹夫はゲームをしながら笑って言った。

「母さんっていつも疲れた顔してるよね。そんなんじゃお客さんに心配されちゃうよ。客商売に向いていないんじゃないの?」

ある日、私はついに限界に達してしまう。もうだめだ。疲れて朝起きるのが辛いし、全然仕事が間に合わない。仕方なく二人に頭を下げて協力を懇願した。

「お願い。二人とも民宿の仕事を手伝ってくれない? とても手が回らなくて」

私は事情を説明する。

「今回はついにお客様から文句を言われてしまったのよ。このままだとサービスの質が低下してお客さんが離れてしまうわ」

「ええ? お客さんが離れてしまうって? せっかく宿が軌道に乗ってきたのに、それは困るなあ」

そんな夫に対して竹夫は言った。

「するってぇと、お客さんが離れなければいいんだろう」

そう言うと、竹夫は的外れな提案をした。

「じゃあさ、俺が動画で宣伝してやるよ。SNSを駆使して客を集めてやる」

早速、竹夫は慣れた様子で撮影を始め、動画を配信サイトに投稿する。意外なことに、竹夫は才能があった。民家の佇まいや、私の手料理の映像が話題を呼び、あっという間に再生回数は伸びる。数日後には予約が殺到し、半年先まで埋まるほどの人気となった。

「やはり若者の感性は違うな」

「だろ?」

宿の人気具合に夫は上機嫌で笑い、竹夫の肩を叩いた。だが、その繁盛の裏で私の労働はさらに過酷になっていく。人手を増やすどころか、夫と竹夫はますます民宿から離れていった。

そんな中、民宿には若い女性客が増え始める。それを見た夫は鼻の下を伸ばしながら言った。

「これは関係者たるもの、女性客には優しくしないとなあ」

竹夫はその中でも特に気に入った客にだけ特別料理を出し、夜遅くまで一緒に酒を飲んで騒いだ。それに対して私が文句を言うと、竹夫はこう言った。

「これもサービスの一環だよ。女性人気は大事だからな。きっといい口コミを書いて宿の評判をあげてくれるさ」

そう言い訳しながら、竹夫は女性の肩に手を回して笑っている。楽しそうな竹夫たちの笑い声を聞きながら、私は台所で大量の食器を洗い、ため息をついた。

やがて近隣住民から苦情が相次いだ。夜中まで騒がしい。ゴミを捨てるマナーが悪い。宿の客が道路で逆走をしている。自治会長が怒鳴り込んできた日もあった。だが夫は笑いながらこう言う。

「うちは人気店なんでね。多少のうっかりや騒ぎは多めに見てくださいよ」

そして苦情に対する謝罪も、すべて私に押し付けた。

「おい、周りがうるさいんだ。こういうのは女が謝った方が丸く収まるから、ちょっと言ってきてくれよ」

私は近所の人たちに深く頭を下げながら、胸の奥に湧き上がる怒りを必死に押し殺した。

ある日の夜、母の容態は急変する。夜中の電話で病院へ駆けつけたが、すでに息はなかった。

「お母さん……」

仮通夜で煙が立ち上る中、私は手を合わせ、こぼれ落ちる涙を止められずにいた。その時、夫の口から信じがたい言葉が漏れた。

「そんなに寂しいなら、お前もあの世について行けよ」

「え?」

夫の言葉に、竹夫も笑いながら続く。

「母さんも十分長生きしただろう。この世に未練なんてないんじゃないのか」

彼らは私に言い放った。彼らは私がどれだけ民宿のために働いてきたと思っているのだろうか。おまけに家族のために介護や家事を引き受け、そのすべてをこなしてきたというのに。あまりに心ない言葉を重ねられたその瞬間、私の中で何かが完全に切れてしまった。言葉では言い表せないほどの屈辱と絶望が一気に胸を突き上げたのだ。

涙はもう出なかった。ただ静かに、あることを決意する。

そんな私の心中を知らずに、夫は続けた。

「お前がいなくなれば、俺たちはあの土地を好きに使えるからな」

おまけに彼らは私の遺産を得たいという考えを持っているようだ。それによって土地などの財産を得て、楽をしていきたいと考えているらしい。不謹慎にも竹夫は私の遺産の話を続けた。

「母さんの遺産が入ったら、アルバイトでも雇って民宿の仕事を全部任せよう。そしたら俺たちは楽ができるな」

夫も竹夫も、私の存在を所有物のように扱ってきた。

もう我慢の限界だわ。許せない。怒りに震える私を知る由もなく、二人は笑っている。だが彼らは知らなかった。実はこの家も土地も小民家も、すべて私が祖父から相続した、私名義の財産であることを。

その日の夜、私は静かに机の引き出しから土地権利書を取り出した。権利書を眺めながら、一人呟く。

「これで、すべてを終わらせるわ」

決意を胸に、翌朝私は弁護士事務所を訪れた。そこで必要な書類の確認、法的な確認、そして今後の手続きの相談を淡々と進める。私は持参した民宿の登記、土地の権利書、関連の書類を卓上に広げて弁護士に見せた。

「どうでしょうか?」

弁護士は一通り目を通すと、静かに頷いた。

「この建物と土地はご主人ではなく、あなたの実家からの相続分ですね。つまり、あなたの固有財産です。単独での処分も可能ですよ」

その言葉を聞いた瞬間、心の奥で私は密かにほくそ笑む。

「そうですか。どうやらうまくいきそうだ」

私は書類を抱え、小さく息を吐いた。帰り道、私は思わず空を眺める。空は透き通るように青かった。ここ数年、どんなに晴れていても私の心の中は曇っていた。だが今日は違う。妙にすっきりした気分なのだ。私は思わず足早になった。

「よし、忙しくなるわよ」

それからの行動は早かった。弁護士に紹介された不動産業者と行政窓口で打ち合わせを重ね、建物の解体と土地の売却に向けた手続きを極秘で進める。夫も竹夫も民宿経営には関心がない。いつもどうやって私に仕事を押し付けようか、そしてどこへ遊びに行こうかと、そんなことばかり考えているようだ。そのため、全く私の行動に気がつく様子はなかった。おかげで、拍子抜けするほどスムーズに話は進んだ。

「よかったわ。二人が無関心で」

帳簿も鍵も、すべて私の管理下にある。食材の調達と称して、夫と竹夫が町へ遊びに出るのは毎週火曜と金曜だ。その隙を狙えば、誰にも知られず工事に取りかかれる。そしてついに、解体業者と契約書を交わした。

「よし、ここまで来たわ」

その夜、私は一人ワインを開け、祝杯をあげた。元々お酒は好きだ。だがこれまでは民宿の仕事が忙しく、とてもそんな余裕はなかった。お酒を飲みながら、一人の自由な夕食。テレビもつけずに、カーテンの隙間から見える景色を眺めながら小さく笑う。

あの家を、私の手で終わらせるわ。

そして、三日後の朝。

「市場に行ってくる。今日も遅くなるからな」

そう言い残すと、夫と竹夫はいつものように車で楽しそうに出かけていった。宣言通り、今回も二人は夜まで戻ってこないであろう。私はすぐにスマホを取り出し、業者へ連絡した。

「お願いします。今日、予定通りに」

そして午前十時、重機が民宿前に到着した。早速ブルーシートが貼られ、作業員たちが手際よく足場を組み上げていく。その様子を眺めながら、私の脳裏には幼い頃の記憶が蘇った。優しい祖父母、長年染みついた木の匂い、障子の擦り切れた感触。それでも、涙は出なかった。

「思い出に浸ってる場合じゃないわ」

作業は順調に進んだ。昼過ぎには小民家の屋根瓦が剥がされ、午後には壁が崩れ落ちた。私はその間、近所の友人と食事の手伝いをしながら時間を潰していた。

そしてその日の夕方を過ぎた頃、何も知らずに夫と竹夫の車が戻ってくる。民宿の近くまで来た夫はこう言った。

「いやあ、暗くて周りが見えにくいな。俺も年で目が悪くなったのか。そこにあるはずの宿が見えないぞ」

酔った夫はそんなことを言っている。

「いや、待て父さん。おかしいぞ。俺にも、あるはずの宿が見えないんだ」

二人の頭に疑問符が浮かぶ。そこで二人はやっと異変に気づいた。

「なんか、様子がおかしくないか?」

見れば、今朝まで民宿だったその場所には、瓦礫が山のように積まれているではないか。

「おい、なんだよ、これは」

夫は車を急停止させ、信じられないという顔で降り立った。竹夫は口を開けたまま固まっている。

「な、なんだ、これは? うちの宿が」

夫の声が震えた。竹夫は瓦礫を蹴飛ばし、怒鳴り散らした。

「どういうことだ? 母さんのか? ふざけんなよ! 母さんはどこへ行った?」

その頃、私のスマホには二人からの着信が続け様に入る。だが私は電話を無視した。

「電話に出ないぞ。これがどういうことか説明してもらわないと」

その後も何度も電話がかかってきた。

「うるさいわね」

私はテーブルの上で震えるスマホを裏返し、気にせず友人との会話を続ける。友人は電話に出なくていいのか心配してくれたが、私は笑いながら言った。

「ほっといて大丈夫よ。大した用事じゃないから」

そして一時間後。

「さて、そろそろいいかな」

私はようやく民宿跡地に戻ることにした。そこには、薄暗くなった敷地の中央に立ち尽くす二人の姿が見える。その顔は怒りと混乱で引きつっており、動揺を隠しきれていなかった。

「どういうつもりだ?」

私を見るなり夫がどなる。

「俺たちの家を勝手に壊すなんて!」

続けて竹夫も叫んだ。

「俺たちの家ですって?」

そう言いながら笑う私に対して、竹夫はさらに続けた。

「この土地を売ったのか?」

「そうよ」

息子の問いに、私は答えた。

「ならば、金はどうしたんだよ。もし売ったのであれば、半分は父さんのもんだろう」

私は二人の前に立ち、静かに告げる。

「この土地も建物も、私のものです。あなたたちのものではありません。すべて、私の実家からの相続財産なので」

それを聞いた夫と竹夫の顔が一瞬で真っ青になった。

「何を言ってるんだ。そんなはずはない。この家は父さんの名義だ!」

慌てる二人に、私は淡々と答えた。

「登記は、私の名義です」

「そんなバカな。何かの間違いだろう」

さらに説明を続ける。

「間違いではありません。弁護士を通して確認済みですから」

「なんだって?」

それを聞いた夫は崩れ落ちるようにその場に腰を下ろし、竹夫はぽかんと口を開けて私を見た。それから私は言葉を続けた。

「私たちが住んでいる家も、来月には売却します。すでに手続きは進めています。あなたたちは、今月末までに荷物をまとめて出ていってくださいね」

まるで他人に告げるかのように、私は冷たく言い放つ。それを聞いた夫の顔がみるみる赤くなり、竹夫は声を荒げた。

「ふざけるなよ! そしたら俺たちはどこに住めばいいんだ?」

私は少しだけ目を細めて言う。

「自分で考えなさい。もうあなたは、立派な大人でしょ」

二人は互いに顔を見合わせ、何も言い返せなかった。私の言葉には、怒りも悲しみも超えた感情が込められている。夫と竹夫は、お気楽にも私が身内から相続した家や土地は、配偶者である夫に自動的に帰属すると誤解していた。そのため、真実を知り絶望していたのだ。

その夜、私は一人荷造りを終え、瓦礫となった宿の跡に立った。

「これで、すべて終わり」

暗がりの中、一人呟く。翌朝、業者のトラックが来て、民宿の看板を最後に運び出した。私は深く頭を下げ、その姿を見送った。

一方で、夫と竹夫は今後のことを考えなくてはならない。

「ちくしょう。このまま終わらせないぞ。幸い、すぐに家を追い出されるわけじゃないからな。その間に作戦を考えないと」

そうだ。悪知恵だけは働く竹夫は、何か思いついたらしい。そして夫にそっと耳打ちした。それを聞いた夫は、にやりと笑う。

「さすがだな。よし、それじゃあ作戦決行だ」

竹夫が最初に動いたのは翌日だった。夜の八時過ぎ、彼はリビングの中央にスマートフォンを設置し、緊急生配信を開始する。

「ふん、何を企らんでいるんだか」

異変を察した私は、その画面の向こうで黙って竹夫の動画を見ていた。

「こんばんは。風の宿 民宿小川の竹夫です。今日はちょっと皆さんに聞いて欲しいことがあって」

困った表情を意図的に作りながら、竹夫はため息をついた。

「母がね、最近ちょっとおかしいんですよ。誰にも相談しないで勝手に店を閉めたり、おまけに僕ら家族を追い出すようなことを言い出して。正直、もう限界なんです」

コメント欄に視聴者の声が次々に流れ始めた。

「そんなことある?」
「怖いね」
「こじらせた年寄りは変に頑固だからなあ」
「それは大変。竹夫さん、頑張って」

「本当に皆さんの言う通りなんです。苦労を分かってくれるだなんて、嬉しいな」

さらに夫が後ろから顔を出し、苦笑いを浮かべながら言った。

「あいつは最近、物忘れもひどいんですよ。今日も財布をどこに置いたか分からなくなって。そしたらね、冷蔵庫の中に入れてたんですよ。財布を」

夫は困ったように笑いながら頷く。

「そうそう。あれはちょっとショックでしたね。まあ、年も年ですし」

視聴者はすぐに反応した。

「それって認知症じゃないの?」
「老害って感じだな」
「認知症の相手の大変さは私もよく知っている」
「ご主人と息子さん、かわいそう」

コメント欄は一気に私に対する否定的なコメントで溢れ返る。しかし、その財布の件は夫と竹夫の仕込みだった。私がいつも決まった場所に置いていたものを、彼らが配信前に別の場所に隠していたのだ。二人は事前に引き出しから私の財布や通帳を取り出し、それらを台所の棚、寝室の引き出し、さらには冷蔵庫の野菜室にまで入れた。その上で、冷蔵庫の前で竹夫は配信を続ける。

「見てくださいよ。これ、財布だけじゃなく、冷蔵庫に入っているんですから」

わざとらしく驚くような演出をし、まるで私が認知症を発症しているかのように見せかけた。配信は十万人以上に視聴される。竹夫は認知症の症状が出始めた母を心配する息子として同情を集めた。

だが、そんな竹夫のチャンネルや視聴者のコメントを見て、私は静かに笑う。私は彼らの反撃を予測していたからだ。

本当にこの人たちは、私が思った通りに動いてくれるんだから。

実は私は防犯のため、民宿の客室周辺やリビング、さらには廊下の天井裏に至るまで、複数の隠しカメラを設置していた。もちろん、金銭を保管している自宅にも設置してある。私はそのカメラを確認した。自宅のカメラに映っていたのは、竹夫が物を持ち出し、夫に指示する姿だった。

「どうだ、竹?」

そう言いながら、夫は私の財布や通帳を竹夫に見せる。

「大丈夫、大丈夫。これで完璧に、母さんがボケたような演出ができるぜ」

二人が顔を見合わせ、悪だくみをする映像を見ながら、私は苦笑いを浮かべた。

思った通りね。

そして三日後、準備を整えた私は、新たに自分の動画チャンネルを開設する。タイトルは「真実の民宿小川」。サムネイルには大自然、それと解体前の民宿小川、そして真剣な表情を浮かべる私の姿だ。初回の動画タイトルはこうだった。「竹夫、夫、食材調達の真実」。

画面には、夫が車を走らせる映像が映る。釣り竿を積んで出ていく彼の姿があった。だが、その後のドライブレコーダーの映像では、彼が向かった先は釣り場ではなく、郊外のアパートだった。そこに映っていたのは、顔にモザイク加工をした若い女性の姿だ。私のナレーションが静かに流れる。

「この女性は、夫さんが食材の買い付けの名目で訪れていた相手です。彼は彼女に、自分は一流ホテルのオーナーだと名乗っていました」

次に移ったのは、その女性へのインタビュー映像だった。私の言葉に驚きの表情を浮かべながら、彼女は語る。

「私は彼から、一流ホテルのオーナーだと聞かされていたんです。それなのに、まさか民宿のオーナーだとは思わなかった。全部嘘だったんですね」

「そうなんですよ。あれはただの田舎の民宿の親父なんです」

私の言葉を聞いた愛人は苦笑いをしながらこう言った。

「そんなしょぼい人に用はありません。もう関係は切ります」

愛人の言葉を聞いて、コメント欄は一気に盛り上がった。

「愛人、えぐい」
「ばっさり切られてかわいそう」
「田舎の親父扱い」
「しょぼい人扱いをされていて、かわいそう」

公開から半日で再生数は百万人を超え、高評価は十万を超えた。民宿小川はそれなりに知名度もあったため、ネットニュースでも取り上げられる。それにより、夫のSNSは炎上した。おまけに仕事関係のアカウントは次々と閉鎖されてしまう。

まだ終わらないわよ。

私の動画第二弾は、さらに衝撃的だった。タイトルは「竹夫の過去のトラブルを語る」。映像には、ある若い女性が映っていた。彼女は民宿の常連客で、竹夫と関係を持った末に妊娠したが、彼は責任を取らず連絡を絶ったという。私は女性へのインタビューを収録していた。モザイクで顔を加工された女性は語る。

「彼は優しかったんです。でも、妊娠を伝えたら『知らない』って言われて、結局認知の手続きもしてもらえなくて」

それを聞いた私は、カメラの正面を見据え、静かに言った。

「これが、配信で母である私を悪者扱いしていた男たちの本当の姿です。息子として、父として、人としてどう思いますか?」

コメント欄には再び怒りの投稿が続いた。

「うわ、最低」
「自分のことを棚にあげて母親を叩いていたのか」
「女の敵」

そこそこの人気があった竹夫のチャンネルは急速に登録者を失い、スポンサー契約も次々と解除されてしまう。

それでも私の追撃は終わらなかった。第三弾の動画タイトルは「やらせ配信の裏側」。そこには、竹夫がリビングで小物を隠す映像が、無編集で映し出されていた。夫と一緒にこそこそとカメラの位置を確認しながら、私の財布や通帳を別の場所に移動させている。

「母さん、そろそろ来るぞ。ほら、早く冷蔵庫に入れとけって」
「お前は本当に天才だな」

視聴者が見守る中、映像はフェードアウト。最後に私のナレーションと共にテロップが出る。

「これが、真実の映像です。あなたは誰を信じますか?」

動画の再生数は爆発的に伸び、SNSでは「やらせ配信疑惑」がトレンド入りした。竹夫の過去の生配信には批判コメントが殺到し、登録者は半減。彼が投稿するたびに「冷蔵庫の通帳」という皮肉が並ぶようになった。

その日の夜、私は静かな部屋でパソコンの画面を見つめながら、一つ息をつく。私から動画で徹底的に司会をされた夫と竹夫は、もう何も言わなかった。電話もメッセージも来ることはない。彼らの配信アカウントが次々と非公開になっていく様を見届けた。しかし、私にとって勝敗などどうでもよく、ただ真実だけはきちんと残しておきたかったのだ。そして、その真実がようやく世間にさらされた。今、私の中の怒りも悲しみも、徐々に解けていくようだった。

パソコンの電源を落とし、私はゆっくりと立ち上がる。

私の反撃動画が公開されてから一週間も経たぬうちに、ネット上ではとある動きがあった。無編集の証拠映像、愛人の証言、そして竹夫の妊娠トラブル。それらは切り抜き動画として次々に拡散され、「地獄家族の民宿小川」はまたたく間に晒し者となった。それにより、竹夫のSNSアカウントは炎上に継ぐ炎上。フォロワー数はゼロに近づき、ついに本人の手で削除された。民宿の予約はすべてキャンセルされ、観光サイトの口コミ欄には「詐欺宿」「暴力息子」「嘘つき夫」といった言葉が並んだ。宿主名義の口座には、違約金と返金請求が山のように届く。通帳の残高はあっという間に底をつき、融資の返済も滞った。

追い出し期限を迎えた彼らは、行当もなく荷物を抱えて出ていくはめになる。聞いた話だと、今では二人はネットカフェを点々とし、互いに責任をなすりつけ合いながら、過去の栄光にすがっているという。

一方の私は、解体と売却で得た資金を手に、穏やかな新生活を始めていた。駅近くの日当たりのいいマンション。朝はベランダで花に水をやり、午後は近くのカフェで読書を楽しむ。週末には旅行仲間と温泉へ出かけ、地域の福祉センターでボランティアとして活動していた。かつての苦しい日々を思い出すことは、もうない。長年の介護と苦労でできなかったことを次々と始めた私は、新たな生きがいを見い出し、現在は楽しく暮らしている。

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