地下駐車場で、エンジンをかけようとした瞬間、後部座席から声が聞こえた。「しーっ、静かにして。奴らが聞いてる」振り返ると、見知らぬ少女が震えていた。彼女は言った。「おじさんの周りに、黒くて悪い影がたくさん見えるの」その夜から、私の人生は狂い始めた。襲撃者、予言、そして十年間行方不明だった婚約者との再会。彼女が私の前から消えた理由、そして隠していた秘密を知った時、私は全てを守るために戦うことを決…

地下駐車場で、エンジンをかけようとした瞬間、後部座席から声が聞こえた。「しーっ、静かにして。奴らが聞いてる」振り返ると、見知らぬ少女が震えていた。彼女は言った。「おじさんの周りに、黒くて悪い影がたくさん見えるの」その夜から、私の人生は狂い始めた。襲撃者、予言、そして十年間行方不明だった婚約者との再会。彼女が私の前から消えた理由、そして隠していた秘密を知った時、私は全てを守るために戦うことを決...

午後11時50分。東京・西新宿の高層ビル最上階、ネオ・イノベーション会長室。黒崎健二は、窓の外に広がる夜景を見つめていた。十年前、愛する女に何の理由も告げられず去られた日から、彼は仕事に没頭し、誰も寄せつけない孤独な成功者となった。だが今夜、その孤独な王に、思いもよらない運命の歯車が動き始めようとしていた。

地下駐車場で、健二は背中に視線を感じた。振り返るが、誰もいない。気のせいだと思い、愛車のレクサスに乗り込んだ。エンジンをかけようとした瞬間、後部座席から声が聞こえた。

「しーっ、静かにして。奴らが聞いてる」

心臓が止まるかと思った。バックミラーを見ると、暗がりに小さな影がうずくまっている。おかっぱ頭の少女だった。

「誰だ? 君は?」

「お願い、今は喋らないで。早くエンジンをかけて。ここは危ない」

少女の目は、嘘をついているようには見えなかった。サイドミラーに目をやると、30メートルほど後方の柱の影に、黒ずくめの男が二人立っている。プロの気配。健二は迷わずエンジンを始動し、リバースで一気に後退した。男たちが走り寄るが、間一髪でかわし、駐車場を飛び出した。

「おじさん、早くベルト閉めて」

少女は、カーチェイスが始まろうというのに、冷静にシートベルトを締めていた。健二は混乱しながらも、交通量の多い公道へ車を滑り込ませ、なんとか追跡を振り切った。

24時間営業のファミリーレストランに車を停め、健二は少女を見つめた。

「君は一体、何者なんだ?」

「私の名前はしおり。おじさんの周りに、黒くて悪い影がたくさん見えたの。お母さんが言ってた。人を傷つけようとする人は、黒い影を連れて歩くんだって。だから助けなきゃって思ったの」

健二は言葉を失った。非科学的な話だ。だが、現に自分は襲われ、この少女に救われた。

「君のお母さんは、何をしている人なんだ?」

「困っている人を助ける仕事をしてる。普通の人には見えないものが見えたり、これから起こることが分かったりするの」

しおりは、健二の腕を掴んで言った。

「おじさん、本当に気をつけて。あなたを落とし入れようとしてる人はたくさんいる。そして彼らは絶対に諦めない」

その言葉には、子供の戯言とは思えない重みがあった。健二は、しおりを家まで送ることにした。

車を走らせる間、しおりは突然言った。

「おじさん、明日会社ですごく嫌な電話がかかってくるよ」

「何の電話だ?」

「よくわからない。でもおじさんがすごく怒る。そして誰かが嘘をつく」

健二は背筋が凍る思いがした。予言と呼ぶにはあまりに具体的だ。

しおりの案内で、古い住宅街の一軒家に着いた。青い門に、古びた看板が掛かっている。

「運命鑑定書斎 水沢」

健二は息を飲んだ。水沢さや。十年前、彼の前から姿を消した婚約者の名前だ。

「おじさん、お母さんに会っても、あんまり驚かないでね」

「どういう意味だ?」

「お母さんね、おじさんのこと、10年間ずっと待ってたんだよ」

健二の思考は停止した。門の前で立ち尽くす彼の前に、扉が開き、一人の女性が現れた。長い髪、白いワンピース。その姿を見た瞬間、健二の世界から音が消えた。

「さや……なのか?」

「健二君……」

十年ぶりの再会。さやは、かつての面影を残しつつも、どこか疲れた表情をしていた。健二の胸に、怒りと悲しみが渦巻く。

「なぜ、何も言わずに消えたんだ?」

リビングで、さやは涙ながらに告白を始めた。

「私にもどうしようもなかったの。あなたに言えなかった。言えるはずがなかったのよ」

「どうしようもなかっただと? 一体何があったんだ?」

「あなたに話さなければならないことがあるの。私があなたの元を去らなければならなかった本当の理由を」

さやは、十年前の記憶を語り始めた。原因不明の体調不良、奇妙な夢、そして偶然出会った天樹院という僧侶の言葉。

「あなたは神物に選ばれたもの。その声からもう逃れられない」

「何の話だ?」

「信じられないでしょうね。私も最初は信じなかった。でも、私の身に起こる不可解な現象はますますひどくなっていった。そして、見えるようになってしまったの。人の未来や、その人が背負っている運命のようなものが」

さやは、健二の未来も見えたと言った。

「あなたの光が強ければ強いほど、その影もまた濃くなっていく。その黒い影が、いずれあなた自身を飲み込んでしまう未来が、私にははっきりと見えてしまったの」

天樹院は、さやが健二のそばにいると、その霊的な力が健二の運命と共鳴し、災いを増幅させると告げた。さやは、健二を不幸から守るために、自ら身を引いたのだ。

「愛していたからよ。あなたを愛していたからこそ、あなたの未来を壊したくなかった」

健二は言葉を失った。怒りと悲しみが入り混じる中、さやはさらに衝撃的な告白をした。

「そしてもう一つ、あなたに言えなかった理由があるの。あなたの元を去った直後に分かったことなのだけれど……」

さやは、しおりが消えていった部屋のドアを指さした。

「あの子、しおりは、あなたとの間にできた、私たちの子よ」

その瞬間、健二の世界は完全に音を失った。俺に娘がいた。十年間、その存在すら知らずに生きてきた。

「なぜ、言わなかったんだ?」

「怖かったの。あなたに子供の存在を知らせたら、あなたはきっと責任を感じて私の元に戻ってきてしまう。そうなれば、私が見た最悪の未来に、あなたを、そしてこの子も巻き込んでしまうことになる。それだけは避けたかった」

健二は、もはや彼女を責める言葉を見つけられなかった。その時、しおりがリビングに入ってきた。彼女は健二の前に立ち、勇気を振り絞るように言った。

「お父さん」

その一言で、健二の感情の堤防は決壊した。涙が止めどなく溢れ、彼はしおりを強く抱きしめた。

「しおりちゃん、ごめんな。本当にごめん」

「ううん。会えて嬉しい」

失われた十年分の愛情を注ぐように、健二は娘を抱きしめた。だが、その幸せな瞬間は長くは続かなかった。しおりの体が硬直し、恐怖の表情を浮かべた。

「また来る。黒い影が。今度はもっとたくさん。お父さんだけじゃない。お母さんも私も、家族みんなが危ない」

さやは、しおりの霊視から敵の正体を看破した。

「デジタルフロンティアの会長、藤堂正尾よ。彼はあなたの会社が開発している次世代AIのコア技術を狙っている。そのためなら殺人さえも厭わない。今夜の襲撃は、あなたを脅して技術を奪うための最初の警告だったのよ」

健二の怒りは頂点に達した。

「ふざけるな。あいつは触れてはいけないものに触れた。今度は俺が二人を守る」

さやは、天樹院静加という霊能者の力を借りることを提案した。健二は、家族と共に反撃を開始することを決意した。

竜神寺で、天樹院静加はしおりの能力を高く評価した。

「この子は、なんと清らかで強い力を持っていることか。普通の人間には見えぬ過去の罪も、この子の汚れなき魂ならば、鏡のように映し出すことができるでしょう」

しおりは、藤堂の写真を見て、過去の罪を霊視した。

「工場。大きな工場が燃えてる。助けてって叫んでるのに、この人は遠くから見てるだけ。笑ってる。冷たい顔で見てるだけ」

「大事な書類、燃やしてる。家事のせいにするために。都合の悪い書類を別の場所で燃やしてる。これで誰も分からないって、悪い顔で言ってる」

それは、藤堂の犯罪を立証するための決定的な証言だった。静加は、大手新聞社のジャーナリストに連絡し、健二は調査チームを結成して証拠を集め始めた。

翌日、藤堂が突然、健二の会社を訪れた。

「君の会社を私のデジタルフロンティアに譲っていただきたい。もちろん、それ相応の対価は支払う」

「お断りします。お引き取りください」

藤堂は、さやとしおりの盗撮写真をテーブルに滑らせた。

「家族か会社か。君が選ぶんだ。もし私の提案を飲むのなら、このスキャンダルは永遠に闇に葬ってやろう。だが、もし断るというのなら、明日には全てのメディアがこの事実を報じることになる」

「タイムリミットをやろう。今夜12時だ。それまでに私の携帯に電話を一本よこせ。イエスと。さもなくば地獄を見ることになる」

藤堂は、しおりの能力についても言及し、健二を揺さぶった。

「昨夜、君の車に忍び込んだ子、なかなか面白い能力を持っているようだな。だが、そんな非科学的な力など、私の前では無力だということを、すぐに思い知るがいい」

藤堂が去った後、健二は決意を固めた。

「地獄を見るのはお前の方だ、藤堂」

健二は、弁護士の大和田、ジャーナリストの田所、そして自社のホワイトハッカーチームを動かし、藤堂の罪の証拠を集め始めた。時間は刻一刻と過ぎていく。午後6時、午後8時。決定的な証拠はまだ見つからない。

その時、大和田から電話が入った。

「黒崎さん、見つけました。10年前の工場火災の被害者家族です。彼女は、父親の死は事故ではなく、藤堂に殺されたも同然だと今でも信じているようです」

さらに、田所からも連絡が入る。

「藤堂が火災事故の直後に、担当の消防署長に多額の裏金を渡していたという証言を得ました」

そして、健二の部下が、藤堂のサーバーから改ざん前の調査報告書のオリジナルデータを発見した。全てのピースが揃った。

午後11時50分。タイムリミットまであと10分。健二は、全ての証拠を大手メディアに一斉送信し、警察にも匿名で情報提供した。

午後11時59分。藤堂から電話がかかってきた。

「もしもし、黒崎社長。時間だ。君の答えを聞かせてもらおうか」

健二は、絶望に打ちひしがれた男の声を演じた。

「分かった。あなたの勝ちだ。会社を譲ろう」

「賢明な判断だ。最初からそう言えば良かったものを」

「一つだけ聞かせてくれ。なぜそこまでして私の会社が欲しいんだ?」

「決まっているだろう。頂点に立つものは常に唯一無二でなければならんのだ。君のような若くて才能のある芽は、早めに摘み取っておくに限る」

健二は、氷のように冷たい声で言い放った。

「ええ、終わりです」

「何?」

「あなたの負けだ」

健二は一方的に電話を切り、モニターの電源を入れた。午後11時59分50秒、51秒、52秒……。そして、0時を回った瞬間、全てのニュースサイトのトップページが一斉に藤堂の逮捕を報じた。

「速報:IT企業デジタルフロンティア藤堂会長に殺人容疑」「10年前の工場火災隠蔽工作の疑い」「藤堂会長、消防幹部へ巨額の賄賂」

藤堂の罪を告発する記事が、インターネットという大海原に解き放たれた。その勢いは、もはや誰にも止められない。

その頃、都内の高級ホテルのペントハウスで、藤堂は悪夢のような光景を目の当たりにしていた。彼は震える手で、これまで繋がっていたメディアや政治家に電話をかけるが、全て見捨てられた。

午前0時30分、デジタルフロンティア本社に捜査員がなだれ込んだ。午前1時、藤堂が震えているホテルの部屋のドアがノックされた。

「藤堂正尾さん。殺人、証拠隠滅及び贈賄の容疑で逮捕状が出ています。ドアを開けなさい」

藤堂は、力なくその場に崩れ落ちた。

健二は、モニターに映る藤堂の逮捕の瞬間を静かに見つめていた。彼の胸にあったのは、勝利の歓喜ではなく、長い戦いを終えた兵士のような深い安堵と、ある種の虚しさだった。

彼はスマートフォンを取り出し、さやにメッセージを送った。

「終わった」

すぐに返信が来た。

「ありがとう、健二君。お疲れ様」

その短いやり取りだけで十分だった。

数週間後、健二はさやとしおりと共に、穏やかな日常を過ごしていた。彼は、仕事が終わると、さやとしおりが住む家に帰るようになった。最初は、娘とどう接すればいいのか分からず、戸惑うこともあったが、少しずつ父親としての役割を学んでいった。

ある週末の午後、健二はしおりと公園で遊んでいた。

「お父さん、もっと高く」

「おう、これくらいか」

しおりの無邪気な笑顔を見ながら、健二は胸が締め付けられる思いがした。

「ごめんな、しおり」

「どうしたの、お父さん?」

「いや、今まで何もしてやれなくて。父らしいこと、一つも」

しおりは、ブランコから飛び降り、健二の手を握った。

「ううん。こうして一緒にいてくれるだけで嬉しいよ」

健二は、娘の優しさに感謝するしかなかった。

さやもまた、少しずつ変化していた。健二という頼れる存在がそばにいることで、彼女は少しずつ、ただの女性に戻りつつあった。

ある日の夜、しおりが眠った後、健二とさやはリビングでお茶を飲んでいた。

「ありがとう、健二君。私のこともしおりのことも守ってくれて」

「当たり前のことをしただけだ。これからは俺が二人を守る。そう決めたんだから」

健二は、さやの手にそっと自分の手を重ねた。

そんな穏やかな日々が続いていたある日曜日、三人で公園のベンチに座ってアイスクリームを食べている時、しおりが無邪気な顔で言った。

「お父さん、お母さん、どうして結婚式しないの?」

その一言に、健二とさやは顔を見合わせ、同時に真っ赤になった。

「私、お母さんのウェディングドレス見てみたいな」

その言葉が、二人の心に眠っていた未来への扉を開いた。

一年後、軽井沢の森の中にある小さな教会で、健二とさやの結婚式が行われた。しおりは、フラワーガールとして、バージンロードを歩いた。

天樹院静加が、さやの手を健二の手に重ねた。

「黒崎健二、この手を二度と離してはなりませぬぞ。どんな嵐が来ようとも、どんな困難が訪れようとも、三人で手を取り合って生きていくのです。それがあなた方に与えられた宿命なのですから」

「はい。誓います」

健二は、さやの手を強く、しかし優しく握りしめた。そのぬくもりが、11年分の空白を全て埋めてくれるようだった。

式が終わり、ガーデンでのパーティーが始まった。しおりは、両親の間を蝶のように楽しげに飛び回っている。

「お父さん、お母さん、とっても綺麗」

健二は、娘を抱き上げ、高く掲げた。空に響き渡るしおりの明るい笑い声。それこそが、健二が人生をかけて守り抜きたかった、最高の宝だった。

パーティーの途中、健二は一人、森の小径で空を見上げていた。

「何を考えているの?」

隣にさやが寄り添ってきた。

「いや、なんだか全部が夢みたいでな」

「夢じゃないわ。これは私たちが掴み取った現実よ」

さやは、健二の肩にそっと頭を寄せた。

「健二君、私、11年前にあなたの元を去ったこと、後悔していないと言えば嘘になる。でもね、今なら分かるの。あの時間があったからこそ、私たちは本当に大切なものに気づくことができたんだって」

「俺もだよ、さや。これからは、どんなことがあっても、俺がお前としおりを守る」

二人が見つめ合う先で、しおりが花を摘んで、二人に向かって手を振っている。その光景は、一枚の完璧な絵画のように美しく、そして永遠に続く幸せを予感させていた。

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