「こんな高級焼肉屋には分不相応なんだから、汚い貧乏一家は出ていけ。」…

「こんな高級焼肉屋には分不相応なんだから、汚い貧乏一家は出ていけ。」...

「こんな高級焼肉屋には分不相応なんだから、汚い貧乏一家は出ていけ。」

その言葉に、私は息子の手を握りしめた。隣のテーブルで、ママ友の波江さんが家族揃って私たちを嘲笑っている。

「やだ、隣のテーブルばっかり。本当だな。どうやったらああなるんだ?きっとお金がないのよ。こんな高級焼肉店まで来たのに、お気の毒。」

私は夏川ゆい子。8歳の息子トマと暮らす専業主婦だ。夫は理解のある人で、今日は久しぶりの休みに家族で食事をするはずだった。だが、夫に急用が入り、私とトマの二人でこの高級焼肉店に来ていた。

「何食べる?」

トマはメニューを見て目を輝かせた。

「タン、絶対美味しい!」

トマは小学校に入った頃から牛タンが大好きで、幸せそうなその顔に私はいつも癒されている。

「じゃあお母さんも今日はタンを食べようかな。ダイエットもしなくちゃだからね。」

「お母さんはダイエットしなくても綺麗だよ。」

トマがそう言ってくれて、私は嬉しくなりながらも、同じタンを注文した。テーブルはタンだらけになり、私たちは顔を見合わせて笑いながら肉を焼き始めた。

「美味しいね。」

トマも幸せそうだ。すると、すぐ隣のテーブルに来た家族が私たちを見て笑い出した。

「やだ、隣のテーブルばっかり。」

聞き覚えのある声だと思っていると、その人が顔を上げた。

「ちょっと、ゆい子さんじゃない。やだ、ゆい子さんちってそこまで貧乏だったの?」

それは、息子の同級生のママ友、波江さんだった。旦那さんと息子さんと三人で来たらしい。

「ああ、私も、私の子供もあんな風な貧乏な家に生まれなくて良かったわ。きっと高級肉なんか食べたことないわよね。一枚恵んであげようかしら。」

波江さんの旦那さんが止めた。

「やめとけ。恵んでやったら最後、絞り尽くされるぞ。」

二人はニヤニヤしている。息子さんもトマを見てニヤニヤしていた。トマは居心地悪そうに目を泳がせている。

「本当、タンばっかり頼んで恥ずかしくないの?子供に贅沢させようって気持ちはないのかしら。なんかほら、シャトーブリアンを食べさせるんだから。」

そう言って、波江さんは皿を見せびらかした。しかし、私は羨ましくない。トマもそれほど心惹かれる顔はしていなかった。

「本当、貧乏人って大変ね。」

波江さんの息子さんは「貧乏、貧乏」と聞こえるように囃し立てる。タンを頼んだだけでここまで言われる覚えはない。私はどうしたものかと困っていると、トマが私の手をトントンと叩いた。

「どうしたの?」

トマは今にも泣き出しそうな顔をしている。

「タン以外を頼んだ方がいいのかな?貧乏って囃し立てられて、自分の好きなものを否定されて、トマは深く傷ついていた。その息子の様子に、私は深い怒りを感じた。好きなものを頼んでいるだけなのに、なぜここまで言われなければならないのだろう。

私は波江さんに言った。

「子供に贅沢させるっていうのは、もちろん高級なものを食べさせてあげることもあると思うのですが、子供が好きなことをさせる、好きなものを食べさせるという意味でもあるのではないですか?トマは前からタンが好きなんです。私も好きで食べてるんです。」

波江さんは鼻で笑った。

「それはどうせ、トマ君が我慢してるんでしょ。」

トマは涙を浮かべながらも戸惑いの表情をした。

「僕、我慢なんてしてないよ。」

しかし、波江さんは自分の考えしか信じていないようだった。

「ほら、子供にまでこんな我慢させるなんて、親として恥ずかしいわよ。」

何を言っても無駄なようだった。波江さんの旦那さんも笑いながら言う。

「まあまあ、貧乏だから仕方ねえよ。」

「それはそうね。好きだっていうのも貧乏人の強がりに決まってるわ。」

私はここまでコケにされて、思い出したことがあった。

「波江さんって、そこらの大きな銀行の行員でしたよね。」

「あら、そうよ。よく知ってるわね。」

知ってるも何も、いつも波江さんが自分で自慢に言いふらしている。何せこの地域どころか地方でも大きな銀行で、大企業とも取引がある。そこに務めているというだけで自慢しまくる波江さんの気持ちは全然分からなかったが、その自慢のおかげで私もその情報を知ることができたのだった。

「ええ、私もあの銀行に口座を持っているんです。」

波江さんはまた笑った。

「え?何?急に。まさか口座を持っているから私に何か言うんじゃないわよね。」

私はため息をつきかけるも、慌てて引っ込めた。

「でも、私はあの銀行の客ですよね。」

私が言いたいことが伝わったのか、波江さんはさらに笑い出した。

「え、客だからって?バカじゃないの?客のレベルは貯金で分かるんだよ。ゆい子さんは貧乏なんだから、底辺レベルに決まってるじゃない。」

波江さんの旦那さんも笑いをこらえている。

「本当、口座を持ってるだけじゃダメなんだぞ。貧乏人は無理しないで、お家で安い外国産の肉でも食ってなさいよ。」

「そうだ、そうだ。お前らにここはふさわしくない。俺たちのようなエリート中のエリートが来るところだぞ。」

そういえば、波江さんの旦那さんも大手企業の部長だったな。いかにもそのことを鼻にかけそうな顔を見て思い出した。二人揃って嫌味な顔をしている。息子さんも二人の言うことに何も違和感を感じていないようだった。

私は何から言えばいいのか分からず押し黙った。トマを見ると、波江さん一家の言うことに傷つき続けているようで、私はもうこれ以上は無理だと思った。とどめを刺すように、波江さんが言い放つ。

「こんな高級焼肉屋には分不相応なんだから、汚い貧乏一家は出ていけ。」

私はこれ以上トマを傷つけたくはないと思い、悔しいがこの場を後にすることにした。だが、言われっぱなしではいられない。私は波江さんにあることを伝えることにした。

「わかりました。帰らせていただきます。」

「そうよ。」

波江さんもその家族も、自分たちの思い通りに運んだと思っているのだろう。私は付け加えた。

「ですが、波江さんの働く銀行の口座は解約させていただきます。ここまで言われて大変不愉快でしたので。」

波江さんは私の言ったことに爆笑した。

「バッカじゃないの?あなたのような貧乏人の口座一つ解約されたところで、うちの銀行は痛くも痒くもないのよ。あ、したければすれば。本当、貧乏人の上に頭まで悪いんだな。」

家族揃ってクスクスと笑っている。私はスマホを取り出し、銀行の支店長の直通の番号を呼び出した。

「そうですか。なら、支店長にもお伝えしてみます。」

実は、私は大手アパレル会社「サマーリバー」の社長をしているのだ。世界にも進出しているうちの会社の名前は、日本でも大半の人が聞いたことがあるくらいの大きな会社だ。当然、年商もそれなりになる。

支店長に電話をかける私を、波江さんは嘲笑う。

「バッカじゃないの?支店長の番号なんて分かるはずないじゃない。貧乏人なんだから。」

波江さんの旦那さんが私を煽るように言う。

「貯金はいくらなんだよ?1万?2万?さすがに10万はあるよな。」

私は波江さんたちに言った。

「500億円です。」

ちょうどその時、支店長が電話に出た。

「ああ、夏川です。お世話になっております。」

「支店長。こちらこそ。いつもご利用ありがとうございます。夏川様。」

支店長は私の硬い声に何かを感じ取ったのか、緊張気味な声で聞いてきた。

「どうされましたか?」

私は支店長と会話を始めても余裕そうにニヤニヤしている波江さんたちをちらりと見て、言った。

「実は、そちらの行員だという女性と偶然焼肉屋さんで会いまして。」

支店長は話が見えないというような曖昧な返事をした。

「はあ。」

「うちの行員と。」

私は構わずに続けた。

「ええ、それで、そちらの行員に言われのない誹謗中傷を受けました。」

支店長はそこで初めて驚いたような声をあげた。

「え?」

私が電話するそばで、波江さんは「バッカじゃないの?500億円なんて嘘よ。支店長に直通で繋がる電話なんて、タンをばっかり食べてた貧乏人が知ってるはずないって」と笑い出した。波江さんの隣で旦那さんも笑う。波江さんの声はとても大きくて、電話口の支店長にも伝わったようだった。

「夏川様、これは本当にうちの行員の声なんでしょうか?」

信じられないという気持ちと信じたくない気持ちが攻めぎ合っているのか、支店長が怖った声でそう聞くので、私は波江さんに聞いて電話口で答えさせた。

「波江さん、本当にあの銀行に勤めてるのよね。」

「だからそうだって言ってるじゃない。」

全く、私は波江さんがそのまま銀行の名前と自分の名前のナンバーをそらんじる。電話を戻し、私は支店長に聞いた。

「どうでしょうか?そちらの行員で間違いありませんか?」

支店長は苦しげに答える。

「ま、間違いありません。」

どうやらナンバーと名前が一致したらしい。私は支店長にきっぱりと言った。

「この方に口座の解約を伝えると、したければすればいいと言われましたので、解約します。では、後ほど向かいます。」

私は相当腹が立っていたので、一方的にそう伝えて電話を切った。「お待ちください」という支店長の声が聞こえたが、構わずに電話を切り、帰り支度をして心配そうに私を見ているトマを連れて店を出る。波江さん一家は相変わらず「貧乏人のお帰りね」などと私たちのことを笑っていた。どうやら私が言った500億円の預金があるという話は一切信じていないらしい。この口座が解約されるとなればどうなるのか、分かっているのだろうか。私はそこまで考えてやめた。波江さんのことを考えている場合ではない。

家に着くと、夫の新太郎が私たちより早く帰っていた。

「お帰り。」

笑顔で出迎えてくれた新太郎だったが、硬い顔の私と元気がないトマに何かを感じたようだった。

「どうした?なんかあった?」

心配そうな新太郎に私は事情を話し、今から銀行に行く旨を伝えた。トマのことをお願いすると、

「もちろん。でも、ゆい子も気をつけて。なんかあったら呼んで。トマも連れて飛んでいくよ。」

私は新太郎にお礼を言い、銀行へ車で乗り込んだ。

支店長室では、支店長だけでなく波江さんもソファーの横に立って待機していた。あの電話の後で呼び出されたのだろう。どうやら500億円の預金が本当であることがやっと分かったらしく、青い顔をして私を出迎えた。そして、私が支店長の向かいに座るなり、頭を下げた。

「この度は本当に大変申し訳ございませんでした。」

支店長も同じように頭を下げている。私は波江さんに聞いた。

「波江さん、私に言ったこと、支店長にも伝えてくださいましたか?」

波江さんは私の問いに目を泳がせ、「ええ、まあ」と言った。歯切れの悪い返答に、私は支店長に向き直った。

「波江さんはなんと?」

支店長は背筋をピンと伸ばし、「タンばかり食べているけれど、お金がないながらもきっと工夫をされているのだと思った」と言ったとか。支店長は私が嘘を言っているとは思えないようだが、行員の言葉だから耳を貸さないわけにもいかないようだった。

私は波江さんに詰め寄った。

「あなた、ここまで来てよくそんな嘘をつけるものですね。バレなければいいと思ってるんですか?でも、もう遅いです。私も腹が立ってるし、何より息子を傷つけたことを許すなんてできないんです。」

私は波江さんにそう言って、支店長に再度向き直り、波江さんが私に言った言葉の数々を伝えた。ソファーの横で唇を噛みしめた波江さんは何も言わず押し黙っている。支店長は今まで信じていた行員がこんなことを引き起こすとは簡単には信じられないようだった。呆然としている支店長に、私はきっぱりと告げた。

「ですので、支店長、こちらの銀行の口座を解約させていただきます。」

はっとしたように支店長が声を変えて私に向かって叫ぶ。

「お、お待ちください。夏川様。」

波江さんもさっきとは打って変わって「申し訳ございませんでした」と必死な声で頭を下げている。私は言った。

「先ほど波江さんが支店長さんに嘘をついたこと、そして、言い訳がましいことを言ったこと。私はもう信用できません。」

それからも二人からは何度も口座解約を止めるように言われたが、私は断固としてそれを拒否し、「解約します」と主張し続けた。

問答が続く中、ドアをノックする音がして、波江さんがドアを開けた。

「はい。」

「え?」

驚いた顔をする波江さん。現れたのは、

「初めまして。こちらの銀行の本店の部長を務めております。林田と申します。」

林田部長は私に名刺を差し出した。私は口座を解約するつもりだったので名刺を持ってきていなかった。挨拶だけ返す私に、林田部長は深々と頭を下げた。

「この度はうちの行員がご不快な思いをさせてしまいまして、大変申し訳ございませんでした。」

私は本店の部長さんにまで来ていただいたのに、大変申し訳ないですが、私の口座解約の意思は変わりません、ときっぱり伝えた。林田部長は、

「夏川様のお怒りもごもっともでございます。先ほど他の行員からの詳細を聞きました。」

と言い、さらに続けた。

「貧乏人かそうでないか、見た目で判断できるものではありません。当然ですが、貧乏だからと他人のことを馬鹿にするのも間違った見解です。」

私は頷いた。

「ええ、私もそう思います。」

林田部長は同意した私に微笑み、

「今までこの銀行に務めている人間には、このような他人のことを一方的に決めつけて誹謗中傷するような者はいないと考えておりました。ですが、私の考えは甘かったようです。」

と自嘲した。私は少し林田部長に同調した。さらに林田部長が続ける。

「今後はこのようなことがないよう、全員の教育並びに意識改革を行っていきたいと考えております。そして、こちらの行員ですか?」

林田部長はそこで波江さんを目線で示した。

「解雇したいと考えております。」

その言葉に、波江さんは声をあげた。

「解雇ですって?どうしてですか?」

林田部長は探るような視線を波江さんに向ける。

「それは君が一番分かっているのではないかね。」

どういうことだろうと不思議に思っていると、波江さんは「う」という顔をして後ずさりした。そのまま何も言わない波江さんに、林田部長はため息をついた。

「先ほど君の通帳を全て調べさせてもらった。おかげで夏川様の訪問には間に合わなかったが、この銀行にとって重要なことが判明した。」

波江さんは唇を噛みしめ、さらに顔色を悪くしている。どうやら心当たりがあるようだ。支店長もまだ知らされていないらしく、林田部長に聞く。

「あの、林田部長。どういうことでしょうか?」

林田部長は支店長に答えた。

「この行員は横領をしているんだよ。君の管理不届きだな。君にも処分が下るかもしれない。」

支店長はそこまで聞いて顔色を悪くして、はっとした。お得意様の客に行員が迷惑をかけたというだけでも支店長の立場が危うかったのに、波江さんが横領していたとなるとなおさらだろう。私も驚いて波江さんを見つめてしまった。波江さんは私と目が合うと、さっとそらした。

林田部長は波江さんを一瞥した。

「ここまで来ると、彼女は解雇せざるを得ません。当行にとっても不利益なことばかりですから。夏川様には今後の当行の対応を見ていただき、解約を考えていただきたいのです。人は失敗するものですが、その失敗から多くを学び、先の人生に生かせるものだと私は考えております。当行もこの結果を踏まえ、これからの運営に努めてまいりたい所存です。ですので、どうか、どうか私たちにチャンスをいただけないでしょうか。」

そこまで言われて、私は考えた。この本店の林田部長の言葉は本心からのものだからこそ重みがある。信用に足る人物であることは間違いない。私は折れるつもりで言った。

「今後はこのようなことがないように努力するとお約束ください。」

私の言葉に、林田部長は力強く頷いた。

「もちろんです。夏川様のご期待に添えますように、また他のお客様にも同じような思いをさせることのないよう努力いたします。」

その後、波江さんは銀行の営業を妨害したこと、そして横領の罪により解雇されることになった。

波江さんが銀行を首になったことにより、旦那さんと夫婦関係が耐えなくなってしまったらしく、離婚したらしいというのは他のママ友の噂で聞いた。転職先を探しているらしいのだが、銀行業界では波江さんのしたことが広まっているので、全然見つからないらしい。ママ友の一人がコンビニでバイトしている波江さんを見かけ、ギリギリの生活を送っているらしいとPTAでこれまた噂が流れていた。

数週間後、私はまた息子のトマと二人で高級焼肉店に来ていた。

「今日もタンかな?」

とトマに訪ねてみると、トマは首を横に振った。

「え、食べないの?あんなに好きだったのに。」

トマは顔を俯かせて言った。

「だって、だって、タンばっかり食べてたら、また何か言われるかもしれないじゃん。そんなの嫌だよ。お母さんも嫌だったでしょ。だから、僕はハンバーグ食べるよ。」

私はそのトマの言葉に、波江さんへの怒りがまた再燃するのを感じた。しかし、その怒りのままでいては、トマが自分の嫌な思いをする価値観をこのまま受け入れてしまうかもしれない。私はそれを訂正するつもりで、

「トマ、よく聞いて。好きなものを好きというのは、間違ったことじゃないの。」

と言った。

「そうなの?」

トマは顔を少し上げた。私は笑顔で頷いた。

「ええ、そうよ。だからね、他人の好きなものをバカにして笑うこと自体が間違っているの。あなたは何にも間違ってないわ。」

トマは私の言葉を聞いて嬉しそうに笑い、今度は元気よく、

「僕、やっぱり牛タンが好き!タンを食べる!」

と叫んだ。私はその言葉を聞いてほっとしたのだった。美味しそうに牛タンを頬張るトマを見て、私は日常の中のささやかな幸福を感じたのだった。

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