「3次受けは黙ってろ。自分の立場分かってる?」…

「3次受けは黙ってろ。自分の立場分かってる?」...

「3次受けは黙ってろ。自分の立場分かってる? 」

契約書をゴミ箱に捨てながら、元受けの課長がそう言い放った。この人は個人的な恨みを仕事に持ち込み、俺だけでなく会社にも迷惑をかけている。感情で動くような人は課長にふさわしくない。そう判断した俺は、ある計画を実行した。結果、課長は地獄に落ちるはめとなった。

俺の名前は望月。35歳。中堅製造メーカーの一般社員だ。5年前、30歳になったばかりの俺に大きな仕事が舞い込んだ。それが沼田課長の会社との共同案件だ。俺は技術者として培った経験と知識を生かし、製造工程の効率化提案書を作成した。それを見た沼田課長は俺をべた褒めした。

「これはいい提案書だな。社内で検討するために持ち帰ってもいいか? 」

「ええ、いいですよ。」

俺は何の疑いもなく了承した。すると数週間後、我が社と課長の会社の共同会議で、沼田課長の考えた提案として発表されたのだ。しかも提案書は高く評価され、当時係長だった沼田課長は昇進した。

本人に直談判したが、帰ってきたのは馬鹿にしたような言葉だった。

「お前の考えた提案書という証拠は? 俺はお前より規模の大きい会社に勤めていて役職も上だ。お前の言うことを誰が信じるんだ?

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当時、俺は転職したばかりで後ろ盾や仲間がおらず、沼田課長より立場が圧倒的に弱かった。しかも相手は共同案件の相手とはいえ、会社の規模や立場は格段に上だ。結局、俺は泣き寝入りするしかなかった。

この件を教訓にした俺は、何をするにしても細かく記録を残すようになる。日付、場所、交わした言葉、相手の反応。覚えているうちに全部書き留めるのだ。

「望月さん、取引先の会議っていつやりましたっけ? 」

「ちょっと待ってくださいね。メモ帳を確認するので。」

「えっと、先週の木曜日、午後1時にやりましたよ。」

「ありがとうございます。助かります。」

2度と沼田課長のような人に騙されないようにという対策だったが、細かい記録は時として他の社員の仕事の手助けになり、俺の手柄として徐々に評価されるようになった。さらに周りに頼られるようになったおかげで仲間も増え、最近は仕事が楽しい。昼休みに後輩と笑いながら飯を食い、定時に仕事を片付けて帰れる日も増えてきた。気づけばあの頃の孤独が遠い話のように感じられる。

「沼田課長には少しだけ感謝している。まあ、2度と関わりたくないけどね。」

誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

ある日、部長から大型プロジェクトの仕事を依頼された。精密加工の専門技術が必要で、元受けを経由してうちに仕事が回ってくるらしい。

「なるほど。うちは3次下受けですね。」

大型案件の場合、一社のみでは処理能力が足りないことがある。そういう時に使われるのが、仕事の一部を別会社に依頼する下受けだ。その下受け会社がさらに別の会社に下受けを依頼すると3次下受けと言われる。一部では安価で都合よく働かされるというイメージがあり、あまりいい響きに聞こえないが、今回に関しては我が社の技術を頼りにした依頼とのことだ。うちは中堅で規模はそこまで大きくないが、熟練の職人が揃っている。俺もそれなりの技術力を有していた。

「元受けにも許可は取ってあるとのことだ。報酬もかなりいい。依頼内容的にうちの部署で1番向いているのがお前だ。引き受けてくれるか? 」

「もちろんです。」

いい経験になるだろうと思い、前向きな気持ちで承諾した。

「そういえば、元受けってどこですか? 」

会社名を聞いた瞬間、承諾したことを早速後悔した。沼田課長の会社だったのだ。しかも下受けの連絡窓口は沼田課長とのこと。元受けに連絡する時は課長を通さなければならない。頭の中で5年前の光景がよぎり、胸の奥にじわりと苦いものが広がる。

「どうかしたか?

「いえ、別に。」

5年前、沼田課長に功績を横取りされたことは誰にも言っていない。下手に騒ぎになるのを恐れたからだ。

「頑張ります。」

笑顔を浮かべてごまかした。沼田課長との接触は最低限にしようと心の中で考えた。しかし、窓口担当と接触しないことは不可能だ。

「なんでお前が3次下受けの担当なんだよ。」

部長から仕事を任された翌日、沼田課長から電話がかかってきた。

「お前は案件から外れろ。」

「申し訳ありませんが、俺の一存で外れることはできません。」

沼田課長にも権限はない。課長は連絡窓口であって案件の主導者ではないからだ。その後もネチネチと嫌みを言われるが、俺は冷静に対応する。

「覚えておけよ。」

最終的に沼田課長は捨てゼリフを吐いて電話を切った。

「全く。5年前と何も変わってないどころか悪化してないか? 」

俺は樹金に向かい小さく文句を言う。沼田課長の電話のせいで仕事の手が止まってしまった。今日は帰宅が遅くなりそうだとため息をつく。

俺が案件から外れないと分かると、沼田課長は絡め手を使ってきた。周りの人たちにうちの会社の悪評を吹き込んだのだ。部長から呼び出され、話を聞いた俺はあまりにも非常識なやり方に愕然とする。

「うちの会社の品質に難があると言っているそうだ。俺は別の案件で沼田課長の会社と関わりがあって、その担当者から話を聞いたんだ。望月、沼田課長に何かしたのか? 」

「え、俺は何も。本当に何もしていないので、そう答えるしかできない。」

「そうか。まあ、いずれにせよ相手は元受けだ。トラブルを起こさないようにうまくやってくれ。」

こちらへ向けられる部長の目がいつもと違うものだと気づく。俺に対する不審感のようなものが伝わってきた。転職して5年が経ったとはいえ、俺はまだ立場が弱い。部長からの信頼も絶対的なものではないのだ。

どうしようかと悩んでいると、新たな問題が舞い込んでくる。プロジェクトが佳境に入ったタイミングで、沼田課長から仕様変更の連絡が来たのだ。しかも変更の指示は毎日のように届く。昨日はA案だったのが翌日にはB案になり、1週間後には結局A案に戻るという無駄な命令ばかりだった。余計なコストと手間が追加で発生し、俺の負担が増えていく。

「書面で指示を出してください。それと、これ以上の仕様変更は追加費用が必要です。」

変更指示はいつも電話で記録が残らない。後々の問題にならないように書面提出を求め、さらに追加費用の発生も伝えたが、沼田課長は拒否した。

「この程度の指示で書類を出せだと? こっちの手間を考えろ。それと、追加費用が出るような依頼じゃないだろう。」

あまりにも身勝手な主張だ。しかし、もし沼田課長の要求を断ればプロジェクトを下ろされ、俺の評判はガクッと下がってしまうだろう。さらに我が社は沼田課長の会社と複数の取引がある。悪意を持った沼田課長の働きかけで他の取引に影響が出る可能性も十分あった。俺の中で選択肢がどんどん消えていく。歯を食い縛って案件終了まで耐えるしかなかった。

俺の必死の努力の甲斐もあり、案件は無事に成功を収める。しかし1ヶ月が過ぎても入金はなかった。沼田課長に催促するが、無視されるかはぐらかされるだけ。部長に相談すると、困った様子で言われた。

「元受けと揉めたらうちの立場が悪くなる。申し訳ないが、なんとか穏便に済ませられないか。」

部長を責めることはできない。こちらの立場を考えれば打てる手は限られているのだ。部長の言う通りに対応するのが最善だと分かっている。そもそも問題を起こしているのは沼田課長だ。沼田課長のせいで俺も会社も困っているわけだが、これ以上溜まったままではいられない。

3ヶ月が経ち、俺は意を決して沼田課長の元へ1人で乗り込んだ。

「納品から90日以上が経過しています。契約書に従い支払いをお願いしたいのですが。」

案内されたのは小さな会議室だ。他の人に聞かれたらさすがにまずいと考えたのだろう。会議室にいるのは契約書を手に持っている俺と沼田課長だけだ。契約書には料金についての詳細も書かれている。納品確認後、支払いは1週間以内に行うことと記載されていた。しかし沼田課長は俺が差し出した契約書に目を通すことなくゴミ箱に投げ捨てたのだ。

「3次受けは黙ってろ。自分の立場分かってる?

俺は口を閉ざし、ゴミ箱から契約書を取り出す。その様子を沼田課長はにやつきながら見ていた。

「お前にはゴミ箱がお似合いだな。支払いはしてやるよ。この揉め事が終わったらさっさと帰れ。俺はお前と違って忙しいんだ。」

そう言いながら沼田課長は虫を追い払うような仕草で手を振る。俺の中で何かが切れる音が聞こえた。今まで散々我慢してきたが、もう我慢の限界だ。沼田課長はその役職にふさわしい人間ではない。

「はい、わかりました。それでは明日、楽しみにしています。」

「は? 」

驚く声をあげる沼田課長を無視し、会議室を後にする。

「おい、話はまだ終わってないぞ。」

何か言っていたが、返事はせず早々に沼田課長の会社から去った。

翌日、沼田課長の会社が主催となり、大型案件で作った新製品の発表会が開催された。会場には沼田課長を始め、会社の幹部や下受け企業が揃っていた。3次下受けの俺も参加している。沼田課長は俺を徹底的に無視し、いないものとして扱った。昨日のことを根に持っているのだろう。

「今回の新製品は、5年の開発期間を経て完成した弊社独自の精密加工技術をベースにしており、」

沼田課長がプレゼンを始める。実は今回の案件に使われた精密加工技術には、5年前に俺が考えた製造工程の効率化提案書が生かされている。沼田課長が自分の考えた案として発表したものだ。功績として自慢げに話しているのを見て、視線を外し、右手に持っている書類を見る。ここに来る前に何度も中身を確認した。間違いはないはずだ。

発表会が終わり、会場が歓談ムードに移る。俺は沼田課長の上司である逆下部長の元へと足を運んだ。

「逆下部長、少しよろしいでしょうか? 」

「ん? 君は確か…」

「3次下受けの望月です。部長に聞いていただきたいことがありまして。」

俺は鞄からあるものを取り出した。今回の案件に関する契約書だ。

「今回の案件、弊社に支払いがされていません。下請法では納品後の支払い期限が明確に定められています。今回のケースは弁護士にも確認済みです。現時点で遅延していますが、御社の見解をお聞かせください。」

俺が取った選択は実にシンプルだ。沼田課長との話し合いで解決しないなら、その上司に話をする。自然な形で近づける今回の発表会はまたとないチャンスだった。波風を立てたくなかったため、今までは選ばなかったやり方だ。しかし俺の我慢の限界は昨日で超えてしまった。もうどうにでもなれという気持ちで今ここに立っている。

しかし、全くの無計画というわけでもなかった。

「こちらに御社の窓口担当である沼田課長とのやり取りをまとめた書類があります。」

何をするにしても細かく記録を残す俺の癖がここで生かされた。沼田課長からの度重なる仕様変更は日時や内容を事細かに記録していたのだ。俺の証言だけでは疑われる可能性があるため、沼田課長とのやり取りは可能な限り録音してある。自分が当事者の会話である以上、録音は合法だ。それは最初から確認していた。その録音を保存してあるUSBメモリも提示した。

「こちらは沼田課長との会話を録音したデータです。ノートパソコンを持っているので、今この場で確認していただくことも可能ですよ。それと、仕様変更に関する代金を請求したところ、沼田課長に拒否されました。こちらに関しても御社の見解をお聞かせ願いたい。」

俺はまっすぐ逆下部長を見つめる。下手に出たらはぐらかされるかもしれない。そんな気持ちで胸を張っていたのだが、逆下部長は沼田課長のように人の話を全く聞かない人間ではなかった。

「確認させてくれ。」

俺が提示した証拠の書類を一通り見た後、ノートパソコンで録音データも確認する。周りに人がいたので一応気遣って、俺はイヤホンをつけて逆下部長にだけ聞こえるようにした。

「これは…」

逆下部長が困惑の声をあげるのも仕方ない。記録されている沼田課長の発言は俺に対する罵倒が大半で、かなり聞き苦しい内容だ。逆下部長は再生を止め、小さく息をついた。その表情には困惑だけでなく、兼ねてから何かを感じていたような苦い納得の色が混じっているように見えた。

「おい、逆下部長と何を話しているんだ?

今日はずっと俺を無視していた沼田課長が声をかけてくる。先ほどまでは会場の隅で会社の重役たちと笑顔で会話をしていた。俺が逆下部長と一緒にいるのに気づき、慌てて近寄ってきたらしい。

「沼田君、支払いをしていないというのは本当かね? 」

逆下部長の声には怒りが混じっている。少し大きな声になり、周りにいた人たちの視線が一斉にこちらへ向いた。

「え、な、何のことです? 」

「望月さんから話を聞いたんだ。証拠もある。」

沼田課長の目が俺に向けられる。驚きと困惑、怒りが混じった目だ。

「望月さん、何か誤解しているようだね。品質の問題が見つかって支払いを一時中断しているだけだ。」

逆下部長の前だと思い出したのか、沼田課長は笑顔を作り、それらしい言い訳を口にする。

「品質の問題であれば、なぜこの3ヶ月間1度も書面での指摘がなかったのでしょうか? 」

俺の鋭い指摘に沼田課長の笑顔が固まる。

「それから、先ほどの発表でご自身の成果を主張されていましたが、」

俺は鞄から追加の書類を取り出す。

「今回の案件に使った精密加工技術は、5年前に俺が考えた製造工程の効率化提案書を使ってますね。こちらは5年前、俺が沼田課長に提出した提案書のコピーです。日時と俺の署名が入っています。」

「それこそ嘘だ。あの提案書は俺が作ったものだ。」

「では、会社のサーバーにデータが残っていますよね。あの提案書は手書きではなくパソコンで作られたものです。ちなみに我が社のサーバーには残っていましたよ。だいぶ古いデータなので探すのに苦労しましたが。」

沼田課長に向けられる視線が険しいものになる。逆下部長だけではない。周りで話を聞いていた沼田課長の会社の社員、下受けの社員全員が課長を疑惑の目で見ていた。

「沼田君、どういうことだ?

説明しなさい。」

「部長、そいつの言うことを信じるのですか? 」

「これだけの証拠があるなら信じるしかないだろう。君が望月さんを罵倒している音声データもあるぞ。」

逆下部長は俺が持っているノートパソコンを指さす。まさか音声を録音されているとは思わなかったらしい。沼田課長がぎょっとした顔になり、決定的な証拠の前に額に汗を浮かべた。

「そ、それはAIで作った俺の偽音声でしょ。最近のAIはすごいですね。部長が信じてしまうのも仕方ないです。」

「今のAI技術ではここまで違和感のない音声は作れない。他の人にも聞いて確認してもらおう。」

逆下部長はノートパソコンに刺さっていたイヤホンを抜き、音声データを再生する。

「3次受けは黙ってろ。自分の立場分かってる? 」

沼田課長の馬鹿にしたような声が会場に響き渡る。騒ぎは周りにいる人たちだけにはとまらず、今この場にいる全員の視線が俺たちに向けられていた。みんなの注目が集まる中、沼田課長の罵倒の言葉が続く。

「お前にはゴミ箱がお似合いだな。」

眉をひそめる人もいれば、戸惑いの表情を浮かべる人もいた。

「これ本当なのか? 下受けをいびってたってことだよな。」

「下請法違反じゃないか?

「しかも望月さんの提案書をパクったんだろ? あの提案書の功績が認められて課長になったんだよな。それもかなりやばくないか? 」

周りから非難の声が上がる。沼田課長の味方をする人は1人もいなかった。

「望月さんと会社がその気になれば、君を訴えることもできるだろうな。」

逆下部長の厳しい声が沼田課長に向けられる。課長の顔色は青を通り越して白色に変わっている。視線をあちこち彷徨わせたかと思ったら、いきなり俺に近づいてきた。俺の肩を掴み、耳元でささやく。

「望月さん、俺の態度が気に触ったのなら謝る。だからなんとかこの場を収めてくれ。2度とこんなことはしないと約束するから。」

この後に及んで土下座に走るとは、呆気にとられて何も言えない。

「課長、あなたはその役職にふさわしい人間ではありません。」

俺は沼田課長から距離を取る。そして冷めた目と声を向けた。

「あなたには厳しい罰が必要だと思います。逆下部長、お願いできますか?

「ああ、我が社としても到底看過できることではない。望月さん、迷惑をかけてすまなかった。支払いはすぐにさせていただく。御社にはこちらから事情を説明し、改めて謝罪させてくれ。」

逆下部長の提案に頷いて返す。これで社内での俺の立場も回復するだろう。

「沼田君、君からも詳しく話を聞く必要があるな。これが終わったら会議室に来なさい。」

沼田課長の手が震え、やがて全身に震えが伝わる。口をパクパクさせていたが、この場を切り抜けるうまい言い訳を思いつかなかったようだ。がっくりと肩を落とし、顔を俯かせる。光を失った目で意味もなく自分の足元を見つめていた。

この出来事から2日後、沼田課長の会社から我が社へ正式に謝罪が届いた。さらに遅延損害金を含む支払いも行われる。沼田課長は話し合いの結果、技術提案書の横取りと下請法違反の両件で罪を認め、依願退職という形で会社を去ったと逆下部長から聞いた。

俺の功績を奪っただけで大した実力や経験もない課長は、転職活動がうまくいかなかったようだ。先日、取引先からの帰り道。駅前でティッシュ配りをしている沼田課長を見つけた。目は暗く沈み、頬は痩せ、白髪が頭皮を覆っている。パリッとしたスーツに身を包み、自信満々だった姿とはかけ離れていた。

沼田課長に見つからないよう遠回りして会社へ戻る。

「ふう。」

かつての敵の姿を見ても特に感情は動かなかった。ただ、あの日から5年間ずっと胸の奥に積もり続けていた重さが、静かに跡形もなく消えていた。

電車に乗り、メモ帳を開く。

「取引先との話し合い、第2段階まで完了。」

すっかり身についた記録の習慣は、今後も継続していくつもりだ。