「たった1人100万円よ。それくらい払えないなんて3ともないわね。旦那家族に泣きつけばなんとかなるでしょ。それとも本当にそんな余裕もないの?」
隣のマリカさんは、夫がヤクザの若頭という肩書きを傘に着て、私たちを振り回してきた。今回も無理やり温泉旅行を計画させられた上に、会合の末にこの発言だ。震えるママ友たちを横目に、私は静かに告げた。
「少しだけ待ってください。義母に相談してきます。」
この瞬間、マリカさんの運命は崩れ始めていた。彼女は自ら選んだ地獄へと足を踏み入れることになるのだ。
私の名前は花田波。小学生の息子を持つごく普通の主婦だ。近くのコンビニでパートしながら家計を支え、息子の成長を見守る。それが何よりの幸せだったけれど、そんな平穏を脅かす存在がすぐ隣に住んでいる。マリカさんだ。
マリカさんは近所でボスママとして知られる存在だった。派手な服装に濃い化粧。きつい香水。高圧的な態度で周囲を支配し、自分の思い通りに物事を進める。「やっぱりうちの旦那が若頭で良かったわ。何かあったら全部解決してくれるんだもん。」彼女の自慢話を聞かされる度、私はただ無言でやり過ごすしかなかった。逆らえばどんな仕打ちを受けるかわからない。そんな恐怖が常にあった。他のママ友も同様に、誰一人としてマリカさんに逆らおうとはせず、彼女の機嫌を伺うばかりだった。
ある日、パートから帰宅し、ようやく一息つこうと家に足を踏み入れた瞬間、視線を感じてふと振り返った。そこにはマリカさんが、まるで待ち構えていたかのように腕を組んで立っていた。派手な服装と濃いメイクに浮かぶ笑顔は、何か企んでいるのが一目で分かるものだった。
「ナミさん、お帰りなさい。ちょっといいかしら?」
「マリカさん、何か用ですか?」
マリカさんはずかずかと玄関の中に入り込んできた。その図々しさに驚きながらも、私はとりあえず対応することにした。
「実はね、ママ友みんなで温泉旅行に行くことにしたの。ナミさんももちろん参加するわよね。」
突如振られた話に戸惑う私をよそに、彼女は言葉を続ける。
「みんなで行くんだから、断るなんてありえないわよねえ。どうせ行くなら楽しまなきゃ損じゃない。」
「えっと、でも…」
言葉を濁す私を見て、マリカさんはぴたりと視線を合わせ、声を低くした。
「まさか断るつもりじゃないわよね。だってナミさんって、旅行会社で元々働いてたんでしょ?」
「え、一応…でも旅行の手配はもうやってなくて。」
「何言ってるの?こういう時こそプロの腕の見せどころじゃない。高級旅館を格安で手配してもらおうと思ってるの。」
「高級旅館を?」
「そうよ。1泊3万円くらいする旅館を、1泊1万円くらいにしてくれるでしょ。だってナミさんならできるはずよね。」
その一方的な要求に反論したい気持ちが湧き上がる。しかしマリカさんの圧の強さに押され、つい言葉を飲み込んでしまった。
「それはちょっと難しいかも…」
「何言ってるの?ナミさんが『難しい』なんて言葉を使うなんて意外ね。まあいいわ。どうせやるんでしょ。」
「考えてみます。」
「考える余地なんてないわよ。楽しみにしてるから、絶対よろしくね。」
そう言い放つと、マリカさんは満足そうに笑いながら帰っていった。残された私はただ呆然と立ち尽くしていた。
あれから仕方なく旅館の手配を進め、旅行当日を迎えた。バスに揺られて数時間、マリカさんの声が車内に響き渡る。
「ほら見て。これが私たちが泊まる旅館よ。やっぱり最高ね。」
バスが旅館の前に止まると、その重厚な門構えと立派な庭園にママ友たちは感嘆の声を漏らした。
「すごい…こんな豪華な旅館に泊まれるなんて。」
「普段じゃ絶対来られない場所よね。」
その中でマリカさんは大きな声で自慢を始めた。
「ほら見て。私の計画力のおかげでこんな旅館に泊まれるのよ。感謝してよね。ナミさんが手配したって?まあ、私がいなければこんな条件絶対無理だったでしょ。」
部屋に案内されると、マリカさんは真っ先に広々とした露天風呂付きの特別室に飛び込み、大声で喜びの声をあげた。
「嫌だ。これ旅館丸ごと買ったみたいじゃない?さすが私の目に狂いはなかったわね。みんなちゃんと写真撮ってSNSにあげなさいよ。もちろんマリカさんのおかげってコメント忘れずにね。」
旅館の名物である豪華な懐石料理が並ぶと、ママ友たちはその見事な盛り付けに感動の声をあげた。
「これ本当に料金に含まれてるの?信じられないくらいだわ。」
「料亭でもこんなの見たことない。」
しかしその感動を打ち消したのは、またもマリカさんだった。
「すみません。特上の刺身盛り合わせをお願い。あとワインリスト持ってきて。1番高いボトルでいいわ。ママ友みんなで乾杯するからグラスも揃えて。」
スタッフが困惑しながら対応しているのを尻目に、マリカさんはさらに注文を続けた。
「ちょっと焼き物はもっと上等なのないの?この旅館の最高級メニューって何?それ全部持ってきて。」
その場にいる誰もが気まずそうに目を伏せる中、私は声を潜めて言った。
「マリカさん、それは追加料金がかかると思いますよ。せっかくの懐石料理をみんなで楽しみませんか?」
「何よ、ナミさん。あんたが1番安いプランで手配したから、追加で楽しもうって言ってるのに感謝して欲しいわ。」
私は心の中で言い返したかったが、これ以上騒ぎを大きくしたくなくて口を閉ざした。
夕食を終え、ほとんどの宿泊客が部屋に戻って静かな時間を過ごしている中、マリカさんの部屋だけは異様な盛り上がりを見せていた。廊下にまで響く彼女の大声が、夜の静寂を完全に打ち消している。
「すみませーん。追加でデザート全部お願い。あとなんか豪華なフルーツ盛り合わせとかないの?1番高いやつでいいから。」
スタッフが部屋に届けるたび、マリカさんはさらに次々と要求を送り出した。
「あ、それから温かい紅茶も。え、ティーバッグ?そんなのいらないわ。ジャバから入れてくれる本格的なのにして。高級旅館でしょ。それくらいできるわよね。」
私は心配になりながらママ友たちに尋ねた。
「もうマリカさんの無茶がひどすぎる。部屋の外まで騒ぎ声が聞こえて、他のお客さんにも迷惑よね。」
「本当、あんなに頼む必要ないのに。」
私の想像した通りだった。マリカさんのさらにエスカレートした無理な振る舞いに、他の宿泊客がだいぶ迷惑になっているようで、旅館スタッフが私たちの部屋に苦情を伝えに来た。静かに過ごしたい他の宿泊客たちにとって、この騒ぎはたまったものではない。旅館スタッフも困り果て、マリカさんに注意をする。
「え、注意?どういうこと?おかしくない?こっちはお金払ってるんだから、サービス受ける権利があるでしょ。」
スタッフが他の宿泊客への配慮を説明しようとすると、マリカさんはさらに苛立った様子でまくし立てる。
「はあ。他のお客様?じゃあ追加で防音シート持ってきて。そのくらいしてくれるでしょ。だから地方の旅館は…」
その後もマリカさんの要求は止まらない。彼女はルームサービス用の電話を手に取り、次々と新たな注文を送り出した。
「ねえ、さっきのデザート、もっとインスタ映えするやつないの?なんか金箔とか乗ってるやつ。あと部屋でお刺身とか食べたいんだけど、用意できる?今すぐ呼んで。」
その声を聞いて、私はとうとう我慢ができなくなった。
「マリカさん、本当にそのくらいにしてくれない?ここはあなただけの場所じゃないのよ。」
マリカさんは私に振り向き、鼻で笑う。
「あら、ナミさんもサービスにはこだわった方がいいわよ。高級旅館なんだから、それくらいしてくれて当然でしょ。本当どういう神経してるのかしら?」
これ以上一緒にいるのはもう耐えられない。マリカさんはさらにスタッフを呼びつける。
「ねえ、この旅館の売店、24時間じゃないの?今すぐ開けてよ。金箔入りのお菓子とか欲しいの。」
スタッフは困惑しながらも対応しようとするが、マリカさんの要求は止まらない。
「お土産も盛り付け直して持ってきてね。部屋で試食会したいのよ。」
スタッフもため息をつきながら対応していたが、その声には疲労が滲んでいた。
「これ以上騒ぐなら、本当に問題になるわよ。」
「問題?お金を払ってる以上、何をしてもいいのよ。あなたたちみたいに貧乏臭い考え方じゃ、人生楽しくないわね。」
私たちはその言葉に呆気に取られ、何も言い返せなかった。暴走し続けたマリカさんの騒ぎは、結局最後まで止むことはなく、旅館中が彼女の声に振り回された。
翌朝、チェックアウトのため私たちはフロントへ向かった。旅館の静かなロビーには朝の光が差し込んでいるものの、疲れきった私たちにはその美しさを感じる余裕などなかった。疲れ果てたママ友たちは、早くこの騒動から解放されたいといった表情を浮かべていた。
「昨日の夜、ほとんど寝られなかった。マリカさんの部屋、ずっと騒がしくて。」
「本当、こんな旅行になるなんて。最初から断ればよかった。」
一方、マリカさんは満足げな笑みを浮かべている。
「いやあ、最高の旅行だったわ。やっぱり高級旅館って違うわね。こういう贅沢がなきゃ、人生面白くないもんな。」
その言葉に、ママ友たちは疲労を感じた顔で視線をそらした。フロントに到着すると、スタッフが申し訳なさそうな表情で伝票を差し出す。表示された金額に、マリカさんを除いた全員が凍りつき、一瞬でロビー全体に緊張が走った。その数値は信じられないほどの額だった。
「え、これって何かの間違いですよね。」
私が恐る恐る問いかけると、ママ友たちも動揺を隠せない。
「1000万。そんな金額、普通に払えるわけがないでしょ。」
「ちょっと待ってよ。どうしてこんなことに?私たち何も頼んでないのに。」
驚きと混乱の中、マリカさんだけは優雅な笑みを浮かべたままだった。
「1人100万円よ。それくらい払えないなんて3ともないわね。旦那家族に泣きつけばなんとかなるでしょ。それとも本当にそんな余裕もないの?」
その無神経な言葉に、怒りが胸の奥から込み上げてきた。
「マリカさん、それ本気で言ってるんですか?100万円なんて、簡単に用意できる額じゃないんですけど。」
「何言ってるの?みんなで楽しんだんだから、平等に負担するのが当然じゃない?それともそんなにお金に困ってるの?」
彼女の言葉が耳に刺さり、私たちは次第に声を荒げた。
「ちょっと待って。追加注文したのはマリカさんだけでしょ?私たちはそんなの頼んでない。マリカさんが好き放題したせいでこんなことになってるのに、なんで私たちが払わなきゃいけないの?」
しかしマリカさんは鼻で笑い、まるでこちらが過剰反応しているかのような態度を取る。
「本当、器が小さいわね。もし本当に払えないなら、うちの旦那が闇金を紹介してあげるわよ。意外と便利なのよね、そういうの。天才だってやり方次第でどうにでもなるし。」
その言葉に、ロビーの空気がさらに冷え込む。闇金。そんなの冗談じゃない。
「もう限界。これ旅行じゃなくて地獄よ。」
私は混乱するママ友たちを見渡し、意を決して立ち上がった。
「マリカさん、もう我慢の限界です。この件、義母に相談させてもらいます。少しお待ちください。」
マリカさんは私の言葉を聞いてもその態度を崩さず、むしろ鼻で笑うような仕草を見せた。
「まあいいわ。とにかくそのお母さんとやらがちゃんと払えるなら、文句はないわよ。でも私に恥をかかせるようなことになったら、ただじゃ済まさないからね。」
マリカさんは私の言葉を軽く受け流すように笑っていたが、その笑顔が次第に引きつることになるとは、この時は想像もしていなかった。
車で義実家に向かう道中、マリカさんは窓の外を眺めながらまだ余裕を見せていた。
「ねえ、ところでこれどこに向かってるの?お母さんって結局普通の主婦なんでしょ?こんなのどうやって払うつもりなのかしら?」
「心配しなくて結構です。義母なら全て解決しますから。」
私が静かに答えると、マリカさんは鼻で笑いながら言葉を続けた。
「ふーん。まあいいわ。」
その声にはまだ勝ち誇った余裕がたっぷり含まれていた。やがて車窓から見える景色が変わり始めた。車が門を通り、広大な敷地に入ると、その静寂に包まれた庭園が目に飛び込んできた。
張り込まれた松、石畳、そして黒塗りの塀に囲まれた景色が広がる中、マリカさんはその異様な光景にしばらく声を発しなかった。
「ねえ、これ本当にあんたの家なの?普通の家にしては随分派手じゃない?」
「普通かどうかは、見てから判断してください。」
私が静かに答えると、マリカさんは少し笑いを交えて言葉を続ける。
「いやいや、こんな広い庭、普通じゃないでしょ。まあ、掃除だけでも大変そうだけどね。」
車が玄関前に止まると、並んだ黒塗りの高級車と、その脇に無言で立つスーツ姿の男たちが目に入った。彼らの鋭い視線がこちらに注がれると、マリカさんは一瞬だけ体を硬くしたが、すぐに取り繕うように鼻で笑った。
「まあ、随分物々しいわね。これ何かのイベントか何か?」
「いえ、これがいつもの風景ですよ。」
私が淡々と答えると、マリカさんの顔が微妙に引きつるのが分かったが、彼女はすぐに余裕を取り戻したように見えた。
玄関の扉が静かに開くと、義母がゆっくりと現れた。義母は藤色の絹の着物を美しくまとい、背筋を伸ばして凛とした姿勢で私たちを見つめる。その気品と威厳は、ただそこに立っているだけで周囲を圧倒するほどだった。スーツ姿の男たちは無言のまま一斉に一礼をする。その瞬間、マリカさんは小さく息を飲み、目を泳がせながら肩をすくめた。
義母は一歩前に進み、私たちを一瞥すると、穏やかながらも厳しさを帯びた声で言った。
「ナミ、よく来たわね。さあ、中に入りましょう。話を聞かせてもらうわ。」
その落ち着いた声には抗えない重みがあった。マリカさんはしばらく黙っていたが、義母の視線が自分に向けられると、慌てたように言葉を返す。
「え、あの、初めまして。お母さんですよね。素敵なお宅で…。こういう場所ってなかなか来る機会がないもので…」
マリカさんの言葉は空回りしていて、その緊張がありありと分かった。
「義母は話をするのが好きな人ですから、気楽にしていてください。」
私がフォローを入れると、義母は一瞬だけ微笑んだが、すぐに冷静な表情に戻った。
「話を聞くのは好きだけど、誠実な内容に限るわ。さあ、早速中に入りましょう。」
義母がゆっくりと私たちを迎え入れるために一歩下がると、門の前に立ち並んでいた男たちは全員が道を開け、再び頭を下げた。マリカさんは恐る恐る玄関へ足を踏み入れた。視線は落ち着きなく泳ぎ、肩をすくめた様子からは、明らかな緊張と怯えが伝わってくる。
大広間に通されると、義母は正面に座り、私たちを見つめた。マリカさんは周囲の目が気になるのか、そわそわと落ち着きがない。私は義母の前に正座し、これまでの経緯を全て説明し始めた。マリカさんが旅行中に繰り返した傲慢な行動。1000万円もの請求を押し付けようとしたこと。さらに闇金を紹介するという発言まで、包み隠さず話した。
義母は一言も口を挟まずに私の話を聞き終えると、マリカさんに視線を向けた。その目には、静かに燃える怒りと揺るぎない冷静さが交錯し、見るものを圧倒する力を宿していた。
「1000万円の会合ね。随分と嫁を困らせてくれたみたいじゃない?」
「い、いいや。そんなつもりじゃなくて、ただ楽しみたかっただけで…」
「マリカさん、あれだけ自分勝手な振る舞いをしておいて、そんな言い訳は通用しませんよ。」
私がぴしゃりと口を挟むと、マリカさんは一瞬だけ睨むような目を向けたが、すぐに黙り込んだ。
「楽しみたかっただけ。それで他人に迷惑をかけていい理由になるとでも思ってるの?」
義母はマリカさんを鋭い目で見据えた。
「マリカさん、あなた、私が誰か知っているかしら?」
マリカさんは震えながら言葉を絞り出す。
「お母さん…でしょ…」
「私は花田組の組長。この地域どころか、東日本全域で知られている組織のトップよ。あなたの旦那の組なんて、私たちから見ればただの取るに足らない下っ端組織。」
その言葉を聞いた瞬間、マリカさんの表情が凍りついた。義母はマリカさんを冷やかな目で見つめた後、携帯電話を取り出し、旅館の支配人に連絡を取った。
「もしもし、花田です。例の件、お願いできますか?ええ、彼女たちにふさわしい役割を用意してください。24時間体制で働けるよう、厳格に管理していただければ。」
電話を切ると、義母は再びマリカさんに向き直った。
「マリカさん、あなたはこれから、贅沢がどれだけ大きな代償を伴うものか学ぶことになるわ。」
「そ、そんな、働くってどういうことですか?私がそんなことをするなんて…」
「あなたがこれまで自分勝手に他人に迷惑をかけてきた結果よ。これ以上の甘えは許されないわ。」
マリカさんは崩れ落ち、震えながら義母に懇願するような目を向けた。
「お願いします。私が悪かったです。でも、こんな仕打ちはひどすぎます。」
「ひどい?あなたが私の嫁とその周囲に押し付けた1000万円。そしてその言葉の数々。それは十分ひどかったと思うけれど。」
義母の声には容赦のない冷たさがあった。義母はマリカさんを冷やかな目で見つめた後、ゆっくりと携帯電話を手に取った。その一連の動作だけで、マリカさんの表情は見る見るうちに曇っていく。その姿を見て、私は一歩前に出て口を開いた。
「お母さん、この状況をここまで追い詰めたのは、やっぱりマリカさんの言動の積み重ねです。今まで私たちがどれだけ迷惑を受けたか、もう彼女にも分かってもらうしかないですね。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。私はただ楽しい旅行がしたかっただけで、こんな大事になるなんて…」
義母は冷静に、しかし冷やかな目でマリカさんを見下ろしながら答えた。
「楽しい旅行。それが1000万円もの迷惑を周囲にかけ、私の嫁まで巻き込んだ理由になるとでも思っているの?」
私はその言葉を聞いて軽く頷きながら、マリカさんに向き直った。
「マリカさん、みんながあなたに振り回されてどれだけ困っていたか、少しでも考えたことがありますか?」
「だ、だって私だけが悪いんじゃない。そんな金額を払うなんて、普通じゃ無理よ。」
すると義母が凛とした声で再び言葉を紡いだ。
「マリカさん、あなたはもう普通には戻れないの。これから始まる新しい生活で、自分の行動がどれだけの代償を伴うか、しっかり学ぶことね。」
私は義母の言葉を聞きながら小さく息を吐き、マリカさんを見た。その顔には、もはや抗う余地のない絶望だけが浮かんでいた。
「何をするつもりですか?」
震える声で問いかけるマリカさんに答えることなく、義母は落ち着いた手つきで番号を押し、電話をかけ始めた。しばらくして、電話の向こうから低い男性の声が聞こえる。
「もしもし、花田です。お世話になっています。さて、今日は1つお願いがあります。」
電話口の相手が緊張したような声で返事をする。その声には義母への敬意が明確に滲んでいた。
「若頭の奥さんが、私の嫁にとんでもない迷惑をかけてくれたのよ。1000万円分のルームサービスを使い倒し、宿泊客に多大な迷惑をかけた挙げ句、闇金を紹介してやるなんて言葉を吐いてくれたの。」
義母の冷静な声には怒りが内包されており、マリカさんはその場で小さくなっていく。
「それについて、あなたは事前にご存知だったのかしら?」
電話の向こうから、明らかに焦った声が返ってくる。その声はどもりまくりで、言い訳じみた内容だった。
「知らなかったですって。残念だけど、そんな話は私には通用しないわ。自分の組員とその家族の行動を管理するのも、組長の責任でしょ。」
義母の声は徐々に鋭さを増し、冷たい静寂が部屋全体を包み込む。マリカさんは青ざめ、何度も息を飲み込むような音を立てていた。
「今回の件に関して、組としてどう責任を取るつもりなのか、明確な答えをいただきたいわね。」
電話の向こうで再び弁解しようとする声が聞こえたが、義母はそれを遮るように言葉を続けた。
「彼を破門にしなさい。それが今回の責任の取り方よ。私の名前をこれ以上傷つけるような行為は許さない。これは組同士の信用問題に直結する話よ。」
その言葉には一切の妥協がなく、義母の声に宿る威圧感が電話の相手にも伝わっているのが明らかだった。
「もちろん、破門に関して正式な書類を作成して、私の元に送ってもらうわね。それがない場合、こちらでもそれ相応の対応を取らせてもらう。こちらの組がまともな組織であり続けたいのであれば、早急に動くべきでしょう。」
義母が電話を切ると、部屋には重い沈黙が漂った。その空気の中、私はマリカさんに向き直り、冷静な声で話しかけた。
「マリカさん、少しは自分がしてきたことの重さに気づいたらどうですか?私たちを巻き込んで好き勝手やったツケが回ってきただけでしょう。」
マリカさんは震える手で顔を覆い、震え声で呟いた。
「私、そんなつもりじゃ…。ただ少し贅沢したかっただけで…」
「少し?1000万円の会合が少しだなんて。普通の感覚じゃないですよ。私たちはあなたのせいでどれだけ嫌な思いをしたか。」
義母が私の言葉を受けて、冷やかにマリカさんに追い打ちをかけるように言葉を続けた。
「そうね。あなたの『少し』がどれだけ周囲を傷つけ、迷惑をかけたか。これからしっかり学んでもらうわ。マリカさん、自分のしたことには責任を取る。これが社会のルールよ。」
マリカさんは崩れ落ちたまま、義母にすがりつこうとした。
「お願いです。せめて旦那だけは許して…」
私はその光景を見ながら、小さくため息をついた。
「旦那さんを心配する前に、まずは自分がしたことを反省するべきじゃないですか。何もかも人任せで、逃げることばかり考えるのはもう終わりにしてください。」
義母がさらに冷たい目でマリカさんを見下ろし、きっぱりと言い放つ。
「あなたの夫が若頭である以上、あなたがやったことの責任は彼にも当然及ぶの。ヤクザの肩書きを利用して他人に迷惑をかけたんだから、その代償を払うのは当然よ。許されると思わないことね。」
マリカさんは泣き崩れたまま何も言えなくなり、ただ震え続けていた。私はその姿を見つめながら、心の中で1つ決意した。これ以上あなたに振り回される人生はもうごめんです。私は家族と平穏な日常を守る。それが私の戦いです。
その後、義母の指示により、マリカさんの夫は正式に破門されることとなり、2人はこれまでの豪華な生活を失うことになった。数日後、マリカさんとその夫は義母の手配によって、とある旅館で働き始めた。これまでの華やかな生活は一変し、2人は狭い離れの簡素な部屋で暮らしながら、24時間体制で雑用をこなす日々に追われているそうだ。
そして、マリカさんの息子はマリカさんの両親に引き取られ、安定した生活を送っていると聞いた。私はその話に胸を撫で下ろし、少しでも彼が明るい未来を掴むことを願った。
一方、私たち家族はようやく平穏な日常を取り戻していた。私たち家族だけでなく、他のママ友たちもマリカさんという存在から解放され、心穏やかな日常を取り戻すことができた。ママ友たちは私の決断と義母の助けに心から感謝し、これからは自分たちも勇気を持って意見を伝える努力をしようと誓い合った。私もそれを聞きながら微笑み、支え合うことの大切さを改めて胸に刻み、家族やママ友たちと共に前を向いて歩み始めた。



