台風の朝、社員旅行の出発を見送った後、私は事務所で書類仕事に追われていた。窓の外は暴風雨で、先に出発した社員たちのことが心配になる。そんな時、専属ドライバーの金田さんが慌てた様子で声をかけてきた。
「社長、表に女の子がいるんですよ」
「女の子?こんな台風の中?」
私は傘を手に外へ出た。吹き上げる風に傘を取られ、すぐに畳む。工場のシャッターの前に、今年入社したばかりの半沢近子さんが立っていた。彼女は全身ずぶ濡れで、足元には壊れた折りたたみ傘が転がっている。
「半沢さん、こんなところで何してるんだ?早く中に入れ」
彼女はぼんやりしていて、私が近づくまで気づかなかった。ロッカールームで着替えさせ、一時間後に話を聞くと、彼女はうつむきながら言った。
「部長が、中卒は留守番しとけって、私をバスに乗せてくれなかったんです」
私は驚いて目を見開いた。
「部長って、まさか牧田部長か?」
彼女は小さく頷いた。牧田は父の代から働く営業部長で、私も信頼していた。まさか学歴で人を傷つけるとは思わなかった。私はすぐに牧田に電話をかけた。
「牧田さん、今すぐ会社に戻ってきてくれ」
「もうすぐ旅館に着くんですが、正気ですか?」
「なら最寄りのドライブインで待機してくれ。一時間ほどで追いつく」
私は一方的に電話を切り、半沢さんを連れて車で向かうことにした。車中、彼女は不安そうだった。
「私が行ってもいいんですか?また部長を怒らせてしまいそうで怖いです」
「そうさせないために行くんだ。学歴で人を評価する会社にしたくない」
ドライブインに着くと、バスが止まっていた。営業部の織原が走ってきて、私は牧田を呼び出した。牧田は酒臭い息で、しらばっくれた。
「あなたは今朝、半沢さんがバスに乗るのを止めたな」
「誰がそんなことを言ったんですか?私は言ってませんよ」
私はバスに乗り込み、社員たちに問いかけた。
「今朝、牧田部長が半沢さんの乗車を拒んだ場面を目撃した者はいるか?」
沈黙が続いたが、織原が手を挙げた。
「自分は見ました。半沢さんに『中卒は留守番だ』と言っていました」
すると、あちこちから手が上がり、同じ証言が続いた。中には、半沢さんが壊れた傘を持って呆然と立っていたのを見たという者もいた。私は牧田の席を確認し、彼の荷物をバスの外に置かせた。
「降りてくれ」
牧田は顔を真っ赤にして怒り出した。
「俺は創立メンバーだぞ!お前の父ちゃんの頃から働いてきたんだ!」
「半沢さんをバスに乗せなかったのは本当か?」
「そうだよ!あんな未成年がいたら酒も飲めないだろう!」
「それがあなたの本心か?自分も中卒で馬鹿にされたくせに」
「俺も中卒で散々馬鹿にされた。だから一回ぐらいバカにする側に回ってもバチは当たらないだろう」
私は冷たく言い放った。
「ここから先は自力で帰れ。あなたを部長とは呼ばない。みんなにも呼ばせない」
牧田は泣き崩れ、半沢さんを責め始めた。
「お前のせいだ!全部お前のせいだ!」
半沢さんは私の背後に隠れた。私は彼女を車に戻し、牧田に言った。
「社員旅行は不参加ということで、一刻も早くお帰りください」
牧田はタクシーを呼んで帰っていった。私は車に乗り込み、宿へ向かった。
「遅かれ早かれ、こうなっていたんだろうな」
宿に着き、夜の宴会まで自由時間になった。私は部屋でぼんやりしていると、ふと気づいた。最近、出張のホテル予約やチケット手配をしてくれているのは、半沢さんばかりだ。彼女に秘書を頼めないだろうか。
旅行はその後、盛り上がって終わった。帰社後、牧田には正式に降格処分を言い渡し、彼は一営業マンとして再出発することになった。父にこの件を話すと、父は「牧田はよく働くが、それ以外は謎だ」と言った。
そして私は半沢さんを社長室に呼び、秘書をやってみないかと提案した。
「最初は出張の手配からでいい。総務の仕事をしながらで構わない」
「私なんかに秘書が勤まるでしょうか?」
「勤まるかどうか、試してみたらいいじゃないか。自分の能力を決めつけないことだ」
彼女は少し迷った後、頷いた。私はこれからも、彼女と一緒に会社を育てていこうと思った。



