「今すぐ捨てて!」母が叫んだかと思うと、ドアを開けて走行中の車から飛び降りた。私も反射的に運転席から飛び降りた。その直後、車が爆発し、炎上した。
私たちは無事だった。母は昔から不思議な力を持っている。父が事故で亡くなる前も、胸騒ぎがすると言っていた。今回も何かを感じ取ったのだ。
しかし、一体誰が何の目的で私たちを狙ったのか。思い当たる人物は一人しかいない。それでも私は信じたくなかった。
私はゆかり、34歳。会社員だ。夫の賢介と出会ったのは10年前。私の父は幼い頃に交通事故で亡くなり、母が女手一つで私を育ててくれた。母はいつも私を優先してくれた。そんな母を助けたくて、高校卒業後すぐに就職し、仕事を覚えて昇格も果たした。
取引先で賢介と出会った。彼は物腰の柔らかい優しい青年で、どんな理不尽な要求にも笑って受け流す。母子家庭で育ったという彼に、私は深く共感した。育った環境も似ていて、運命的なものを感じた。
交際から3年後、私の誕生日に賢介はプロポーズしてくれた。結婚生活は幸せそのものだった。賢介は家事も手伝い、休日は私の行きたいところに付き合ってくれる。
しかし、半年ほど前から夫婦の共有口座から毎月一定額のお金が引き出されるようになった。賢介に無断で。浮気か、何か良からぬことに使っているのか。私は疑念を抱きながらも、問い詰める勇気が出なかった。
ある日、仕事帰りに駅で賢介を見かけた。彼は家とは別の方向へ歩き始めた。私は後を追った。賢介はおもちゃ屋に入り、子供向けの車のおもちゃを買った。私たちに子供はいない。
さらに尾行すると、古びたアパートの一室で、若い女性と小さな男の子が賢介を出迎えた。賢介は男の子を抱き上げ、おもちゃを渡した。まるで家族のようだった。
賢介が部屋から出てきたところで、私は問い詰めた。「どういうこと?」賢介は驚いた顔をしたが、「途中で困っている母子家庭の子を助けたんだ」と説明した。私は自分の嫉妬を恥じ、彼の優しさに感動した。
しかし、その瞬間、賢介の背後に黒い霧のようなものが見えた。何とも言えない不気味な影に、激しい嫌悪感と吐き気を覚えた。
それからも賢介の後ろには常に黒い霧がまとわりついていた。
ある日、賢介が突然車を買おうと言い出した。私の実家への移動が便利になるし、母の足が悪くなっても困らないという。確かに一理あると思い、私たちは新車を購入した。
その週末、賢介と一緒に実家を訪ねた。母は最近、賢介にいい顔をしなくなっていた。賢介を見るたびに顔をしかめて席を立つ。母は何か感じ取っているのだろうか。
実家に着くと、賢介は庭の草むしりをすると言い、私と母にドライブを勧めてくれた。母も買い物に行きたいと言うので、二人で車に乗り込んだ。
しかし、林道に入ったところで母が叫んだ。「今すぐこの車を捨てて!」そして飛び降りた。私も続いた。車は爆発した。
警察と消防が来て、車に爆弾が仕掛けられていた可能性が高いと言われた。母は「あの車にいたら危険だと感じた」と話した。警察官は奇跡だと言った。
母は車に乗り込む時、後部座席にもう一人女の人が乗り込んできたと私に耳打ちしていた。賢介の後ろに見える黒い霧が、私たちの車を追ってきたのだ。母にはそれが女の人に見えたらしい。
警察署に賢介が駆けつけた。彼はひどく動揺した様子で、「販売業者に抗議する」と言った。私は何も言えなかった。
その夜、母と二人で賢介と向き合った。母は静かに言った。「賢介、あなた、私たちを殺そうとしたわね。」賢介は否定した。「どうして僕がそんなことするわけないでしょう。」
私はスマホを取り出し、賢介のパソコンで爆弾の製造方法を検索した履歴のスクリーンショットを見せた。賢介は「犯罪小説のネタ集めだ」と言い訳した。
私はさらに、賢介が二重生活を送っていることを明かした。彼には愛人の緑という女性と、隠し子の正という男の子がいた。あのアパートの女性と子供がそうだった。共有口座から引き出されていたお金は、彼らを養うためだった。
賢介は不倫と隠し子は認めたが、殺人未遂は否定した。しかし、私は車載カメラの映像を持っていた。そこには、賢介が車に爆弾を仕掛ける様子が映っていた。
「これでもまだ知らないって言うつもり?」賢介は観念するかと思ったが、逆上し、台所から包丁を持ち出した。母を人質に取り、「お前たちの口を封じれば計画は完璧だ」と叫んだ。
私はすでに警察に証拠を送っていた。サイレンが聞こえ、警察官が駆け込んできた。賢介は殺人未遂の現行犯で逮捕された。
取り調べで、賢介はギャンブルで多額の借金を抱えていたことが判明した。私を殺して保険金を得て、借金を返済し、緑と再婚するつもりだったのだ。
さらに、賢介の母親の死も不審が持たれ、再鑑定の結果、睡眠薬が検出された。賢介は母親を殺害したことも自白した。幼少期に虐待を受け、母親から逃れるために手にかけたのだ。
賢介は私と母の仲の良さに嫉妬し、殺意に変わったと供述した。
裁判で賢介は無期懲役の判決を受けた。緑と子供は姿を消した。後で分かったことだが、緑の子供は賢介の子ではなかった。
私は離婚し、実家に戻って母と暮らし始めた。母の不思議な力がなければ、今頃私たちはこの世にいなかった。私は母に感謝しながら、穏やかな日々を過ごしている。


