「今届いた1万個の部品、キャンセルするからすぐ取りに来い」
電話の向こうで、元受け企業の新社長が傲慢にそう言い放った。2日前、無理な納期を押し通して1万個の部品を発注したのはあちらなのに、それを一方的にキャンセルすると言うのだ。
俺は契約書を盾に抵抗を試みたが、新社長は逆切れした。
「そんなもん、お前の勝手な押し付けだ。いい迷惑だよ。立場をわきまえろ」
「気分が悪い。いいよ、お前とは手を切らせてもらう。もう契約は破棄だ。お前とは何のやり取りもしない。泣きつかれようが何だろうが、うちはお断りだ」
新社長は一通り吠えて俺を威圧し、最後にそう宣言した。その瞬間、俺の会社は最大の取引先を失った。
「ええ、承知いたしました」
だが、俺は抗うことなく取引終了を受け入れた。
「ああ、分かったか。じゃあ、もう二度と連絡をよこさないでくれ」
そう言って電話を切られたが、それでも俺は落ち着いていた。
俺の名前は大木啓一。金属部品製造と加工を扱う企業で営業部長をしている。定年を2年後に控えた58歳のいわゆる老骨として、ここまで地道にやってきた。
町工場から発展した企業として、うちの会社は歴史を積み重ねている。俺が大卒で入社した当時、会社は現社長が父親からその座を譲り受けたばかりだった。俺より一回り年上の社長とは、手を取り合って道を切り開く日々を送った。
うちは典型的な零細企業だ。社長の口癖は「無理はしない。できないことはできないと割り切る。でも可能な範囲の努力はする」だった。多くはない従業員、必要最低限の設備。その反面、技術力は高く、開発能力もそれなりにある。
会社の長所と短所を見極めた社長は、自分たちなりの成長戦略を取り続けた。必要であれば自分も現場に出て、同時に社員たちにも必ず複数の部署を経験させた。俺も長年営業にいることになったが、かつては工場での勤務や経理、総務、人事、配送関連の部署にも席を置いていた。
人数が少ないからこそ仕事を分け合う。そして仕事を把握してもらいたい。社長は的確な配置転換を行い、会社を回していた。俺や社員たちは、会社と社員をしっかり考えて会社運営をしてくれている社長のやり方に感謝と尊敬の念を抱いていた。誰もが会社を信じて働けていた。このリーダーならばと素直に思い、俺たちは社長についていくと思えていた。
「大木部長、来期の計画なんですが」
「ああ、話し合いかな?」
「ええ、日程を決めておきたいかなと」
「それだったらそちらに合わせるよ」
「いや、うちはいつでもそうはいかない。工場の時間を長いこといただくわけにもいかないので」
「そんなこと言わないでくださいよ。部長は人が良すぎるというか、たまには強引に来てくださって構わないんですよ」
社員になった俺は、後輩たちからよく「人が良い」と言われていた。本当にそう思われているのか、皮肉も混じっているのか。自分は両方なのだと思っているが、ありがたい言葉として受け取っている。
社長と働き続け、いつの間にか社長に感化されたのだと指摘する人もいるが、それはその通りだろう。社会人として長い時間社長を見てきた。会社と社員に尽くそうというタイプの社長は、憧れて目標にするのにふさわしい人。仲間とやっていくにはどうすればいいのか、人との接し方も社長から学んだのだ。
「部長、長谷川後期の長谷川社長なんですが」
ある日、後輩が難しい顔で俺に相談を持ちかけてきた。
「ああ、長谷川社長か」
後輩に言われ、俺は無意識に苦笑いを浮かべた。それが伝わり、後輩の顔にも渋い笑みが浮かぶ。
「今度は何かな」
長谷川後期とは、うちと長年の契約を結んでいる工業機器メーカーだ。うちと同じような下請けの中堅。世間では名知られていないが、業界内ではある程度の地位を築き上げている。
「追加発注か納期変更か、どちらともという感じです」
「そうか。また困ったね。まあ、長谷川社長になってからはこれが当たり前ですね」
半年前、長谷川後期では社長の交代劇が起きていた。前社長が引退し、息子の長谷川豊氏が新社長に就任したのだ。長谷川氏はこれまで営業の分野で活躍し、長谷川後期を躍進させる数々の新事業を立ち上げた辣腕社員として有名だった。だがその一方で、社内ではともかく、取引先からの評判はあまりよろしくない。
「長谷川社長が有能なのはなんとなく分かるんだけどね。それが少し過ぎますよね」
長谷川社長は自らの能力に自信を持ちすぎている。俺を含め多くの取引先の関係者から、そんな声が上がっていた。
突然の大量発注や納期変更。それが常態化したのもそうだが、時には新規部品の開発まで丸投げする。「こんな部品が欲しい。作りたいから協力してくれ」ではなく、「作れ」と命じるだけ。ある時、うちの担当者が長谷川後期に呼びつけられ、あちらが用意した図面だけを渡されたこともあった。長谷川社長はその時、図面を指さして納期を指定するだけだった。
後で俺や数人の部下で詳細を詰めようとしたが、長谷川社長は「指示をしたからお前はやるだけだ」と言って、まともに話を聞こうとしなかった。
「せめて少しでもこちらの話を聞いてくれるといいんだがね」
「そんなこと期待するだけ無駄か」
「まあ、そうかもしれないね。うちもそうですけど、どの会社も話にならない相手だと諦めてますかね」
うちだけではなく、どの会社にも迷惑な後期の長谷川社長。うちも含めた長谷川後期の下受け企業は、長谷川社長をそう思いながらも付き合い続けている。もちろん、取引を中止するわけにはいかないからだ。そして長谷川社長はこちらの事情を顧みず、王平に大きく打って出る。
俺は全てを飲み込みながら、時間をやりくりして乗り切る策を練っていた。工場と製造関係の部署がショートしないように、営業との足並みを揃えるためにどうにか頭をひねり続ける。そんな日々が続いていた。
ある日、工場の責任者たちとの話し合いを終えた俺がデスクに戻ると、長谷川社長から電話があったと告げられた。電話を受けていた部下は、折り返しして欲しいと俺に言った。「話があるから」と言われたと言った部下は、どこか申し訳なさそうにしていた。
俺はひとまず長谷川社長に電話をかけた。部下の態度から見て、何か良くない話なのだろうと覚悟する。そして俺はその電話口で、半笑いの長谷川社長から追加注文を言いつけられたのだ。
「シリンダーカバー、小型のやつね。たまに発注してるけど、あれ1万個頼みたいんだよね」
「ああ、それはご注文ですか。すみません、そういったことは先日の注文に合わせていただけると助かるんですが」
「そんなこと言われても、うちで必要になったんだからしょうがないだろう。ああ、納期は明後日、2日後で頼みたいんだけど、いいよね」
注文したい製品の数と納期をつらつらと当然のように言う長谷川社長。しかし俺はその数と納期に並行する。長谷川社長が頼んだ小型のシリンダーカバーは定期製造の品ではない。小型で少々特殊な形状をしている性質から、通常生産品ではなく受注生産品の扱いになっている。急な発注に備えて在庫も持ってはいるが、そのストックも小さい。
「そうは申されましても」
俺はなんとか絞り出しながら、パソコンで在庫を確認した。小型シリンダーカバーの在庫は500個ほど。どう考えても数は足りず、何もかもが絶望的な状況。2日後と言われたのもまた絶望感に拍車をかけた。
「数に関してはお話を伺いますが、納期を考え直していただけませんか?1万個を2日後というのは、いくらなんでも無理です」
どうにか気を取り直して、毅然とした口ぶりを心がけた俺がいた。半笑いの長谷川社長を牽制すべく、最低限の譲れない条件を主張する。在庫と合わせて数に関しては対応。しかし納期だけは本当に真剣に再検討をお願いします。納期変更になりすぎないように気をつける。それでも長谷川社長の態度に変化はなかった。
それどころか、長谷川社長は面倒臭そうなため息を漏らして、こちらに脅しをかけてきた。
「そんなこと言われても、うちが必要になったからしょうがないんだよ」
「その事情はお察ししますが」
「だったら話を聞いてくれればそれでいい。うちが停止してみなよ。困るのはお前なんだよ」
元受けの長谷川後期がもしもの状態に陥ったら、下受けはどうなるのか。こちらの痛いところを突きながら、社長は自らの要求を押し付けた。
「小型シリンダーカバー1万個。明後日に納品で決まり。契約書作って送って。そこまで頼んだよ」
そこまで言い切ると、長谷川社長は何も言わなくなってしまった。俺が何を言おうとも、何の返事もよこさない。しまいには「もういいだろ」と言って電話を切ってしまった。
「すまないが、契約書作成を手伝ってもらえないか」
受話器を置いた俺は、近くの部下に声をかけた。長谷川社長の要求を飲まされ、不満ながら仕事に取り組まなければならない。ひとまず追加注文分の契約書の作成から、俺は部下に要点を伝えた。そしてそのまま立ち上がり、製造部門と工場に向かう。
「申し訳ない。私がうまく交渉できなかったせいだ」
長谷川後期からの1万個の追加注文の件を先に伝え、どうしてそうなったのかを詫びる。製造部門の責任者と工場長は少し俯き、厳しい表情を見せていた。
「2日後というのが、どうにも向こうが譲れないらしい。厳しいが、協力してもらえないだろうか」
事情を説明しながら、我が身が情けなくなる。人が良いと言われるのは結構だが、それが何の役に立つのか。取引先にうまく丸め込まれ、下に見られて舐められる要素にもなっている。そんなことを思いながら、俺は製造部の責任者と工場長に頭を下げていた。
「大木部長、頭を上げてください。部長だって板挟みにされただけでしょう」
工場長の明るい声に、俺は頭を上げた。見ると、工場長と製造部の責任者が笑顔を俺に向けていた。
「うちはそういうものだと、僕も思ってるんですよ」
「ああ、そんなことは」
「いや、下受けであるということはそういうことなんです。無理難題を言われても、とにかく割り切って進むしかない」
「そうか」
「ええ、でも大木部長にはいつも気を使ってもらってますからね。感謝の印として、今回も頑張りますよ」
工場長の言葉はから元気なのだと分かった。それでも俺への感謝と奮起には頭の下がる思いだった。
「ありがとう。ではこちらも最善を尽くすよ。何かあればいつでも声をかけてくれ」
俺はもう一度、工場長と製造部の責任者に頭を下げた。2日後の納品は残業をして乗り越える。それを決めて、俺たちはそれぞれの持ち場に戻った。
営業のオフィスに帰った俺は、完成した契約書を確認して長谷川社長にメールで送る。全てが大急ぎで進み、長谷川社長からの無理難題を消化していった。わずか2日で、長谷川社長注文の部品が製造された。在庫も全て放出した。
「本当に助かった。ありがとう」
「いや、我々もできるものだと思いましたよ」
製造部門の労をねぎらい、お礼をすると、工場長が茶目っ気たっぷりに笑った。
「長谷川さんには手を焼かれますけど、まあ意地もありますから」
「いや、無理をかけて済まなかったよ」
「いい、いいんです。部長、これから納品でしょ?それはまあ、気を大きく持ってくださいよ」
明るい工場長に背中を押され、俺は後輩と長谷川後期に向かった。急な追加注文と無理のある納期。それゆえ、今回の納品は直接出向くことになった。
後期に着くと、あちらの担当が申し訳なさそうに俺たちを迎えた。
「本来は長谷川が出るべきなんですが、予定があるからと外出しまして」
「ああ、そうなんですか。でしたら納品の報告を」
「ええ、申し訳ない」
後輩と納品予定の品を全て長谷川後期に引き渡す。長谷川後期の担当者はひたすらこちら側に縮こまっていた。その辺りにも長谷川後期の変化が見えて、何とも言えない気持ちになる。長谷川社長が就任する前はごく普通の会社だったのだ。取引先に無理強いなどせず、常識的なやり取りが通用する。それが息子が継いだことで変わってしまった。
身を縮めた長谷川後期の担当者に見送られ、俺と後輩は会社に戻る。窮地を乗り切った達成感に少し浸りながら、こんなことが続かなければいいと願う。しかしその願いは砕かれて、しかもとんでもなく最悪な方向へ進んでしまった。
その始まりは、帰社してすぐにかかってきた長谷川さんからの電話。長谷川さんは俺が電話に出ると、笑いながら信じられない話を始めた。
「わざわざ頑張ってもらって悪いんだけどね。さっき納品してもらった部品をキャンセルするから、よろしく頼むよ」
「え、あの」
納品したばかりの部品を「キャンセルしたい」ではなく「キャンセルする」という申し出に、俺は言葉を失う。
「こっちのスケジュールが変わってね。無駄なもんを抱えたくないわけ。分かる?引き取って」
「そう言われましても」
「そう言われてもじゃなくて、キャンセル、キャンセルだから、今すぐ取りに来てくれ」
長谷川社長は自分たちの工場の稼働スケジュール変更を盾にして、キャンセルを貫き通す。俺はそれに契約書の文言で対抗した。
「追加の契約書はお読みですか?受注生産品のオーダーのため、キャンセルは不可と記載しています」
俺の反論に、長谷川社長は何も言わない。
「書面だけではなく、契約書を送付した後に電話でもその確認を行っています」
俺は追加注文に対して、契約書の文言に注意を払うだけではなく、念押しの電話も入れていた。それは長谷川社長に俺から直接伝えていた。だが長谷川社長はそんなことはお構いなしにこねた。
「そんなもん、お前の勝手な押し付けだ。いい迷惑だよ」
声を荒らげ、こちらが非常識だとなる。
「お前、下受けの分際で余計なこと言うんじゃないよ。たく、立場をわきまえろって言うんだが」
「これは当然の約束です。弊社では受注生産品の注文に関して、以前からこの取り決めを設けています」
「だからそれが勝手だって言うんだ。いい加減にしろ」
長谷川社長の横柄さがこれでもかと言うぐらい明らかになっていく。強引な人だというのはもう十分に知っている。しかし、とは思っていた以上だった。
「気分が悪い。いいよ、お前とは手を切らせてもらう」
「え、あの、何を言って」
こちらは必死に長谷川社長の態度に合わせず、ビジネス的な対応をしたつもりだった。だが相手にそれは伝わらず、投げやりに契約打ち切りを宣告された。
「聞いてるか?もう契約は破棄だ。お前とは何のやり取りもしない。泣きつかれようが何だろうが、うちはお断りだ」
長谷川社長は収支となり、俺を威圧する。すがるか、機嫌を取るか。俺は悩みながら、1つ決断した。大きく息を吸い込み、最後までビジネス対応に徹する。
「そういうことでしたら、承知いたしました。今後、御社とは一切の関わりを持たないということで」
言い切った瞬間、さすがに心拍数が上がった。それでも、長谷川社長の相手をするのはこれで終わりだというささやかな喜びも感じる。
「ああ、分かったか。じゃあ、もう二度と連絡をよこさないでくれ」
「ええ、承知いたしました」
何を言われようが、この電話で長谷川さんとの付き合いが終わる。そう思うと、不思議と落ち着いていた。
俺は長谷川社長とのやり取りを周囲に包み隠さず伝えた。それから会社の上層部と社長に、謝罪も兼ねて報告する。社長からは「苦労をかけた」と言われてしまった。長谷川後期の社長交代劇から、自分も戸惑いと今後への不安を抱えていたと社長から明かされ、自分の決断を肯定してもらえた気もした。
「とりあえず、仕事は他にもありますからね」
「そうだな」
少々の不安を打ち消すように、後輩と確認し合う。後日、製品の返送は受け付けないと言っておいたにも関わらず、後期の長谷川社長名義で納品した製品が送り返された。今回の一件は、長谷川社長にとって相当に頭に来るものだったのだろう。
「しょうがないな」
ひとまず返品された製品に対しての支払いを求める連絡を長谷川後期に入れた。しかし何の返答もなく、無視されてしまう。俺は支払いはこのままうやむやになると悟って、気持ちを切り替えた。へこむ暇はなく、俺にはまだやるべき仕事がいくらでもあったのだ。次に向けて、俺は騒ぎを忘れようと務めた。
数ヶ月もすれば、あの騒ぎはどこへやら。うちの会社は順調で、今までと変わらずの地道なやり方に戻る。長谷川後期の長谷川社長からのお達しもなく、静かなもの。快適な環境に1人仕事をしていたはずなのに、忘れた頃に長谷川社長が俺の携帯を鳴らした。もしかすれば会社にかけてきていたのかもしれないが、取引がなくなって誰もどこにも通達がなかったのではないか。そんなことを考えながら、俺は電話に出た。
「いや、どうしてる?そろそろうちとの取引を再開してやろうと思うんだけど」
挨拶もそこそこに、長谷川社長は得意げに俺の上に立った。下受け企業が元受けの一社との関係を失って、その苦しみに浸っているはずだと決めつけた長谷川社長は、うちに一方的な取引再開を提示した。
「金額はおいおい決めるけど、今すぐうちに来たら契約書出してやるからさ」
「愛想ですが、お断りいたします。今、うちも少々手いっぱいでしてね。これ以上の契約は負担になる」
「え、何言ってるんだ」
「ま、詳しく聞きたいようでしたらお話しますが、あれからこちらも営業にさらに力を入れまして」
「あのなあ、時間ないんだ。無駄話ならやめてくれ」
「無駄話だとは思いませんよ。長谷川社長、あなたと御社にも影響を与えるような事態ですので」
長谷川後期との取引が打ち切られ、俺たちは新規開拓の営業に励んだ。とは言っても、長谷川後期との取引の前から動いていた計画が前に進んだというのが正しい。取引終了の後、俺たちは念願だった一流企業へのアプローチに成功した。日本が世界に誇る重厚系メーカーの一社と、長期の独占契約を結んだのだ。
船と大型重機の一部部品という小さな製品供給の契約だが、うちにとっては大きな一歩。弊社としても在庫を抱えるわけにはいかない。下ろす先がなくなれば、新たなビジネスパートナーを探すという道理に従ったまでです。うちの会社は一流の重厚系メーカーという新たな取引先を見つけた。そしてそこに、それまで長谷川後期に下ろしていた製品のほぼ全てを提供している。その製品の中には、技術力を売りにしていたうちらしく、特許を取得している製品も含まれていた。
俺は大手メーカーとの契約という話をかいつまんで、長谷川社長に聞かせた。先方の名前や業種は出さず、俺なりに長谷川社長を煽る。
「先方は弊社をよく知ってくださいましたよ。収める製品の中に特許製品も含まれていることも、それを開発製造する技術も認めていただきました」
長谷川社長には分からなかったことを強調し、返事を待つ。すると長谷川社長は笑いながらもぎこちない様子で切り出した。
「まあ、私も忙しいからな。そのうちに下ろされた中に特許製品があるとは知らなかったんだ。すまないね」
軽く俺に謝ればそれで済むと思うのか。長谷川社長はまだ余裕を覗かせているようだった。
「それは長谷川社長の落ち度かと。失礼ですが、弊社としてはそのお考えも含めて、再契約はなしということで」
長谷川社長の相手などもうしたくない。人を選り好みすると言われたらそれまでだが、失礼な人と付き合う気は俺にはない。俺は長谷川社長にすがられないよう、話を打ち切ろうと打って出た。しかし俺が再契約はしないと突きつけると、長谷川社長は焦って俺をつなぎ止めにかかった。
「ああ、待ってくれ。その特許製品が使えなくなって、うちも質が落ちたとクレーム間の苦情をつけられて」
「それはクレームでも苦情でもないのでは?正当な御社への評価ではありませんか?」
「そんなことはどうでもいい。とにかくすぐに契約再開しよう。とっとと話をして、以前のように」
「でしたら大手メーカー1位の会社よりも、工場といい金額の契約を結んでいただけるということでしょうか」
「なあ」
王平に上から物言う長谷川社長に、こちらも冷たく上から被せる。俺たちが勝ち取った一流重厚系メーカーとの契約は、最高の条件で結ばれている。契約額は長谷川後期の何十倍だろうか。会社が始まって以来の超大型契約だった。
「まあ、最も仮にいくら提示していただいても、長谷川さんとの関係はもうないことです」
言葉を失った社長に、俺は続けた。
「先方とは独占契約を締結しています。それでどこかと契約など契約違反。弊社は契約書にしっかりと目を通して取り決めを守りますので」
買って放題で契約書を雑に扱うなど、ビジネスの場でするわけがない。長谷川社長は平気でうちが用意した契約書を反故にした。
「そういうことですので、よろしいでしょうか?」
長谷川社長からの返事は最後までなかった。痛いところを突かれて叩きのめされたのか、悔しいのか、俺には分かりようもない。長谷川社長は無言のまま電話を切ってしまった。
「今後は長谷川さんからの電話は取り継がないでくれ。長谷川社長から個人的な連絡があっても聞かない」
電話を終え、俺は通達した。長谷川後期との関係は心明で終わりと、俺は決めた。
長谷川社長との一件は、さらに遠い過去の話になった。最後の電話から数ヶ月が経ち、長谷川後期にまつわる話は芳しくない噂しか聞こえてこない。うちからの部品供給がなくなり、長谷川後期の製品の質は悪化の一途をたっている。工場の一部は稼働停止状態で、このまま行けば年内倒産が視界に入っていると言われるほどになってしまった。しかしその前に、長谷川社長は緊急株主総会の場で責任を追求された。その後すぐに辞任を発表し、会社から去って行方をくらました。自宅ももぬけの殻で、誰が探しても長谷川社長はどこにもいないそうだ。
俺と会社は順調に前進している。重厚系メーカーとの関係も良好で、最近では新部品の共同開発プロジェクトが発足している。俺が会社に関われる時間は残りわずか。それでも全力を尽くそうと決め、俺は今日も真剣に仕事に取り組んでいる。



