「無能な花火職人に融資する金なんて、こっちにはないんだよ」
新しく支店長になった清水という男は、吐き捨てるようにそう言った。
俺は玉山仁。花火職人として30年以上働いてきた。親父から受け継いだ会社を守り、今日までたくさんの人に喜んでもらえる花火を作り続けてきたつもりだ。それを無能呼ばわりされるなんて、我慢ならなかった。
「後悔しないでくださいね」
俺はそう言って、その場を去った。
俺の実家は、70年続く花火製造会社だった。子供の頃から親父の背中を見て育ち、「俺も花火職人になる」と決めていた。成長してからもその気持ちは変わらず、親父から仕事を教わり、長い間働いてきた。
10年前、親父が亡くなった。ショックだったが、いつまでも泣いてはいられない。俺は会社を継ぎ、親父に恥ずかしくない花火職人でありたいと、毎日汗水垂らして頑張ってきた。
会社を続ける上で欠かせないのが銀行だ。俺の会社は長年、地元の銀行と取引をしている。担当は大西さんという、穏やかで話しやすい良い人だった。息子の話で盛り上がることもあり、俺はこの担当で本当にラッキーだと思っていた。
ところが最近、大西さんの様子がおかしい。会うたびに疲れた表情をしているのだ。
「大西さん、最近なんか大変なの?」
「いえ、そんなことないですよ」
そう言うが、話してくれない。俺はしつこいと思われても構わないと、もう一度問いかけた。
「大西さん、俺は誰にも言わないよ。ずっと付き合いもあるし、表情で分かるんだ。最近何があったんだろう」
すると大西さんは、ぽつりと話し始めた。
「ここだけの秘密ですよ。実は…」
新しい支店長の清水という人物が、問題のあるやつらしい。配属されてからというもの、威圧的な態度で銀行員たちを脅し、罵倒もすごいという。結果を出すように圧力をかけ、朝から晩まで怒号が響いているらしい。大西さんは肉体的にも精神的にも、かなり疲弊しているようだった。
あまりにもひどい話で、俺はかける言葉を見つけられなかった。
「それはきついね。話だったら、いくらでも聞くからね」
「玉山さんが気にかけてくれた、その気持ちだけで嬉しいです」
俺は何もしてあげられないのに、そんな言葉をかけてくれる大西さんはやはりいい人だと思った。力になれることがあれば、必ず動こうと心に誓った。
数日後、青ざめた顔をした大西さんが、アポもなしに俺の会社へやってきた。
「あの、融資の打ち切りが決まりまして、今月中に6000万の融資を一括で返済していただくことになりました」
「え、どういうことだ?」
いきなりの言葉に、状況が読み込めなかった。大西さんも理由は分かっていないという。清水支店長が急に言い出したことらしい。
「ちょっと納得できないな。一度その清水店長と話してみるよ」
俺はすぐにアポを取り、清水支店長に会いに行った。
約束の時間に少し前に着いたが、清水支店長はなかなか現れない。1時間近く待たされて、ようやく現れた。
「本日は一体何のようなんですか?」
遅刻したのに謝罪の一つもない。それどころか、第一声から不快感を感じた。
「先日いきなり融資の打ち切りの話を聞きましてね。こちらとしては打ち切られるような心当たりがないので、説明を願いますか?」
すると清水支店長は、天井を仰いで面倒くさそうに息を吐いた。
「ああ、それね。今年の夏イベントで会場への花火の到着が遅れた一件がありましたよね」
確かに、今年花火の到着が遅れるトラブルがあった。しかし、それはこちら側の原因ではない。自然災害の影響で運送に遅延が発生したのだ。
「うちの会社としては間に合うように送りました。結果的に遅れてしまったのは自然災害の影響です。相手方もこちらに非がないことは分かってくれました」
俺がそう訴えると、清水支店長はニヤリと笑った。
「それでも会社としての信用が一定数損なわれたんですよ。それでそちらは融資の基準を下回ったんです」
こちらに非がないのに、基準を下回るなんてあんまりではないか。そもそも、それでいきなり融資が打ち切られるなんてことがあるのか。
「商品を期日に届けられないような無能な花火職人に融資なんて、こちら側は持ち合わせてないんですわ」
「なんてことを言うんですか?」
こちらに非がないことを説明したのに、無能だなんて言葉を投げつけられるとは思わなかった。
清水支店長は、大手企業への融資を増やそうとしていたはず。もしかして、俺の会社の信用が損なわれたというのは建前で、それを理由に融資を打ち切って、大企業への融資枠を増やそうとしているのではないか。そう悟った。
本当に勝手な人だ。自分の評価のために、俺の会社を犠牲にしようとしている。親父から受け継いだ会社を、そんな目に遭わせられるか。
「怒りから我慢できずにそう言ってしまう」
「は、正当な対処なんでね。早く帰ってもらっていいですか?」
「あの、聞こえてますか?」
「あ、じいさんは耳が遠いのかな? 早く帰ってください」
畳みかけるように帰れと言われ、俺は返済を了承した。
「わかりました。融資の返済はします。後から後悔とかしないでくださいね」
「後悔するわけないですよ」
清水支店長は鼻で笑った。だが、もう何とも思わない。俺は決めたことはきちんと守る。
翌日、銀行へ向かった。ロビーで清水支店長と大西さんと向かい合う。
「はい。こちら融資していただいていた6000万です」
スーツケースに入った現金を突きつけ、一括返済した。
6000万もの大金を一括で返済できたのは、うちの会社が有名な花火大会で何度も賞を取り、業界でも名の知れた会社だからだ。注文は国内だけでなく海外からも来る。急に融資を打ち切られても、今まで通りやっていける環境だった。
目の前に大金が置かれ、清水支店長は驚いていた。そして、全額返済されたと理解すると、面白くなさそうな表情に変わる。本当は返済できず困っている俺の姿でも見たかったのだろうか。
「あ、そうだ。今日は返済だけではなく、別件でお願いしたいことがあったんですよ」
「はい」
「改めて融資をというのは無理ですよ」
「いえいえ。融資はもう結構。では何でしょうか?」
「私名義の個人口座の解約をお願いしたいんですよ。大体5億円ほど入っていますでしょうか?」
「え、ごく…」
想像もしていなかった話に、清水支店長の声は裏返っていた。大西さんも驚いた表情をしている。
「はい。承知しました」
大西さんは手続きを始めてくれた。すると、清水支店長が慌てて止める。
「おい、ちょっと待て」
「俺が資産を持っているだなんて思ってませんでしたか? 意地悪で支店長にそう聞いてやった」
「え? いや、その…」
清水支店長はあわあわするばかり。大西さんは手続きを淡々と進めてくれる。
「大西、やめろ!」
今度は大声を出し、大西さんの作業を止めた。
「私は玉山さんが個人口座を持っていたのを知らなかったんですよ。ちょっと待っていただけないでしょうか?」
今までひどい仕打ちをしていたくせに、大金を持っていると分かると、態度を急に変えてきた。気持ち悪いほど丁寧な言葉ですり寄ってくる。
「俺は後悔しないでくださいって言いましたよね。あなたは後悔しないと言ったはずですよ」
「す、すいません」
清水支店長は土下座して謝罪してきた。
「今更そんな風に謝られてもね。散々ひどいこと言われましたし」
「ど、どうか解約の撤回だけはしていただけないでしょうか。融資も引き続きさせていただきますので」
「あなたが言ったことですよね。私はあなたの言った言葉、忘れてませんよ」
「それは謝りますので、どうか。本当に知らなかったもので」
「とてもじゃないですけどね。今更謝られても、その謝罪からも誠意は感じられません。許す気はないですよ」
俺の決意が硬いことが分かり、清水支店長はパニックになったようだ。再び大声を出し、大西さんに掴みかかって手続きを止めようとした。さすがに他の従業員が放っておけず、清水支店長を取り押さえた。
こうして俺は本当に個人口座を解約した。銀行との付き合いはなくなっても、俺は今までと同じように花火を作っている。特に生活の変化はない。
数日後、また大西さんが俺の元にやってきた。
「玉山さん、こんにちは」
「お、大西さん」
「俺、あの銀行やめましたよ」
驚いて理由を聞くと、5億円の口座を解約されたのはお前のせいだと、清水支店長に責任を押し付けられたらしい。
「申し訳ない。俺のしたことによって、大西さんが仕事を失うだなんて思ってもいなかった」
「いいんですよ。もう清水支店長についていける気がしなかったですし。解約処理をしていた時から覚悟はできていました」
そう言って笑う大西さんの表情は、晴れやかだった。よほど精神的に追い詰められていたのだろう。
それからしばらくして、大西さんが勤めていた銀行の支店が閉店したと聞いた。大西さんから電話が来て、大手銀行に再就職したと聞いた。
「そういえば、清水支店長のいた支店、閉店したらしいな」
「ああ、よくご存知ですね。あそこで一緒に働いていた人から聞いた話なんですが」
清水支店長は自分のしでかしたことを大西さんに押し付けたが、それに他の銀行員たちが怒ったらしい。元々清水支店長は権力を振りかざして銀行員たちを従わせていたため、多くの人間が不満を持っていた。その不満が、大西さんが首になったことで爆発した。
大西さん同様に銀行員たちが次々と退職し、働く人が極端に減ったことで業務に支障が出た。上の人間たちも放っておけなくなり、清水支店長のことを調べていくうちに、今までのパワハラが明らかになった。俺の5億円口座解約の理由もバレたらしい。ことの重大さに、清水支店長は支店長から地方へ左遷されたという。
これ以上犠牲者が出ないことに、俺はほっとした。
大西さんが違う銀行で働くようになったので、俺は再び大西さんが働く銀行に足を運び、顧客になった。大西さんは違う銀行へ行っても、しっかり仕事をこなしてくれる素晴らしい銀行員だ。これからも大西さんと良好な関係を保ちながら、仕事に励んでいきたいと思う。


