「ごめん。母さんに伝えるのすっかり忘れてた」
息子からのLINEに添えられていたのは、たった一言の謝罪でした。
私は川千恵子。美容師として35年働いてきました。その日もいつものように常連のお客様の髪をカットしながら、穏やかな時間を過ごしていたのです。
「もうすぐ初孫が生まれるんですよ」
そう嬉しそうに話していた矢先、スマホが鳴りました。画面には息子の嫁・組さんの母、つまり義母さんからのメッセージが表示されています。
珍しいなと思いながら開いた瞬間、私の心臓は凍りつきました。そこには生まれたばかりの赤ちゃんを抱く組さんの笑顔と、「無事に生まれました。元気な男の子です」という文字が並んでいたのです。
初孫が生まれた。いつ?なぜ私は知らなかったの?
震える手で息子に連絡すると、信じられない一言が目に飛び込んできました。
「ごめん。伝え忘れてた」
その瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じました。一生に一度の初孫の誕生を、義母さんのLINEで知らされるなんて。なぜこんなことに?
私は思わず、これまでの日々を思い返していました。
25年前、息子・健が組さんと結婚した日のことを、今でも鮮明に覚えています。息子の幸せが私の幸せです。そう心から思っていました。
美容師として35年間、毎日お客様と向き合いながら働き続けてきた私は、その収入の多くを息子夫婦のために使ってきたのです。結婚資金に300万円、マイホームの頭金に500万円、車の購入に200万円、さらに毎月5万円の生活費を5年間援助し、出産準備金として50万円をお渡ししました。
額にすると1,550万円を超える金額です。息子の笑顔が見られるなら惜しくない。夫の誠もいつも「息子のためだ」と協力してくれました。
でも、3ヶ月ほど前から何かが変わり始めていたのです。訪問の回数が月4回から月1回に減り、連絡も週に1回程度になっていきました。組さんからは「今日は義母が来るので」と断られることが増え、健からも「組が疲れてるから」と距離を取られるようになったのです。
そして何より気になっていたのは、SNSで見かける義母さんとの2ショット写真でした。
もしかして、私、邪魔になってる?
そんな不安が胸の奥で少しずつ膨らんでいきます。
LINEを見た瞬間、私は仕事を早退して病院へ向かいました。初孫の顔をどうしてもこの目で確かめたかったのです。
車の中で夫の誠に電話をかけます。
「私、病院に行ってくる」
「千恵子、大丈夫か?」
「初孫よ。会わずにいられないわ」
受付で部屋番号を尋ね、廊下を歩きながら私の心臓は激しく鼓動していました。緊張と期待、そして言葉にできない不安が入り混じります。
病室のドアの前に立つと、中から楽しそうな笑い声が聞こえてきました。
ドアを開けた瞬間、そこには幸せそうな光景が広がっていたのです。組さんが赤ちゃんを抱き、義父さんも隣にいます。健と組さんが笑顔で話している。まさに家族団欒の時間でした。
私が入った瞬間、その空気が一変しました。
「お母さん」
健の声には明らかな動揺が滲んでいます。組さんは驚いた表情で固まり、義母さんは困惑した顔でこちらを見ていました。
「来ちゃった。初孫の顔、どうしても見たくて」
私がそう言うと、誰もがどう反応していいのか分からない様子です。
「えっと、その……」
健の歯切れの悪い言葉に、胸が締めつけられるような思いがしました。
「赤ちゃん、抱かせてもらっていい?」
私が尋ねると、組さんが言います。
「あ、でも、今寝たばかりで」
「そうなの?やっと寝ついたのよね」
義母さんもすかさず同調しました。
「そう。じゃあ、少し待つわ」
私はそう言って部屋の隅の椅子に座ります。でも30分経っても、誰も私に赤ちゃんを抱かせてくれる気配はありませんでした。それどころか、義母さんは何度も赤ちゃんを抱き上げ、「可愛いわねえ」と楽しそうにしているのです。
「お母さん、仕事は大丈夫なの?」
健が心配そうな顔ではなく、どこか迷惑そうな表情で訪ねてきます。
「今日は早退してきたから」
「え、わざわざ……」
その言葉に私の心は深く傷つきました。「わざわざ」という言葉。まるで来て欲しくなかったと言われているようで。
そして、決定的な瞬間が訪れます。
「お母さん、おむつ替え教えてもらっていいですか?」
組さんが義母さんに声をかけたのです。
「もちろん」
義母さんが嬉しそうに立ち上がります。
「私もお手伝い」
私が声をかけると、組さんは冷たく言いました。
「あ、お母さんは大丈夫です。お母さんがいますから」
お母さん。それは義母さんのことでした。私はお母さん。その言葉の違いが、私の立場を明確に示していました。
結局私は30分だけ病室にいて、帰されることになったのです。
「お母さん、そろそろ帰らない?組も疲れてるし」
「まだ30分しか……」
「でも、あまり長くすると迷惑だから」
迷惑。その言葉が胸に突き刺さります。
「分かったわ」
私が病室を出ようとドアに手をかけた時、ふと振り返ると、義母さんは朝からずっとここにいるような様子でした。
家に帰った後、私は夫の誠に全てを話しました。
「どうだった?」
「赤ちゃんは可愛かったわ」
「抱っこできたか?」
「できなかった。寝てるからって。でも義母さんは何度も抱いてた」
誠は何も言えず、ただ私の手を握ってくれました。
その夜、私はどうしても気になってSNSを開いてしまったのです。そこには組さんの投稿がありました。
「今日も母が来てくれて本当に助かりました。母がいてくれて心強いです。家族みんなで赤ちゃんをお祝いできて幸せ」
写真には義母さんが赤ちゃんを抱いている姿、健さんの笑顔、義父さんも映っています。でも、私の姿はどこにもありませんでした。まるで今日、私がそこにいなかったかのように。
さらに、偶然あるグループLINEの存在に気づいてしまいます。「家族」という名前のグループ。メンバーを見ると、健、組さん、義母さん、義父さんの4人。私は入っていませんでした。
そして誤送信なのか、そのグループでの会話が一瞬だけ見えてしまったのです。
「今日、お母さん来ちゃったんです」
「え、突然LINEで知ったみたいで困ったわね」
「できれば私たちだけで過ごしたかったんですけど」
「今度からはもっと気をつけるよ」
困った。気をつける。私は息子にとって「困った存在」だったのです。会わせないように気をつけるべき、邪魔な存在だったのです。
「私は、完全に外の人なのね」
その言葉が自然と口から漏れていました。
それから1週間が経ちました。私は毎日、息子からの連絡を待ち続けていたのです。「赤ちゃんに会いに来て」という、たった一言を。でもその言葉は1度も届きませんでした。
そして運命の日がやってきます。健からLINEが届きました。
「来週、お宮参り行くことにしたから」
お宮参り。孫の大切な行事です。私はすぐに返信しました。
「そう、私も一緒に行くわ。着物用意しておくわね」
しかし、帰ってきた言葉は私の心を凍りつかせるものでした。
「でも今回は、俺たち夫婦とお母さん家族だけで行くことにしたんだ」
画面を何度も読み返しました。お母さん家族だけ。「人数が多いと赤ちゃんも疲れるし」
人数が多い。でも義母さん家族は全員参加するのに。
私は我慢できず、健に電話をかけました。手が震えています。
「健、お宮参りは家族の大事な行事でしょう」
「うん。だから組の家族と行くんだよ」
組の家族。その言葉が胸に突き刺さります。
「私は家族じゃないの?」
「そうじゃなくて」
「じゃあ、何?」
息子は少し黙った後、信じられない言葉を口にしたのです。
「母さんは、外の人だから」
外の人だって。
「母さんは血のつながった息子だけど、外の人でしょ。組にとっては義母だし、子育てに関しては組の母親の方が頼りになるから。悪いけど、これは組と俺が決めたことだから」
私は言葉を失いました。外の人。私が実の息子から「外の人」と呼ばれたのです。
「外の人……私が?」
「うん。組も実家の母に頼りたいって言ってるし」
「あなたは私の実の息子でしょう」
「でも、組の気持ちを優先したいんだ。母さんも分かってよ」
別れ際、その理不尽さに、私の中で何かが完全に切れる音がしました。
「待ちなさい。私が今まで何をしてきたか覚えてる?結婚資金300万円。マイホームの頭金500万円。車の購入金に200万円。毎月の生活費5万円を5年間。出産準備金50万円。1つ1つ金額を数え上げていきます。その他諸々含めて総額1,550万円以上。35年間美容師として働いて貯めたお金を、あなたたちのために使ってきたのよ」
「それはありがたいと思ってるよ」
ありがたい。それだけ?
「だからって、お宮参りに呼ばないといけないわけじゃ……」
「私は金づるだったの?」
その時、電話の向こうで組さんの声がしました。健が電話を変わるようです。
「お母さん、誤解しないでください」
組さんの声には悪びれた様子が全くありません。
「何が誤解なの?」
「援助は感謝してますけど、それと育児は別問題です」
別問題。
「育児に関しては、母に頼りたいんです」
「私も母でしょう」
「いえ、義母です。外の人です」
はっきりとそう言い切りました。
「正直、お母さんがいると気を使うんです。実母なら何でも言えるし、楽なんですよ」
楽。私がいると気を使う。楽じゃない。
「お母さんは、お客さんとしてたまに会えればいいかなって」
お客さん。客人。外の人。
それに組さんはさらに言葉を続けます。
「お母さんって、ちょっと古臭いし。育児の考え方も古いから」
古臭い。健が止めようとする声が聞こえますが、組さんは構わず続けます。
「何?本当のことでしょう?」
本当のこと?これが彼女の本音なのです。
私は深く息を吸い込み、できるだけ冷静に言いました。
「そう。よく分かったわ」
「分かってもらえてよかったです」
組さんの声には、ほっとした気配さえ感じられます。
「え、本当によく分かった。あなたたちの本音が。私は外の人で、お客さんで、古臭い存在。胸に」
「母さん!」
健が慌てた声を出しますが、もう遅いのです。
「もういいわ。お宮参り、楽しんできて」
私は静かに電話を切りました。
その夜、夫の誠が帰宅すると、私は呆然と座っていました。
「どうした?」
全ての会話を話すと、誠の顔がみるみる赤くなっていきます。
「なんだと?外の人だと?私たちは1,550万円以上も援助してきたのよ」
「あいつら、恩をあだで返しやがって」
誠も怒りで震えています。
「私、決めたわ。何を?」
「全ての援助を止める」
その言葉を口にした瞬間、不思議と心が軽くなるのを感じました。私はメモを取り出します。そこには現在進行中の援助が並んでいました。
月5万円の生活費補助、月3万円の住宅ローン補助、月2万円の保険料、月1万円の光熱費補助、月1万5,000円の携帯料金。合計で月12万5,000円。年間150万円もの援助を続けていたのね。
「これ、全部止めるのか?」
誠が確認するように尋ねます。
「ええ、全部」
「それでいい。俺も賛成だ」
夫の言葉に、私は確信を持ちました。
「外の人に援助する必要はないものね」
その瞬間、私の中で何かが決まったのです。外の人として、適切な距離を保ちましょう。
「息子たちは、自分たちが何を失うかまだ分かってないんだ」
誠がそう言いました。
「明日すぐに手続きするわ」
その夜、私は一睡もできませんでした。でも、不思議なことに心は晴れ晴れとしていたのです。もう我慢しなくていい。もう理不尽に耐えなくていい。私は自分を守ることに決めたのです。
翌朝、目覚めた時、私の決意は揺いでいませんでした。むしろ、より強く、より確かなものになっていました。
さあ、始めましょう。鏡の中の自分に向かって、静かに微笑みかけました。
翌朝、私と誠は朝一番に銀行へ向かいました。窓口の担当者が書類を確認しながら尋ねます。
「自動振り込みを全て停止されるのですね」
「はい、全てお願いします」
私の声は落ち着いていました。もう迷いはありません。生活費補助月5万円、住宅ローン補助月3万円、保険料月2万円、光熱費補助月1万円、携帯料金月1万5,000円。1つずつ停止の手続きを進めていきます。
「共同名義の口座も解約するぞ」
誠が言いました。
「こちらの口座は、お子様との共同名義ですが……」
担当者が確認します。
「私の分を引き出して、解約してください」
口座残高250万円。全額を引き出しました。
銀行を出ると、次は不動産会社へ向かいます。
「住宅ローンの連帯保証人を外れたいのですが」
不動産担当者は少し驚いた様子でした。
「この場合、ご主人様の方で新たな保証人を立てるか、一括返済が必要になりますが……」
「それは息子の問題です。俺たちは関係ない」
誠がきっぱりと言い切ります。担当者は書類を用意しながら説明を続けました。
「一括返済の場合、残債は約500万円になります」
500万円。大きな金額です。でも、それは私たちの問題ではありません。
午後、私たちは保険会社へ向かいました。
「息子夫婦の保険料支払いを停止します」
「では、契約者であるご主人様に通知が行きますが、構いませんか?」
「すぐにお願いします」
全ての手続きを終えた後、誠が私の手を握りました。
「35年間、お前が必死で働いて貯めた金だ。好きに使っていい」
「ありがとう。これからは、私たちのために使うわ」
でも、まだ終わりではありませんでした。次に向かったのは、弁護士事務所です。
「贈与税の関係で、過去の援助を貸付金として記録したいのですが」
弁護士は真剣な表情で聞いていました。
「総額1,550万円分です」
「証拠はありますか?」
私は用意していた書類を取り出しました。全ての振り込み記録、領収書、メモ。35年間きちんと記録を残してきた、美容師としての習慣がここで生きたのです。
「素晴らしい。これなら完璧です」
弁護士の言葉に、私はほっとしました。
「必要なら、返済を求めることもできるんですよね」
誠が確認します。
「はい、貸付金として記録すれば可能です」
法的にも、私たちの行動は正当なのです。
さらに行政書士の元へも足を運びました。
「遺言書を作成したいんです」
「相続人から特定の方を外すということですか?」
「いいえ。法定相続分は保証します。ただし、条件付きで」
「条件とは?」
「親を大切にしたものに、多く残す」
そう説明してください。
全ての手続きが終わったのは夕方でした。最後に向かったのは携帯ショップです。
「家族割を解除して、息子夫婦の回線を独立させてください」
店員が説明します。
「かしこまりました。ただし、料金は大幅に上がりますが……」
「構いません。息子たちが払うんだからな」
誠の言葉に、私は小さく頷きました。
全ての手続きを終えて家に帰ると、私は1つの決断をします。健にLINEを送ることにしたのです。メッセージを打ち込む指は、不思議と震えていませんでした。
「健。あなたの言う通り、私は外の人でしたね。よく考えたら、その通りだと思います。外の人がうちの人の生活を支える必要はありませんね。本日付けで以下の援助を全て停止しました」
1つずつリストを書いていきます。月5万円の生活費補助、月3万円の住宅ローン補助、月2万円の保険料、月1万円の光熱費補助、月1万5,000円の携帯料金。合計月12万5,000円。
そして続けます。
「また、共同名義の口座も解約し、住宅ローンの連帯保証人からも外れました。これからは、外の人として適切な距離を保たせていただきます。なお、過去の援助1,550万円については弁護士と相談の上、貸付金として記録しました。返済については後日改めて連絡します。お宮参り、楽しんできてね。母より」
送信ボタンに指を置きます。1度深呼吸をして、静かに押しました。
「送ったのか?」
誠が尋ねます。
「ええ、これで終わりよ」
「明日慌てて連絡してくるぞ」
「でしょうね。でも、もう遅いわ」
私は窓の外を見つめました。夕日が美しく輝いています。35年間、美容師として働き続けてきました。その間、数えきれないほどのお客様と接し、人の心を理解してきたつもりです。冷静さ、計画性、そして適切な判断力。それらは全て、この仕事で培ってきたものでした。
「私は、正しいことをしているのよね」
誠が私の肩を抱きました。
「ああ、お前は何も間違っていない」
その夜、私は久しぶりにぐっすりと眠ることができました。
翌朝、目覚めた時、スマホの画面には予想通りの光景が広がっていたのです。健からの着信履歴が10件以上。留守電も入っています。
「母さん、何やってんだよ。すぐ電話して」
慌てた声が聞こえてきます。でも、私はすぐには電話をかけませんでした。美容室に向かい、いつものように仕事を始めます。常連のお客様との会話を楽しみ、丁寧に髪をカットしていく。この日常こそが私の人生なのです。
息子たちは、自分たちが何を失ったのか、今まさに気づき始めているのでしょう。でも、それはもう私の問題ではありません。外の人として適切な距離を保つ。それが、私の選んだ道なのですから。
仕事を終えて帰宅すると、スマホの着信履歴は20件を超えていました。全て健からです。私は1つ1つ留守電を聞いていきました。
「母さん、この電話してくれ」
「お願いだから、連絡して」
声は時間が経つにつれて、どんどん切迫していきます。今度は組さんからも電話がかかってきました。
私はゆっくりと電話に出ます。
「おはよう。何の話?」
わざと穏やかな声で答えました。
「お母さん、どういうことですか?」
組さんの声は泣いていました。
「何が?」
「お金が入ってないんです」
「援助を止めたから。LINEで伝えたでしょう」
「勝手に止めないでください」
勝手。その言葉を聞いて、私は静かに微笑みました。
「勝手?外の人が援助する方が勝手でしょう」
組さんが言葉に詰まります。
「組さん、あなたが言ったのよ。私は外の人だって。だったら、外の人はうちの人の生活に関わるべきじゃないわよね」
「お母さん、お願いです。お願い」
今度は彼女がお願いする番なのです。
「お願い?お客さんにお願いするのおかしくない?」
私は組さんが言った言葉を、1つずつ返していきます。
「申し訳ございませんでした」
電話の向こうから、か細い声が聞こえてきました。
電話を切ると、今度は健から電話がかかってきます。
「母さん、頼む」
「何?」
私の声は、冷たく響いたことでしょう。
「住宅ローンの支払いができないんだ」
「それは大変ね」
「母さんが連帯保証人外れたせいで、一括返済を求められてる」
「あら、それは困ったわね」
「困ったじゃないよ。500万円だぞ」
500万円。確かに大きな金額です。でも、それは私の問題ではありません。
「500万円は大金ね。すぐ払えないの?」
「払えるわけないだろ!」
「じゃあ、実母に頼んだら?」
私は健が言った言葉を、そのまま返しました。
「組さん、実母なら何でも言えるって言ってたでしょう」
「母さん、携帯も止まりそうだし、光熱費も払えない」
「それは困ったわね。でも、私は外の人だから」
「母さん!」
健が叫びました。でも、私の心は動きません。
数日後、健から再び連絡がありました。
「義母さんに相談したんだけど……」
「ええ、それで?」
「そんな大金は無理だって」
やはりそうなのです。
「あら、頼りになる実母じゃなかったの?実母なら何でも言えるんじゃなかったの?」
私の言葉に、健は何も答えられません。
「健。あなたが選んだのよ。外の人の私より、うちの人の義母さんを」
「分かったよ。悪かった」
「何が悪かったの?母さんを外の人扱いしたこと?」
「本当は、外の人でしょう。私は義母で、組さんの実母がうちの人」
「違う。母さんも大事な……」
「昨日までは、違ったみたいだけど」
私は淡々と言葉を返していきます。
そして、ある日の夕方。玄関のチャイムが鳴りました。誠が出ると、そこには健と組さんが立っていたのです。
「父さん、母さんに合わせてくれ」
「帰れ」
誠の声は冷たく。
「お父さん、お願いします」
「お前らに言うことはない」
「このままじゃ、家を失う」
「それはお前らの問題だ」
その時、私が奥から声をかけました。
「いいわ、誠」
前に現れた私を見て、2人は驚いたようでした。私はいつも以上にきちんと化粧をし、凛とした姿で立っていたのです。
「どうしたの?外の人に何か用?」
その瞬間、2人は突然土下座をしました。
「母さん、許してくれ」
「お母さん、お願いします」
床に頭をつけて懇願する2人。でも、私の心は動きません。
「何を許すの?」
「俺が間違ってた。母さんを外の人扱いして」
「私が悪かったです。言いすぎました」
組さんも必死に謝ります。
「あら、でも事実でしょう?組さんにとって、私は外の人。それは事実よ。それに、あなたたちは実母に頼りたいんでしょう?なら、そうすればいいじゃない」
私は冷静に、でもはっきりと言いました。
「人数が多いと、赤ちゃんも疲れるんでしょう。組の気持ちを優先したいんでしょう。実母なら何でも言えるし、楽なんでしょう。お母さんはお客さんとしてたまに会えばいいんでしょう」
1つずつ、彼らが言った言葉を返していきます。2人は何も言い返せません。
「あなたたちが選んだ道。責任は取ってもらうわ」
「でも、子供が生まれたばかりで……」
「だから、何?私が初孫に会えなかったことは?LINEで知らされて、病院で30分で帰されたことは?お宮参りから排除されたことは?それは私が我慢すべきで、あなたたちの困窮は助けるべき?都合が良すぎるんじゃない?」
組さんが泣き崩れました。
「申し訳ございませんでした」
でも、私の決意は揺らぎません。
「もう1度だけ、チャンスをくれ」
健が必死に頭を下げます。
「チャンス?何のチャンス?」
「援助を再開してくれないか?」
「それは無理ね」
2人が顔を上げます。
「だって、あなたたちは私を外の人扱いしたのよ。外の人がうちの人にお金を渡すのは、おかしいでしょう?」
論理的に、冷静に、私は言葉を続けました。
「それより、過去の援助1,550万円について話しましょう」
「え?」
「弁護士に相談して、貸付金として記録したの」
「貸付金?」
組さんが驚きの声を上げます。
「ええ、あれは援助じゃなくて、貸したお金だったのよ」
「そんな、聞いてない!」
「でも、証拠は全部揃ってるわ。返してもらうわよ」
「無理です。そんな大金……」
2人の顔から血の気が引いていきます。
「じゃあ、月々10万円ずつでいいわ。13年かかるけど」
「10万円も、無理だよ……」
「なら、家を売って」
2人は完全に言葉を失いました。
「あなたたちが選んだ道でしょう?外の人を排除して、うちの人だけで幸せになるって。その結果がこれよ」
私は静かに、でも確かに言いました。
「もう帰って。これ以上話すことはないわ」
「母さん……」
「帰りなさい。そして、実母に頼みなさい。あなたたちにとっての本当の家族にね」
誠がドアに手をかけます。
「さあ、帰れ。2度と来るな」
ドアが閉まる音が、静かに響きました。
私はついに、完全勝利を手にしたのです。
あれから3ヶ月が経ちました。私の美容室には、今日も常連のお客様が訪れてくださいます。
「千恵子さん。最近輝いてますね」
お客様がそう言ってくださいました。
「そうかしら」
「息子さんとは?」
「ええ、適切な距離を保ってるわ」
私は穏やかに微笑みました。
週末、誠と2人で温泉旅行に出かけました。
「こういう時間、久しぶりだな」
露天風呂に浸かりながら、誠が言います。
「そうね。息子たちに使ってたお金で、私たちが楽しめるようになったわ」
月12万5,000円の援助停止で、年間150万円の余裕ができました。さらに、共同口座から引き出した250万円も。
「これからは、俺たちの人生を楽しもう」
「ええ」
私たちは海外旅行を計画し、高級レストランでの食事も楽しむようになりました。趣味の陶芸教室にも通い始め、健康のためにジムにも通っています。
「今まで何をしてたんだろうって思うわ。こんなに自由で、こんなに幸せだなんて」
「息子たちに縛られてたんだよ、俺たちは」
誠の言葉に、私は深く頷きました。
「でも、もう違うわ。私たちは自由よ」
一方、健さんの困窮は続いていました。結局、2人は家を売却することになったのです。小さなアパートに引っ越し、毎月の返済に追われる生活を送っているようでした。義母さんとの関係も冷え切っているという話を、風の噂で聞きました。
ある日、スーパーで偶然組さんと遭遇したのです。憔悴した様子の組さんが、赤ちゃんを抱いていました。
「お母さん……」
「あら、組さん。元気そうですね」
私は穏やかに挨拶をします。
「赤ちゃん、会いたくないですか?」
組さんが恐る恐る尋ねてきました。
「外の人が、うちの人の赤ちゃんに会う必要はないでしょう」
私は静かに、でもはっきりと言いました。
「それじゃ」
その場を後にする私の背中に、組さんの視線を感じました。
数日後、健から手紙が届きました。
「母さん。本当に申し訳ありませんでした。今なら母さんがどれだけのことをしてくれていたか分かります。お金の問題じゃなかった。気持ちの問題でした。でも、もう遅いですよね」
手紙を読んで、私は複雑な表情になりました。
「返事、するのか?」
誠が尋ねます。
「しないわ。これは彼らが学ぶべき教訓よ」
援助を再開する気は、ありませんでした。
あれから1年が経った頃、健から連絡がありました。
「母さん、話がしたい」
私は、会うことにしました。カフェで向かい合って座ります。
「お母さん。1年間考えた。俺が間違ってた」
健の目は真剣でした。
「組とも話した。お母さんにも謝った。生活は苦しいけど、これが俺たちの選んだ道だから」
私は黙って聞いていました。
「でも、母さんに謝りたくて。本当に申し訳なかった」
その言葉に、嘘はないように感じました。
「健。私はあなたを憎んでるわけじゃないの。ただ、自分を守る必要があっただけ。でも、あなたが本当に反省して変わったなら……」
「母さん。孫には会いたいわ。でも、条件があるの」
「何でも」
「2度と外の人扱いしないこと。私を尊重すること。それだけ」
健は深く頷きました。
「約束する」
数週間後、私は孫と再会しました。でも、以前のような無償の援助はしません。適切な距離を保ちながら、祖母として接していきます。組さんも、私を尊重するようになりました。
私が学んだのは、自分を大切にすることの重要性です。誰かのために、自分を犠牲にしすぎてはいけません。でも、相手が変わる可能性も、信じていい。ただし、それは相手の努力次第なのです。
私はもう2度と、理不尽には屈しません。これが私の勝利です。そして、これが私の新しい人生です。理不尽に屈することなく、静かで、しかし堂々と戦い抜いた結果が、この素晴らしい人生なのです。
