「中卒のくせに、無能な社員は邪魔なんだよ。」懇親会の会場で、元同級生の飯沼が酔いに任せて私を嘲笑った。女性社員に絡む彼をそっと止めた私に、彼は食ってかかり、「お前なんざ、さっさと首になっちまえ」と罵倒した。私は小さく笑って受け流し、心の中で「ああ、同感だよ」と呟いた。私、山本は37歳。全国展開する書店チェーン三堂で都内店舗の店長を任されている。中卒の私がここまで来られたのは、会社が人材を広く…

「中卒のくせに、無能な社員は邪魔なんだよ。」懇親会の会場で、元同級生の飯沼が酔いに任せて私を嘲笑った。女性社員に絡む彼をそっと止めた私に、彼は食ってかかり、「お前なんざ、さっさと首になっちまえ」と罵倒した。私は小さく笑って受け流し、心の中で「ああ、同感だよ」と呟いた。私、山本は37歳。全国展開する書店チェーン三堂で都内店舗の店長を任されている。中卒の私がここまで来られたのは、会社が人材を広く...

「中卒のくせに、無能な社員は邪魔なんだよ。」

元同級生の飯沼が、酔いに任せて私を馬鹿にしたように笑いながら言った。懇親会の会場で、彼は少し羽目を外しすぎていた。女性社員に絡む飯沼をそっと食い止め、私は小さく笑ってその言葉を受け流した。

だが彼は食ってかかってきた。

はあ、俺はお前に無能って言ってんだよ。お前なんかさっさと首になっちまえ。無能な社員はいらないんだ。

笑いを引っ込め、私は首を振りながら小さく笑った。そして心の中で思う。ああ、同感だよ、と。

私の名前は山本。37歳で、全国展開している書店チェーンの三堂に勤務している。現在は都内の一店舗の店長を任されている。高校中退で高卒認定を取っただけの私が、大きな責任を任せてもらえているのは、会社の土壌が大きいからに過ぎない。三堂は知識と教養と芸術を取り扱う会社として、幅広い人材を登用することを旨としている。

ギャンブル狂で借金まみれの父が家庭を引っ掻き回すような環境で育った私は、幼い頃から三歳下の妹の面倒を見ながら生きてきた。催促の電話が鳴る家から逃れたい一心で、子供の頃は妹と図書館に通い詰め、本を読み漁っていた。やがて母が離婚を決意し、私は妹と共に母についていくことにした。貧しかった生活はさらに厳しくなり、私は高校に入学したものの、すぐに中退を選んだ。学業よりも労働をしなければならなかった私は、書店をバイト先に選んだのだ。

学歴不問の書店に雇われ、そのまま社員になった私は、妹の学費を稼ぐために働いた。高校から大学に進んだ妹は、自らの優秀さで有名な文学部の奨学金を獲得した。

「お兄ちゃんがなければ、今の私はいない。」

「そんなこと言うなよ。お前がしっかりしてたから、こうなれたんだよ。」

妹はよく私への感謝を口にしてくれた。が、私はしなければいけないことをしただけであり、妹に何かを押し付けるつもりもなかった。妹は勉強に励み、今は図書館司書になるという夢を叶えている。姉妹揃って本に関わる仕事をするようになったのは、似ているというか、幼い頃の経験が染みついていたからだろうと思っている。

初秋を迎えた頃、都内のホテルで三堂主催の懇親会が開催されることになった。店舗の代表として、私と部下の一人が出席することになり、当日は慌ただしく準備をした。会の途中で出張を控えていた部下は帰り、私は一人で様々な人と言葉を交わした。

ふと、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「おう、入居か。久しぶりだな。」

「なんだよ、そっけないな。」

少し赤い顔で私を呼び止めたのは、幼馴染みであり、かつての同僚でもある飯沼だった。

飯沼とは小学校から高校まで同じ学校に通ったのだが、地元では地主の子供としてどこか崇められているような子供だった。そして本人もその自覚を持ち、子供の頃から王様のように振る舞っていた。自分の周りにいる人間は友達ではなく下々の者だと思っているふしがあり、特に貧しかった私は散々馬鹿にされた。家庭の事情で高校を中退してからは、「中卒」と私を呼び、それを私の代名詞にするようになった。

「なんだよ、懇親会にいると思わなかったよ。」

「ああ、店舗からも出てくれと言われたんでね。」

「そうか。あれだよな。中卒なんて、ここにいてもいなくても変わらないのにな。」

飯沼とは、三堂で偶然再会した。私は高校中退のアルバイトからそのまま現場を任されているが、大卒の飯沼は新卒で本社へ入社していた。良い大学を出た飯沼がなぜ本社に入ろうと思ったのかは分からないが、いわゆる太い実家を持ち、経済的に心配のいらない彼は、就職を張り切る必要がなかったらしい。

「こういう業界で教養を身につけるのも悪くないんでな。」

新入社員当時の飯沼と話をした時、意地の悪そうな笑みを浮かべてそう言ったものだ。

再会した飯沼は、昔と同じように私を扱った。私のいる店舗にまでやってきては私を「中卒」とからかって遊ぶ。

「俺は最初から係長待遇で本社勤務。いいか?これが学歴のなせる技だ。」

三堂にとってエリートだった飯沼は、新卒から係長待遇で本社に迎え入れられた。私を見下す彼は、昔から自分がいかに優れていて期待されているのかを自慢していた。

「俺は今、地方書店の合併交渉を任されているんだ。お前は何かあるのか?中卒。」

懇親会で久々に顔を合わせた飯沼は、酔いに任せて私を鼻で笑っていた。

「ああ、ここのところは本社の業務にも参加させてもらってる。」

「ああ、それ聞いたよ。まあ、どうせ雑用係なんだろう。俺と違って、お前は一生大きな仕事は任されない。」

「そうかもしれないな。」

「そうに決まってるだろう。中卒は基本的に店舗業務専門。駒使いとか足軽だよな。昔だったら下っ端の武士みたいな。」

人を見下す癖のある飯沼を、直に嫌な奴だとはあまり思わない。私が昔から彼に抱いているのは、哀れとか可哀想ということだった。周りに祭り上げられ、勘違いしているだけなのだが、それに気づかずに生きている。

上機嫌で酒を煽りながら、招待客たちを鼻で笑って見ている飯沼に、私は冷たい視線を向けた。

「ああ、竹中さん。どうも。」

「あの、本社総務の飯沼です。」

「いや、お会いできると思いませんでしたよ。」

飯沼はグラスを手にふらふらと歩き出した。どこへ行くのかと見ていると、本社秘書の竹中さんを呼び止めていた。

秘書の竹中さんは、社内一の美人と言われる人気社員だった。背筋を伸ばし、よく通る声で歯切れよく話す有能な秘書だ。社長もそうだが、役員クラスの人たちは、竹中さんが自分の下に着くことを望んでいる。過去にも現在にも、竹中さんは社内の高嶺の花だった。

飯沼はそんな竹中さんを捕まえ、あの手で誘おうと伺っていた。

「以前、長期出張でお世話になって。」

「ああ、ええ、こちらこそ。あの時はどうも。」

「あの時は竹中さんがいなかったらどうなったか。資料の準備から交渉の進行まで、何から何まで引き受けてくれて、本当に助かりましたよ。」

「いいえ、それが私の仕事ですからね。」

「そんな自分の仕事ができない人間だから、竹中さんのような人は貴重で素晴らしいんですよ。」

「ああ、はあ。」

「私もね、重要な業務を任せてもらってます。今後この三堂を発展させるべく、困難を乗り越えようとしてるんですよ。」

飯沼は自慢と、竹中さんとのわずかな繋がりを元に話を広げ、彼女を引き止めていた。

「私としては、竹中さんにチームに加わっていただきたいんですよ。あなたがいれば、私は安心して仕事に取り組める。責任ある立場の私には、それ相応の人がつかなければ。」

「そうなんですか。」

酔っ払いそのものだった。そして竹中さんは、そんな飯沼に困っている様子だった。

「竹中さん、よかったら飲みに行きませんか?懇親会の後、二次回として。」

竹中さんの表情に見向きもせず、飯沼は彼女を飲みに誘った。「懇親会はどこへ行き、仕事の話をしよう」と彼女に絡む。

「せっかくですから、今後のことを話しましょうよ。それで私が、あなたがチームに入る段取りを考えますから。」

「あの、そういったことは、上司から話をいただきませんと。」

「そんなことは関係ないですよ。私なら、あなたにふさわしい仕事を用意できるんですから。」

「いいえ、そうはいきません。」

「そう言わず、もう少し前向きに考えましょうよ。だからこそ、この後二人で話すべきだ。」

「あの、申し訳ありませんが。」

「そう言わず。」

飯沼は竹中さんをしつこく誘っていた。私は飯沼と竹中さんの間に入るタイミングを見失い、少し戸惑う。だが、飯沼が引こうとしない様子を見て、そこで二人の間に割って入った。

「飯沼、竹中さんが困っていらっしゃる。」

「ああ?」

私は飯沼の前に立ち、そのまま竹中さんとの距離を取った。

「少し、どこかで酔いを覚ました方がいい。」

竹中さんには軽く頭を下げ、飯沼をどうにか引き離す。しかし当然、飯沼はそんな私の振る舞いが気に食わない。

「どけよ。無能な社員はな、邪魔なんだよ。」

俺を馬鹿にしながら、飯沼はなおも前に進み出ようとした。

「そうだな、そうかもしれない。」

私は飯沼を食い止め、小さく笑ってその言葉を受け流す。

だが飯沼は私に食ってかかった。

はあ、俺はな、お前に無能って言ってんだよ。

「お前なんざ、さっさと首になっちまえ。無能な社員はいらないんだ。」

笑いを引っ込め、飯沼は私を罵倒した。

私は首を振りながら小さく笑った。そして心の中で、ああ、同感だよ、と呟いた。

私と飯沼が小競り合いをしている間に、竹中さんはどこかへ去っていった。

落ち着いて辺りを見回すと、竹中さんは社長のそばで本来の役割をこなしていた。

さて、懇親会の翌日。私は本社に出社し、朝から役員会議に出席していた。議題は複数あるが、ひとまず最も優先すべきことから片付けたい。

「業務的な話は後ということでもちろん、まずは飯沼君の件だ。彼の処遇を決める。宥恕なのか、諭旨解雇なのか。」

「でしたら、まずはそちらの話し合いを。処分に関しては、決着を取ろうかと思います。」

この日の役員会議は、一週間ほど前に急遽日程が組まれていた。今後の事業計画に関する話し合いをしなければいけない事情もあったが、会議をせざるを得なくなった理由がある。出席者が席につき、早々に一人の役員が深い溜め息をつきながら口を開き、もう一人が名を上げて応じたように、飯沼が起こしている問題を取り上げなければいけなくなったからだ。

「昨日も懇親会で、ええ、まあ君が止めたそうだね。」

「そうですね。」

「社内もあの様子のようですが、社外でも聞いてますね。」

「そうらしいね。」

前日の懇親会で、社内の高嶺の花の竹中さんをしつこく誘った工だが、それはまだ彼の悪癖の一端だった。

中堅になってからというもの、飯沼は多種多様なハラスメントを繰り出すようになっていた。

部下や下請け会社への強圧な仕事の強要は特に有名になり、かつて飯沼は減給処分を重ねられたことがあった。残業と休日出勤を強制した上、営業先の開拓と言って、罰則付きの無茶な飛び込み営業を行わせたのである。

そして飯沼は、気に入った女性社員を片っ端から食事に誘い、断られてもしつこく迫っていた。

女性へのハラスメントでも、飯沼が減給処分を受けたのは言うまでもない。

だが飯沼は、良くも悪くもへこたれなかった。というか、持ち前の王様気質のせいで、反省などできるわけもなかったのだ。

「本来はもっと早く、徹底的に処分すべきだった。我々がどうしても甘かった。」

「おそらく、彼に向き合っていませんでしたね。」

飯沼は反省したふりこそしたが、行いを改めなかった。

部下を虐げ、女性社員を困らせ、最近では取引先の若手社員にもハラスメントすれども失礼を働いていた。

いよいよ飯沼の処遇をどうするか話し合うべきだとなったのは、取引先からの報告を受けてだった。

懇親会の翌日に役員会議を設定し、飯沼への処遇を決めることになった。

「では、決を取らせていただきます。飯沼を諭旨解雇とすることに賛成か反対か。」

過去に二回の減給を受け、その後も改心していない飯沼に対して、今回検討されていたのは諭旨解雇だった。

しかし話し合ううちに、長期休職処分を検討する声も出たが、最終的には諭旨解雇に落ち着き、最後は解雇に賛成か反対かを問うだけになった。

「では、出席者全員賛成ということで、飯沼は諭旨解雇。以上はありませんからね。」

「すまないが、ここから先は君が。君に処分を通知してくれ。」

「ええ、承知しております。」

私は飯沼に解雇を通達する役目を担うことになった。

これも元から決まっていたことであり、そもそも自分からやると名乗り出ていたのだ。

だが役員は私を竹中さんと組ませた。

「竹中君には、記録係として入ってもらってくれ。」

「はい。」

「彼女にはボイスレコーダーと書類を渡してある。二人で頼むよ。」

「かしこまりました。」

私は竹中さんと共に、飯沼のところに向かった。

飯沼がいる総務部の応接室を借り、そこに飯沼を呼び出す。

「なんだよ。中卒。」

「ああ、竹中さんも。」

「君に伝えないといけないことがある。座ってくれ。」

私に呼び出された飯沼は、露骨に嫌な顔をして見せた。しかし私の隣に竹中さんがいるのを見ると、顔を膨らませた。

「どうしたんですか?竹中さん。」

「お話がありまして。どうぞおかけください。」

「ああ。」

笑顔の飯沼と、無表情の竹中さん。そして厳しい顔をした私。

誰が飯沼に解雇を通告するかと言えば、それは私だった。

「で、君に解雇を伝えに来た。」

「はあ?」

「会議だ。その理由は、君が働いた数々のハラスメント行為。詳細はその書類に目を通して確認してほしい。」

飯沼は鼻を鳴らし、

「おい、それだったら前に減給処分を受けただろ。」

「その後も君はハラスメントをやめていない。それどころかエスカレートして、取引先にも迷惑をかけている。」

私は感情を殺して、飯沼に解雇とその理由を告げた。

飯沼は竹中さんから渡された書類に目を通しながら、眉根を寄せて私を睨んだ。

「ここに書かれていることが原因になって、俺は解雇されるのか?」

「ああ、そうだ。」

「ていうか、中卒にそう言われてもな。誰が信じるよ。」

飯沼は手にしていた書類を投げ捨てた。そして、私に「そんなこと言われても信じられない」と笑う。

「俺にそんなこと言えるだなんてな。」

飯沼は一人大笑いを響かせた。

「中卒に何の人事権がある」と言い、私が「役員会議で決まったこと」と言えば嘘だと鼻で笑う。

「中卒が役員会議なんてな。馬鹿は、嘘も上手くつけないのか?」

「嘘じゃないぞ。」

「はあ、あのなあ、お前何様だよ。」

飯沼は私と竹中さんの言うことを信じようとしなかった。

そこで私は、飯沼が理解しそうな方向に話を持っていくことにした。

プライドが高く、肩書きと対面を気にする飯沼が、話を飲み込めるように話そう。

「君に分かるように話をしよう。プライドと肩書きを大事にする君が納得できるように。」

「はあ。何言ってんだ。」

「いいか飯沼。私は三堂の次期社長だ。今後正式な手続きを踏んで、社長に就任する予定だ。」

「おい、お前何言って。」

「君は知らないよな。知っているのは、それこそ役員の方々ぐらいだ。」

私は自分の今後を飯沼に提示した。

中卒叩き上げの私が、三堂の次期社長になると聞かされたら、飯沼は驚き黙るはずだと考えていた。

私は三堂で働き出した時から、とにかく真面目に真剣に働こうとしていた。自分の学歴や経験を貶されたとしても、自分の仕事と向き合う。バイトから始まった社会人人生は、慌ただしかった。

自分にやれそうなことを模索し、提案する。

周りの人たちは、ありがたいことに私の話をちゃんと聞いてくれた。

色々な企画を立てた中で最大のヒットとなったのは、「本のコンシェルジュ」というものだった。

店員が自分のおすすめをお客様と共有し、文芸書から学術書まで、スペシャリストも育成する。

書店には学習経験豊富なスタッフが揃っている。

国内外の文学やそれぞれの研究分野に即した専門書の知識を持つ人も多かった。

私はその人たちの活躍の機会を増やそうと、本のコンシェルジュ制度を思いついたのだ。

最初は身近な数店舗から始まったこの制度は、やがて三堂全体に広がっていった。

そしてこの制度は、三堂の知名度を上げ、売上を上げるという効果をもたらした。

私が会長から三堂の次期社長に抜擢されたのは、めげずに企画を上げ続けて会社に貢献したからだった。

私はこれまで肩書きなど関係なく働いた。

人を使おうという気も持たず、何かするなら自分でやると考えてたよ。

私は飯沼に、飯沼が知らないことを全て伝えた。

その話と一緒に、自分の信念も伝える。

「それが全てだよ。」

「ああ、そうかい。中卒の妄想も、いい加減にしろ。」

飯沼は何を聞いても信じようとしなかった。

というよりも、どうしても私が話すから、そうなっていた。

「あのなあ、ひろし、お前頭がおかしくなったんじゃないか。」

飯沼は私を哀れむように言った。

そこで、そんな状況を見かねたのか、竹中さんが口を開いた。

「山本さんの話されたこと、それは事実です。あなたの解雇も、山本さんの今後に関しても、間違いではありません。」

竹中さんは冷静に、表情も変えずに飯沼に告げる。

しかし飯沼は、今度は竹中さんにも反論した。

「そうですか。なるほどね。」

「何か言いましたか?」

「いや、なんて言うか、あれだ。

この中卒を社長に祭り上げて、懐に入り取り入まってもらうという散財か。

そういう会長の思いつきでしょう。」

「いいえ、そうではありません。」

飯沼は竹中さんを遮るように自分の考えを披露し、自分の解雇も私の社長就任も、会長の気まぐれだと笑った。

「もういい。

中卒と竹中さんの言うことは信じない。

俺はとりあえず会長のところに、話を聞きに行くさ。」

飯沼は立ち上がり、応接室を出ようとした。

それを止めた私は、しばらく飯沼と言い争いになった。

「中卒、俺を止めるんじゃねえ。

お前はな、俺に指図していい人間じゃない。」

「飯沼、騒がないでくれ。」

「指図するな、中卒。」

会長室に向かおうとする飯沼を抑え、落ち着かせようとする。

しかし飯沼は怒るばかりで、私の言うことは本当に聞かなかった。

「中卒、いい加減にしろよ。」

「黙りなさい。」

飯沼が私に叫んだところで、竹中さんが立ち上がった。

飯沼を一喝して睨み、そのまま座るように視線を流した。

そしてそのまま竹中さんは、もう一つ飯沼が知らない話を始めようとした。

「これ以上、山本さんを、飯沼さんを侮辱するようなら、許しませんよ。」

「なんだよ。あんたまで中卒の味方か。嫌になるな。

おい、少しぐらい顔がいいからって調子に乗るなよ。秘書の分際で。」

話を続けようとした竹中さんを遮るように、飯沼が立ち上がって彼女に詰め寄ろうとした。

「やめろ。」

私は飯沼と竹中さんの間に入った。

「竹中さんに触るな。」

「うるさい。中卒は黙れ。」

「黙るのはお前だ。

いい加減にしろ。」

「彼女は、私の婚約者なんだ。手を触れないでくれ。」

私は竹中さんがしようとしていた話を引き継いだ。

私と竹中さんの関係性とその深さ。

それを告げると、飯沼は大きく首を振った。

「また嘘か。冗談じゃねえ。**

「俺が知ったことか。」

飯沼は私を突き飛ばし、竹中さんにもまた詰め寄ろうとしていた。

「あんたも、嘘は大概にしろ。」

「嘘じゃありません。私は山本さんと婚約しています。」

飯沼に詰め寄られた竹中さんは、大きな溜め息をつきながら全てを打ち明けた。

「私は、三堂会長の長女です。父と苗字が違うのは、仕事上のしがらみを避けようと、母の旧姓を使っているからです。」

「はあ?おい。」

「嘘だと言いたければ、それこそどうぞ父にご確認を。」

竹中さんは飯沼を相手に堂々と声を張った。

余計なことは言わず、好きにしろとでも言うように、飯沼を突き放した。

「あなたがどうなさっても構いませんが、何かが変わるということはありませんし、あなたが今し方ここで聞いたことは全て事実ですよ。」

「ああ、そうかい。まだそんなこと言うかよ。」

気然とする竹中さんに、飯沼は睨み返していた。

私はまだ諦めようとしない飯沼に、最後通牒を突きつけた。

「まだ何か言いたいなら、もう一度君に分かるように言わせてもらう。」

「なんだよ。」

「君は次期社長や、三堂の会長の娘を相手に暴れた。この二人にそんなことをして、自分が解雇にならないと思うのか?」

プライドと肩書きを重んじる飯沼に響きそうなものの言い方で、私は飯沼を黙らせた。

「これで君への話は終わりだ。理解したか?」

私が問いかけると、飯沼は小さく頷いた。

そしてそのまま椅子に腰を下ろし、頭を抱えていた。

飯沼はその後、諭旨解雇となって会社を去った。

プライドをズタズタにされ、最後は暴れもせず、静かに消えている。

私もそうだが、役員の多くは飯沼の最後の暴れを警戒していただけに、そこは拍子抜けしてしまったほどだった。

飯沼は今、どこかで無職の身でいるようだった。

高すぎるプライドと王様気質が災いして、再就職が叶わずにいる。

ひとまず実家に戻ったようだが、その鬱屈を親にぶつけて引きこもり状態らしい。

そんな飯沼の話は、別の同級生や知人から聞いている。

「山本社長の誕生だな。」

「ああ、やめてくださいよ。気恥ずかしいです。」

騒動から半年後、私は正式に三堂の社長に就任した。

いろんな人がいろんな言葉をかけてくれるが、社長と言われるのはまだ慣れていない。

私は社長職もこなしながら、店舗の仕事も続けている。

自分の習慣になったポップ作りを欠かしていなかった。

そしてこの日作ったポップは、特別なものだった。

記念すべき妹の作家デビューに添えられるポップだった。

図書館司書の傍らで作家を夢見た妹は、数ヶ月前にミステリー小説コンテストで大賞を受賞した。

それから流れるように、私の社長就任の日にデビュー作の出版が決まっていた。

これから店頭には、妹の著作と私のポップが並ぶ。

昔を思い出せば、嫌なことも数々ある。

自分と家族、職場や私生活といくらでも記憶は掘り返せた。

しかし腐らなければ、良いことは起きるし、起こせるというのも知っていた。

私はこれからも、会社や家族のために働く。

毎日を大切に、社員と家族を守ることが自分の責務だと、そう言い聞かせている。

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