夫は信じられないものを見るような目で私を見た。これ、誰? 私が静かにテーブルへ置いたのは、彼のスーツの内ポケットから出てきたホテルの領収書だった。二人分のディナー、ダブルルーム一泊。日付は、竜二が取引先との会食で遅くなると言っていた金曜日だった。
「仕事の相手だよ。」
長い沈黙の後、竜二はそう答えた。
「仕事で同じ部屋に泊まるの? 」
私が聞くと、彼は面倒そうに眉を寄せ、ため息混じりに言った。
「もういいだろう。俺たち、夫婦としてはとっくに終わってるじゃないか。」
その一言が、二十六年続いた結婚生活の終わりを告げる音のように聞こえた。けれど本当に私を打ちのめしたのは、その次だった。
「離婚はするけどさ、母さんの介護までやめる必要はないだろう。」
私は言葉を失った。隣の部屋では、七年前に脳梗塞で倒れて以来、右半身に麻痺が残った義母の文代さんが眠っている。竜二は続けた。
「母さん、お前じゃないと嫌がるしさ。離婚した後も、今まで通りここに来てくれればいいんだよ。」
私はしばらく、自分が何を言われているのか理解できなかった。
「私は、あなたの妻じゃなくなるのよ。」
ようやく絞り出した声に、竜二は心底不思議そうな顔をした。
「だからなんだよ。母さんの介護とは別の話だろう。」
その瞬間、私は全てを理解した。竜二の中で、妻という関係は終わらせても構わないけれど、自分の母親を無償で世話する便利な役割だけは、私に残しておきたいのだ。
私は相沢マリ。五十二歳。ほんの少し前まで黒川マリという名前だった。黒川竜二の妻として二十六年間生きてきた。結婚した頃、私は千葉県内にある小さな食品卸会社で経理をしていた。数字を合わせ、伝票を整理し、月末の締めに追われる。忙しかったけれど、私はその仕事が好きだった。自分の机があり、自分の仕事があり、必要とされる場所があった。それが変わったのは、七年前だった。
義母の文代さんが脳梗塞で倒れた。命は助かったものの、右半身に強い麻痺が残った。一人で立つことは難しく、着替え、排泄、入浴、食事には介助が必要になった。認知機能はしっかりしていた。だからこそ、自分の体が思うように動かない苦しさを、文代さん自身が一番よく分かっていたと思う。
退院が決まった日、竜二は私に頭を下げた。
「半年だけ頼む。その間に俺も介護のことを勉強するから。」
私は信じた。家族なのだから助けるのは当然だと思った。最初は会社に事情を話して勤務時間を短くしてもらった。朝、文代さんの着替えを手伝い、朝食を用意し、薬を確認する。昼間は訪問介護のヘルパーさんにお願いして会社へ向かう。帰宅すると急いでスーパーへ寄り、家へ戻る。夜は体の向きを変えたり、トイレを手伝ったりした。半年なら何とかできる。そう思っていた。
けれど現実はそんなに簡単ではなかった。定期的な通院、急な発熱。床ずれを防ぐための皮膚のケア、介護保険の更新、ケアマネージャーとの面談、福祉用具の調整。私は何度も仕事を休まざるを得なくなった。会社は理解してくれた。それでも同僚に負担をかけている事実は変わらない。結局、介護が始まって一年ほど経った頃、私は退職届を出した。
竜二は言った。
「悪いな。」
たったそれだけだった。私は笑って答えた。
「仕方ないよ。お母さんのことだもの。」
あの頃の私は本気でそう思っていた。家族だから。その言葉で全てを納得させようとしていた。
半年のはずだった介護は、一年、二年、三年と続いた。竜二は会社の営業職で仕事が忙しかった。出張も接待も多く、七年の間に課長から営業部長代理まで昇進した。私は平日に介護を手伝って欲しいと言ったことはない。でも、せめて休日くらいは。そう願うことさえ贅沢だったのだろうか。
土曜日の朝、私が文代さんの朝食を用意している横で、竜二はゴルフウェアに着替えていた。日曜日、前夜ほとんど眠れなかった私は言った。
「一時間だけでもいいから、お母さんを見ていてくれない? 」
竜二は露骨に嫌そうな顔をした。
「俺だって疲れてるんだよ。休みの日くらい寝かせてくれ。」
一度、文代さんが高熱を出したことがあった。三日近く、私はまともに眠れなかった。三日目の夜、限界を感じた私は竜二に頼んだ。
「今夜だけ変わってくれないかな?

」
竜二はベッドから起き上がりもしなかった。
「俺、明日仕事なんだけど。お前は昼間少しくらい横になれるだろう。」
その言葉を、私は七年間忘れなかった。隣の部屋で文代さんはその会話を聞いていた。翌朝、私が濡らしたタオルで顔を拭いていると、文代さんが小さな声で言った。
「マリさん、ごめんなさいね。」
「お母さんが謝ることじゃありませんよ。」
そう答えると、文代さんの目から涙が一筋こぼれた。
倒れる前の文代さんは、決して優しい姑ではなかった。料理の味が薄い、掃除が雑、正月には嫁としてもっと動くべきだ。そんなことを何度も言われた。けれど病気になり、自分一人では何もできなくなってから、文代さんは変わった。人に頼らなければ生きていけない苦しさ。そして、本当に自分のそばに残る人間が誰なのか、身を持って知ったのだと思う。
竜二の浮気に気づいたきっかけは些細なものだった。シャツに残った、私が使わない香水の匂い。休日出勤や出張と言って出かける回数が増えたこと。そしてあのホテルの領収書。相手は宮本沙耶という女性だった。四十二歳。竜二の取引先で事務部門の責任者をしていると、後で知った。
私が問い詰めると、竜二は開き直った。
「言わなくても分かってただろ。俺たち、何年も前から冷え切ってたじゃないか。」
私は泣かなかった。正確には、泣いている暇がなかった。時計を見ると午後十一時を過ぎていた。文代さんの就寝前の薬を飲ませる時間だった。薬を用意する。水を準備する。体温と血圧を測る。介護記録へ書き込む。夫の裏切りより、目の前の介護スケジュールが優先される。それが私の七年間だった。
そして今、その夫が言っている。離婚しても、介護だけは続けろと。
私は聞いた。
「沙耶さんとは、結婚するつもりなの? 」
一瞬だけ竜二の顔が固まった。だがすぐに答えた。
「ああ、そのつもりだ。」
「彼女は、お母さんの介護をしてくれるの? 」
「しないよ。」
竜二は一秒も迷わなかった。あまりに迷いのない返事に、私は乾いた笑いを漏らした。
「じゃあ、誰がするの? 」
「だから言ってるだろう。お前に、今まで通り頼むって。」
その瞬間、私は離婚を決めた。浮気をされたからだけではない。この人の中で、私はもう一人の人間ではない。自分に都合よく使える、機能のような存在になっている。そう悟ったからだった。ただ一つ、心に引っかかっていたのは文代さんのことだった。私が家を出れば、この人はどうなるのか。
竜二が寝室へ戻った後、私は文代さんの部屋の前に立った。さっきの話が聞こえていたら、そう思うと胸が苦しくなった。ドアを開ける。文代さんは目を開けていた。
「お母さん、眠れませんか?
」
自分の声が震えているのが分かった。文代さんはしばらく何も言わなかった。そして静かに口を開いた。
「聞こえてたわ。」
私は息を飲んだ。
「竜二との話、全部ですか? 」
文代さんは頷いた。何を言えばいいか分からなかった。けれど文代さんは、私が謝るより先に言った。
「マリさん、離婚なさい。」
耳を疑った。
「でも、お母さんのことが……。」
「じゃあ、私のことがあるから残れない、って言うの? 」
文代さんの声が強くなった。動かせる左手でシーツを握りしめていた。
「私のために、あなたがここへ残る必要なんてない。あの子の身勝手のために、あなたの人生をこれ以上犠牲にしてはいけないわ。」
その言葉を聞いた瞬間、七年間張り詰めていた何かが切れた。竜二の浮気が分かった時も、離婚後も介護をしろと言われた時も出なかった涙が、一気に溢れた。私は横にしゃがみ込み、声を殺して泣いた。文代さんが必死に左手を伸ばした。震える手が、私の手に触れた。
「マリさん。」
「はい。」
「私は介護される側よ。でもね、あなたの人生をどう生きるか決める権利まで、私にはないの。」
私は何も言えなかった。その夜、私たちは二人で静かに泣いた。嫁と姑ではなく、ただ一人の女性と、一人の女性として。
翌日から、私は動いた。竜二の言う通りにするつもりはなかった。まず、離婚の法律相談を予約した。二十六年間の婚姻生活で築いた財産、年金分割、不貞がある場合の対応。何も知らないまま離婚するわけにはいかない。
そして、もう一人連絡した相手がいた。七年間、文代さんの介護計画を一緒に考えてくれたケアマネージャーの織田桐子さんだった。五十七歳のベテランで、どんな時も冷静に話を聞いてくれる人だ。数日後、私は織田桐さんと喫茶店で向き合った。
「織田桐さん、私、離婚することにしました。」
織田桐さんは驚いて騒ぐこともなく、私の目を静かに見た。
「文代さんはご存知ですか? 」
「はい、話しました。」
「分かりました。では、これからのことを一緒に考えましょう。」
そしてこう言ってくれた。
「マリさんが一人で全て背負う必要はありません。」
その言葉だけで、胸の重りが少し軽くなった気がした。
数日後、私と織田桐さんは文代さんの部屋で、三人で話し合った。織田桐さんが車椅子に座った文代さんの目線まで体を低くする。
「文代さん、これからどこで、どのように暮らしたいか。まずご本人のお気持ちを聞かせてください。」
文代さんは長い時間、窓の外を見ていた。そして言った。
「施設へ行きたいです。」
私は驚いた。以前一度だけ施設の話が出た時、文代さんは激しく嫌がった。知らない場所へ行きたくない、自分の家で暮らしたい。そう涙を流していたからだ。
「お母さん……。」
文代さんは私を見た。
「前は怖かったのよ。知らない場所へ行くのが。でも今はね、知らない場所へ行くより、マリさんが壊れてしまうのを見る方が怖いの。」
喉が詰まった。織田桐さんは現実的な提案をしてくれた。すぐ長期入居先が見つかるとは限らない。まずショートステイを利用しながら、文代さん本人に合う施設を探す。私たちはその方針で進めることにした。
ただし、息子である竜二の協力も必要になる。織田桐さんはその場で電話をかけた。
「黒川さん、お母様の今後の介護についてお話がありまして。」
竜二は面倒そうに答えた。
「ああ、その件なら、細かいことは全部マリに聞いてください。あいつに任せてるんで。」
「マリさんとは離婚される予定と伺っています。今後は、ご家族である黒川さんにも……。」
「離婚してもマリがやりますよ。大丈夫です。」
竜二は言葉を遮り切った。
「今仕事中なんで。じゃあ。」
電話が切れた。無機質な音が部屋に響いた。私は申し訳なくなって言った。
「すみません。いつもあんな感じで。」
織田桐さんは首を横に振った。
「マリさんが謝ることではありません。」
そして資料を開いた。
「施設を利用すると費用が必要です。文代さんの年金でも一部は賄えると思いますが。」
私は思い出した。
「お母さんには貯金があります。亡くなったお父さんの遺産と、ご本人の蓄えで、確か二千二百万円くらい。」
ただし、通帳や印鑑は竜二が管理していた。竜二は以前から繰り返していた。施設なんて金がかかるだけだ、母さんの貯金なんてすぐなくなる、家で見られるならその方がいい。私は、母親のお金を心配する優しい息子なのだと思おうとしていた。けれど、文代さんがぽつりと言った。
「私のお金なのにね。」
その日の午後、家を掃除していて、竜二の書斎の隅に古いタブレットを見つけた。何年も使っていない端末だった。なぜか気になり、充電してみた。数分後、画面が明るくなった。そこに通知が表示された。宮本沙耶。胸が大きく鳴った。見てはいけない。そう思ったけれど、通知画面には竜二が送った文章の一部がそのまま表示されていた。
「マリが母さんを見てくれるから、施設代もかからない。」
私は固まった。その下に続いていた。
「それに、母さんの貯金もそのまま残るしな。」
身体から血の気が引いていった。震える指で画面に触れてしまった。沙耶からの返信。
「本当に元奥さんが介護を続けるの?
竜二。」
「ああ。あいつは、母さんに情があるから絶対に離れられない。マリはそういう女だから。」
そういう女。私の責任感も、私の情も、七年間の時間も、全部利用できる性格として計算されていた。さらに沙耶の文章が続いた。
「私は絶対に介護しないからね。最初に言っておくけど。」
「分かってる。君にはさせない。安心してくれ。」
私は画面を閉じた。もう十分だった。
その夜、私は文代さんへ、全てを見せることはしなかったけれど、お金について竜二がどう考えているらしいかは伝えた。文代さんは長く黙った。そして訪ねた。
「本当に、私のお金、残ってるの? 」
「二千万円以上はあるはずです。」
文代さんは天井を見つめた。やがて、ゆっくり私へ顔を向けた。
「使うわ。」
「え? 」
「私のお金は、私の介護のために、私が使うの。」
声は震えていなかった。
「竜二に残すために貯めたお金じゃない。私が最後まで人間らしく暮らすために使うわ。」
その翌日、再び織田桐さんへ連絡した。本人の資産を動かす以上、慎重な手続きが必要だった。法律相談も利用した。文代さん自身の意思能力がはっきりしていることを確認し、銀行にも本人から事情を説明した。身体が不自由で窓口へ行けないこと、息子が通帳を管理していること、これからは自分の介護費用として自分で使いたいこと。文代さんは震える左手で印鑑を持ち、一つ一つ自分の言葉で伝えた。銀行側も事情を確認し、必要な本人確認手続きを案内してくれた。
同時に、ショートステイの空きも見つかった。私の離婚協議も進んだ。弁護士へ相談したと知ると、竜二は不機嫌そうに言った。
「大げさなんだよ。」
けれど、財産分与や年金分割について具体的な話を始めると、黙った。私は早く自由になりたかった。
やがて、離婚届を提出する日が来た。役所の窓口で、二十六年間の夫婦生活は終わった。私は黒川マリから、相沢マリへ戻った。もう竜二の妻ではない。黒川家の嫁でもない。
それなのに、帰宅すると竜二は当然のように言った。
「母さんのこと、明日からも頼むな。」
私は返事をしなかった。
「おい、聞いてるのか? 」
「聞いてるわ。」
「じゃあ、よろしく。」
私は一度も、分かったとは言っていない。それでも竜二は、私が介護を続けると信じていた。
私は離婚後も、三日だけ家に残った。竜二のためではない。文代さんを安全に次の環境へ送り届けるまで。それを、私自身が決めた最後の責任にしたからだ。竜二は私が家にいるのを見て、自分の考えが正しかったと思い込んだらしい。沙耶にも連絡していた。
「やっぱりマリは残る。母さんのことは心配しなくていい。」
そして三日目の朝、竜二は新しいスーツを着ていた。その日、沙耶と婚姻届を提出する予定だったのだ。
「今日は記念日だから遅くなる。母さんの夕飯、頼んだぞ。」
私は返事をしなかった。竜二は上機嫌で家を出た。
一時間ほどして、チャイムが鳴った。織田桐さん、訪問看護師、そしてショートステイ先の送迎者。文代さんは、私と一緒に選んだ薄紫色のブラウスを着て、車椅子に座っていた。持っていくものは多くない。着替え、薬、介護保険関係の書類、診察券、そして一枚の古い写真。若い頃の、亡き父が笑っている写真だった。
「忘れ物はありませんか?
」
私が聞くと、文代さんは言った。
「一つだけ。」
左手を伸ばし、私の手を握った。
「マリさん。」
「はい。」
「七年間、本当にありがとう。」
涙が込み上げた。
「お母さん、今度はね、私のためじゃなく、自分のために朝起きてください。」
私は何度も頷いた。車がゆっくり走り出した。窓越しに、文代さんが左手を振る。私も手を振った。さようならではなかった。ありがとう。その言葉だけを、心の中で繰り返した。
午後には、介護ベッドが回収された。部屋の中央には、七年間ベッドが置かれていた四角い跡だけが残った。私の荷物は、驚くほど少なかった。ダンボール五箱。二十六年間暮らした家なのに、自分自身のために持っていたものはそれだけだった。
最後に、私は家の鍵を一本、テーブルへ置いた。その隣に、七年間の介護記録のうち一冊を置いた。体温、血圧、食事、排泄、通院、対応。竜二が一度も真剣に読もうとしなかった、母親の生活がそこには記録されていた。そしてもう一つ、白い封筒。表には、不自由な左手で「竜二へ」と書いてあった。文代さんが何日もかけて書いた手紙だった。私は中身を読んでいない。絶対に読まないでね。そう頼まれていたからだ。
私は最後に家の中を見回した。もう、私の役割はない。静かにドアを閉めた。鍵がかかる音を聞き、二度と振り返らなかった。
翌日の昼過ぎ、竜二と沙耶が花束とワインを手に戻ってきた。新婚生活の始まりだった。
「お母さん、驚くかな? 」
沙耶が聞いた。竜二は笑った。
「マリがうまく話してるだろう。」
玄関を開ける。静かだった。リビングへ入った竜二は、立ち尽くした。介護ベッドがない。車椅子がない。介護用品がない。文代もいない。そして、私もいない。冷蔵庫を開けても、作り置きの料理は一つもなかった。
「ねえ、竜二さん。お母さんは……? 」
沙耶の声が変わった。竜二は慌てて私へ電話をかけた。私は出なかった。もう、元夫の電話に応じる義務はない。
その時、沙耶がテーブルの上の封筒に気づいた。竜二はそれを開いた。手紙にはこう書かれていた。
「私は自分の意思でショートステイへ行きました。マリさんに無理やり連れて行かれたのではありません。織田桐さんとも何度も相談して、私自身で決めました。これからは、自分の年金と貯金を、自分の介護のために使います。」
そして最後の文字は大きく、インクが少し滲んでいた。
「マリさんをもう、あなたの無料の介護要員にしないでください。」
竜二の顔から血の気が引いたという。その直後、竜二のスマートフォンが鳴った。織田桐さんだった。
「今後、文代さんの緊急連絡先を、ご子息である竜二さんの携帯番号で登録してよろしいでしょうか? 」
竜二は思わず聞いた。
「マリは?
マリは、どうなってるんですか? 」
織田桐さんは静かに答えた。
「相沢さんはすでに、黒川さんとは離婚されています。今後、ご家族として対応をお願いする立場にはございません。」
竜二は何も言えなかった。電話が切れた後、沙耶が聞いた。
「私には、マリさんが介護を続けるって言ったわよね。」
「いや、マリがはっきりそう言ったわけじゃないけど……。」
「だって、七年もやってたんだぞ。離婚したからって、急に全部やめるなんて、普通は思わないだろう。」
沙耶の表情が凍った。
「離婚したのよ。赤の他人になったのよ。それなのに、介護を続けるのが当然? 」
沙耶は結婚前、竜二へ明確に伝えていた。私はあなたと結婚したい。でも、あなたのお母さんを介護するために結婚するつもりはない。竜二は約束した。大丈夫。介護はマリがやる。君には絶対負担をかけない。
沙耶が呆然と花束を落とした。
「じゃあ、これから誰がするの? 」
それは、以前私が竜二へ尋ねたのと同じ質問だった。竜二は答えられなかった。
翌週、竜二は初めて、母親の介護について正式な面談に出席した。織田桐さんが分厚いファイルを置いた。七年間の介護計画。訪問看護、訪問介護、デイサービス、福祉用具、通院記録、介護保険の更新、費用。竜二は驚いた。
「こんなにやることがあったんですか?
」
織田桐さんは答えた。
「ここに記録されているのは一部です。法的なサービスが入らない時間の大部分は、相沢さんが担っていました。夜中の対応、急な発熱、排泄介助、病院への付き添い、食事、薬、皮膚のケア。それらは、記録では表せません。」
竜二は知らなかった。正確には、知ろうとしてこなかった。
数日後、竜二はショートステイ先へ文代さんを尋ねた。
「母さん、どうして勝手にこんなことしたんだよ。俺に一言くらい相談してくれても良かっただろう。」
文代さんの顔から笑みが消えた。
「勝手ではありません。私の介護です。私が決めました。」
「マリが何か吹き込んだんだろう。」
「マリさんは、何も言っていません。」
文代さんは息子を見つめた。
「マリさんは、もうあなたの妻でも、この家の嫁でもないのよ。それでも七年間、文句一つ言わず私の世話をしてくれた。その人に、あなたはまだ何をさせるつもりだったの? 」
竜二は黙った。しばらくして、彼は別のことを聞いた。
「施設代はどうするんだよ。母さんの貯金だって、そんなに使ったら減るだろう。」
「私が払います。」
「だから、それじゃあ母さんの金が……。」
「私のお金よ。」
竜二は言葉を止めた。文代さんは続けた。
「あなたへ財産を残すために、マリさんを無償で働かせるつもりはありません。」
「そんなつもりじゃ……。」
「じゃあ、どうしてあれほど施設を嫌がったの? 」
竜二は答えられなかった。そして文代さんはさらに言った。
「あの古いタブレット、私も見たわ。」
竜二が顔を上げた。
「マリが介護をしてくれれば施設代もかからない。私の貯金も残る。沙耶さんに、そう書いていたわね。」
竜二の顔が青ざめた。
「情けなかった。」
文代さんの声がわずかに震えていた。
「こんな体になったことより、自分の息子が一人の女性の七年間を、置き換えて考えていたことの方が、よほど情けなかった。」
竜二は何も言い返せなかった。
その頃、私は新しい暮らしを始めていた。以前の家から電車で三十分ほど離れた、小さな二DKのアパート。特別綺麗でも豪華でもないけれど、ここには私の許可なく入ってくる人はいない。私はこの部屋の唯一の主人だった。
最初の夜、午後十一時に普通のベッドへ入った。深く眠った。しかし夜中、突然目が覚めた。時計を見る。午前二時十三分。七年間、毎晩この時間に一度起きていた。文代さんの体の向きを変え、必要ならトイレを手伝っていたからだ。体が覚えていた。私は反射的にベッドから起きようとした。そこで気づいた。部屋は静かだった。誰も私を呼ばない。薬もない。トイレの介助もない。
私はベッドの端に座り、しばらく泣いた。悲しいだけではなかった。寂しいだけでもなかった。七年間という時間が、体の奥まで染み込んでいた。
翌朝、自分で設定した目覚ましで目が覚めた。トーストを焼いた。コーヒーを入れた。それだけで朝食が終わった。時間が余った。誰かのために食事を刻む必要がない。薬を並べる必要もない。洗濯物を急いで干す必要もない。何をしていいか分からず、私はしばらくテーブルの前に座っていた。そして一人で笑った。こんな朝があるのだ。
数日後、私は昔勤めていた食品卸会社へ電話した。元同僚の岡本千春さんが出た。
「相沢です。以前経理にいたマリです。」
電話の向こうで、息を飲む音がした。
「マリさん、久しぶり。」
離婚したこと、今は一人で暮らしていること、七年間仕事から離れていたこと。簡単に話した。そして訪ねた。
「もし可能なら、週に二日か三日でも働かせてもらえないかな。」
七年のブランクがある。会計ソフトも変わっている。いきなり正社員へ戻れるとは思っていなかった。
数日後、千春さんから電話が来た。
「週三日の経理補助から始めてみないか。」
そう言ってもらえた。七年ぶりに履歴書を書いた。経歴の欄には大きな空白がある。けれど、私はその七年を無駄だったとは思わなかった。私はあの時間の中で、人を支えることの重さも、自分を失う怖さも知った。
最初の出勤日、古い電卓を机に置いた。新しい会計ソフトには戸惑った。若い社員に何度も質問した。それでも、数字を扱う感覚は残っていた。月末、伝票を確認し、最後の数字がピタリと合った。胸の奥が、少しだけ熱くなった。私はまだ、ここにいる。そう思えた。
一方、竜二と沙耶の新婚生活は、長くは穏やかに続かなかった。沙耶は約束通り、文代さんの介護には関わらなかった。当然だった。彼女は最初からそう伝えていたのだから。その結果、これまで私が担当していた家族としての役割は、竜二へ戻った。施設との面談、着替えの準備、日用品の購入、通院の付き添い、役所の手続き、介護保険の更新。竜二は初めて、その一つ一つを自分ですることになった。
ある土曜日、竜二は沙耶へ頼んだという。
「今日の施設との面談、一緒に来てくれないか? 」
「どうして?
」
「一応、お前も家族なんだから。」
沙耶は手に持っていた口紅を置いた。
「その、“家族なんだから”って言葉、マリさんにも使ってたんでしょうね。」
竜二は黙った。彼にとって“家族”という言葉は、愛情ではなく、面倒な責任を相手へ渡すための言葉になっていた。妻なんだから、嫁なんだから、家族なんだから、七年もやったんだから、だから当然。その考え方は、沙耶との間にも少しずつ亀裂を作った。家事、生活費、母親への対応。何か問題が起こるたび、竜二は言った。
「妻なんだから、それくらいやってくれてもいいだろう。」
そして、沙耶の心は離れていった。
竜二と沙耶が別れるまで、一年もかからなかった。共通の知人から聞いた話では、原因は介護だけではなかったらしい。金銭感覚、家事分担、仕事への考え方。不倫という非日常の中では見えなかった違いが、結婚生活では毎日目の前に現れた。沙耶は後に、知人へこう漏らしたそうだ。
「マリさんがどうしてあの人と離婚したのか、結婚してみて少し分かった気がする。」
その話を聞いても、私はもう何も感じなかった。沙耶を憎む気持ちすら薄れていた。彼女もまた、自分で選択し、その結果を引き受けただけの、一人の女性だった。
その頃、文代さんの長期入居先も決まった。小規模な、介護付きの施設だった。私は一度だけ会いに行った。元嫁としての義務ではない。ただ、会いたかった。部屋へ入ると、文代さんは窓の外を見ていた。私に気づくと笑った。
「まあ、マリさん。」
家で介護していた頃より、表情が穏やかだった。
「ここでの暮らしはどうですか? 」
「悪くないわよ。」
文代さんは少し笑った。
「夜中に何かあっても、ボタンを押せば誰かが来てくれるの。」
胸が詰まった。七年間、その“誰か”は、私一人だった。専門のスタッフによるリハビリも続けているという。大きな回復ではない。それでも、以前より安定して座れる時間が少し長くなっていた。
「マリさんは、ちゃんと眠れてる? 」
「まだ夜中に目が覚めます。七年だものね。」
文代さんは笑った。
「でも、そのうち朝までぐっすり眠れる日が来るわよ。」
帰り際、文代さんが私の手を握った。
「ねえ、マリさん。竜二と離婚して、よかった。」
私は少し考えた。
「離婚したこと自体が良かったのかは、まだ分かりません。」
そして続けた。
「でも、自分のこれからの人生を、自分で決められるようになったこと。それは、本当に良かったと思っています。」
文代さんは深く頷いた。
施設からの帰り、スマートフォンが鳴った。竜二だった。離婚後、初めての電話だった。私は出なかった。すぐにメッセージが届いた。
「母さんのことで、聞きたいことがある。」
私は少し考えた後、一言だけ返した。
「担当の織田桐さんへ、ご確認ください。」
別の日。
「昔飲んでいた薬について分からない。」
「施設の看護師か、かかりつけの薬局へ、お問い合わせください。」
さらに後日。
「母さんが最近、食欲ないみたいなんだけど。」
そのメッセージには、返信しなかった。私はもう、黒川家の介護センターではない。その境界を曖昧にしてはいけないと思った。やがて、竜二からの連絡は来なくなった。彼もようやく理解したのだろう。マリという元妻は、自分の都合の良い時だけ呼び出せる存在ではない。自分の母親のことは、自分が家族として向き合わなければならない。
竜二はその後も、施設から呼ばれる度に仕事を調整した。病院へ付き添った。役所へ行った。面談に出た。ゴルフや飲み会を断ることも増えたという。彼は初めて、私が七年間費やしてきた時間の一部を、自分自身で経験することになった。
ある日、施設で文代さんがリハビリを嫌がった時、竜二は苛立って言ったそうだ。
「母さん、ちゃんとリハビリやってくれよ。金払ってるんだから。」
文代さんが悲しそうに答えた。
「あなたは、本当にお金の話ばかりするのね。」
「俺がどれだけ大変か分かってるのか?
」
「マリさんは、一度もそんなこと言わなかったわ。」
竜二が黙る。
「七年間、一度も私の前で“お金がかかる”とも、“大変だから嫌だ”とも言わなかった。あの人がどれだけ疲れていたか、あなたは今でも分かっていないのね。」
竜二が失ったのは、新しい妻だけではなかったのだと思う。彼が本当に失ったもの。それは、誰かが当然やってくれるという世界だった。妻だから当然、嫁だから当然、七年続けたのだから離婚しても当然。その“当然”の上に座り、竜二は自分の生活を築いてきた。けれど、その土台が消えた。そして初めて、自分の人生に必要な責任を、自分自身で支払うことになった。
私はといえば、穏やかな日々を過ごしていた。仕事にも慣れた。週三日では物足りないと思えるほどになった。休みの日は図書館へ行った。好きな食材をゆっくり選んだ。一人分の夕食を作った。疲れた日は何もせず、惣菜を買った。誰にも責められない、何もしない時間を、自分で選ぶことができた。
離婚から半年ほど経った、ある日曜日の朝。カーテンの隙間から明るい光が差し込んでいた。目を開け、時計を見た。午前七時四十分。私は一瞬、意味が分からなかった。七時四十分。そんな時間まで眠っていた。昨夜は十一時頃にベッドへ入った。少し本を読んだ。そして眠った。そこから今まで、一度も目が覚めていない。午前二時十三分にも、三時にも、五時にも、一度も起きていなかった。七年間で初めてだった。
私は布団の中で笑った。声を出して笑った。すると、なぜか涙が溢れた。嬉し涙だった。身体がようやく理解したのだ。もう起きなくていい。誰かのために、毎晩自分を削らなくてもいい。
私が離婚して取り戻したものは、豪華な家でも、多額のお金でも、元夫への復讐でもなかった。自分の朝を、自分のために迎える権利だった。七年間、私は文代さんを支えてきた。でも最後に、私を役割から解放してくれたのは、その文代さん自身だった。
私を理由に、あなたの人生を犠牲にしないで。あの言葉を、私は今でも忘れない。人を大切にすることと、自分を差し出し続けることは、同じではない。家族であっても、夫婦であっても、誰か一人の善意を“当然”に変えた瞬間、その関係は少しずつ壊れていくのだと思う。優しい人ほど、私が我慢すれば、と考えてしまうことがある。でも、その我慢に終わりがなくなった時、自分の人生まで失ってはいけない。支え合うことは、一人だけが犠牲になることではないから。


