「久しぶり。夜景の綺麗なタワーマンションに引っ越したの。昔のことは水に流して見に来てよ。どうせまだ一人なんでしょ」 電話口から聞こえたその声に、私は一瞬で三年前のリビングの光景を思い出した。夫の肩を抱く、あの長い髪。あの日、私は幼い息子を抱えて家を飛び出した。それなのに今、その女は私を憐れむように笑っている。 「いいですよ。じゃあ、夫と子供と行きますね」 「え、旦那さん?」…

「久しぶり。夜景の綺麗なタワーマンションに引っ越したの。昔のことは水に流して見に来てよ。どうせまだ一人なんでしょ」 電話口から聞こえたその声に、私は一瞬で三年前のリビングの光景を思い出した。夫の肩を抱く、あの長い髪。あの日、私は幼い息子を抱えて家を飛び出した。それなのに今、その女は私を憐れむように笑っている。 「いいですよ。じゃあ、夫と子供と行きますね」 「え、旦那さん?」...

久しぶり。夜景の綺麗なタワーマンションに引っ越したの。昔のことは水に流して見に来てよ。どうせまだ一人なんでしょ。

私の夫を奪ったママ友、ももかさんが電話口で私を馬鹿にするように言った。私はその誘いに乗ることにした。

「いいですよ。じゃあ、夫と子供と行きますね」

私の言葉にももかさんは驚いたような声をあげた。

「え、旦那さん?」

私は笑って頷いた。

「ええ、再婚したんです。もう一年以上になります」

呆気に取られたももかさんに構わず、私は電話を切った。その後、家族と訪れたももかさんの家で、ももかさん夫婦は顔色を悪くすることになるのだった。

私の名前は中山咲。五歳になる息子と、一歳になる娘。そして優しい夫と四人で暮らす三十一歳の主婦だ。夫の悟は少し特殊な職業をしているが、とても心優しく、私たち家族のことを大切にしてくれる。

「ごめん。今週の週末は帰れなさそうなんだ。だから美味しいものを買ってくるよ。何がいいかな?」

職業柄、家にいる時間は他の職業より短いけれど、私との時間も家族との時間も大切にしてくれる。いつも子供たちのおもちゃや、私のためにスキンケアグッズや私の好きそうな小物を買ってきてくれる。

「毎回選ぶのも大変でしょ」

私がそう言うと、悟は笑った。

「いいんだよ。お土産を選ぶ時間も、咲や子供たちのことを考える時間だから、俺にとって大切なんだ」

綺麗な顔でそう言うのだ。私はその顔にいつも胸がときめいて、ついつい甘えてしまう。離れている時間も長いけれど、私が一番この人の素顔を見られているという自信を、いろんな行動や言葉で悟はくれるのだ。

元気な息子と、最近つかまり立ちを始めた娘。そして大好きな夫に囲まれて幸せな暮らしをしている私であるが、ここに来るまでに辛いこともあった。

実は長男である五歳の息子は、前の夫との間の子供なのだ。私はバツイチで、三年前に離婚した。離婚の原因は夫の不倫だった。

前の夫、たけしはテレビ局の制作会社で働いており、いろいろと時間の融通も聞かず、今の夫と同じように家を開けることも多かった。しかしたけしは悟とは違い、家族の時間を取ってくれる余裕などなさそうだった。仕事が大変なことは分かっていたし、そこに文句を言っても仕方がないのかもしれないけれど、一緒にいる時もいつもぼんやりしてばかり。

しかも「お前がもっと料理上手なら俺の調子も良くなって、企画もうまくいったかもな」などと、仕事でうまくいかないことがあると、なぜか妻である私のせいにする始末だった。

たけしの言う通り、私は料理があまり得意ではない。だから何も言い返すことができなかった。それでもなんとか私は力になれることはないかと、それとなく「こうしたら」とか、押し付けがましくないように「こうした方が良さそう」などと言ってみたけれど、それにも嫌な顔をするばかり。

私の言い方が悪かったのかもしれないし、愚痴を聞いてもらいたかっただけかもしれない。そう考えて、数回でそれもやめてしまった。

夫との関係は子供にも影響する。まだ小さい息子に夫婦のギクシャクした雰囲気を見せてしまうのは嫌だったから、私が我慢すれば済む話だと思っていた。

しかし前の夫との婚姻関係は、思わぬ形で終わりを迎えることになる。

それは私が友人との食事の約束があった日のこと。友人と食事をした後はいつもショッピングなどすることが多いのだが、その日は友人に急な用事ができてしまい、食事の後は早々に解散することになった。

「本当にごめんね。ちー君の服も一緒に見る予定だったのに。今度また埋め合わせはするから」

「大丈夫だよ。それより早く行かないと」

謝り続ける友人に、私は笑って手を振った。ちー君というのは私の息子、千智のことだ。友人もすごく可愛がってくれているので、この日も一緒に連れて行った。千智も状況を察してくれているのか、ニコニコして友人に手を振った。言葉の数も増えているので、そろそろ友人の名前も言えるようになるのではと思っている。

私は千智を連れて家に着いた。途中でベビーカーに乗ったが寝てしまったので、折りたたみ式の屋根をかけてやる。エレベーターで自宅のマンションへと向かい、ドアの鍵を開けようとした。しかしドアの鍵は開いていた。

「あれ? 出かける時は閉めたのに」

そう思いながらドアを開ける。玄関には見慣れた夫の靴と、私のものではない女物の靴が並んでいた。どこかで見覚えのあるような、その女物の靴の正体が分からないまま、私はベビーカーをそっと玄関へと上げて中に入った。

たけしは仕事だと言っていたし、現に私と千智が家を出た時にはいなかった。でも今、家にいるらしい。しかも女物の靴がある。これは何かあると予感がした私は、眠る千智を起こさないように、靴を脱いで家に入った。

自分の家だというのに足音を忍ばせなくてはいけないのは、なんだか不思議だ。受験生の時、夜にお腹が空いて家族に黙ってこっそり台所のお菓子を食べたことを、なぜか不意に思い出した。そんなワクワクドキドキした気持ちは、今の状況にはそぐわないというのに。

女物の靴と言ったら、あれしかないだろう。たけしに限ってまさかという気持ちは、その時の私の脳内には少しもなかった。

光が漏れているリビングをドアの隙間からこっそり覗くと、そこにはたけしがいた。横には髪の長い女がいる。たけしは女の肩を抱いていた。二人でリビングのテレビで、聞こえるか聞こえないぐらいの音量で古い画のラブストーリーを見ている。

聞こえなくてもいいのだろう。なぜなら二人は、二人だけの世界にもう入っていたからだ。

女は横顔しか見えなかったが、誰だかすぐに分かった。千智と同じ年齢の娘さんがいるママ友、ももかさんだ。いつ知り合ったのか、私には見当もつかないが、二人の仲はとても深いところまで行っている気がした。

私がそこまで思った時、唐突に後ろから鳴き声がした。千智だった。

私は慌てて玄関に駆け戻り、千智に声をかける。

「あ、ごめんね、千智。はい、ここだよ。ママいるよ。ここに」

「ママ、ママ」

私を探す。私が優しく抱きしめると、次第にその鳴き声は収まって、千智はぎゅっと私に抱きついてきた。

そんな私と千智のいる玄関に、慌てた様子でたけしがやってきた。

「帰ってきてたのか」

慌ててお帰りを言うことを忘れている。私はたけしの隣にももかさんの姿がないことを確認して、たけしの問いには答えずに、私から質問をし返した。

「ももかさん、さっきあなたの隣にいたでしょ」

たけしはぎくりとして、一瞬「何のことだ」と惚けた。

「惚けないで。私、あなたがももかさんの肩を抱いているのを見たの」

するとたけしはぐっと押し黙った後、今度は声を荒げた。

「はあ? 言いがかりはよせよ」

私は慌てて千智を抱く力を少し強くした。

「ちょっとやめてよ。大きな声出さないで。千智がびっくりしちゃうでしょ」

千智はうるんだ瞳でたけしを見つめている。

「あ、ごめん。え、でもその、それは……」

曖昧に誤魔化すたけしに、このままでは埒が開かないと思った私は、奥に声をかけた。

「ももかさん、いるんでしょ? 出てきてください」

「だ、だから、言いがかりだって……」

私はあくまでもそう言い張るたけしに呆れてしまった。

「ああ、そうなの。でも私、今日はもう家から出ないんだけど。ももかさんも、我慢できるの?」

そんな私の言葉に、たけしの後ろから、苦笑いしたももかさんがようやく姿を表した。

「こんにちは、咲さん」

「ももかさん、こんにちは。今日はうちに用事だったんですか?」

ももかさんは私の問いかけにはっきりと答えた。

「ええ、たけしさんと愛し合ってたの。あなたなんかよりよっぽど彼を楽しませてるわよ。帰ってくるの早すぎない? 空気読めなさすぎ」

愛し合って、とはまた露骨な言い方だと思ったが、その言葉でたけしが凍りつき、私にもはっきりとその意図が分かった。

「分かりました。でしたら私が千智を連れて、ここを出ていきます」

私がはっきり言うと、たけしが焦ったようにそれを止めてくる。

「あ、待て。そんなつもりはなかったんだ。出ていくなんて言わないでくれ」

しかし私はそれを拒否した。

「はあ、あなた、自分が何を言っているのか分かってるの? 自分の家で不倫が行われているのに、そこでぐっすり眠れると思う? どうかしてるんじゃないの?」

今までたけしにここまで反抗したことはなかったけれど、この状況では私が我慢するという選択はできそうもなかった。ここまで自分の妻が酷い目に遭わされているというのに、この人は何にも分かってないのだと思った。

しかし私が反抗したことにカッとなったのか、たけしはこう言った。

「そうか。そこまでお前が言うなら分かった。俺も元々、お前は俺の仕事のことを偉そうに指図して嫌だなと思ってたんだ」

たけしはため息をついて続けた。

「なんでそんなに偉そうなんだ。それに比べてももかは俺のことを立てて、俺の仕事のことも理解してくれてる。もうお前なんかうんざりだ。千智の親権もお前にやるし、慰謝料もやるから、出て行ってくれ」

私は不安そうな千智を強く抱きしめた。

「言われなくても出ていきます。最低限の荷物だけ取りますから。お二人は好きなようにおくつろぎください」

私は急いでも慌てずに荷物をまとめた。

「ママ、ママ、どこ行く?」

千智が私の腕の中で問いかける。

「千智、おじいちゃんとおばあちゃんのところに行こうね。お菓子もいっぱいあるよ」

千智はそこでパッと顔を輝かせた。

「あ、じいじとばあば、遊ぶ!」

よかったとほっとして、私はベビーカーに詰められるだけ詰めて、千智を抱いたまま家を出た。たけしとももかさんは、私に見せつけるようにリビングのソファーでべったりしていた。千智の教育上よろしくないとは思ったが、大人げない二人がすることなので仕方がない。

私は自分の実家へと急いで帰り、両親に全てを打ち明けた。両親は私と千智を受け入れてくれた。その後、離婚の手続きは進み、たけしはあの時言った通り千智の親権を私に差し出し、慰謝料も支払った。

ももかさん夫婦も離婚することになり、親権はももかさんの旦那さんが取ることになったそうだ。仕方ない。不倫した母親の元でなんて育ってほしくないのが親心というものだろう。

たけしとももかさんは再婚して、私の家の近くのタワーマンションに引っ越したらしい。らしいというのは、本人からは一切連絡をもらっていなかったが、他のママ友の間で噂になっていたからだ。

「やっぱりテレビ局って儲かるのね。咲さんたちが離婚して、まさか旦那さんがももかさんと再婚するとは思わなかったけど、ちょっと気まずかったわね」

ママ友たちは私たちの事情をそれとなく察してくれているが、さっぱりとした人ばかりだったので、変に気を使われることもない。私はママ友たちの噂話に苦笑した。

「テレビマンって、そこまで儲かるってわけでもないよ。不規則だし。いつも家にいる時は不機嫌だったから、それが嫌だったかな」

「あ、そうなの? なんだ。でも咲さん、前からちょっと、たけしさんと結婚してる時はしんどそうだったもんね。離婚して良かったんじゃない?」

ママ友の一人がそう言うと、もう一人のママ友も頷いた。

「確かにそうかも。シングルだし、何かできることがあれば言ってね」

「ありがとう。遠慮なく言うわね」

私は笑った。

実家は私とたけしの家だった場所とは近く、ももかさんとたけしとは近所なので、ママ友付き合いというかご近所付き合いは続いていた。私は実家から通える仕事を見つけ、千智は両親に任せることになり、両親は喜んで孫の世話をしてくれていた。

そしてその一年後、私は悟と出会った。悟は料理が下手な私を笑って見守り、「一緒に頑張ろう」と言ってくれた。そして私たちはめでたく再婚をしたのだった。

千智も五歳になり、新しいお父さんともうまくいっているというか、たけしのことはもう覚えていないようだった。育児もほとんどしていないので、記憶にあまりないのだろう。娘も一歳を迎え、元気に育っている。最近では家族で出かけた先で写真を撮ったりして、SNSに家族の写真もあげたりしている。夫の写真もあげることもあり、彼は照れながらも嬉しそうに私のSNSに参加してくれている。

私は育児に家事に、幸せを噛みしめる日々を送っていた。

そんな時、ももかさんから電話が来た。三年ぶりの連絡に、私はまだももかさんの電話番号を登録していたんだと思いながら電話に出た。

「久しぶり。夜景の綺麗なタワーマンションの最上階に引っ越したの。うちのことは水に流して、見に来てよ。どうせまだ一人きりなんでしょ」

電話に出るとすぐ、ももかさんが電話口で私を馬鹿にしたように言った。とっくに引っ越したことを知っていたけれど、私はその誘いに乗ることにした。

「いいですよ。じゃあ、夫と子供と行きますね」

私の言葉にももかさんは驚いたような声をあげた。

「え、旦那さん?」

私は笑って頷いた。

「ええ、再婚したんです。もう一年以上になります」

その後、何か質問をしたそうなももかさんを押し切って、私は詳しい住所を聞き出して一方的に電話を切った。これ以上、ももかさんの声は聞いていられなかった。でも、乗らなければずっと言われ続ける。だから私はここで決着をつけようと思ったのだ。

悟にそのことを相談し、一緒に行ってほしいことを伝えると、快諾してくれた。悟には再婚する前に、前の夫にはママ友と不倫されて離婚していること、そのママ友のことも話をしていた。

「だから、先に嫌な思いをさせた人たちの家に、咲や子供たちだけで行かせるわけにはいかないよ」

と、頼もしく言ってくれた。

そしてももかさんの家に行く当日。

「お邪魔します」

ももかさんとたけしのタワーマンションは天井も高く、リビングの窓は全面ガラス張り。五歳になった千智は入った途端、わーっと声をあげた。

「あ、外、すごい!」

テンションが上がっている千智は、ももかさんの隣にいたたけしには目もくれない。たけしは千智をどこかそわそわして見つめているが、千智は興味がなさそうで、逆にちょっと気の毒だった。

ももかさんはその隣で私を見てニヤニヤしている。きっと私と一緒に夫が現れなかったことで、また変なことを言うつもりなのだろう。

「ねえ、やっぱり再婚したなんて嘘じゃない。旦那さんはどこよ?」

あの女、そう言って私になぜかドヤ顔をしている。実は娘が一度おむつを変えなければならなくなったので、それを悟に任せて、先にこの家に来たのだった。一時ちょうどに約束していて、その時間に行かなければ逃げたと言われるのは目に見えていたので、二人で話し合ってそうすることにしたのだ。

「ああ、こいつはそういう見栄を張るところがあるからな」

たけしも、ももかに続いてそう言って納得している。私はため息をつくのをこらえた。この二人には、世界が自分たちの都合のいいようにしか映っていないのだろう。

ももかさんはさらに続けた。

「あんた、SNSだって毎日、出かけた先で撮った写真をあげたりして、なんだか寂しいわね。それに、有名な俳優の写真を無断転載してるみたいね。寂しさを紛らわせてるのかしら。知ってる? これって肖像権の侵害なのよ」

ももかさんは得意げに続ける。

「そんなことも知らないなんて。本当にあなたってバカよね」

私は何も言わなかった。夫の悟が来れば、全てを解決する話だったからだ。私はももかさんの問いかけを無視して、横にいる千智の方に行く。

「すごいね、千智。あ、あそこ、千智のお家だよ」

私がそう言って千智と話していると、むっとしたももかさんが声をあげた。

「ちょっと、無視しないでよ」

その時、玄関のチャイムが鳴った。

「え、誰かしら?」

私は困惑した顔のももかさんに、穏やかに告げた。

「私の夫だと思うわ。娘を連れていると思う」

「へえ……」

ももかさんとたけしは私の言葉に驚いて、インターホンに対応した。インターホンのカメラ映像を見たももかさんが声をあげる。

「え、ちょっと、な、なんで?」

そう言ってパニックになりかけているももかさんの代わりに、たけしが鍵を解除してくれたようだ。やがて現れた夫の悟は、娘を抱っこしたままにっこり笑って挨拶をした。

「どうも、咲の夫の中山悟です」

夫を見たももかさんとたけしは、今度こそ絶句した。

「パパ!」

信じられないようなものを見る目で、悟に駆け寄る千智を見るももかさんとたけし。私は思わず笑ってしまった。

ももかさんとたけしが、震えながら確認する。

「……山本、悟なの?」

「あの、有名俳優の?」

そう、実は悟は日本では知らない人の方が少ない、超有名なイケメン俳優なのだ。

「ええ、本物ですよ」

その悟の言葉を聞いて、ももかさんは呆然として私を見つめた。

「じゃ、じゃあ、中山と結婚した一般人って……」

私はにっこりしてそれに答えた。

「ええ、私です」

そして私はSNSの写真の種明かしをした。

「出かけた先で撮ったのは、悟の仕事先のロケで撮影したお店とか風景ですよ。じゃあ、あの家の写真は……」

「ねえ、そうです。私が撮ってます。悟の写真は、私にしか持ってないプライベートの写真で、いつも悟に聞いてから出すようにしています。従って、肖像権云々も関係ないの。なぜなら他の誰でもない悟が、写真をあげていいと言ってくれているのだから。だから、あなたの言うことは心配無用です」

私が言うとももかさんはぐっと押し黙った。私は続けていった。

「ももかさん、私からたけしを奪ってくれて、ありがとうございます。おかげで悟さんという素敵な方と出会って、こうやって一緒の人生を過ごすことができています」

押し黙ってしまったまま何も言えないももかさんの代わりに、たけしがカッとしたように声をあげた。

「芸能人と結婚したからって、なんだよ。偉そうに。お前はずっと何も変わらないな。俺だって芸能人の知り合いならたくさんいる」

そう言って胸を張るたけしに、「そうよ、そうよ」とももかさんがはっとして必死に同調する。

「こんな立派なタワーマンションだって買えるんだから」

私と悟はそんな二人に顔を見合わせて、肩をすくめた。

「私は芸能人と結婚したから自慢してるんじゃないですよ。悟という素敵な人間と出会って、結婚できたことに感謝してるんです」

悟も言ってくれる。

「あの、たけしさんですよね。あなたはさっきのことを偉そうだとか言ってましたけど、俺は一度もそんな風に思ったことはないです。彼女はとても細やかな気遣いができる、素敵な女性ですよ」

今度はももかさんもたけしも、二人とも押し黙った。悟はたけしさんに向けて続けていった。

「俺はあなたの上司の方には、ロケで何度かお世話になっています。たけしさんもテレビだってさっきから聞いていたので、いつかお会いするかと思っていましたが、全然お会いしませんね。ちょっと上司の方とお話しする機会があったので、それとなく聞いてみました」

なぜかたけしは里を見ることができずに、俯いてしまった。

「あなた、あの制作会社の中では無能で有名だって聞きました。上司の方に話を聞いた時も、真っ先にあなたが何かやらかしたのではないかと不安にされていましたよ」

悟が言った言葉に、たけしの隣でももかが、あんぐりと口を開けた。

「どういうこと? たけし、今度大きな案件を任されたって言ってたじゃない。嘘だったの?」

ももかの言葉を受けて、たけしがカッとなったように言い返した。

「うるさいな。働いてないやつは黙ってろよ」

「なんですって?」

たけしとももかさんの二人は、そのまま言い争いを始めてしまった。私は慌てて千智を抱き寄せて、悟は娘を抱きしめた。子供の教育上よろしくないので、私と悟は子供たちを連れて、早々にその場を立ち去ることにした。

すると帰り際に、悟が言い争いをしている二人に声をかける。

「すみません」

その声は舞台もしていることもあり、よく通るもので、たけしとももかさんはぴたりと言い争いをやめ、悟を見た。

「言い忘れてたんですが、たけしさんがさっきしたことは、上司の方にお伝えしてありますから。次の現場が楽しみですね」

悟は楽しそうに笑って、私に帰ろうと促した。そして私たち家族は、今度こそももかさんの家から帰ったのだった。

その後、昔のこととはいえ、仕事の上司に不貞を暴露されたたけしは、仕事が一切回ってこないようになった。その影響は給料にもろに現れたらしく、たけしとももかさんはタワーマンションをしぶしぶ手放すことになったらしい。

タワーマンションを手放した二人は言い争いをすることが増え、とうとう離婚。マンションのローンは二人名義だったので、二人で折半することになり、ももかさんはももかさんのご両親に泣きついたという。しかしそこで、ももかさんが同じ地域の別のママ友の夫とも不倫をしていたことが判明し、ももかさんの両親は援助を断ったらしい。

もうももかさんにはついていけないと思ったのだろう。私だけでなく、ももかさんは不倫相手の奥さんであるママ友からも慰謝料を請求され、ももかさんは大慌て。確定申告もしていなかったので自己破産もできずに、それが周囲の人たちにみんなバレた。こうなればもう、SNSをチェックする余裕などなくなっただろう。そもそも不倫した相手の妻のSNSを探してチェックするなんて、おかしいとしか言いようがないけれど。

一方、私たち夫婦は都内の一等地にある高級タワーマンションを購入することにした。悟が「ももかさんとたけしさんの家を見て、ちょっと羨ましくなっちゃったんだ」と、私にちょっと恥ずかしそうな顔をして言ったからだ。やがて見つかったタワーマンションは、繁華なところにありながら立地もよく、最寄り駅は二つもあるところで、私たち夫婦はとても満足した。

可愛い子供たちに囲まれ、優しい夫は家族をとても大切にしてくれる。これからも私は家族を大事にしながら、支え合って生きていこうと思っている。

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