「もう絶縁してくれ。これからは他人として生きてほしい。」
夕食の席で、息子の信が放ったその言葉に、私は耳を疑った。いつものように食卓を囲んでいたはずの平穏な時間が、一瞬にして凍りついた。
私は佐り子、58歳。夫を亡くしてから20年、女手一つで息子を育ててきた。今は息子夫婦と同居し、会計事務所で経理主任として働いている。
「母さん、実は大事な話があるんだ。」
箸を置いた信の表情は、いつになく固かった。隣に座る嫁の由香さんも、同じような顔をしている。何か嫌な予感がして、私は背筋を伸ばした。
「何? 信。」
「単刀直入に言うよ。俺たち、もう母さんとは一緒に暮らせない。いや、もう関わりたくないんだ。」
まるで業務連絡のような冷たい口調だった。私の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じたが、不思議と涙は出なかった。
「そう、分かったわ。」
私は静かに微笑んだ。息子夫婦はその反応に少し戸惑ったような顔を見せたが、もう私には関係ない。心の中で、ある決意が静かに形を成していった。
その夜、自室に戻った私は、古い通帳と領収書の束を取り出した。40年間の会計事務所勤務で、収入の大半が息子のために使われてきた記録だ。
朝6時に起きて弁当を作り、夜は10時まで仕事。土曜日も出勤することが多く、月収35万円のうち、少なくとも18万円は信のために使ってきた。私立中学の入学金80万円、高校3年間の学費420万円、大学と大学院で600万円。教育費だけで総額1100万円を超えている。
「お母さん、僕、医学部に行きたいんだけど。」
当時の息子の言葉を思い出す。学費の高さに躊躇する信に、私は笑顔で答えたものだ。
「大丈夫よ。お母さんが何とかするから。信は勉強に専念しなさい。」
結局医学部は断念したが、大学院まで進学させることができた。そして3年前の結婚式費用500万円は全額私が負担し、新居の頭金800万円も老後の資金を切り崩して用意した。
「母さん、本当にありがとう。一生、恩に着るよ。」
あの時の信の涙は、演技だったのだろうか?
通帳の残高は今や200万円を切っている。それでも後悔はなかった。信の幸せが私の幸せだと信じていたから。でも今夜、その幻想は完全に打ち砕かれた。献身は裏切られ、愛情は踏みにじられたのだ。
絶縁を言い渡される前から、実は様々な兆候があった。今思えば、それらは全て今日の布石だったのかもしれない。
最初に違和感を覚えたのは、2年前の正月だった。
「お母さん、またリビングにいるんですか?」
由香さんが露骨に嫌な顔をした。私の家でもあるのに、「また」とはどういう意味だろうか。
「あら、ごめんなさいね。お雑煮を作ってきます。」
「私が作りますから、余計なことしないでください。お母さんはご自分の部屋にいてください。」
それ以来、台所に立つことも制限されるようになった。食事の支度をしようとすれば音がうるさいと苦情を言われ、夕食を作れば味付けが古臭いと残される始末だ。
孫との接触も徐々に制限されていった。
「お母さん、勝手に話しかけないでください。教育方針が違うので。」
3歳の孫が私に抱きついてきても、由香さんはすぐに引き離す。
「おばあちゃんと遊びたい。」
「だめよ。おばあちゃんは汚いから。」
子供の前でそんな言葉を平気で口にする嫁に、私は言葉を失った。でも信は見て見ぬふりだ。
さらに辛かったのは、家族の集まりから除外されることだった。
「今度の日曜日、由香の実家に行くんだ。」
「あら、私も一緒に行きましょうか?」
「いや、向こうの家族だけって言われてるから。」
信の言葉に、私は黙って頷くしかなかった。後日写真を見せられて愕然とした。そこには向こうの家族だけのはずなのに、由香さんの友人夫婦まで写っていたのだ。
にも関わらず、金銭的な要求だけは相変わらず続いていた。
「母さん、今月もちょっと足りなくて10万円貸してくれる?」
「先月も10万円だったわよね。」
「子供の教育費がかかるんだよ。母さん、孫の教育に協力したくないの?」
罪悪感を煽るような言い方に、私はいつも財布を開いてしまう。返済の話は一度もない。
ある時、勇気を出して尋ねた。
「信、今まで貸したお金、そろそろ返してもらえる?」
「は? 何言ってるの? 家族なんだから、お金の貸し借りなんて水臭いこと言わないでよ。」
「でも私も老後の生活があるから。」
「母さんにはまだ収入があるじゃない。俺たちは子育てで大変なんだ。」
月収35万円のうち生活費として8万円を入れ、さらに毎月10万円を貸している状況だ。私の手元に残るのはわずか17万円。そこから自分の食費、交通費を捻出している。
最も屈辱的だったのは、去年の母の日だった。
「お母さん、今年の母の日はうちの母と一緒にお祝いすることになったんです。」
「あら、それは素敵ね。」
当日レストランに行ってみると、由香さんの母親には花束とプレゼントが用意されていたが、私には何もない。
「あの、私の分は?」
と尋ねると、由香さんは涼しい顔で答えた。
「だって、血のつながった本当の母親じゃないですから。」
同居して家事を手伝い、金銭的援助しても、私は本当の母ではないのだ。信も何も言わず、ただ黙って食事をしていた。
「お母さんはいつも品があって素敵ね。」
由香さんが自分の母親を褒めちぎる横で、私は小さくなって座っていた。それに比べて、由香さんは私をちらりと見て、意味ありげに言葉を切った。その視線に込められた軽蔑の念は、今でも忘れられない。
極めつけは先月の出来事だった。
「母さん、会社の人が家に来ることになったんだけど。」
「あら、お茶でも用意しましょうか?」
「いや、その…母さんは出かけてもらえる?」
「どうして?」
信は言いにくそうにしながらも、はっきりと告げた。
「正直、母さんは学歴もないし、恥ずかしいんだよ。会社の人に合わせられない。」
恥ずかしい。その一言が私の心に深く突き刺さった。
「俺の同僚の親はみんな大卒だし、それなりの仕事してるんだ。母さんみたいな…そのレベルの人は…」
言葉を濁す信だったが、意味は明確だった。私は信にとって、人前に出せない恥ずかしい存在なのだ。
それでも私は「家族だから」「息子だから」と自分に言い聞かせてきた。いつか分かってくれる、いつか変わってくれると信じて。でも今夜の絶縁宣言で、全てが明らかになった。もう金銭的援助も必要ないし、むしろ将来の介護が負担だから、今のうちに縁を切りたい。これが信の本音だったのだ。利用価値がなくなったら捨てる。まるで使い古した道具のように。
絶縁宣言の夜、私が「分かったわ」と答えた後、息子夫婦は安堵したような表情を見せた。もっと泣いたり取り乱したりすると思っていたのだろう。
「母さん、本当にいいの?」
信が確認するように訪ねた。
「ええ、あなたたちがそう決めたのなら。」
すると、まるで堰を切ったように由香さんが本音を語り始めた。
「よかった。実はずっと言いたかったんです。お母さんと一緒にいると息が詰まりそうで。」
信が静止しようとしたが、由香さんは構わず続ける。
「だって、うちの母と比べたらもう全然違うじゃないですか。うちの母は元銀行員で、今でも投資で稼いでいるし、センスもいいし。」
由香さんの実母の自慢話が始まった。学歴、収入、資産、趣味、全てにおいて私より優れているという内容だ。
「お母さんはただの事務でしょう。しかも高卒で。正直、親戚の集まりでも恥ずかしいんです。」
「由香、もういいよ。」
信が口を挟んだが、その表情は嫁を叱るものではなかった。むしろ、言いにくいことを代弁してもらって助かったというような顔だ。
「信も本当はそう思ってるでしょう。この前も言ってたじゃない。『うちの母親、どうして何の資格も持ってないんだろう』って。」
信は黙り込んだ。否定しないということは、肯定しているのと同じだ。
「それに、お金の無心ばかりで困るって。」
私は信を見つめた。
「お金の無心? 私がいつあなたたちにお金を要求したの?」
「いや、そうじゃなくて…」
信は言葉に詰まった。事実は逆だ。無心しているのは彼らの方なのだから。
「とにかくもう限界なんです。毎日顔を合わせるのも苦痛で。」
由香さんが吐き捨てるように言った。
「子供にも合わせたくないんです。変な影響を受けたら困るし。」
「変な影響だって? お母さんみたいに学歴もなくて、ただ働くだけの人生なんて、子供に見せたくないじゃないですか。」
私の人生を全否定する言葉だった。必死に働いて信を育てた人生を、「ただ働くだけ」と切り捨てられたのだ。
信が口を開いた。
「母さん、悪いけど、俺も由香と同じ意見なんだ。俺は今一流企業で働いてる。周りはみんなエリートで、その親もそれなりの人たちだ。だから…母さんの存在が邪魔なんだよ。会社の人に親の職業を聞かれても答えられない。」
信の目は冷たく、まるで他人を見るようだった。
「それに、これは言いたくなかったけど、母さん、最近もの忘れもひどいし、もしかして認知症の始まりじゃない?」
全く身に覚えのない話だ。
「そんなことないわ。」
「でもこの前も同じ話を繰り返してたし。」
それは信が聞いていないふりをしていただけだ。都合の悪い話は全て認知症のせいにするつもりなのだろう。
「将来介護が必要になったらと思うと、今から憂鬱で。」
信の言葉に、由香さんが追い打ちをかける。
「そうそう。うちには子供もいるし、お母さんの介護なんて無理です。施設に入れるお金もないでしょうし。」
まだ58歳で毎日元気に働いている私を、まるで要介護者のように扱う二人。その打算的な態度に、怒りを越して呆れてしまった。
「つまり、お金も出せない、面倒も見てもらえない年寄りは、さっさと消えるということね。」
私の言葉に、息子夫婦は顔を見合わせた。
「そんな言い方…違うの。」
「将来の介護が負担だから、今のうちに縁を切りたい。そう言ったじゃない。」
信は開き直ったように言った。
「そうだよ。悪いけど、俺たちにも人生がある。母さんに縛られたくないんだ。」
「縛る? 私があなたを縛ったことがある?」
「精神的にだよ。いつも恩着せがましい。」
私は一度もそんなつもりはなかった。ただ息子の幸せを願って生きてきただけなのに。
由香さんが最後の一撃を加えた。
「お母さん、はっきり言いますね。私たち、もうお母さんからは何も必要としていないんです。お金も家事も何も。むしろ、いない方がすっきりするんです。」
その瞬間、私の中で何かが完全に切れた。もうこの人たちのために涙を流す必要もない。怒る必要もない。ただ静かに微笑んで、彼らの望み通りにしてあげればいい。本当の意味で絶縁することを。
その夜、夫婦が寝静まった後、私は静かに行動を開始した。感情的になることなく、会計事務所で培った正確さと計画性を持って、準備を進めたのだ。
まず、自室のクローゼットから重要書類を入れた箱を取り出した。通帳、印鑑、保険証書、年金手帳、そして様々な契約書類。一つ一つ確認しながら、自分のものだけを選り分けていく。
「これも、これも、全部私のものね。」
住宅ローンの契約書を見つけて、私は小さく微笑んだ。3年前、信がこの家を購入する際、頭金800万円を出しただけでなく、連帯保証人にもなっていたのだ。月々の返済は信の給料から引き落とされているが、もし私が連帯保証人を降りたら、銀行はどう判断するだろうか?
次に、私が管理している各種契約書を確認した。火災保険、地震保険、そして生命保険。全て私が契約者で、保険料も私が支払っている。息子夫婦は内容すら把握していないだろう。
携帯電話の家族契約書も見つかった。息子夫婦の携帯電話料金も、実は私の口座から引き落とされている。家族割引でお得だからと言われて始めたことだが、考えてみれば、絶縁した他人の電話を払う必要はない。
会計事務所の名刺入れを開くと、様々な取引先の名刺が並んでいた。その中の一枚を見て、私は思わず苦笑した。信が務める会社の経理部長の名刺だ。
実は、私の務める会計事務所は信の会社とも取引があり、私が担当している顧客企業の一つが、信の会社にとって重要な取引先なのだ。年間2000万円規模の取引を私が仲介していることを、信は知らない。会社では旧姓を使用していることも、あえて伝えていなかった。
身支度を整えながら、私は次の準備を整えた。会計事務所にはすでに独立の相談をしており、社長も快く承諾してくれている。主要顧客の何社かは私についてきてくれることも確認済みだ。
「り子さんがいなくなったらうちは困るよ。どこでもいいから、独立後も顧問になってくれないか。」
先週、顧客企業の社長にそう言われた時、すでに私の決意は固まっていた。58歳、決して遅すぎる独立ではない。
衣類をダンボールに詰めながら、ふと結婚写真が目に入った。若かりし頃の自分と、今は亡き夫。夫が生きていたら、今日の出来事をどう思うだろうか?
「り子、お前は強い女だ。俺がいなくなってもきっと大丈夫だ。」
最後にそう言い残した夫の言葉を思い出し、私は写真を大切に包んだ。
午前3時、荷造りがほぼ終わった。必要最小限の荷物だけだ。この家で使っていた家具や家電は、全て置いていく。どうせ「お母さんの趣味は古い」と言われていたものばかりだから。
最後に置き手紙を書いた。
「信、由香さん。絶縁の申し出を確かに受け取りました。あなたたちの希望通り、もう二度と会うことはありません。連絡先も教えませんし、探さないでください。今までお世話になりました。どうぞお元気で。追伸、各種契約や保証人の件は、それぞれの機関にお問い合わせください。私はもう他人ですから。佐り子」
短く、事務的に、感情を込めず、恨み事も書かず、ただ事実だけを淡々と記した。最後の一文に全ての意味を込めて。
手紙を食卓に置き、私は静かに玄関へ向かった。振り返ることなく、未練を残すことなく。
朝日が登り始める頃、私はタクシーに乗り込んだ。
「どちらまで?」
運転手さんが訪ねる。
「羽田空港までお願いします。」
新しい人生への第一歩を踏み出した瞬間だった。後部座席で、私は予約していた那覇行きの航空券を確認した。沖縄には、会計事務所時代に知り合った友人が独立して事務所を構えている。
「り子さん、いつでも来てくれていいよ。うちは人手不足だから、大歓迎だよ。」
その言葉に甘えることにした。58歳、人生の再出発。不安よりも、清々しい気持ちの方が大きいことに、自分でも驚いていた。空港に向かう車窓から見える朝焼けが、とても美しく感じられた。
翌朝7時、いつものように起床した信は、母親が朝食の準備をしていないことに違和感を覚えたようだ。
「母さん、寝坊か。」
そう言いながら私の部屋のドアをノックしたが、返事はない。
「母さん、入るよ。」
ドアを開けた瞬間、信は凍りついた。綺麗に片付けられた部屋。ベッドも整えられ、クローゼットは空っぽ。まるで最初から誰も住んでいなかったかのような状態だった。
「由香! 由香! 大変だ!」
慌てた様子で寝室に戻った信は、まだ寝ていた由香さんを揺り起こした。
「何を朝から騒いで…」
「母さんがいない! 荷物も全部ない!」
「え?」
二人は慌てて家中を探し回ったが、私の痕跡は何一つ残っていない。食卓に置かれた手紙を見つけたのは、それから20分後のことだった。
「絶縁の申し出を確かに受け取りました。もう二度と会うことはありません。」
手紙を読んだ由香さんの顔が、みるみる青ざめていった。
「ちょっと、これ、最後の追伸何よ。『各種契約や保証人の件は、それぞれの機関にお問い合わせください』って…」
「まさか…」
信は慌てて書類棚を確認した。住宅ローンの契約書を引っ張り出し、連帯保証人の欄を見た瞬間、血の気が引いた。
「連帯保証人…母さんだ…」
「は? 何それ? 聞いてないわよ!」
「いや、その時は当然のことだと思って…」
銀行に電話をかけると、担当者は冷たく告げた。
「連帯保証人の変更ですか? それは債権者である当行の承諾が必要です。新たな保証人の審査も必要ですし、正直、現在の状況では難しいかもしれません。」
「でも、母が勝手に…」
「ご本人の意思で連帯保証人を続けるかどうかは自由です。ただし、保証人がいなくなれば、最悪の場合、一括返済を求めることもあります。」
電話を切った信の顔は真っ青だった。住宅ローンの残債はまだ3000万円以上残っている。
続いて、携帯電話会社から請求書が届いた。
「お客様の回線は、契約者である佐藤り子様の申し出により、本日をもって解約となります。」
信が慌てて確認すると、家族全員の携帯電話が私の名義だったことが判明した。自分たちで新規契約をしようとしたが、審査に時間がかかると言われ、どこにも連絡が取れない状態に陥った。
その日の午後、信の携帯に会社から緊急の呼び出しがあった。
「佐藤君、ちょっと来てもらえるか?」
上司の厳しい表情に、何事かと思った信は緊張しながら会議室へ向かった。
「実は君の母親のことなんだが…」
「母が? 何か…」
「君、知らなかったのか? 君の母親、佐藤り子さんは、うちの重要取引先である山手商事の会計顧問なんだ。」
信は耳を疑った。
「え? 母が?」
「それだけじゃない。年間2000万の取引をしている鳥山工業も、彼女の紹介で取引が始まったんだ。それが今朝、両者から連絡があってね…」
上司の顔がさらに厳しくなった。
「佐藤り子さんが独立されるそうで、顧問契約も移行すると。ついては、当社との取引も見直したいと言ってきた。」
「そんな…」
「君、母親と何かあったのか?」
信は答えられなかった。まさか絶縁したとは言えない。
「とにかく何とかしてくれ。山手商事と鳥山工業を失ったら、うちの部署の売上が3割減だ。」
帰宅した信を待っていたのは、さらなる災難だった。
「大変よ! 私立幼稚園から連絡があって、入園金の保証人がいなくなったから、再審査が必要ですって!」
由香さんが半泣きで訴えた。
「それに、火災保険も地震保険も、全部お母さん名義だったのよ!」
次々と判明する母への依存。二人は初めて、自分たちがどれだけ母に頼っていたかを思い知った。
3日目、息子夫婦の焦燥は頂点に達していた。
「母さんの口座を確認したら、残高がほとんどなかった。全部引き出されてる。」
「当たり前でしょ。自分のお金なんだから。」
「でも、今月の生活費…母さんからもらう予定だった10万円がないと、ローンの支払いは俺の給料だけじゃギリギリだ。」
そこへ、会社から再度の呼び出しがあった。
「佐藤君、山手商事との契約、完全に切られた。君の母親が顧問を辞めたと…」
「す、すみません…」
「すみませんで済む話じゃない。責任を取ってもらうかもしれない。」
信は青ざめた。一流企業での順調な出世コースが、音を立てて崩れていく音が聞こえるようだった。
「母さん、お願いだから連絡して…」
信は必死で私を探し始めた。実家、親戚、友人、思いつく限りの場所に連絡を取ったが、誰も居場所を知らない。
「お願いだから戻ってきて。僕が間違ってた。」
泣きながら私に電話をかける息子。でもその電話番号はすでに解約されており、メッセージが私に届くことはなかった。
由香さんも必死だった。
「お母さん、ごめんなさい。私が悪かったです。お願いだから帰ってきてください。」
しかし、その声も虚しく響くだけ。二人がどれだけ後悔しても、どれだけ謝罪しても、もう遅いのだ。
絶縁という言葉の重み。それを軽々しく口にした今、息子夫婦に振りかかっていた。利用価値だけで人を判断し、用済みになったら捨てる。そんな人間に待っているのは、同じように捨てられる運命だけなのだ。
沖縄の青い空の下、私は新しい生活を始めていた。那覇市内の小さなマンションからは、美しい海が見渡せる。58歳、人生の再出発には最高の場所だった。
「り子さん、今日も早いね。」
友人の税理士事務所で働き始めて1週間。朝の挨拶が心地よく響く。東京での生活とは違い、ここでは誰も私をお荷物とは呼ばない。
「おはようございます。今日は新規顧客の契約書類を準備しました。」
「さすが、仕事が早いね。」
温かい言葉に、私は自然と笑顔になった。長年培った会計の知識と経験は、決して無駄ではなかったのだ。
携帯電話が鳴った。東京の会計事務所の社長からだ。
「佐藤さん、独立の準備は進んでる?」
「はい。来月には事務所開設できそうです。」
「それは良かった。うちの顧客で沖縄進出を考えている企業が3社あるんだ。佐藤さんに紹介したいんだけど。」
ありがたい申し出だった。独立しても前の職場とは良好な関係を保っている。これも誠実に仕事をしてきた結果だろう。
昼休み、近くのビーチを散歩した。素足で砂浜を歩く感触が、とても心地よい。東京では考えられなかった贅沢な時間。
ふと鞄の中の封筒が目に入った。信からの手紙だ。東京の友人経由で届いたもので、もう何通目になるだろうか。でも私は一度も開けていない。もう読む必要もない。
そう思って、私は手紙を破り捨てた。細かくちぎられた紙片が風に舞って、海へと消えていく。過去との完全な決別。もう振り返ることはない。
午後、不動産屋から連絡があった。
「佐藤さん、事務所物件、いいのが見つかりましたよ。」
「本当ですか?」
「国際通りから少し入った場所で、家賃も手頃です。駐車場付きです。」
早速見に行くと、個人経営だが清潔で明るい物件だった。ここで「佐藤会計事務所」を開業するんだ。胸が高まる。58歳での独立開業。不安がないわけではないが、それ以上にワクワク感の方が大きい。
夕方、地元の居酒屋で一人、乾杯をした。
「おばあ、今日は何かいいことあった?」
店員が話しかけてくる。沖縄では年配の女性を親しみを込めて「おばあ」と呼ぶのだ。
「ええ、新しい事務所が決まったんです。」
「それはめでたい。じゃあ、これサービス。」
出されたのは新鮮な海ぶどう。プチプチとした食感が、幸せな気分をさらに盛り上げてくれた。
東京の友人から、時々息子夫婦の様子が伝わってくる。
「り子さんがいなくなってから、あの夫婦、大変みたいよ。」
でも、私には関係のない話だ。絶縁したのは彼ら自身。その結果も彼ら自身が背負うべきものだ。
沖縄に来て1ヶ月後、私は正式に「佐藤会計事務所」を開業した。小さなスタートだったが、東京時代の顧客が3社、地元企業が2社契約してくれた。
「佐藤先生、これからよろしくお願いします。」
「先生」と呼ばれることにまだ慣れない。でも悪い気はしなかった。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
新しい名刺を手に、私は深くお辞儀をした。
ある日の夕暮れ、私は那覇の高台にある公園のベンチに座っていた。眼下に広がる街の灯りが、宝石のように輝いている。ふと亡き夫のことを思い出した。
「あなた、見ていますか? 私、こんなに強くなれました。」
風が優しく頬を撫でていく。まるで夫が「よく頑張ったな」と言ってくれているようだった。
携帯電話の着信履歴を見ると、見知らぬ番号からの着信が何十件も入っている。おそらく信からかけてきているのだろう。でも私は出ない。着信拒否の設定をして、画面を閉じた。
私が皆さんにお伝えしたいのは、絶縁という言葉の重さだ。それは相手だけでなく、言った本人にも帰ってくるもの。安易に家族の縁を切ろうとすれば、その報いは必ず自分に帰ってくる。人を利用価値だけで判断し、用済みになったら捨てる。そんな人間に待っているのは、同じように捨てられる運命だけ。息子夫婦は今、身をもってそれを学んでいることだろう。
でも私にとっては、もうどうでもいいことだ。今、誰にも縛られない自由な人生を謳歌している。毎朝美しい海を眺めながらコーヒーを飲み、やりがいのある仕事に打ち込み、優しい人々に囲まれて暮らしている。息子夫婦は今も必死で私を探しているそうだが、もう二度と会うことはないだろう。だって、絶縁宣言をしたのは彼ら自身なのだから。
夕日が水平線に沈んでいく。オレンジ色に染まった空を見上げながら、私は静かに微笑んだ。今、私は本当に自由で幸せだ。58歳、人生はまだまだこれから。新しい出会い、新しい挑戦、喜びがきっと待っているはずだ。
もしあなたも理不尽な扱いに苦しんでいるなら、一人で抱え込まないでください。自分の人生は自分で決める権利があります。幸せになる権利があります。それを決して忘れないでください。



