「畑山、首と左線、どっちがいいんだ?」
社長の突然の言葉に、私は一瞬何を言われたのか理解できなかった。確かに社長に気に入られていないとは思っていたが、まさか娘の前で、しかもこんな形で解雇を告げられるとは思っていなかった。
「なぜ、そんなことを言われるんですか?」
「さっき美由も言ってただろう。美由は年寄りが嫌なんだとさ。もうあんた、役に立たないじゃないか」
信じられなかった。娘の一声で、人が首になるなんて。
「美由の出身大学は有名だし、海外留学で英語もペラペラだ。こんな優秀な人材が来るなら、老いぼれが一人いなくなったところで問題ないだろう」
どうやら娘の自慢をしつつ、私のことは不要だと言いたいらしい。この時点で、私を単純に追い出したいだけだと理解した。理由なんて、適当にでっち上げたもので十分なのだ。
「わかりました。退職します」
「そうか。やっとか。すっきりしたわ」
社長は嬉しそうに言った。娘も「パパ、これからはもっと若くてかっこいい男の人を入れてよね」とわがままを言っている。
私は、そんな親子を無視して社長室を出た。
私の名前は畑山高幸。食品メーカーで長年働き、生産管理部の責任者を任されている。以前の社長は温厚で、社員みんなから慕われていた。私もその社長を尊敬し、現場との関係を大切にしながら楽しく働いていた。
しかし、その社長が病に倒れ、そのまま亡くなってしまった。後継ぎ問題も解決しないまま、会社は大手メーカーに買収されることになった。
そして、親会社からやってきたのが、新しい社長の小暮社長だ。
「古臭い会社だな。昭和時代かよ」
入社早々、会社の雰囲気を馬鹿にされた。私は愛着のある会社をけなされ、社員全員が小暮社長に不信感を持った。
小暮社長は「古臭いものが嫌いなんだよ」と言い、会社のあらゆるものを変え始めた。しまいには、会社のロゴまで独断で変更してしまった。
「ロゴまで勝手に変えるなんて、俺らの意見なんて聞いてくれないよな」
社員たちの不満は溜まる一方だった。しかし、小暮社長はさらにエスカレートし、年配の社員を適当な理由をつけて解雇し始めた。「休みが多い」「労働時間が足りない」など、理由は何でもよかったらしい。
私は生産管理部の責任者として、小暮社長に訴えた。
「こんなに解雇が続いたら、今までのペースで生産できなくなります」
「いやいや、会社のお荷物の老人たちがいなくなったんだから、どうにかなるっしょ」
「解雇されたのは、長年勤めてきたベテランさんたちですよ。あの人たちが生産を支えてきたんです」
「そんな言い訳はいいから働け。生産量が維持できないなんて認めないからな」
小暮社長は現場のことを全く理解しようとしない。私は何度も足を運んで話をしたが、同じ話の繰り返しで、最終的には会ってもらえなくなってしまった。
買収から1年が経ち、多くの社員が辞めていった。残ったベテランは私を含めて数人だけ。みんなギリギリの状態で毎日頑張っていた。
そんな時、珍しく小暮社長から呼び出された。社長室に行くと、見たことのない若い女性がいた。
「ああ、来たか。これは俺の娘の美由だ。先日海外留学から帰ってきた。明日からこの会社で働くことになった」
「美由さん、よろしくお願いします」
私は丁寧に挨拶したが、美由さんはこちらを見もせず、返事もしなかった。
「美由、明日からこの畑山に仕事を教わりなさい」
すると、美由さんは露骨に嫌そうな顔をした。
「えー、私の教育係がこのおじさん?もっと若くてかっこいい人にしてよ、パパ」
やっと口を開いたと思ったら、これだ。若いとはいえ、礼儀がなっていない。
「おお、そうか。しょうがないなあ」
小暮社長は注意するでもなく、わざとらしくそう言うと、私に向かって衝撃の言葉を放った。
「畑山、首と左線、どっちがいいんだ?」
呆然とする私に、小暮社長はさらに追い打ちをかけた。
「美由は年寄りが嫌いなんだとさ。もうあんた、役に立たないじゃん」
私は理解した。この親子は、私を追い出すために最初からこうするつもりだったのだ。理由なんて、どうでもよかったのだ。
確かに、私はこの会社が大好きだった。前の社長にもよくしてもらったし、仲間たちと楽しく働いてきた。小暮社長になってからは大変なことばかりだったが、会社を存続させるために奮闘してきた。しかし、もう限界だった。
「わかりました。では退職します」
「そうか。やっとか。すっきりしたわ」
小暮社長は嬉しそうに言った。娘も「パパ、これからはもっと若くてかっこいい男の人を入れてよね」とわがままを言っている。
私は、そんな親子を無視して社長室を出た。
その後、私は美由さんの希望通り、若くてイケメンの男性に引き継ぎを進めた。
「本当にやめちゃうのか?」
「ああ、小暮社長たちは俺が邪魔らしい。もう疲れたよ」
残っているベテランたちは私の退職を惜しんでくれた。申し訳ない気持ちもあったが、もうあの2人の姿勢が変わらない以上、耐えられる自信がなかった。
「先にやめちゃってごめんな。みんな無理せずにな」
私は会社を去った。もうこの会社に関わることはないだろうと思っていた。
しかし、予想していなかったことが起きた。退職してからというもの、毎日会社から着信が入っているのだ。
「げ、今日もかよ」
私は小暮社長と関わりたくないので、無視し続けた。
退職から3週間が経った。私は今、前の会社へと向かっている。もう二度と会いたくなかった小暮社長と美由さんに、会うために。
会議室に通され、小暮社長を待つ。30分以上経って、ようやく扉が開いた。
「今更、老いぼれが何の用だ。もう雇ったりしないからな」
「それはこちらも願い下げですよ。今回来たのは、不当解雇であなた方を訴えるためです」
「は?お前みたいな枯れた老人が一人で会社と戦うなんて無理だろ」
「いつ、俺が一人で戦うと言いましたか?」
私は秘書に目配せした。すると、秘書が大量の書類を小暮社長の前に広げた。
「これは、今まであなたに不当に解雇された従業員たちの連判状です。みんな、あなたを訴えるそうですよ」
小暮社長の顔色が変わる。
「あいつらと結託したのか」
「ええ、まあ」
実は、退職後にしつこく電話がかかってきたのは、小暮社長ではなく秘書からだった。秘書は以前から小暮社長のやり方に危機感を覚えており、解雇された人たちに独自に連絡を取り、みんなで訴える計画を立てていたのだ。
「お前らみたいな年寄りは、逮捕されて当然だろ」
小暮社長は反省する気配が全くない。
「小暮社長、本当に当然のことだと思っているのですか?」
「当然だろ。お前らみたいな生産性のない年寄りは、会社に不利益しか与えない」
「小暮社長、こちらをご覧ください」
秘書が再び書類を広げる。
「ストライキ?」
「ええ、現場の製造ラインの社員たちが、私の解雇に抗議してストライキをすると言っています」
小暮社長は慌て始めた。
「畑山さんを解雇するなんて、現場がまともに稼働するわけないじゃないですか」
その瞬間、会議室のドアが開き、現場の社員たちが続々と入ってきた。
「小暮社長は現場のことを何一つ分かってません」
「そもそも、娘の美由さんですけど、全然仕事しないんですよ。どういうことですか?」
社員たちは、私の解雇への抗議と、美由さんの無能ぶりへの不満を次々にぶつけた。
「ま、まあ、落ち着けよ」
小暮社長はたじたじだ。
「畑山さんの解雇を取り消してください」
「わ、分かったよ」
小暮社長は、私の解雇を取り消すことを認めた。
「畑山、悪かったよ。俺はちょっとお前を勘違いしていただけなんだ。戻ってこいよ」
しかし、その態度は反省しているようには見えなかった。
「小暮社長、そんな言葉で俺が戻ってくるとでも?俺は、あなたがいる限り会社に戻る気はありません」
「畑山さんが戻ってこないなら、ストライキは続けるぞ」
「そうだな」
社員たちの言葉に、小暮社長は顔を青ざめ、必死に謝罪を繰り返した。
「畑山、悪かったよ。俺が本当に悪かったから、どうか戻ってきてくれ」
しかし、私の気持ちは変わらない。
「小暮社長、もう遅いんですよ。俺は戻りません。失礼します」
私は、懇願する小暮社長を残して、その場を去った。
その後、ストライキは実行され、会社は大きな損失を被った。秘書が本社に事実を報告したことで、小暮社長のこれまでの行為がすべて明るみに出た。親会社の社長である小暮社長の叔父も激怒し、小暮社長は不当解雇とストライキの責任を問われ、解雇された。さらに、ストライキによる損失の賠償も支払うことになった。
娘の美由さんも評判が悪く、一緒に解雇された。留学していたと言うが、実際は遊びに行っただけで、日常会話すら怪しかったらしい。仕事もせず、スマホをいじったり、男性社員に媚びを売ったりしていただけだった。
お荷物の2人がいなくなり、不当に解雇された従業員たちは会社に呼び戻された。
「畑山さん、戻ってきてくださいよ」
「もちろん。またみんなで頑張ろうな」
小暮社長たちがいなくなった今、会社に戻らない理由はない。また、私たちの会社に平和が訪れた。
私のために、会社のみんなは体を張ってくれた。そんなみんなのために、これからも頑張っていかなければならない。これからもみんなと力を合わせて、会社を盛り上げていきたいと思う。



