私は28歳のあき子。犬が大好きで、今はトリマーとして働いている。夫の勇気も同じ28歳で、結婚して3年になる。彼は出会った頃からずっと私を大切にしてくれていて、毎日が楽しくて幸せだ。夫に不満は何ひとつない。ただ、問題は夫の実家の人たちだった。
お正月やお盆には必ず義実家に顔を出すようにしているのだが、義実家の人たちは私を馬鹿にしてくる。「あき子さんはおせち料理を食べたことあるのかしら?昔から貧乏だったの?だから食べていいからね」と、貧乏扱いをしてくるのだ。
勇気と結婚した時、私はすでに実家と絶縁状態にあり、親族での顔合わせをしていなかった。絶縁していることしか知らないのに、なぜか義実家の人たちは私を貧乏人扱いしてくる。「実家と絶縁になったのも親の借金とかそういうのでしょ。きっとそうよ。かわいそうに」と、お母さんと義姉は勝手に想像して話している。「借金をする親なんていい親じゃないぞ。絶縁して正解だ」と、お酒が入っているお父さんはそう言って私の肩を叩いてくる。私はただ笑うしかなかった。こういう人たちに絶縁の理由を話しても意味がないと思っていたからだ。
「ちょっとやめろよ。あき子の家はすごいんだぞ。なんか言えば分かるんだよ。あの大手企業の娘なんだってば」と、私を馬鹿にする家族を見て夫が声を荒げて言った。このやり取りは毎回のこと。夫が毎回かばってくれるのだが、義実家の人は誰も信じようとしない。「そんなわけないでしょ。大手企業の娘さんがこんな子なわけないじゃない。絶縁してることをいいことに嘘ついてるだけよ」と、馬鹿にしたように笑い、夫へ言う。
「だから馬鹿にするのやめろって。いい加減にしろ」とお母さんと義姉に怒る夫を見て、「ゆき、大丈夫よ。いつもかばってくれてありがとうね」と私がなだめる。「本当にごめんよ」と、毎回夫が私に謝ってくる。夫は何も悪くないのに。義実家も私を馬鹿にしたいだけかもしれないが、毎回一緒に呼んでくれるし食事も用意してくれているので、私はあまり気にしないようにしていた。「また始まったな」と流すのが一番。なんせ夫が自分のことのように怒ってくれているので、それだけで十分。私は嬉しかった。
大手企業の娘であることは事実だが、それがゆえに絶縁状態になったから、私は口にしたくなかった。私と両親が絶縁状態になった理由、それはこういう経緯である。
私は高校卒業後、すぐに父の会社を手伝っていたのだが、昔から犬が好きでトリマーになる夢があった。その夢を諦めることができず、お父さんに相談した。「私は一人娘だから会社をついでくれないと困る」と反対された。「高がトリマーだろう。会社を継いだ方が稼げるぞ。親孝行すると思ってくれよ」と。お金のことしか頭にないお父さんの考えが私は理解できず、それ以降お父さんとあまり話さなくなった。お父さんも私も頑固なため、どちらも歩み寄ろうとはせず、ずっと仲直りをできないまま、私はトリマーになる夢を追いかけることを決意し、半ば強引に家を出たのだ。
「勝手にしろ。2度と家に帰ってくるな」と、最後にお父さんに言われた言葉だ。それ以降は実家に帰れず、お父さんには会っていない。お母さんともあまり連絡することはなかった。お母さんも「お前も絶対に連絡を取るな」とずっとお父さんに止められていたそうだ。
その後、無事にトリマーの資格を取得することができ、私は念願のトリマーになることができた。引っかかれたり噛まれたりすることも多く、腕は傷だらけになって大変だが、大好きな犬と触れ合える夢だった仕事にすごく楽しい。毎日充実して過ごしていた。
夫の勇気はペットショップに勤務しており、私は併設されているトリミングサロンで働いていた。休憩室でお昼ご飯を食べていると、ちょうど勇気も休憩のようで入ってきたのだ。最初は当たり障りのない会話をしていたのだが、休憩時間に会うことが多くなり、話す機会が増えた。お互い大の犬好きなこと、考えや趣味も似ていて、自然と付き合うことになる。交際2年の記念日に勇気からプロポーズをされ、結婚という運びになった。
お父さんには、月日が経つにつれてどんどん謝りづらくなってしまった。きっとお父さんも同じ気持ちだったのだろう。そのままどんどん家族の溝は深くなってしまい、今に至る。結婚の報告もまだできていない。
するとある日、お母さんから珍しく電話があった。仕事中だったためすぐに出ることができず、仕事後に私は電話を折り返した。震える声でお母さんが話した。お父さんが事故に遭い、現在緊急手術中とのこと。突然のことで戸惑う私。そんな時に頭によぎったのは、なぜだかお父さんとの楽しい思い出だった。休みの日にはいつも好きなところに連れて行ってくれたこと、お母さんに内緒で焼肉に行ったことなど。お父さんのこと好きだったなと思う私。
すぐに家を出ようと玄関まで行ったが、足が止まる。本当に私が行っていいのだろうか?お父さんは今でも私を許していないのかもしれない。親不孝をしたと思っているのではないか。でも、もしこのまま死んでしまったらと頭の中がぐちゃぐちゃになり、私は動けないままでいた。その様子を見た夫がこう言った。「一生会えなくなってもいいのか?俺も一緒に行くから早く」と背中を押され、病院へ急ぐ。
病院へ着くと、お母さんが泣きながら座っている。まだ手術は終わっていないようだ。お母さんは私に気づくと、「来てくれてよかった。久しぶりに顔見れたわ」と涙ながらに言う。私も思わず泣いてしまい、「心配かけてごめんなさい」とお母さんに抱きついた。夫のことも紹介し、しばらくするとお父さんの手術が終わった。医師に無事に成功したと言われ、皆で一安心。お母さんと夫と一緒に、お父さんが目覚めるのを待つことに。
しばらくするとお父さんが目を覚ました。「うん。あき子か、来てくれたのか」と。「お父さん、よかった。無事で」と、私は嬉しさのあまりお父さんの手を握る。それを見ていた夫の目にも涙が浮かんでいる。泣いている夫を見て、「君は旦那さんか」とお父さんが聞く。「はい。夫の勇気と申します」と答えると、「こんな頑固な娘をもらってくれてありがとう」と、こんな状況の中でもそんなことを言い、その場が和んだ。
その後、容態も安定し、2週間ほどで退院できるそうだ。「お父さん、今までごめんなさい。意地になってしまって、なかなか謝ることできなくて」と私が言うと、「お父さんこそごめんな。意地を張りすぎてしまった。やはり親子だな。ははは。ずっと後悔してたんだ。あき子がやりたいことを応援できないなんて、親らしくなかったな。本当に申し訳ない」と。「私こそだよ。もっと方法はいくらでもあったのに」と。こうして私とお父さんは仲直りし、絶縁状態ではなくなったのだ。
それから時間があるたびに病院へ行き、お父さんと会っていなかった時間を取り戻すかのように色々と話すようになった。それからしばらくして、お父さんは後遺症などもなくすっかり元気になり、すぐに仕事にも復帰した。
そして、結婚した時にできなかったからと、勇気の両親に挨拶をしたいと言い、皆で義実家へ向かった。義実家まで距離もあったのでお父さんの車で向かったのだが、乗っているのは日本に数台しかない高級車。「気合入れて洗車までしちゃった」と笑顔でお父さんは嬉しそうだ。
車を走らせて1時間後、義実家へ到着。高級車を見て、義実家の人は目をまん丸にしている。「これって高級車じゃない?最近日本に数台しかないってテレビで見た気がするぞ」「え?誰の車?」とこそこそ話している声が聞こえた。
「お父さん、お母さん、こんにちは。お邪魔します」と私は笑顔で挨拶をした。「初めまして。あき子の父です。ご挨拶が遅くなり本当に申し訳ありませんでした」「母です。初めまして。今後ともよろしくお願いいたします」と。「こ、こちらこそです。ここでは何なんで、とりあえず中へお上がりください」と義両親は慌てている。「こちら大したものではないですが、皆様でお召し上がりください」と父が箱に入ったお酒を渡していた。「これ、めちゃくちゃ高いやつじゃないですか」と、夫の両親は顔が引きつっていた。
そこから私への態度が変わる。「お会いできて本当に嬉しいです。あき子さんにも両親にお会いしたいとずっと言ってまして、本当にいい子で、育て方がよろしいんだなと。勇気なんかにはもったいないなと家族みんなで言ってたんですよねえ。あき子さん。そうよね。おほほ」と、私の両親にペコペコしている。「今回娘と仲直りできたのも勇気君のおかげです。本当に立派な息子さんをお持ちで羨ましいです」と笑顔で返すお父さん。「そういえば、いつもお正月におせち料理を振る舞ってくださるとか。手作りですか?お取り寄せですか?」とお母さんが質問をした。「いやいや、うちのは全然大したおせちじゃないんですよ。あき子さんの実家では豪華なおせち料理を召し上がるんじゃないですか」と。
そんな会話のやり取りを聞いて、「あき子の実家がすごいと分かったら態度を変えるのやめろよ。今まであき子のこと親の借金で絶縁したとか貧乏とか決めつけて散々馬鹿にしてたくせに、お金持ちと分かったら手のひら返しやがって」と夫が怒る。「ええ、そんなこと言ってませんよ。あは」と、夫の両親は目が泳いでいた。義姉は「用事があるので」と逃げるように家を出ていった。
「ずっと考えてたんだけど、俺、あき子のせいになってお父さんの会社を継ごうと思ってる」と夫が急に言い出した。私は初耳で、開いた口が塞がらない。「それと、今回のことでもう2人には呆れたよ。親子の縁を切らせてもらう。俺は本気だから」と。夫の両親は困惑しているようだ。
「勇気君から全て話は聞いています。もちろん会社を継ぎたいという相談も受けています。正直、馬鹿にしていたと聞いて怒りが込み上げましたが、絶縁になったのは私にも原因がありますので。ただ、今後娘を馬鹿にしたら覚悟してくださいね。徹底的にやりますので」と、そう言って私の両親は去っていった。夫の両親はその場に立ち尽くす。そしてすぐ我に返り、私へ泣きながら謝罪をしてきたのだ。だが夫は、「散々馬鹿にしておいて、今更済む話じゃないだろう。俺の嫁を馬鹿にするなと忠告したはずだ。今後俺たちには関わらないでくれ」と言い、私の手を引いて実家を後にした。
その後も義実家から連絡がしつこく入ったが、夫から出ないように言われたので、私は無視を続けた。メールでも謝罪の嵐だ。きっと今回のことで夫の両親は反省をしたはず。私とお父さんを仲直りさせてくれた夫のために、次は私が夫と義両親を仲直りさせる番だと思っている。まだまだ時間はかかりそうだが、その後、夫は私のせいにかわり、いつか会社を継ぐためにお父さんの会社で勉強をしている。毎日大変そうだが、なぜか楽しそうだ。そしてすっかりお父さんとは仲良しになっている。2人で飲みに行ったりゴルフにも行っているようで、その話を聞くたびに私はいつも思う。こんな素敵な夫を持って、私は世界一幸せだ。


