「うちの父はヤクザの組長なの。どうしても私にキャンセル料を払えって言うなら、私だって考えがあるわ。この店を父に頼んで襲撃してもらうってのはどうかしら?」
ママ友の典子さんは、勝ち誇ったようにそう言った。元をたどれば、典子さんが祖父の経営する寿司店をドタキャンしたのが原因だ。それに対して正当なキャンセル料を請求しただけなのに、典子さんは支払いを拒否した挙げ句、そんな風に脅してくる。私は驚きと呆れが入り混じった気持ちで典子さんを見た。今までもこうやってヤクザの名を使い、周囲を脅してきたに違いない。だが、この直後、散々好き勝手な振る舞いをしてきた典子さんに、因果応報の運命が待ち受けていた。
私の名前は早乙女恵。3歳になる娘を育てながら、普段は高級寿司店を営む祖父の店でパートとして働いている。
「うーん。困ったな。」
「おじいちゃん、どうしたの?」
「いや、実は予約をしていた森川さんがまだ来てないんだよ。電話をしても誰も出ないし。一体どうしたもんか。」
「なんですって?森川さんって森川典子さんのことよね。もうせっかく無理して予約を入れてあげたのに信じられない。私、彼女の家に行って様子を見てくるわ。」
「ああ、すまないな。恵、気をつけていくんだぞ。」
私は祖父にそう告げ、典子さんの家へ向かう。森川典子さんは隣の家に住んでいるママ友だ。ご近所さんということもあって、顔を合わせることも多いのだが、気まぐれで子供っぽい性格の典子さんの態度にはうんざりすることの方が多かった。
祖父の店に予約を入れることになったのも、典子さんに頼まれたからだ。
「ねえ、恵さん。恵さんのおじいさん、高級寿司店を経営してるのよね。素敵。私、一度高いお寿司を食べてみたかったの。夫と2人分予約入れてくれない?」
「うーん。今は店がとても忙しい時期なの。それに祖父の店はかなり値段が高いから、あんまり気軽に行ける店じゃないわよ。」
「そう言われると絶対行きたくなっちゃうわね。ねえ、予約を入れてよ。予約してくれないともう、うちの息子さんと恵さんの子とは遊ばせてあげないし、ご近所さんにも恵さんの悪口たくさん言いふらしてやるんだから。」
「もう分かったわよ。祖父に予約できるか聞いてみるわ。ダメだったら諦めてよね。」
典子さんの子供のような言い分に呆れながら、私は祖父に頼んで予約できるか聞いてみた。店が忙しいのは本当で、2人分の予約など急に言われても大変だっただろう。それでも祖父は、典子さんが仲間外れにされたらかわいそうだからと、快く予約を受け入れてくれた。それなのに、約束の時間になっても店に来ていないなんて、とても信じられない。
典子さんの家に着いた私は、インターフォンを鳴らしドアをノックするが返事はない。私はすぐにスマホを取り出し、典子さんに連絡した。
「あら、恵さんじゃない。どうしたの?私に何か用?」
「何か用じゃないわよ、典子さん。今日は祖父の店の予約をしていたはずでしょ。それなのにどうして来ないの?」
「ごめん、ごめん。行くつもりだったのよ。でも、なかなか予約ができないイタリアンのお店がやっと予約できて、その日程がかぶっちゃったのよね。普通だったら1年も2年も待たないと入れないお店よ。もう行くしかないと思って。」
「他の店にいるってこと?ちょっと来られなくなるなら、事前に連絡して伝えなさいよ。こっちは料理も準備して待ってたのよ。」
「そこはほら、私たちママ友同士なんだから察して、キャンセルくらいするのが普通でしょ。それに、予約しても取れない有名イタリアンに行ったのは、他のママたちにも自慢できるじゃない。恵さんの店は頼めば予約してもらえるんでしょう。だったら優先順位はイタリアンかなと思って。」
「もう、そんなことをする人に何度も予約を入れるわけないでしょ。分かったわ。それなら今日の予約はキャンセルってことね。だったらキャンセル料をいただくわ。食事代2人分で100万になるけど、いい?」
「え?100万?2人分でそんな金額になるわけないでしょ。もう冗談きついんだから。」
「これがうちの店の通常料金よ。事前に高いって説明したでしょ。それに典子さんはあれが食べたい、これも欲しいって高級な寿司ネタばかり注文していたから、その分どうしても高くつくのよ。」
「そんなのママ友同士なんだからさ、おまけしてあげるのが普通じゃない。もうそんな意地悪言うと、子供を一緒に遊ばせないし、ご近所さんにも悪口を言いふらすからね。」
「どうぞご自由に。私もドタキャンされたことをご近所さんに伝えておくことにするわ。子供は他の仲良しの子供と遊ばせるから心配しなくてもいいから。それと、キャンセル料を踏み倒すつもりなら、こっちも弁護士に相談するからね。」
「何よ。明日店に行くから、その時に詳しい話をするわ。それでいいわよね。」
典子さんはそう言うと一方的に電話を切ってしまった。
翌日、典子さんは息を荒くして店に乗り込むと、すぐに私を呼びつけた。
「ちょっと恵さん、あれから夫とも話したんだけど、どう考えても100万なんてぼったくりだわ。まさかこんな高級店が悪徳店だとは思ってもいなかったわよ。たった2人の予約でそんな値段になるわけがないじゃない。絶対払わないわよ。」
「だから予約する時に何度も説明したでしょ。うちは値段が高いし、高級食材の注文は高くなるって。予約した日だって、うちの板前さんが早くから市場で仕入れた上等な品だったのよ。そのくらいの値段になるのも当然なの。」
「でも私、ママ友でしょ。100万は無理だから、もっと負けてくれない?」
「ママ友だからって何でもできると思わないでよ。そもそも典子さんがドタキャンなんてするから悪いのよ。支払うつもりがないなら、もう帰ってくれない?他のお客様の迷惑になるもの。」
「もう、大きな顔してさっきから偉そうにして。それ以上私に生意気な口を聞くと、怖いわよ。なんせ私の父は暗黒組の組長なんだから。弁護士に相談する。やれるもんならやってみなさいよ。その時はこの店を父に頼んで襲撃してもらうわ。ボロボロにして、二度とお店が開けないようにしてやるんだから。」
典子さんは声を上げると、得意げな顔を私へと向ける。典子さんの父親がヤクザの組長だというのを聞き、私は驚くと同時に少し納得もしていた。普段から周囲に対し偉そうな振る舞いをしている典子さんに対して、近所の人たちが強く言わないのを不思議に思っていたからだ。だが、そう脅されて諦めてしまうのは祖父に対して申し訳ない。どうしたものかと考えていると、私たちの会話に祖父が割って入ってきた。
「ちょっといいかい?お嬢さん、暗黒組の組長さんの娘だと言ったね。暗黒組はお嬢さんが組の名前を使うのを了承しているのかい?ヤクザの世界は、その名を使うってのは大事な意味があるんだよ。」
「急に何を言ってるのよ。そんなの当然でしょ。私の父は暗黒組の組長で、ゆくゆくは親分になる人なの。当然、娘の私だってそれだけの権威があるのよ。だから私の言葉は組長の言葉と同然に決まっているじゃない。」
「そうか。だが、暗黒組の組長の意見であって、親分の意向ではないってことだね。それなら、今の暗黒組を束ねる親分さんの話も聞いてみようか。」
「何言ってるの?暗黒組の親分がこんなところにホイホイ来るわけないでしょ。」
「いや、暗黒組の親分さんはこの店を贔屓にしてくれているんだよ。今日も予約が入っていて、もうすぐ来るところなんだ。」
「何バカなこと言ってるのよ。親分さんがこんな店に来るわけが…」
典子さんがそう言った時、黒塗りの高級車が店の前に止まると、中から暗黒組の親分が姿を表す。祖父の言う通り、親分はこの店をよく会合などに使ってくれている常連さんなのだ。
「ああ、久しぶりだな。どうした?店の中が随分と騒がしいが、揉め事でもあったのか。」
「親分さん、いつもご贔屓にしていただきありがとうございます。」
祖父は、典子さんがドタキャンしたことや、支払いを拒否したこと、そして暗黒組の名を使って店を潰すと脅したことなどを親分に説明する。すると親分は驚いて典子さんを見た。
「なんだって?暗黒組を名乗った上、この店を潰すなんて言ったのか。おい、お前本当に組長の娘なのか?」
「はい。親分、いつもお世話になってます。聞きました。ひどいですよね。ママ友同士なのに全然話が通じないし。弁護士に相談するとか言うんですよ。」
「俺に馴れ馴れしい口を聞くな。俺はお前みたいな女は知らんからな。お前、本当に組長の娘なのか?暗黒組の組長といえば山口のことだが。おい、山口。こいつは一体どういうことだ?説明しろ。」
親分が声を上げると、すぐ後ろから一人の男が顔を出す。この山口と呼ばれた男が、どうやら典子さんの父親のようだ。
「はい。お呼びですか?親分。」
「あ、パパ、もう聞いてよ、パパ。恵さんったらひどいのよ。」
「典子じゃないか。どうしてこんなところにいるんだ?」
「私の店で予約した時間にどうしても行けなくなっちゃって。予約をキャンセルしたら、恵さんったらキャンセル料2人分で100万とか言うのよ。いくら何でも高すぎるでしょ。ぼったくりよね。悪徳商売よね。ひどいと思わない?私だってわざとキャンセルしたわけじゃないのよ。」
「なんだって?いくら何でも100万は高すぎる。確かにぼったくりだな。」
「そう、娘の言う通り、この店は少しばかり値段が高すぎますよ。ヤクザのシノギじゃあるまいし、キャンセル100万だなんて。」
典子さんの父親は、どうやら娘に随分と甘いようだ。だが、その言葉を聞いた親分は、典子さんの父親を怒鳴りつけた。
「おい、山口。様、俺がどうしていつもこの店を会合に使っているか知らねえのか?貴様は一体何年組長を務めてるんだ?それともお前は俺の話を上辺だけしか聞いてなかったのか?」
「えと、確かに親分はこの店を贔屓にしてますが、理由があったんですか?」
典子さんの父親が驚く姿を見て、周囲にいる部下たちはざわざわと騒ぎ出す。本当に知らないのかといった様子から、どうやら親分が祖父の店を利用する理由はよほど有名なことらしい。親分は典子さんの父親が驚く姿を見て、呆れたようにため息をついた。
「本当に知らねえのか?この店はな、俺がまだヤクザの世界に入る前、行く当てもなく途方に暮れていた頃に、腹を減らして今にも倒れそうになっていた俺を助けてくれた店なんだよ。この店の主人は、すっかり腹を減らした俺を見つけると、店に入れてくれて温かい飯を作ってもてなしてくれたのさ。店の残りだなんて言って出してくれたが、その飯はいつも温けえし、とても美味しかったんだよ。その後も腹を減らした俺に、店の主人は何も聞かず何度も食事を振る舞ってくれたのさ。そのおかげで俺は生きる気力を取り戻すことができたんだ。それからヤクザの世界に入り、今の立場を手に入れたってわけだ。つまり、この店の主人は俺にとって命の恩人同然なんだよ。」
「いや、懐かしい話です。あの頃は私もこの店を始めたばかり。経営者としても板前としても未熟でしたが、親分さんが私の食事を喜んで食べてくれたことで、随分と自信をいただきました。この店を今まで続けることができたのも、親分さんのおかげですよ。」
親分の言葉に、祖父は照れ臭そうに頭を下げる。私がパートを始める以前から親分はこの店の常連さんだったが、まさかそんな理由があったとは思いもしなかった。
「いいか、山口。俺にとってこの店は深い恩のある大事な店なんだ。お前もヤクザなら恩義くらい分かってるだろう。なのにお前の娘と来たら、恩人の店で騒ぎを起こした挙げ句、悪気はなかったなんてよく言ったもんだぜ。実は今日の会合ではお前とお前の娘について話し合うつもりだったんだが、どうやらその必要もなさそうだな。こんな娘の話を聞いてるお前に組長なんてやらせられねえ。いいか、山口。お前は今限りで破門だ。二度と組の名を語るんじゃねえぞ。」
「あ、破門ですか?そんな急に。今まで組のために尽くしてきたじゃないですか。」
「待てよ。それってパパはもう組長じゃないってこと?いや、組長じゃないパパなんてただの無能なじじいじゃない?私まだパパの介護なんてしたくないわ。ねえ、パパ、絶対うちには頼らないでよね。」
「お前、実の親に何て言い草だ。お前のせいでこんなことになったんだぞ。」
典子さんの言葉に怒った父親は、店内で激しい言い合いをする。その言い合いに呆れながら、親分は話に割って入った。
「うるさい。お前らまだこの店に迷惑をかけるつもりか?いいか?山口。俺は今日の会合でお前の処遇を決めるつもりだと言ったよな。その理由は、お前の娘の典子が何か部下の間で噂になってんだよ。組の事務所に勝手に入って金庫の金に手をつけたり、やたらと組の名前を出して肩書きを脅している女がいるってな。それがどうやらお前の娘らしいんだ。暗黒組の組長の身内を名乗り、随分と金を巻き上げてるらしいぜ。俺はお前がそんなことをするやつじゃないと思っていたが、お前の娘を見る限り犯人はもう決まったようなもんだろ。ほら、お前の娘を見てみろ。服も靴もみんなブランド品じゃねえか。お前の娘はそんなに稼ぎのいい旦那を捕まえたってのか。」
「いえ、娘の夫は至って普通の会社員のはずです。」
「何よ。いいじゃない。このブランドのバッグも靴も、確かに組のお金で買ったものよ。でも暗黒組はパパの組なんだから、娘の私が好きにしたっていいでしょ。それにお金だって、パパがヤクザの組長だって言ったらママ友が勝手に貸してくれただけよ。別に脅して出させたわけじゃないわよ。」
「典子、お前そんなことしてたのか?それは脅しで金を巻き上げてるって言うんだよ。うちの組は肩書きの手出しは御法度なんだぞ。それに金を好きにしろなんてお前に言ったことはない。何を勝手なことをしているんだ。」
「はっ、お前の娘は中身のない女だな。山口、分かっただろ。お前は破門だ。娘を制御できなかったんだから仕方ないだろう。」
典子さんの父親は、全てを受け入れたかのようにその場でがっくり膝をつく。その場で典子さんは変わらずわめき立てていた。
「ちょっとパパ、パパが組長じゃなくなったら困るんだけど。稼ぎのない人を養う余裕とかうちにはないから。」
「おいおい、人みたいに言ってんじゃねえぞ。お前はうちの金をちょろまかし、組の名前を散々語ってうちの名前を汚しやがったんだ。その分の損害賠償ってのを払ってもらおうか。そうだな。締めて1億円ってのはどうだ?」
「え、ちょっと待ってよ。私は肩書きだから、そんなの支払う必要ないわよね。暗黒組は肩書きに手を出さない組なんでしょ。」
「お前の場合は別だ。散々ヤクザの名前を使っておいて、都合が悪くなると肩書きのふりをするんじゃねえ、このコウモリ女が。ま、お前が払いたくないってなら別にいいさ。こっちにも考えがある。ヤクザ流のけじめをつけてもらうだけだからな。」
「ちょっと、嫌よ。大体、私は盗んでないわよ。組のお金だってちょっと借りるだけだし。ママ友達だって勝手にお金を差し出してくれたんだもの。脅してるとか盗んだとか、いちいち言い方が大げさなのよ。そうやって私のこと悪者にしようって言うんでしょ。やっぱりヤクザって卑怯なのね。」
典子さんは頬を膨らませて文句を言う。ちょっと借りただけなんてふざけたことを言っているが、返すつもりもないのに借りているのは容易に想像がつく。その上、自分が悪いのを棚に上げ、他人ばかり責めるなんて、知ってはいたが相変わらず幼稚な人だ。
典子さんの呆れた言い分を聞き、祖父は典子さんの顔を殴りつけた。
「いい加減にしないか。さっきから黙って聞いていれば、自分は悪くない、相手が悪いと何でも人のせいにしてばかり。全く反省の色が見られないじゃないか。いいかい。君は子供の親なんだろう。子供というのは親の背中を見て育つものなんだ。親がそんな自分勝手な振る舞いを当然のようにしていては、子供が常識を身につけず、善悪の区別さえ分からなくなってしまうよ。そうなったら困るのは君の子供なんだ。もっと社会人として常識というものを身につけなさい。」
「何よ、じいさん。女の顔を殴るなんてさ。」
「ああ、確かに私はひどいことをしたよ。だけど君はそれほど失礼な振る舞いをしてきたんだ。それをもっと自覚できないとだめだよ。いいかい?まずはうちの店のキャンセル料をちゃんと支払う誠意を見せなさい。それから暗黒組に迷惑をかけたことをきちんと詫びるんだ。自分の非を認め、罪を償い、子供に恥ずかしくない親にならないとだめだよ。」
「で、でも100万なんてお金払えないもの。そうだ。夫に頼んでみるわ。夫だって店の予約に賛成していたんだし、支払う義務があるはずだもの。」
典子さんはそう言うと、すぐ様夫へ電話をする。
「どうした?典子、こんな時間に会社に電話するのはやめろと言ってるだろ。」
「あなた、大変なの?実は私、キャンセル料が100万で、パパが組長を破門されて慰謝料が1億なの。」
「落ち着いてくれ。お前はいつも話にまとまりがないんだよ。一体何があったんだ?」
典子さんはそれまでの出来事を全て自分の夫へと話をする。私だったらとても正直にそんなことは言えないと思うのだが、典子さんは全く自分が悪いと思っていないから全て言えるのだろう。だが、まともな人なら怒るのが当然だろう。典子さんの夫は驚いてしばらく圧気に取られた様子だったが、すぐに典子さんを怒鳴りつけた。
「お前、そんなことをしていたのか。以前からお前の非常識な振る舞いでご近所さんに迷惑をかけていると思っていたし、それで俺は何度も頭を下げてきたが、まさかそこまでひどいことをしていたとはな。典子、悪いがお前とはもうやっていけない。離婚してくれ。」
「え、なんで?どうして?」
「そうやって何が悪いのか全く分かってないのが一番悪いんだよ。1億の支払いも100万のキャンセル料も、お前がしっかり支払うんだ。いいか?俺はお前のしでかした悪事と一切関係ないからな。」
「待って。嫌よ。離婚するなら慰謝料と養育費全部支払って。」
「あのな、慰謝料ってのは悪いことした方が払うんだぞ。ヤクザの金を盗んで、ご近所さんを脅して金を巻き上げるなんて犯罪じゃないか。普通はお前が慰謝料を払う側なんだよ。悪いが養育費も支払わないぞ。子供の親権は俺が取るつもりだからな。お前みたいに借金まみれになる女に子供は育てられないだろ。心配するな。お前に養育費を請求するつもりはない。その代わり子供にも合わせるつもりもない。二度と俺たちに関わらないでくれ。」
典子さんの夫はそう告げると電話を切る。だが典子さんは認められないといった様子で、通話が終わったスマホに声を上げていた。
「そ、そんな、絶対に嫌よ。なんとしても慰謝料と養育費を払ってもらうんだから。」
まあ、そんな顔をするな。よかったら俺が店のキャンセル料を肩代わりしてやろうか。100万は俺が支払おう。これ以上この店に迷惑はかけたくないしな。
「本当ですか?親分さん。懐が深いです。」
親分の言葉に典子さんは笑う。その顔は、自分が支払いをしなくていいと分かった喜びしか見られなかった。
「よし。支払いは肩代わりする。だが、キャンセルの支払いは当然、利子をつけて返してもらうぞ。俺の顔に泥を塗った慰謝料と賠償金も合わせて、締めて2億だ。」
「2億ですって。ちょっと待てよ。さっきの倍になってるじゃない。」
「当然だろ。こっちは悪徳なヤクザだからな。お前、この店を散々ぼったくりだ、悪徳商売だなんて悪口を言ってたが、俺が本物の悪徳ってやつを教えてやるよ。さて、どうせお前なんざ、働いたこともないんだろ。心配するな。仕事はうちで紹介してやる。最近は熟女ブームってのもあるからな。うちで経営する熟女専門の店で働いてもらうとするか。お前でも体を張って稼げば2億なんてちょっと払えるかもしれないぞ。」
「いやよ。そんな汚い仕事。」
「分かってねえな。お前にもう選択権なんてねえんだよ。さて、早速店に案内しようか。おい、こいつを連れて行け。」
泣き叫ぶ典子さんを、部下たちはしっかり腕を掴んで連れ去っていく。そうして店を出たかと思うと、その瞬間に外が騒がしくなる。驚いた私たちが外を見ると、部下たちが典子さんの髪を掴み、引きずり倒していた。どうやら典子さんは暗黒組の組員たちからよほど恨まれていたらしい。その制裁を受けているようだ。
「おい、お前ら、やるならもっと遠くでやれ。ここでは店の迷惑になるからな。」
親分に言われ、部下たちは典子さんを黒塗りの高級車に乗せて連れて去っていった。
「典子さん、これからどうなるんですか?」
「何?恵ちゃんは知らない方がいいさ。どうせ一生関わることもないしな。さて、遅くなっちまったが、そろそろ食事にしようか。部下たちにも面倒をかけちまったからな。」
店に入っていく祖父と親分の姿を見て、私は自然と頭を下げる。二人の絆と思いがこの店の心となって、今まで続いているのだ。それを思うと私も自然と身が引き締まる。同時に、連れ去られた典子さんを思い出し、今日も家族が仲良く平和に過ごせる大切さを思い知るのだった。



