「俺の言うことは絶対だ。反論するやつは首だから覚悟しろ」 新社長はニヤニヤしながらそう言った。今までどれだけ嫌がらせをされても、ひどい言葉を投げつけられても、家族のことを思って必死に耐えてきた。だが、もう我慢の限界だった。 権力に酔いしれて好き勝手ばかりしている新社長を、これ以上許すことはできなかった。 「わかりました。じゃあやめさせていただきますね」…

「俺の言うことは絶対だ。反論するやつは首だから覚悟しろ」 新社長はニヤニヤしながらそう言った。今までどれだけ嫌がらせをされても、ひどい言葉を投げつけられても、家族のことを思って必死に耐えてきた。だが、もう我慢の限界だった。 権力に酔いしれて好き勝手ばかりしている新社長を、これ以上許すことはできなかった。 「わかりました。じゃあやめさせていただきますね」...

「俺の言うことは絶対だ。反論するやつは首だから覚悟しろ」

新社長はニヤニヤしながらそう言った。今までどれだけ嫌がらせをされても、ひどい言葉を投げつけられても、家族のことを思って必死に耐えてきた。だが、もう我慢の限界だった。

権力に酔いしれて好き勝手ばかりしている新社長を、これ以上許すことはできなかった。

「わかりました。じゃあやめさせていただきますね」

「ふっ、強がりやがって。そんなのはったりだろ」

真剣な眼差しで言ったのに、新社長は俺の言葉を本気にしていないようだった。だが、気にしない。これからあんたに今までの言動を後悔させてやる。この後どれだけ謝ったって、許してやらないからな。

俺の名前は米根倉か。地元の工場の営業部に務め、日々部内の目標達成に向けて奮闘している。

5年前に学生時代から交際していた彼女と結婚した。3年前には子供も生まれ、妻は今2人目を妊娠している。1人目を妊娠するまでは共働きだった我が家。子供が小さいうちは手がかかるという理由で、妻は現在仕事と育児に専念している。

というわけで、それほど裕福ではないものの、子供や妻に苦労はさせられないと毎日仕事に必死だ。

一見順風満帆な生活だが、俺には大きな悩みがある。その悩みの種が、会社の社長の息子である誠さんだ。

社長は従業員思いで、定期的に全部署に足を運び、気さくに声をかけてくれる素晴らしい人だ。しかし誠さんは、本当に社長の息子なのか疑ってしまうほど性格に難がある人物。

いずれは会社を継ぐ誠さんに、社長は仕事の経験を積んでほしいという理由から、誠さんを営業部の部長にした。部長といえば部を引っ張っていく重要なポストだというのに、誠さんの場合、仕事をしないのが当たり前。そしてもし仕事をしたとしても、そこにミスがあれば周囲にその失敗を押し付けてくる。

そのため誠さんの言動には、営業部一同頭を悩まされていた。

俺には入社当時からお世話になっている、ゆとさんという先輩がいる。ゆとさんは周囲への気配りもできて仕事もできる優秀な人物で、俺はとても尊敬している。

だが半年ほど前、ゆとさんは誠さんがした仕事の大きな失敗を押し付けられ、責任を取らなければいけない状況に追い込まれてしまった。もちろんゆとさんは自分の潔白を訴えたのだが、部長は自身の罪をなかったことにしようと、連日ゆとさんを攻撃し続けた。

俺を含め部の仲間はゆとさんの人柄が大好きだったからこそ、よく声をかけ気にかけていたのだが、誠さんはゆとさんに好意的に接する社員にも当たり散らすようになった。するとゆとさんは、周りに害が行かないようにと他の社員と積極的に関わらないようになった。

そんな状態が続けば、ある程度メンタルの強い人であっても心が折れてしまうだろう。体格が良く健康的な印象があったゆとさんは、あっという間に痩せ、顔色も悪くなっていった。

今までずっとゆとさんに助けてもらっていた俺は、どうにかしてゆとさんを助けたいと思った。

「俺が証言しますよ。ゆとさんは何もしていないって」

「ありがとう。けどやめておけ。お前には守るべき家族がいるだろう。それに奥さんが2人目を妊娠したんだし。誠さんにまで目をつけられたら大変だ」

ゆとさんは自分より俺の立場を心配し、静止した。ゆとさんの言葉に冷静になり、申し訳なさはあったが、俺は誠さんに抗議したい気持ちをぐっとこらえた。

数日後、ゆとさんは自主退職していったが、誠さんは罪悪感を微塵も感じていないようだった。自分のミスを押し付けたことで1人の社員の人生に大きな影響を与えたというのに、ゆとさんがいなくなったら次は他の若手にターゲットを変えた。

「おい、お前明日までにこの仕事をやっておけ」

「すみません。他の仕事もあって手一杯なんですが」

ある日、誠さんに仕事を押し付けられそうになった俺は、すでに仕事が詰まっていることを告げた。すると、にやついていた顔が一気に怒りに満ちる。

「そんなの知らねえよ。お前に断る権利なんてないからやれ」

最初から俺に拒否権なんかなかったらしく、強引に仕事を押し付け、どこかへ消えてしまった。大量の仕事を抱えた俺は業務時間内に仕事を終わらせることができず、結局数時間残業し、やっとのことで仕事を終えたのだった。

「こちら、お願いされていたやつです」

「ふん。ちゃんと終わったじゃねえか」

終わらせた仕事を提出しても、誠さんは褒めの一つも言ってくれない。モヤモヤした気持ちを抱えながらも、俺は理不尽な誠さんの言動に耐え続けた。

そんなある日、俺の耳に社長が体調を崩し入院したという話が入ってきた。命に別状はないものの1週間の入院が必要で、退院してからも治療を続けなければいけないようだ。そのため今まで通り社長業務を続けることが難しいと判断した社長は、誠さんに社長の座を譲り会長になることを決めたらしい。

「誠さんが社長だなんて、大丈夫なんだろうか」

部長の今でも好き勝って暴虐無人な振る舞いをしているというのに、社長になったらどうなるかと俺は不安でいっぱいだった。

そんな俺の不安は的中。誠さんは社長になっても営業部にしょっちゅう顔を出していた。会長のように社員とコミュニケーションを取るためならいいのだが、誠さんが営業部に顔を出す理由は違う。単純な憂さ晴らしだ。

誠さんが営業部にやってくる時は決まって機嫌の悪い時。

「なんだこの目標金額は。仕事なめてんのか。もっと高い目標金額を設定しろ。残業も毎日やって業績を上げろ」

別に低い金額を設定しているわけでもないのに、目標金額を釣り上げたり残業を強要したりと、俺たちに厳しい要求を繰り返していた。

そんな誠さんに振り回される営業部に、会長も時折顔を出してくれていた。

「会長、会長は大丈夫なんですか?」

「ああ、だいぶ良くなったよ。誠にまだ会社を完璧に任せるのはちょっと不安でね」

体調がまだ回復しきっていないというのに、会社を心配し足しげく顔を出す会長には頭が上がらない。

日々誠さんに当たり散らされていた俺は、何度も会長に誠さんの言動を告げ口したくなった。しかし、闘病上がりの会長にそんな話をしたら心労を与えかねない。少し様子を見ていたら、誠さんの様子が変わっていくかもしれない。わずかな希望を抱いて、俺は会長に何も言わずぐっとこらえていた。

しかし、誠さんが変わることはなく、俺を始め営業部一同は精神的に疲弊していった。

そんなある日、俺をはじめとする営業部の若手5名が会長室に呼び出された。

「会長が俺たちだけを呼び出すって、なんでだ?」

「俺たちなんかしたかな?」

会長に呼び出される理由が分からず、少しビクビクしながら会長室まで行ったが、会長から告げられた言葉は予想外のものだった。

「君たちには大手企業へのプレゼンを任せたいんだ」

「え、俺たちがですか?」

俺たちの会社ではこれまで重要な取引先である大手企業へのプレゼンは、役職のある人間や勤務歴の長い中堅の社員たちが行っていた。俺が入社してから若手社員が大手企業のプレゼンをするというのは初めてのことだ。

「君たちも分かっているかと思うが、うちの会社の役職者たちは高齢化してきている。未来の役職者を育てるためにも、君たちには今からしっかりと経験を積んでほしいんだ」

会長は穏やかな顔で俺たちに説明してくれた。

「こんな大きな仕事が俺たちに勤まるでしょうか?」

「心配かな?大丈夫さ。今回は私がコネのある会社のプレゼンだからね。それに心配なら、私が事前にプレゼンの内容をチェックするよ」

ついつい弱音を吐いてしまう俺のことを、会長は叱責することなく優しい言葉をかけて不安を和らげてくれた。

「わかりました。俺たち頑張ってみます」

会長の言葉がけもあり、俺たちはプレゼンに向けて資料作りを開始した。だが思ったようには進まなかった。プレゼンに対する熱意もあったが、誠さんに残業を強要されていることもあり、俺たちは毎日のように残業している。最初こそ気合いでみんな燃えていたが、残業が続けば肉体的な疲労が蓄積してくる。

「今日も残業か。いい加減定時で帰りたいよ」

「わかる。俺も残業が続きすぎて嫁と子供に文句言われるし、いい加減早く帰りたいよ」

俺たちは口に弱音を吐き始めるようになっていたが、そんな時に誠さんが営業部にやってきた。

「おい、お前ら弱音なんか吐いてんじゃねえよ」

俺たちの弱音を聞いていたらしく、入って早々怒鳴りつけられてしまう。そんな誠さんの態度が俺たちの体にさらに疲労を与える。

「す、すいません」

「なんだ、プレゼンの資料か。俺に見せてみろ」

目の前に置かれた資料を誠さんは奪い取り、内容を確認している。

「はあ。なんだこの資料は。こんな出来でプレゼンをしてみろ。会社の名に傷がつくだろうが」

「頑張って作ったのですが」

プレゼンのために毎日俺たちが頑張って作ってきた資料は、できる限り見やすく分かりやすくを心がけており、なかなかうまくできていると思っていた。しかし誠さんは出来に不満を持っているようだ。

「こんな資料でプレゼンなんかしてみろ。お前ら全員首にしてやるからな。作り直せ」

そう言って誠さんは営業部を出ていった。

プレゼンの日まで残された日はわずか。今から資料を作り直すとなれば、残業しても終わらせることができない。俺たち5人は相談して、各々仕事を持ち帰り作業をすることになった。残業に加えて家での作業。俺たちはさらに疲労が溜まっていく。

誠さんに怒られた数日後、俺たちはその日もいつものように残業をして資料作りをしていた。

「お疲れ様。残業しているのかい?」

営業部に夜遅くまで電気がついていることに気づいたのか、会長が俺たちの元にやってきた。

「会長、お疲れ様です」

「実は数日前に誠さんにプレゼンの資料を作り直せと言われまして」

さすがに今回の出来事に追い詰められた俺は、会長にありのままを伝えることにしたのだ。俺の発言を聞いた会長は少し顔を曇らせる。

「誠が……よかったら、そのボツになった資料を見せてくれないか?」

会長にそう言われ、俺はボツになった資料を会長に手渡した。会長は資料に目を通し、どんどん険しい顔になる。俺たちは表情の変化に不安を覚えたが、会長は俺たちを叱ることはなかった。

「今まで大変だったね。君たちにお願いがあるんだが、聞いてくれるかな?」

会長は穏やかな顔に戻り、俺たちにあることを依頼する。会長の頼み事に俺たちは驚きを隠せなかったが、その頼みを快く受けることにした。

翌日、虫の居所が悪いのか不機嫌そうな誠さんが営業部にやってきた。

「おい、資料はできたのか?見せてみろ」

そう言って今日も俺たちから誠さんは資料を奪い取る。

「なんだこの資料は。こんなんで分かるわけないだろう。ここだってもっと分かりやすい表を作れ」

誠さんは細かく指摘してくるが、その内容はほぼ難癖のようなものだった。今まで俺たちは言い返したい気持ちを抑え、理不尽な指摘にも従ってきた。しかしこれだけ何度も理不尽な言いがかりをつけられ、さすがに黙ってられなかった。

「もういい加減にしてください。さっきから指摘を受けている箇所ですが、不満に思います」

俺の反論に誠さんは一瞬ひるんだものの、すぐに嫌な笑みを浮かべ口を開く。

「俺に文句があるってのか?俺の言うことは絶対だ。反論するやつは首だから覚悟しろ」

「首」という単語を出せば俺たちを自分の都合のいいように動かせると思っているのだろうか。これだけひどい言動を繰り返されたら、この人の下で働こうという気持ちにはなれない。

俺は目に力を込めて、誠さんを見て口を開いた。

「わかりました。じゃあやめさせていただきますね」

「ふっ、強がりやがって」

俺は本気で返答しているというのに、誠さんには俺の本気が伝わらないらしい。

「俺もやめます。かずがやめるなら俺も」

今まで俺と誠さんのやり取りを近くで聞いていた若手メンバーが、次々にやめる意思を表明する。

「なんだお前ら?全員で俺に脅しをかけてるのか?どうせはったりだろう」

誠さんは俺らがグルになって誠さんを困らせようとしているだけだと思っているようだ。俺たちを嘲笑いながら誠さんは営業部から出ていった。

しかし、誠さんが笑っていられるのも今のうちだ。俺たちはその日に退職届を提出し、次の日から出社をやめた。

誠さんから解放され、とても平和だった。今まで仕事ばかりで家族との時間を過ごせていなかった俺は、退職して翌日、早速家族との時間を満喫しようと子供と妻を連れてショッピングモールに足を運んでいた。

「かず、じゃないか」

家族と買い物を楽しんでいた俺に声をかける人物がいた。それに驚いて振り返ると、そこにはゆとさんがいた。ゆとさんが会社を辞めてからも定期的に連絡を取っていたのだが、直接会うのは久しぶりのことだ。少し前に会社を起業したことも聞いていたが、以前会社で働いていた時よりも顔色が良く、表情が生き生きとしている。

「ゆとさん、元気そうですね」

「最近立ち上げた会社が順調でね。毎日楽しく仕事しているよ」

ゆとさんが充実した日々を送っているようで、俺は安心した。

「かずは最近どうだ?仕事を頑張ってるか?」

ゆとさんにそう質問され、俺は答えられずにいた。すると何かを察したのだろう。ゆとさんが心配そうな顔になる。

「会社で何かあったのか?」

「実は昨日退職届を出してきたんです」

今まであったことをゆとさんに説明すると、ゆとさんはかなり驚いた顔をしていた。

「あの人……あの時と変わらないどころか、ひどくなっているじゃないか」

誠さんのあまりの横暴さに、ゆとさんも言葉が出てこないようだった。

「まあ、仕方ないですよ。もう俺も我慢の限界でしたし。これで解放されます」

ゆとさんに心配をかけまいと、俺は平然を装う。

「そうか」

ゆとさんは俺の返答に呟いた後、妙案を思いついたとばかりに表情を明るくした。

「そうだ、かずが良かったらうちの会社に来ないか。今人が足りていないから、かずが来てくれると心強い」

予想外の提案に俺は驚きと喜びを感じた。だが同時に別のことが頭によぎる。

「今はまだ少しバタバタしている状況なので、落ち着いたら返事をさせてください」

まだ退職届を提出したばかり。先のことを落ち着いて考える心の余裕はなかったため、返事は少し待ってもらうことにした。

家族との楽しい時間を過ごし、家に帰ってくると、ちょうど同じタイミングでスマホに着信が入った。スマホのディスプレイを確認すると、会社からだった。嫌な予感はしたものの、何か重要な要件だと困るので、意を決して電話に出た。

「お前、お前何かしただろう」

俺が声を発するよりも前に、誠さんの声が耳を劈く。

「何のことですか?」

「社員が今日誰も出社してこないんだ。これじゃ仕事にならないじゃないか」

会社に誰もいない状況に、誠さんはかなり焦っているようだった。しかし今、俺の口から告げられることは何もない。

「それ、本気で言ってます?一社員の俺にそんなことできるわけないじゃないですか」

「けど、お前が退職するって言い出した時、他の連中だって」

「それは同じ部署の仲間数人の話でしょ。とにかく俺は何もしていません。あと会社をやめた身ですから、こんなことで電話してこないでください」

俺は一方的に言って、誠さんの電話を切った。その後もしつこく誠さんから着信が来ていたが、話すことはないので着信を無視した。

誠さんからの着信が止むと、入れ替わりで会長の連絡が入る。

「かず君、申し訳ないんだが、明日会社に来てくれないか」

会長から丁重に頼まれては断るわけにはいかない。

「わかりました。明日伺います」

会長の話によると、明日は俺以外のプレゼンメンバーも全員呼ばれているらしい。

翌日、俺は会長に言われた時刻に会社へ行くと、会長室にはすでに誠さんとプレゼンメンバーが揃っていた。会長室に入室する俺を、誠さんはすごい剣幕で睨んでいる。この様子だと、まだ俺が何かしたと思っているようだ。

「みんな急に呼び出してすまなかったね」

「親父、一体何のようだよ」

「悪いけど、俺はこいつらと話があるんだ」

「ストライキを扇動しやがって」

苛立たしげに言う誠さんを見て、会長が首を横に振った。

「それは違う。扇動したのは私だ」

「は?それってどういうことだよ」

戸惑う誠さんに、会長が彼の知らない話を始めた。

ボツになったプレゼンの資料を会長が見た日、俺たちは会長にある提案をされた。

「もしも次に嫌がらせをされたら、会社を辞めるふりをしてくれ。本当にやめさせたりはしない。君たちの身は私が保証する」

いきなりそんなことを言われ、俺たちは戸惑った。会長の話によると、誠さんに没にされた資料には何の問題もなかったという。そのため会長は、誠さんが俺たちに嫌がらせをしていることに勘づいたらしい。

「社長が社員に嫌がらせをするなんて、あってはならないことだ」

事態を重く受け止めた会長は、どうにか誠さんを反省させたいと俺たちに頼んできたのだ。社員がやめると言い出せば、まともな社長であれば引き止め、己の行いを反省するものだ。もしも俺たちがやめると言い出したことで、自分の言動を顧みてすぐに心を入れ替えていれば、会長は今までのことを水に流すつもりでいた。

しかし誠さんは、俺たちがやめると言っても間に受けず、ただ笑うだけだった。謝罪の一つもしてこない。

俺たちが会社をやめると言った日、会長にそのことを報告すると、会長は大きなため息をついた。

「君たち、本当にすまなかったね。これで誠が反省してくれればよかったんだが」

俺たちにとって最低な人間でも、会長から見れば誠さんは息子。心を入れ替えてくれるのではないかと、会長は少し期待をしていたようだ。しかしそんな期待も打ち砕かれ、会長は誠さんを許さないと決めた。

会長はさらに誠さんを追い込むべく、俺たちだけではなく会社の全社員に数日間会社を休むように伝達。その結果、会社には社員が1人も出社せず、誠さんはだいぶ肝を冷やしたようだ。

だがこんな状況になっても、誠さんは反省しないどころか、俺が何かをしたと疑いをかけてきた。

「誠、お前はこんな状況になっても、自分の落ち度を考えもしなかったな」

「それは、その……」

これまでの一連の流れを聞いた誠さんは、自身がしでかしたことの重大さにやっと気づいたようだ。チャンスを与えられたというのに、そのチャンスを自ら棒に振った。そのことを知り、誠さんの顔面は青白くなり、もごもごと言葉を漏らす。

「こと、お前に社長は任せられん」

普段強い口調で話すことがない会長が、珍しく厳しい口調で誠さんに宣告を言い渡した。それに誠さんは肩を落とし、とぼとぼと会長室を出ていった。

さて、その後会長との約束で俺たちは会社に戻ることができるようになっていたが、俺は会長に退職を申し出た。

「実は以前一緒に働いていた先輩に誘われて、そちらの会社で働きたいんです」

「そうか。たくさん迷惑をかけたからね。かず君の好きにしてくれ」

会長は俺の申し出を快く受け入れてくれた。このタイミングで、会長には誠さんがゆとさんにしたことも細かく報告した。

「そこまでひどいことをしていたのか」

会長は困惑している様子だった。社長をやめさせるという処分で、誠さんにはダメージを与えられたが、会長が親心を出して誠さんを甘やかしてしまう可能性もないとは言えない。それを防ぐためにも、誠さんが今までしてきたことを会長に告げておくべきだと思ったのだ。会長の様子を見ると、さすがにここまでひどいことをしてきた誠さんに同情をかけることはないだろう。

俺は安心して会社を辞め、ゆとさんの会社で新しいスタートを切ることができた。

新しい会社での仕事は慣れないことも多いが、意地悪や嫌がらせをしてくるような人間もおらず、非常に快適に仕事ができている。ありがたいことに、ゆとさんの会社では部長というポストを用意してもらった。自分の仕事だけではなく、部下のフォローもしなければいけないこの役職はなかなか大変ではあったが、やりがいもある。

そんな忙しい日々も過ぎていき、ある日の休日。俺は買い物に出かけていたのだが、前の会社の同僚とばったり会った。

「久しぶりだな。調子はどうだ?」

「誠さんがいなくなって快適だよ。それより誠さんのことなんだけど」

そう言って同僚の口から語られたのが、誠さんのその後。

誠さんは社長のポストにどうしても戻りたかったらしく、会長に必死で頼み込んだらしい。そこで会長は誠さんにある提案をした。その提案というのが、地方の出張所で2年間平社員として働くというもの。誠さん的には余裕だと思ったようで、意気揚々と地方の出張所に向かったのだが、そこにいたのが厳しいと有名な鬼軍曹たち。今まで不自由なく好き勝手してきた誠さんは、仕事がまともにできないため、断るごとに鬼軍曹たちにグチグチと言われていたようだ。

叱られるという経験をあまりしてこなかった誠さんにとって、それは非常に屈辱的で精神的に応えたらしく、結果的に1ヶ月で会社をやめてしまったのだそうだ。おそらく会長も、鬼軍曹がいることを理解して地方の部署に飛ばしたのだろう。

よほど鬼軍曹たちからのいびりが怖かったらしく、誠さんは家に戻ってくるなり引きこもってしまったそうだが、会長が「お前を養ってやるつもりはない」と叩き出したらしい。今はボロアパートを借りて、なんとか生活しているそうだ。

そんな状態になってしまえば、社長に戻りたいなんていうことはこの先もないだろう。空いてしまった社長のポストには、後々会長の次男がつくという話だ。次男は別の会社に就職していた人物だが、誠さんと違い真面目で優しく、会長に似た人格者だという話だ。今は会社の業務について勉強すべく社員として仕事をしているようだが、みんなその人柄に好感を抱いているので、社長になっても誠さんの時のようにはならないだろう。

前の会社も平和になったようで、俺も安心だ。

大器不成になった誠さんを少しかわいそうだと思う気持ちもあるが、今までしてきたことを考えると自業自得だ。人に嫌がらせをしてきたものは、それ相応の罰を受けることを心に刻み、俺は真面目に真摯に仕事を頑張っていこうと誓った。

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